【うさぎの手紙】バックナンバー 2000年  秀岡尚子(ひでおか なおこ)  2003年2002年2001年はこちら


 


うさぎの手紙 2000.1

ナマものが好き! PartI

私はこれが大好きなのです。

コンサート、芝居、バレエ、歌舞伎、とにかくライブは最高です。

一昨年から去年にかけて、現在進行形の熱愛バンドが113本という超ロングツアーをしてくれたので、私のほうもほとんどそれにかまけていました(去年の3月にめでたくファイナルだったのですが、その余韻に半年以上浸ったまま、最後は年末の武道館2daysライブで締めくくってしまいました)。

でも今回はそのことはさておき、大好きなバレエについて書こうと思います。とにかく、バレエはナマものです。舞台を観なければ始まりません。たとえば、ミュージシャンのレコード(CD)とダンサーのビデオは、本質的にまったく違います。ミュージシャンは、自分の表現の一つのかたちとしてアルバムをつくるわけですが、ダンサーはビデオに撮るために踊るわけではありません。彼らにとっては、基本的には舞台がすべてなのです。ダンサーは人間だから、その日の出来というものがあります。失敗もあるし、調子の悪い日もある。この前のほうがよかったという場合ももちろんありますが、今日という日を一生の思い出にしようと思うほどの素晴らしい舞台にめぐり会えることもあります。まったく同じものは二度と味わえない。それをそのままのかたちで残すこともできない。ある意味、とても儚いものです。でも何でもそうですが、それでこそのライブなのだと思います。

 特にストーリーのあるクラシックバレエは、舞踏であると同時に芝居でもあります。同じ話を何度も見てもしょうがないでしょ? と言われればそれまでだという気もします。しかもたいていは、誰でも知っている馬鹿馬鹿しいほど単純なストーリー……。でもこれがやはり、バレエ団やダンサーによってまったく違う。そして同じ人たちが演じていても、一回ごとに違うのです。

 そして、ナマで舞台を観て初めて、その単純な物語の登場人物の感情が生々しく伝わってくることがあります。決まりきった物語が、その表現によって、観る者の心に浸透してくることが本当にあるのです。たとえば『ジゼル』。『ジゼル』を身分違いの男に弄ばれたあげく死んでしまう哀れな田舎娘の物語、と思っている人は多いのではないでしょうか。

 そして『白鳥の湖』。それまでは、オデットとオディールがちょっと似ているぐらいで間違えて求婚しちゃうなんて、馬鹿な王子だなあと思っていたのです。物語のあらすじでも一応そういうことになっています。でも、ある『白鳥の湖』を観たとき、そうではないのだと知りました。王子は、オデットとオディールが似ていたから(当然です。一人二役なんだから)間違えて求婚してしまったのではなく、完全にオディールの色香に迷ったのだ……それがよくできた『白鳥』を観るととてもよくわかります。だから、清純な白鳥だけではなく、成熟した女を踊れるダンサーでなければ『白鳥』の主演はつとまらないと思うのです。

 長くなってしまいましたが、これは私のバレエ体験談のほんの一部、ナマでバレエの舞台を観る喜びのほんの一部にすぎません。夢のようなパ・ド・ドゥに酔ったり、コールドバレエの美しさに心を奪われたり、超人的なテクニックに驚いたり、緻密な振り付けに感心したり……悲劇に泣き、喜劇に笑い、とにかく楽しみは無限大。衣装が素敵、ダンサーがかっこいい、それだけでもいい。ナマでバレエを観たことがないという方がいたら、ぜひ一度体験してみてください。別世界に(少なくとも数時間)完全にトリップできると思います。





うさぎの手紙
 2000.3

ナマものが好き!

 日本というアルファベット文化をもたない特殊地域

 この数か月、ATLASofWORLDHISTRYという大きな本の索引の作業をしています。アルファベット文化をもたない特殊地域に生まれ育った人間にとって、アルファベットで表記された地名を、なるべく統一のとれたかたちでカタカナにするのは至難の技……。  英語圏の人はいいよね……フランス語だろうがドイツ語だろうがとりあえずアルファベットで書いとけばいいんだもんね……こっちはこれを「カタカナ」にしなきゃいけないんだもん……と思わず愚痴もでてしまいます(でも責める相手がいない)。

 実は、「日本というアルファベット文化をもたない特殊地域」というのは、ジェフ・バックリィのミニアルバム『ラスト・グッドバイ』のライナーノートにあった言葉なのです。この人のデビューアルバム『グレース』には、訳詞がついていませんでした。そして、「アーティスト本人の意向により日本語訳は掲載しておりません」と断わり書きがありました。

 私はもともと訳詞を熱心に読むほうではないので(といって英語の詞がわかるわけでもないけれど)、普通ならそれほど気にしないはずなのですが、こんなことがわざわざ書いてあったために妙に詞が気になって、ふだんならあまり読むことのない歌詞を読んでみたりしました。ミニアルバムのライナーを読んで知ったのは、世界各国でリリースされた『グレース』には、オリジナルの英語の歌詞もつけられていなかったということです。しかし「日本というアルファベット文化をもたない特殊地域」を考慮し、このアーティストが特別に折れて、日本向けだけに歌詞がつけられたらしいのです。ただし、訳詞は絶対ダメ。

 いわゆる洋楽(「外タレ」と同じくらいなんとなく古臭い言葉ですが、ほかに言いようもないので使います)を聴くとき、人はどのくらい詞を気にするものなのでしょう。もちろん、曲を聴いただけでその詞が完全に理解できるという人は別にして。レコード(CD)についている訳詞を隅々まで読むものなのでしょうか。あるいは英語の詞に目を通して、じっくりと理解しようとするものなのでしょうか。私は英語なんて「アイラブユー」しか知らない子供のころから、実は何を歌っているのかまったく理解しないまま音楽を聴いていました。

 いまももちろん、耳から聴くだけで歌詞がわかるわけではありません(恥ずかしいことですが、活字の歌詞を見てさえ、すべてをたちどころに理解できるわけではありません)。詞を理解せずに聴いているならインストゥルメンタルと同じなのかというと、もちろん全くちがいます。ヴォーカルは私にとってかけがえのないものです(たとえばバンドでも、ヴォーカルあってのものだと信じている)。それはただ「声」の問題ではなくて、意味がはっきりとわからなくても、言葉は言葉であるだけでたしかに何かを訴えかけてくるし、その響きの美しさにただ心を動かされることもあるのです。

 歌詞を覚えている歌ももちろんたくさんあります。子供のころ、意味もわからずにアブナイ部分を口ずさんでいたこともあるだろうと思います。慣れ親しんだ歌の内容に突然気づいて驚いたという経験も一度ならずありました。

 こんなふうにほとんど言葉もわからずに洋楽を聴いてきたのは私だけなのでしょうか。それでこれほどその音楽が好きなのは特殊なのかしら。いわゆる洋楽ファンというのは、詞までちゃんと理解したうえで、向こうモノが好きだと言っているのかしら……? たぶん、そうではないでしょう。

 誰もが詞まですべて理解して「大好き」と言っているとはとても信じられない……(簡単なラブソングならともかく)。そう思うと、日本人の洋楽の聴きかたは、世界でも珍しいものなのかもしれません。曲を聴いただけでは歌詞の一部しかわからない。多少の手間をかけないかぎり詞のすべては理解できない――これはとても情けないことだとは思いながら、ある意味ではラッキーなことなのかも……と思ったりもします。こんな聴きかたができるのは「アルファベット文化をもたない特殊地域」に生まれ育ったからこそなのかも……。

 そういえば、邦楽には「詞が嫌い」だから嫌いな曲というのがたしかにあるけれど、「詞が嫌い」だから嫌いな曲というのは洋楽のなかにはなかったなぁ……。

PS生まれて初めてのことですが、いまの私の熱愛バンドは純日本産。曲を聴いたその瞬間から、歌詞も心に浸透してくるという幸せを味わっています(なんだかんだ言っても、これはやはり何にも変えがたい喜びの一つです)。





うさぎの手紙
 2000.4

言葉なんて……

 先日、高校の教師をしている人から、いまの高校生は十人のうち七人が「雰囲気」を「フインキ」と言う、ということを聞いて驚きました。ただのおしゃべりのなかででてきた話なのでいくらか大げさなのでしょうが、少なくともそれぐらいに感じるほど、「フインキ」と言う高校生がたくさんいるということだと思います。そのうえ、「フインキではない、フンイキだ」と指摘しても、そのちがいがなかなかわかってもらえないんだそうです。

 耳が悪いのかしら? フンイキがフインキに聞えるのかしら?発音に問題があるのかしら? フンイキと言っているつもりなのにフインキになっちゃうのかしら? それとも、フインキだと思ってフインキと言うのかしら。それなら、漢字でどう書くつもりなのかしら? 漢字でどう書くんだろう、なんて全然気にならないのかしら?……このままいつか、「雰囲気」は「フインキ」になってしまうのかしら? そして「誤読が一般化した」とか辞書に書かれるようになるのかしら?

 日本語が崩れていると言うけれど、言葉なんてどんどん変わっていくものなのだから、いちいち目くじらを立てることはない、と人に言われたことがあります。正しい日本語といっても、たとえば平安時代の言葉と現代の言葉はまったくちがう。少しずつ変化して、現代の言葉になったのだから……といったような、なんとなく説得力のある説(?)でした。

 それはそうかもしれないけれど、どうしても気になる言葉ってありますよね。それも決して難しい言葉ではなくて、誰でもよく使う普通の言葉。たとえば、私が気になるのは「全然」。「全然」には否定形をつづけるのが正しいと思うのですが、これはいまほぼ完全に崩れているようです。「全然」に肯定形がつづくとひどく耳障りだと思うのに、私自身「全然OK!」なんて言ってしまうことがあるので、何も言う資格はないのですが。

 そういえば、この「耳ざわり」というのも気になる言葉のひとつ。「耳ざわりがいい」と人が言うのを聞くたびに、それこそ耳障りでしかたがありませんでした。そんな使い方はないと思っていたのですが、「手ざわりがいい」とか「舌ざわりがいい」とかといっしょで、ちゃんとあるんだそうです。この場合はもちろん、「耳障り」ではなく「耳触り」と書くわけですが。

 辞書を引くと「俗用」となっているけれど、つまりもう認知されているということなのでしょう。世の中に認められている言葉をあまりにも頑なに拒むのもどうかなあ、という気もします。自分は使わない、というくらいにとどめておいて、けちをつけるのはもっと偉い人(?)に任せておくべきなのかもしれない。言葉なんてたしかに変わっていくものだし、細かいことにこだわるよりも、言いたいことがちゃんと伝わることこそ大切なのでしょう……本当にちゃんと伝わればね。





うさぎの手紙 2000.5

「3年後、アメリカ一人旅」大計画

 いまどき、アメリカ旅行くらいのことで3年がかりの計画を立てることもないじゃないか、と言われそうですが。

 きっかけは、いたって単純。友達が5年間、アメリカ(サンノゼ)に行くことになったのです。発つ前に久しぶりに一緒に食事をして「遊びに来てね」と言われたら、いきなりものすごく行きたくなってしまい、本気で「絶対に行く」と答えていました。いままでオーストラリア在住の友達に何度誘われてもまったく心は動かなかったのに。

 彼女と話しているうちに、大学生のころにニュージャージーにホームステイしたときのことが蘇ってきてしまったからだと思います。そのとき触れたのは『ファミリータイズ』の世界そのままのアメリカでした。まさにマイケルJ・フォックスのアメリカ。あの夢のような一か月。このうえなく幸せな思い出。

 よし、アメリカに行こう。どうせ行くなら、ゆっくり(せめて一か月)行きたい。友達の家を訪ね、西にしばらく滞在したあと、東のほうにも行きたい……でもそんな長旅、すぐには実行できない。

 というわけで、「3年後、アメリカ一人旅」ということになりました。 3年後には友達もすっかりアメリカ生活に慣れているだろう(バイリンガルになっているはずの彼女の子供たちと遊ぶのも楽しみ)。3年もあれば、旅行英会話ぐらいはなんとかなるかもしれない。3年もかけた計画がつぶれることもないだろう。

 行くのは絶対に野球シーズン。アメリカの球場でホットドッグを食べながら野球観戦、というのは昔からのとても単純な私の夢のひとつ(おまけに7回には「私を野球に連れていって」を大合唱する)。大学生のときにはシーズンオフでできなかったけれど、これをいまさらのように実現しよう。

 あ、あのとき工事中だった自由の女神にも行かなくちゃ。バッテリーパークからフェリーに乗らなくちゃ。コニーアイランドとニューヨーク図書館にも……(だんだん、知る人ぞ知る"あの物語"のシーンをたどる旅になっていきそうなので、このへんにしておかなくちゃ) ……「大計画」のなかみがそれ? そんなくだらないことばっかり? と言われそうですよね。いいの、これからじっくり計画を立てるんだから。3年も経つうちにもうすこし内容のあるまじめな旅行計画になっているはずだから。いまのところは、ただただ明るいアメリカ一人旅計画、マイケルJ・フォックスのアメリカでいいの……。

 でも「3年後にアメリカ」というのが口癖になって、来年になっても再来年になっても「3年後……」と言っていたらどうしよう。

PS ところで、みなさんはマイケル・J・フォックスは嫌いですか? 大嫌いと言われる予感がします(あるいは、好きでも嫌いでもないけど興味ない、とか)。

 私はかつて、「マイケル・J・フォックス、好き」と口にだすのが妙に恥ずかしかったのですが(単純で馬鹿なミーハーと思われるのがいやだったのかもしれない)、いまは「実は大好きだったのよねえ」と平気で言えます(単純で馬鹿なミーハーであることを自覚したからかもしれない)。

 あれこれ酷評されることも多いけれど、やはり素敵な俳優だったと思います。病気のことを聞いたときには悲しかったし、引退を聞いたときは寂しかったな……





うさぎの手紙 2000.6

ナマものが好き! PartII

 東京バレエ団のオール・キリアン・プロを観てきました。 イリ・キリアンは、現代を代表するコリオグラファーのひとり。動きの詩人、と言われています。私は個人的に、墨の濃淡と流れるタッチで自然を表現する水墨画家のような印象をもっています。 今回は『ステッピング・ストーンズ』、『ドリームタイム』、『シンフォニー・イン・D』の三演目が上演されました。

 『ステッピング・ストーンズ』は実は、四年ほど前に初演を観たときは、なんだか納得できなかったんですよね。ダンサーたちが振り付けをこなすのに必死、という感があって。すごい振り付けのような気がするだけに、観ている方としてはもどかしい、というか。ところが二度目に観たときには、息を呑むような作品になっていました。もしかしたら技術的にはまったく変わっていないのかもしれないけれど、ダンサーたちが作品を自分のものにして踊るとこうまで違うのか……作品は成長するものなのだ、と実感しました。そして今回、さらに成長した『ステッピング・ストーンズ』を観ることができました。「動きの詩人」が生んだ美しい詩も、それをみごとに歌いあげるダンサーの力があってこそなんですね。

 この日の目玉は、日本初演の『ドリームタイム』でした。キリアンと故武満徹とのコラボレーション。初演だからどうかな……などと思っていたのですが、文句のつけようのないパフォーマンスで、五人のダンサーがつくりあげる幻想的な世界にあっというまにひきこまれてしまいました。東京バレエ団のプリンシパル・ダンサーたちはいま、円熟のときを迎えているのかもしれません(観なくちゃ損です)。

 そして、いつ観ても楽しめるコミカルな『シンフォニー・イン・D』。こうした作品で、観客の笑いを誘うためには、ものすごく高度なテクニックが必要だろうと思います。 というわけで、この日は至福の二時間をすごすことができました。そう……私、本当にナマものが好きなんですよね。

 バレエでも芝居でも、幕がおりたときに自然にわきおこる拍手は、パフォーマンスの素晴らしさを称える気持のあらわれでしょう。私の場合はそれと同時に、楽しませてくれたパフォーマーへの感謝の気持と、自分がそこにいて、表現者と、さらには表現者を介して創作者と、その作品を共有できた喜びから拍手をしているような気がします。

PS 十月に、東京バレエ団のベジャール・ガラがあります。

 ベジャールの『ボレロ』はやはり、この時代に生きていることを感謝したくなってしまう傑作だと思います。まだ観たことのない方がいらしたら、騙されたと思ってどうぞ一度体験してください。 ちなみに、現在『ボレロ』の上演を許されているのは東京バレエ団だけ。そして『ボレロ』を踊ることができるのは世界で数人のダンサーだけ。それぞれが個性的なすばらしい『ボレロ』を見せてくれます。その数人のダンサーのうちの二人が東京バレエ団の高岸直樹と首藤康之。同じ振り付けなのになぜ? と思うほど、二人のボレロはまったくちがいます。どちらもそれぞれにすばらしい。できれば両方観てください、と言いたいところなんですけど……





うさぎの手紙 2000.7

すごい体験 Part I

 今月は書くことも無いなあ……ひきつづきアトラスの仕事をしていて、ずっと古代の世界にいただけだし、今回の原稿はパスしてしまおうと思ったのですが、テキストが南米の古代史に入ったとたん、私はすごい体験をもっていることを思い出しました。

 実は私、「ナスカの地上絵」をナマで見たことがあるのです(……それほどすごくないかしら)。

 ペルーに旅行したのは、もう8年ほど前になると思います。私たち(もと夫と私)が行こうとしていたころ、折悪しくペルーではコレラが大流行。まわりの人たちにはとめられましたが、私たちが帰国した直後、観光旅行どころではない情勢になってしまったので、あのとき思いきって行って本当によかったと思います。

 本当のことを言うと、インパクトあるかな? と思って最初に書いたものの、「ナスカの地上絵」は、この旅行の最高の思い出というわけではないのです。当然、セスナに乗って(これも初体験)上空から見たわけですが、私はすっかり酔ってしまったんですよね。はるばるやって来たんだから、と自分にいいきかせて必死になって見たけれど、地上を見下ろしてますます気分が悪くなる……おまけに目が悪いせいか写真で見るよりずっと不鮮明で――その場では、本当にやたらに大きいわ、という感想をもつのがやっとでした。

 でも、このペルー旅行は本当に充実していました。「地球の歩き方、ペルー編」をほとんどカバーしたんじゃないかと思います。何日間滞在したかは忘れてしまったのですが、かなり思いきって休みを取り、かなり思いきってお金を使った旅行だったのです。パック旅行ではなかったので、のんびりした時間もずいぶんありました。だいたい、こっちが焦ってもしかたないのです。乗り物はたいてい1時間以上遅れるし(エンジン故障らしい、などと恐ろしいことを平気で言う――飛行機ですよ!)。でもその土地にいると、それが当たり前になってしまうんですよね。計画がうまくいかなくても、苛々したことは一度もなかったような気がします。

 今から思えば、もう少しいろいろ勉強してから行けばよかったな、とは思うのです。南米のすばらしい古代文化については、インカ帝国とナスカの地上絵のことぐらいしか聞いたことがなかった(これは、子供向けの「世界の七不思議」の本にも必ず載っていますよね)。2人とも長めの休暇を取るためにぎりぎりまで忙しく、行きの飛行機のなかで何冊か本を読むのがせいいっぱい(まあ、それができるほど遠かったわけです)。

 でも、頭でっかちにならずに行って、その場で直接受けたインパクトも貴重だったような気がします。 マチュピチュをはじめとするさまざまな遺跡はもちろん、鮮やかな彩色織物や精巧な土器の数々。なにもかもにすっかり夢中になってしまいました。博物館のなかには、布に触らせてくれたり、土器をじかに持たせてくれるところもありました。毎日が本当に驚きの連続でした。話しはじめたら終わらないかも。

 でも、いまこうして思い返していると、もう一度見たいと思うのは、遺跡よりもなによりもペルーの風景そのもののような気がします。真っ青な空。パッチワークの布で覆ったような山々(実際は色とりどりの段々畑なのですが)。日干し煉瓦の建物が建ち並ぶ街。夢のようなティティカカ湖の夜明け。そして、インディオの人たちに感じる奇妙な親近感……。 なぜか懐かしさを感じるような風景。ここに生まれても大丈夫だったな、という不思議な感覚でした。たしかに私にとって、ペルーは特別な場所だったのかもしれません(前世が古代パラカス人かなにかなのかしら)。

 あの感覚をもう一度もてるかどうかはわからないけれど、「3年後アメリカ一人旅」大計画に、南米再訪も加えてしまおうかな……?





うさぎの手紙 2000.8

蛙、つかめる?

 暑いですね。今年の夏は、とても夏らしい夏ですね。通勤がないせいかもしれませんが、昔ほど夏が嫌いではなくなりました……少なくとも、暑さそのものは。

 でも、夏には嫌なことが少なくとも四つあります。

  @虫がふえる

  A蝉が鳴きわめく

 B虫の死骸や蝉の抜け殻が道に転がっている

 C不用意にテレビを見ていると、突然、殺虫剤などの恐ろしいCMが流れる(あれは本当に暴力的だと思う)

 そう、私、ものすごく昆虫が苦手なんです。嫌い、というよりも本当に恐いんです。昆虫の存在を否定するわけでもないし、絶滅してほしいなんてもちろん思っていません。理由もなく殺されて可哀想に、と思うくらいです。恐くなければ嫌いじゃないのに、と思うほどです。実際、私の目に触れないでいてくれればなんの問題もないんです。以前、少々古いアパートに住んでいたころは、自分の部屋に入る前にいちいちノックしていました(もしもそこにいるなら私がドアを開ける前に姿を隠して……お願い!)。

 何よりも恐いのは昆虫ですが、このてのもの(?)は、とにかくまったくダメ。基本的に哺乳類しか愛せないし、さわれない。がんばっても鳥どまり。もう少しがんばって魚どまり。カブトムシも飼えないし、爬虫類をペットにするなんてとてもできない。

 そして、蛙を素手でつかむなんてとんでもない(やっとタイトルにつながった)。

 実は先日、蛙をつかめないことを妹とその夫にものすごく馬鹿にされたんです。蛙をつかめない人なんてこの世にほとんどいない、あんなものつかめないなんて変だ、とまで言われ、悔しさのあまりデータ収集を開始しました。友達にメールをうつときに、こんな質問を書き添えてみたんです。

 唐突だけど、蛙、つかめる?

 日本で、蛙を平気でつかめる人とつかめない人と、どっちが多いと思う? いまのところ、つかめる、と答えてきた人は一人もいません。とはいえ、自分はつかめないけれど、日本人全体で考えたらつかめる人が圧倒的に多いだろう、というのが大半の意見(……まあ、そうなんでしょうね)。

 この馬鹿馬鹿しい質問、けっこう面白くて、ほとんどの人が律義に即答してくれて、しかもたいていの人が、答に加えて自分の蛙体験を教えてくれるんです。

 都内某区に一人で住んでいたころ、アパートの階段の真中に大きな蛙が鎮座していて、恐くて何時間も部屋に入れなくて……云々。

 子供のころ田んぼのそばの幼稚園に通っていて、みんなで蛙をとりに行き、自分だけ恐くてつかめなくて、友達や先生に馬鹿にされて……云々。

 蛙はつかめないけど、蛙のでてくる可愛い歌がある、と言って歌詞を全部書いてきてくれた人もいます(「カエルのりんちゃん」。NHKの「おかあさんといっしょ」の六月の歌だったそうです)。

 そしてたいていの人が、家族に訊いたり、職場で同僚に訊いたりしてくれて(別に頼んでいないのに)、短期間に思いのほか多くのデータが集まりました。

 結果:少なくとも私の友人(とその家族)のほとんどは、蛙をつかめない。

 でも、この結果を大威張りで妹夫婦にぶつけたところ、"それはただのルイトモだよ"と、あっさり片づけられてしまいました(質問相手が偏りすぎ、だそうです)。しかも質問のしかたもずるい。蛙を"平気で"つかめる人はあまりいないかもしれないけれど、嫌々ながらでもとりあえずつかめる人はもっといるはずだって……。

 ――というわけで、ひきつづきデータ収集中。

 みなさん、蛙、つかめます?("平気で"でも"嫌々ながら"でも)

PS 八月の私のメイン・イベントは、バレエ・フェスと、年甲斐もなく真夏の野外ロック・フェス。次回はそのライブ・レポートをお送りします(……予定)。





うさぎの手紙 2000.9

マノン対決、再び

 三年に一度のお楽しみ、世界バレエ・フェスティバルを観てきました。ひとつのバレエ団の公演をじっくり鑑賞するのはもちろん好きですが、各国の一流ダンサーが一堂に会して、それぞれが目の覚めるような演技を見せてくれるこのフェスティバルには、"競"演と単純に言ってしまえる楽しさがあります。前回見逃しているだけに、とても楽しみにしていました。

 私が観たのはBプログラム。『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』で軽やかに幕を開け、エンディングはボリショイのダンサーの『ドン・キホーテ』でした。やっぱりフェスティパルにはいきのいいドンキがほしい。おおいに盛りあがり、最後に全ダンサーが舞台にそろって豪華なフィナーレ。あっというまの至福の四時間でした。 どのダンサーもどの作品も素晴らしくて、それぞれについて書き始めたらきりがないので、ここでは大好きな二人のバレリーナ、アレッサンドラ・フェリとシルヴィ・ギエムのことだけを書くことにします。 今回のフェスティバル(の私が観たBプロ)では、フェリが『カルメン』と『マノン(寝室のパ・ド・ドゥ)』、ギエムが『海賊』と『マノン(沼地のパ・ド・ドゥ)』を踊りました。

 ここで再びマノン対決!!『マノン』は私の大好きな作品の一つ。マスネーの音楽にケネス・マクミランが振りつけた、あのマノン・レスコーの物語です。そのパ・ド・ドゥの美しさは、それこそ筆舌に尽くし難いってこういうことを言うんだな……という傑作(単に文章力がないだけなんでしょうけど)。 前々回、6年前のフェスティバルでは、別々の日にフェリとギエムが二人とも「寝室のパ・ド・ドゥ」を踊りました。どちらも素晴らしかったし、当時の私はギエムに夢中だったのですが、このときばかりはフェリに軍配をあげたのです。それほど、フェリの『マノン』は鮮烈でした。

 今回、フェリは6年前と同じく、マラーホフと「寝室のパ・ド・ドゥ」を踊りました。"本当だったら真面目な神学生なのに……"という感じが、マラーホフには相変わらずよく似合う。二人の流れるような美しいパ・ド・ドゥには、呼吸をするのも忘れてしまいそうでした。 そして、ギエムが踊ったのは、全幕ならクライマックスをかざる「沼地のパ・ド・ドゥ」。そのドラマティックなパフォーマンスに圧倒されました。今回、ギエムの相手をつとめたのはパリ・オペラ座のニコラ・ル・リッシュ。実は、ギエムが素晴らしすぎるせいか、いつも相手の男性ダンサーに物足りなさを感じてしまうのですが、今回は大満足でした。くだらない余談ですが、初めてル・リッシュを観たとき、まだとても若くてあまりにも可愛かったものだから、妹と私は"にこにこニコラ"とあだ名をつけて喜んでいました。いまだについそう呼んでしまいますが、もうすっかり大人のダンサーになった彼には、こんな愛称は失礼でしょうね……(最初から、私たち以外、誰もそんな呼び方はしていないけど)。 というわけで、今回のマノン対決は……めでたく引き分け!! ああ……贅沢な一日だった。

 それにしても、女を踊らせたらフェリに勝るダンサーは――少なくとも私がナマで観たことのある現役ダンサーのなかには――いないように思います。しかも少女の汚れなさと可憐さも失わない(実は同じ年なんですけどね、フェリと私)。さすがマクミランのミューズ(たぶん)。そういえば、ジゼルは決して純真無垢で愛らしいだけの田舎娘ではなく、情念の深い"女"でもあったのだ、と私に教えてくれたのはフェリでした。成仏(?)できなかったくらいだもの……もっと早く気づくべきだったのかもしれませんが。 誰かが源氏物語を振りつけることがあったら(ないかな?)、フェリには六条御息所を踊ってもらいたいな……。

PS二日後のロック・フェスのご報告もするつもりだったんですけど……やめておきます。真夏の野外ということで、炎天下対策ばかり考えていたら、なんと台風でした。私、自分が筋金入りの雨女だということをころっと忘れていたんです。みなさん、私を野外イベントに誘うのはやめよう!!(それまでなんとかもっていたお天気が、私の熱愛バンド登場と同時に暴風雨。でも嵐のなかの彼らのライブは、それはそれは素敵でした……贔屓目かしら)





うさぎの手紙 2000.10

再会

 友達とほぼ二十年ぶりに再会しました。会っていなかっただけでなく、電話も手紙もなし。二十年近く、まったくといっていいほど言葉を交わしていなかった友達です。

 高校三年生のころ、私はあるアトリエに通っていました。画家の先生が材木店の二階を借りて個人で開いていた小さなアトリエでした。私は建築学科志望で(今となっては少々気恥ずかしい過去)、受験科目にデッサンがあったのですが、子供のころから呑気に通いつづけていた"お絵かき教室"では受験デッサンの面倒はみられないと言われてしまい、高校三年生になってから新しく見つけた教室でした。当時、その受験コースには女子ばかり四、五人ほどが通っていました。学校はばらばらで、私のほかは全員美大を目指していました。

 ひとくくりにするのもどうかと思いますが、私が通っていたどちらかといえば閉鎖的なミッション・スクールの友人たちとくらべて、アトリエの仲間たちはとても個性的で、かなり自由で奔放でした("いまどき"の高校生に比べれば、おとなしいものだったとは思いますが)。受験科目にデッサンがあったのは本当ですが、実は私はこのアトリエで過ごす時間がとても楽しくて、同じ学校の理系クラスの友人たちが寸暇を惜しんでひたすら受験問題集に取り組むなか、美大志望でもないのに必要以上に熱心に通っていたような気がします。アトリエを使う時間は自由。一定期間で課題を仕上げ、月に一度先生に批評していただくことになっていました。現役の受験生は、たいてい平日の放課後に集まります。夕方から夜にかけての時間、先生に代わってアトリエを管理し、受験生の面倒をみてくれたのは数人の美大生でした。私たちは決して不真面目だったわけではありませんが、そこは恐れを知らぬ女子高生。とめどないおしゃべりは当たり前。指導役の大学生をからかっていじめるのは日課のようなもの。いま思えば、結束の固い女子高生たちを相手に、せいぜい二十二、三歳(だったはず)の大学生の男の子たちはかなり手を焼いていたことでしょう。

 そんなふうにほとんど毎日会っていた仲間たちだったのに、受験が終わり、それぞれ大学に入ってしまうと会うこともほとんどなくなりました。いつでも会えると思っていたのに、その後もずっと機会はなく、いつのまにか年賀状のやりとりだけになっていました。毎年「今年こそ会おうね」とおたがいに書きつづけて……ふと気がついたら二十年近く過ぎてしまっていたわけです。一生会う機会はないかも、と年賀状を書きながら思ったりもしていました。

 ところが先日、私の大失敗(恥ずかしくて言えない)がきっかけで、当時のアトリエ仲間の一人に会うことになったのです。場所や時間を打ち合わせるメールのなかで、「いままで高校生を見てもなんとも思わなかったけど、このごろ、ああ、尚ちゃんとはこの子たちが生まれる前から会っていないんだ、と思っちゃう」などと彼女が書いてきました――たしかにそれはすごい。二十年って、なんて長い時間なんだろう。考えてみれば当時、アトリエのそばにはコンビニもなかった(あったら毎日お世話になっていたでしょう)。貸し借りしたのは、CDじゃなくてLPレコード。ルーズソックスなんてなかったし、携帯電話なんてもちろん誰ももっていなかった。

 約束の日が近づくにつれて、どきどきしてきてしまいました。初めてのデートじゃあるまいし。女友達に久しぶりに会うだけなのに。でも制服を着ていたころから一度も会っていないんだもの。こっちだけおばさんになってたらどうしよう……?

 彼女は全然変わっていませんでした。そして彼女曰く、私も。二人とも三年もすれば四十歳。女子高生だったころと(もちろんルックスだって)同じはずがないのに。会ってからは、あっというまに時間がすぎました。でも、昔に戻って女子高生同士のような話をしたわけではもちろんありません。おかしなことに、思い出話に花を咲かせたわけでもありませんでした。しょっちゅう会っている気のあう友達のように、午後いっぱい一緒に過ごしました。違和感ゼロ。不思議なものです。

 二十年という時間はあまりにも長すぎて(なにしろオリンピック五回分)、変わっているところがあってもそれは目につかなくて、逆に変わっていないところ、この先もおそらく変わらないところしか見えないものなのかなあ……。あるいは、変わったところがたくさんあっても、実はそこは一人の人間のなかでたいした部分ではないのかも……。あるいは、あのころの私たちが、いちばん自分らしい姿を素直に人にも見せていて、途中でいろいろ変わっても、結局その姿に少しずつ戻っていっているのかも……。





うさぎの手紙 2000.11

エルメスのクロコのスーツ

 唐突ですが、みなさんは、たまたま見たテレビの番組で、死ぬほどショックを受けてしまったことってありますか? 先日、食事をしながら見るともなく見ていたある番組(食事中にテレビを見るのはあまりお行儀のいいことではないのでしょうが、"たまたま"見るのはたいてい食事中)。これに私はかなりショックを受け、そのショックを数日間引きずってしまいました(実はお話しするのも恥ずかしいほどくだらない番組だったのですが)。

 タレントが超大金持ちの奥様(番組のなかでの呼び方では"マダム")を訪ね、その持物(服や小物やアクセサリー類)の値段を予想し、あとで実際の値段が明かされる(そしてスタジオが騒然とし、私みたいな馬鹿な視聴者が呆然とする)という企画。

 次々に画面に映しだされる高級品の数々。ほとんどが一流ブランド品。すべてが何十万、何百万単位の品々。プレミアがついて購入時金額をはるかに上回るものも少なくない……でもね、ここまでなら私だって別に驚かないんです。六〇万円のバッグか……二〇〇万円の時計ね……ふぅ〜ん……あ、そう、みたいな感じ。

 ところが……そのなかの一品、まさに番組の目玉だったエルメスのクロコダイルのパンツスーツに、私は心底驚いてしまったのでした(つまり、まんまとハメられてしまったわけ)。ジャケットだけで可哀想なワニちゃんが四匹使われていて、その"マダム"が、これを買うときはさすがにものすごく迷ったというシロモノ……。予想金額は三五〇万でした。実は私も、まあそんなもんかな?……などと思ったのです。

 結果は――購入時金額、なんと八〇〇万円。そしてブランド鑑定士(?)の鑑定によると、その価値は購入金額を優に越えて、一千万円……うっ 驚愕を通り越して、なぜか動揺してしまった私……数日たってもこのショックは完全には消えませんでした。ただ驚くだけならともかく、私ったらなぜこんなに動揺しちゃっているんだろう、と真剣に考えてしまう始末。

 このスーツがものすごく高価なものだということはわかるのです。デザインもぱっと見に素敵なだけではなく、隅から隅まで考えぬかれたものにちがいない。素材もきっと申し分ないんだろう。すごくいいワニ皮です、と鑑定士も言っていたし。そんな最高級の皮をもつワニを捕まえるのも大変なんだろうな……ジャケットだけで四匹だし。ワニ皮は裁つのも縫うのも、ものすごく大変なのかも……(?)。

 でも単に、"一千万円"という常識はずれの金額だけが私をここまで驚かせ、動揺させているのではないみたい。たぶん"一千万円"、"クロコ"、"エルメス"、そして"パンツスーツ"、このすべてがキーワードなんです。 私は動物を着るのは個人的には嫌いだし、いろいろと思うところもありますが、いまここで敢えて毛皮好きや皮革好きを非難しようとは思いません。そして、この地球には毎日の食べ物に困っている人もいる、などということもここでは言いたくありません。だってそんなこと言いはじめたら、この私が、ほかに着るものがあるのに一万円のジーンズを買うのだって、本質的には同じ罪(?)だと思うもの。それに私はブランドを目の敵にしたり、あるいは馬鹿にしたりする人間ではありません。一流ブランドの製品は創造力と職人技の結晶だと思っています。悪戯に騒ぎたてたり、それをディスカウントで買おうとしたりするのはみっともないと思うけれど。一流と言われるブランドには、ちゃんとした存在理由と価値があるのは理解しているつもり。もつ側として分不相応だと思うから、ケリーバックなんて一生欲しいとは思わないだろうけれど、それにふさわしい人が、それだけのお金をきちんと払って使っているのをおかしいとは思わない。

 でも、このエルメスのクロコのパンツスーツについては、好き嫌いや倫理観を越えて、とにかくショックを受けてしまったんですよね。だって……なんだかんだ言っても、ただの"おようふく"なのよ。貴金属でもなければ骨董品でもない。舞台衣装でも一大セレモニー用のイブニングドレスでもなく、通勤に向きそうなすっきりしたデザインの単なるパンツスーツにすぎない。しかも、この"マダム"は、王族でも石油王夫人でもアカデミー主演女優でもない。大金持ちらしい、ということを除けば、日本に住んでいる普通の日本人の主婦なのよ。 たぶん、私の動揺は、「理解不能」というところからきてるのにちがいありません。このスーツの存在は、私の理解を完全に超えているのです。頭のどの部分で理解したらいいのかもわからないんだもの。いったいどんな人に着せたくてこんな服をつくったのか想像できない。そして、これを着たいと思った気持も、欲しいと思った気持も、一千万円だして(購入金額は八百万円だけど)買おうと思った気持も、私にはまったく理解できない。たとえ宝くじで一億円当たっても(外国の宝くじで五億円くらい当たったって)、私は一千万円だして一着の服を買おうとは思わないだろう。そして、たとえ爬虫類系のファッションが大好きだったとしても、ワニ四匹(パンツも入れれば六匹ほどかしら)を身に着けたいとは思わないだろう。

 "エルメスのクロコのスーツ、一千万円"について理解するより、これから必死に勉強して量子力学かなにかを理解するほうが、もしかして私とっては簡単かしら……?





うさぎの手紙 2000.12

世紀末

 月並みですが、二十世紀も最終月。みなさんいかがおすごしでしょう。

 世紀末なんて、言葉だけのものだと言ってしまえばそれまでですが、たしかに"世紀末感"ってありますよね。神様が演出してるのかしら、と思うほど。 アメリカの大統領は決まらないし。実は"史上稀に見る大接戦"ということで、申し訳ないけれど面白半分で注目していました(ごめんなさい)。当日決まらなくてちょっと興ざめ、なんて思っていましたが、専門家の予想も越えるこんな大混乱になってしまうとは。投票用紙を虫眼鏡で見ながら再集計している様子が世界中に放送されているなんて……ああ世紀末だわ。

 そして、話がずいぶん小さくなりますが、日本の首相は支持率史上最低だそうで。本人の実績も実力もまったく知りませんが、たしかに、あの「つくってるんじゃないの?」と思うほどのくだらない失言の数々だけを見ても、正面から支持できる人はなかなかいませんよね。そのうえ、内閣不信任案騒ぎは、結局あの始末だし……なんだかとても日本的な世紀末だわ。(関係ありませんが……"不信任案が否決されても信任されたわけではない"とか、"加藤派の反加藤グループ"とか、政治の世界は難しいですね。もしも私が日本語勉強中の外国人だったら、絶対に意味がわからないと思う)。

 わたくしごとですが、私の卒論のテーマは"アールヌーボーとその時代"でした。論文自体はろくなものではありませんでしたが、当時、世紀末(もちろん十九世紀末)の美術や社会に関する本をずいぶん読みました。世紀末ってたしかにあるんだなぁ……と思ったものです。そのとき、やがて十五年もすれば、自分も世紀末の真っ只中にいるなんて、なぜかほとんど考えませんでしたが。

 別に、"世紀末"という言葉ですべてを説明しようとは思いませんが、でも私はどうも言葉に踊らされるタイプの人間らしく、けっこう意識します。 世紀末だなぁ……と感じはじめたのは、次々と明るみにだされる医療過誤事件でした。いままで隠されてきただけなんでしょうけど、多過ぎますよね。どれもひどい話ばかり。薬の名前が似ているから間違えた、なんて。医学の最先端はさらに先へ先へと進んでいる(らしい)けれど、逆に基本的な部分はガタがきているのにちがいない。

 そして、ぽつぽつとつづく子殺し事件。それぞれの事件の背景などをすべておいておくとして、やはり多過ぎる。何かが狂いはじめているにちがいない。素人考えですが、これって、生物学的(だか遺伝学的だか知らないけど)にもどこかおかしいんじゃないかしら? 自分の遺伝子は守ろう、伝えようとするのが、動物として当たり前なんじゃないのかしら? 人類は、思いのほか早く滅びるんじゃないだろうか。

実際、次の世紀末を人類が無事に越えられるかどうかさえ怪しいんじゃないか、とまで思っちゃいます。これはもう……混沌の"世紀末"を越えていよいよ"終末"かしら……? でもまあ……一夜あければ、新世紀なんですけどね。そのとたんに、"二十世紀最後の〜〜"に代わって、"二十一世紀初の〜〜"っていうコピーがそこらじゅうにあふれるのでしょう。

 二十一世紀、といえば、昔はSFにでてくる時代だと思っていました。ちゃんと計算すれば気づいていたはずなんですけど――死ぬ前に(いや、おばあさんになる前に)二十一世紀はやってくる。

 タイムマシンや宇宙旅行や"どこでもドア"はまだ夢だとしても、もっと生活に密着した部分で、昔のSFに描かれた二十一世紀はすでに実現されている(あるいは越えている)ような気がします。たとえばウォークマンや携帯電話。たしかブラッドベリの小説に、みんなが耳に管を差しこんで、それぞれが好き勝手な音楽を聴いているというシーンがあったような気がします(人間らしさを失った未来社会の不気味さをかもしだす小道具だったはずなんですけど……ちがったかな)。そして、電話を携帯するなんて、宇宙服みたいな服が一般的になってからの話だと思っていました……しかも昔のアニメにでてきた携帯電話(たぶん)はもっと大きかったし。そしてなにより、あのころの子供向けSF系ドラマ(?)では、コンピュータは、専門のオペレーターだけが扱える、ぱかでかい機械だった(しかも部屋中、穴のあいた紙だらけ)。それを私なんかが日常的に使っているんだもの……使いこなしている、とは間違っても言わないけれど。

 昔の想像をはるかに越えた新世紀がいよいよやってくるんですね。なにごとにも疎い私は、ふつうに生活していけるのか心配になってきてしまう――いまだに携帯電話ももっていないし。

PSそして……"二十世紀最後の大ニュース"と一般の報道番組のトップ項目になってしまったのがアイドルの結婚宣言で、"最近珍しい男らしい態度"と国民に幅広く支持されたのがその記者会見での彼の受け答えだなんて……やっぱり世紀末だわ(木村君、個人的には好きですけど)。