イケメンとスイーツ漫画 (2010.10.24 野中邦子)
・漫画に登場するイケメン
イケメンという言葉がすっかり定着した。私個人としては、まだイケメンという言葉に抵抗があり、二枚目とかハンサムとか、古い表現を使いがちだが、もともと二枚目というのは芝居の世界から来た隠語である。主役は一枚看板、二枚目は男女の濡れ場を演じる和事師(わごとし)や濡事師(ぬれごとし)を指す。たんに美しいという形容だけでなく、男女の色事に関連した役割をもつのである。
英語のハンサムという言葉も、ももとは女を扱うのがうまい、すなわちウーマナイザー(女たらし)の意味がある。色男しかり。私がとくに気に入っているのが、歌舞伎で使われる「色悪(いろあく)」という言葉。四谷怪談の伊右衛門(いえもん)がその代表だが、「外見は二枚目で、性根は悪人」というキャラクターは少女漫画でも綿々と受け継がれているように思える。
もっとも、本物の悪人となると少女漫画では許容されないので、意地悪とか性格が悪いという程度におさまっている例が多い。外見は美しく、性格は悪く、だがごくたまに、かわいいところも見せる(とくにヒロインの前でだけ)という男子キャラクターがいかに多いことか。これは歌舞伎の伝統がいまに受け継がれている例だろう。
二枚目やハンサムや色男という言葉には男女関係における特殊な役割という意味がこめられているのに対して、純粋に容貌の美しさをあらわす表現としては、美男子または美男、美青年、美少年、美童、美丈夫、美中年という曲のないものしかない。
その意味で、イケメンという言葉は、ある意味で画期的な新表現といえるかもしれない。
さて、ここから本題。
文学的主題があるわけでも、現代的な問題提起があるわけでもないのだが、たまたま手元にあった(ということは、私の好みではある)少女漫画に「イケメン」が出てきる。
『失恋ショコラティエ』1・2 水城せとな作 小学館フラワーコミックス
『クーベルチュール』1 末次由紀 講談社Be・Loveコミックス
奇しくも、両方チョコレート職人が主人公である。
・イケメンとスイーツは女子の人生に欠かせないサプリメントか?
『失恋ショコラティエ』は、主人公がサエコという女子に恋するが、ふられてフランスに渡り、ひょんなことからイケメン?チョコレート職人(B参照。参考画像はこの文章の下にあります)となって日本に戻ってきて、ショコラティエを開店し、そこにサエコも登場してあれこれという物語だが、特筆すべきはサエコの造形で、主人公にとっては「妖精」なのに、ほかの人間にとっては普通のわがままな女子にすぎない。読者の目にも「どこがいいの?」と映るのだが、その思い込み、勘違い、方向違いの恋の情熱がどこへ着地するのか、ドラマ展開にも興味を引かれる。『失恋』のストーリーの破綻ぶりと、絵のきれいさが爆発的カタルシスを与えるほど化けるかどうか、注目したい。
ちなみに、水城せとなは『放課後保健室』(全10巻、秋田書店、プリンセスコミックス、略称「ホウホケ」)で一部から高い評価を受けている。ネタばれになるので書かないが、私はこの「ホウホケ」にはあまり感心しなかったのだが、みなさんはどうでしょう。
『クーベルチュール』はイケメン兄弟(職人の一郎、ショップ担当の二郎)(@)がやっているチョコレートショップのお客をめぐるエピソードをつづった短編連作。作者の末次由紀は『ちはやふる』(講談社Be ・Loveコミックス1〜10、連載中)で人気沸騰したことで知られる。物語としては、わかりやすいストレートな展開で、ささやかながら、心温まる感動作である。
ただ、絵という点では、『クーベルチュール』はやや古い。少女漫画のお約束である花を背負った強調(@)がちょっとしつこい。ベタと網のバランスも平均的である(@)。
その点、『失恋ショコラティエ』では、白がとても効いている。チョコレートの質感が細いラインとベタとスクリーントーンだけでとてもきれいに表現されている(A)。
『クーベルチュール』のほうでは、チョコレートの描写が「なにこれー/きっ/きれい」というセリフのわりに、美しく見えないところが難点である(A)。
さらに『失恋』のBでは、ベタが皆無、線とスクリーントーンだけで白っぽい画面が作られており、しかも右ページの上半分、5年の歳月をあらわすところは真っ白である。こういうセンスはすばらしいと思うのだが。
『クーベルチュール』に戻ると、漫画の記号(漫符という)やお約束の表現が豊富に用いられている。たとえば、@の右ページ下、落ち込む女の子の顔の縦線、「どおおおん」という描き文字、左ページ中の女の子の白眼など。それらが陳腐という印象を与えるとはいえ、それで漫画がつまらなくなるかというと、そうでもなく、お約束の安心感というのもあるのが漫画のおもしろさである。
・スイーツつながりで、もう一つの参考作品。
『パティスリーMON』全10巻、きら作、集英社Qeen's Comics―YOU
物語は本当になんてことはない恋愛物で、主人公も平凡な女子、イケメン男子が二人出てくるが、とくにどろどろの修羅場を迎えることもなく、予定調和でハッピーエンドになる。
この漫画の特徴は、ケーキ店の仕事がちゃんと描かれているところ。『失恋』ではショコラティエの仕事が少しだけ、『クーベルチュール』では、それよりもっと少しだけしか描かれていないが、『パティMON』では店の経済面から人事、仕込みや販売についてもわりと具体的に描かれていて、そこが面白い。絵柄も、空白の多い白っぽい画面だが、並んだケーキとかキッチンのようすなどは、しっかり描きこまれている(@)。人物は余計な線がなく、とくにイケメン二人の手の描写がとても美しい(A)。
スクリーントーンも多用せず、髪の毛のベタだけが画面を引き締めている(A)。
こま割りについても、『失恋』と『パティMON』が四角を基本にして、不定形のクライマックスシーンとか、斜めのこま割り線をあまり使っていないのに対して、『クーベルチュール』では、斜めのこま割り線、こまのラインを破った重複シーンなどが多く用いられ、かえって古臭く感じられる。
というわけで、文学的・社会的になんら問題を提起するでもなく、世間で評判を呼んでいるわけでもない作品ではありますが、少女漫画を読む楽しみとスイーツの魅力をたっぷり味わわせてくれたのがこの三作なのです。