![]() うさぎの手紙 2001.1 ナマものが好き PartIII あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 などと書きながら、年賀状と同じで、いまはまだ2000年12月。新年らしい心境も近況も書けません。というわけで、今回は歌舞伎の話です。先日、おそらく2年ぶりぐらいで歌舞伎を観てきました。実は、そのパフォーマンス自体にものすごく感激したわけではなかったのですが(勧進帳の弁慶がいまひとつ……怒られそうだから役者の名前は書けない)、久しぶりに歌舞伎座に行ったことで、どうやら私の歌舞伎スイッチがまた入ってしまったらしいのです。 私は歌舞伎が大好き。歌舞伎のいいところは、とにかく徹底的に大衆芸能であるところなんです(少なくとも私にとって)。これでもかとばかりに楽しませてくれるところ。究極のエンターテインメント。世話物も時代物も好き。ホラーも好き。コメディも好き。涙なしでは見られない悲劇も好き。息を呑むほど美しい踊りも好き。この"なんでもあり"のところがまたたまらなく好き。SFX無しのアクションと仕掛けもすごい。衣装もメークもかっ飛んでる……。凄惨な殺人シーンやきわどい濡場の数々は、はっきり言ってR指定(?)だと思うけれど、そこは伝統芸能として認知されているせいか、国会議員にいちゃもんをつけられることもなく、中学生も……未就学児も堂々と鑑賞OKです。 初めて歌舞伎座に連れていってくれたのは祖母でした。まだ何がなんだかわからないほど幼い子供の頃です。祖母は長谷川一夫のファンクラブ(?)なんかにも入っていたらしい……ミーハー道楽者の大先輩でした。祖母が亡くなってから、再び自分で観に行くようになるまで、私には歌舞伎鑑賞のブランクがありましたが、妹はそのまま歌舞伎ファンの道を突っ走り、お気に入りの演物では役者に合わせてセリフを小声で口ずさむような人になってしまいました(たとえば白波五人男を観るときの妹を見せたいです←かなり面白い)。 歌舞伎はやっぱりナマもの。難しい解説書を読んでもはじまらないし、ストーリーを知っているだけではなんにもならない。テレビの劇場中継を見てもちっとも面白くない。その場で、ナマで体験してこそのものだと思います。伝統のなかに閉じこめられて硬直してしまってもおかしくないはずなのに、歌舞伎はいまでも生きたお芝居だと思います。舞台から観客へ訴えかけてくるパワーがあるんですよね。 たとえば年末といえば赤穂浪士ですが、忠臣蔵はやっぱり歌舞伎にその本質があると思います(もととなったのは人形浄瑠璃ですが)。さまざまな小説やドラマや映画がでてきても(ちなみにベジャールの『ザ・カブキ』は忠臣蔵のバレエ版)、そんなバリエーションが成立するのは完璧な『仮名手本忠臣蔵』があるからこそ。これを通しで観たとき、私は忠臣蔵のすべてがやっとわかったような気がしました。一日中舞台を見つめ、芝居のなかに入りこんだとき、赤穂浪士の物語が初めて実感できたような気がしたんです。大河ドラマや映画で延々と説明される時代背景や人物描写以上に、それは不思議なリアリティにあふれていて、有無を言わさぬ説得力がありました。 役者たちは幼い頃からさまざまな厳しい稽古を重ねているのだけれど、それを観客に押しつけるのではなく、あくまでもエンターテインメントとして見せてくれる心意気も好きなんです。私は思いっきりミーハーなので、やっぱりいま活躍している役者さんたちが大好き。先代とくらべるとまだまだ……とか、何代目誰々のなんとかはすごかったというような話もいろいろ聞くけれど、なんといっても私自身にナマで芝居を見せてくれる役者のインパクトはちがいます。子役が成長していくのを見るのも楽しい(あっというまに大きくなるので、自分の年齢を感じて恐くなることはありますが)。そう遠くない将来に、初舞台を見た役者が襲名披露するなんてことになったら、ついつい感激しちゃうだろうなと思います。 ――こうして知らないうちに祖母や母のようなおばあさんになっていくのかしら……? いまだに團十郎を團十郎ではなく(海老蔵ですらなく)"なつおちゃん"などと呼んでしまうんですよね……私の母。PS私のかなり年下の友達が目標とする理想の女は揚巻です(でも、理想の男が助六なわけではないらしい)。 |
![]() うさぎの手紙 2001.2 奇蹟のスペア
こんにちは。寒いですね。でも冬はこれくらい寒いほうがかえって安心かもしれませんね。 ところで、みなさんは最近、ボウリングを楽しんだことがありますか? 昔はあんなに流行っていたけれど、最近ボウリングをしたという話は、私のまわりでは全然聞かないし、趣味はボウリングという人にも会ったことがありません。ボウリング場もほとんど見かけなくなった気がします。昔は私の家のそばにもいくつかあったのに。 私は、運動神経が切れちゃっていて、ほぼすべてのスポーツが苦手。スポーツ観戦は大好きだけれど、自分でするのは全くダメ。まず走るのがものすごく遅い。これほど走るのが遅くなかったら人生が変わっていたにちがいないと思うほどです(この気持は人並みのタイムをもっている人には絶対にわからないと思う)。そういえば、逆上がりもできなかったんだった。壁倒立もできなかった。ああ……思い出したらきりがない、体育の授業でのみじめな経験の数々……。学校の運動能力測定で、非情にも"級外"の烙印(?)を押されてしまったのは、これはもう本当のトラウマだわ(ボール投げが10メートルにとどかなかったんです。一種目でも最低ラインをクリアしないものがあると"級外"にされてしまう……ひどいと思いません?)。 小学生のときからずっと、いちばん嫌いな科目はもちろん体育。いちばん嫌いな行事はもちろん運動会。大学に進学していちばんショックだったのは体育の授業があったこと(なぜかないと思っていた)。大人であることが何よりも嬉しいのは、徒競走がないこと。運動会もないし、とにかく自分から望まないかぎり、スポーツをしなくてすむこと。 というわけで、ボウリングも苦手です。苦手という以前に、私の世代には珍しく、数回しかやったことがありません。それも大学生のころ、無理に誘われて嫌々ながらやっただけ。当然いつもダントツのビリ。スコアも最低。自分でも不思議なほど、ボールはみごとに溝を転がっていくんですよね。 ところが、そんな私が、いまさらボウリングをする羽目になってしまいました。週に一度ボランティアに行っている施設でボウリング大会があったのです。参加を強制されたわけではありませんが、外に出かける行事は施設内で行なう行事よりも人手が必要なのはよくわかっているので、参加したくないとは言えませんでした。 ああ、どうしよう。ボウリングなんて、もう一生することはないと思っていたのに。 でも、かれこれ18年のブランク――いや数回しかやったことがないのだから、ブランクとは言わないだろう――このかぎりなく初心者に近いことが、かえっていいほうに働くかも。知らないうちに上手になっているかも。ビギナーズラックみたいなこともあるかも。とりあえず、イメトレでもしてみよう(正しいイメージがないからこれは無理)。 もちろん、知らないうちにうまくなっているなんてことがあるはずもなく、当日はやっぱりガターの連続でした。たまに5、6本倒れれば、それだけで拍手されてしまう始末(これがまた惨めなのよ)。 でもね、最終フレームで、なんと私は生まれて初めてスペアというものを経験してしまったのです。ガターになるのと同じ勢いで、ストライクをだした経験は遠い過去にもあったけれど、スペアというのは本当に初めてでした。 ……こういうのを奇蹟って言うのね。 スコアは地獄のようにひどいけれど、終わり良ければすべて良し……と思ったら、もう一投できますよ、と言われてしまいました。ルールすら把握していなかったんですよね。ショック……せっかく有終の美を飾れたと思ったのに。最後はやっぱりガターでした。 やれやれ……とにかく終わったわ。こんなことで一週間も悩んでしまった。運動神経がないのって、本当に人生においてなんて損なんだろう。実のところ、施設の園生さんたちが楽しめれば、ボランティアとしてはそれでよかったはずなんですけどね。 スコアは秘密!(これが本当にボウリングのスコアなのか?) PSボウリング発祥の地はドイツなんですって。 ところで……ボウリングというのは、はたしてスポーツなんでしょうか? |
![]() うさぎの手紙 2001.3 もしも電気がなくなったら
野田秀樹の一人芝居に行ってきました。 ――と、こう書きはじめたらそれについて書くのが本当なんでしょうが、彼の芝居については、言葉では何も伝えられないんですよね……少なくとも私なんかには。もしもまだ一度も観たことのない方がいたら、ぜひ一度体験してみてください、お願い。 ところで、その芝居のなかで「無人島に一枚だけしかCDをもっていけないとしたら、何をもっていくか、なんて馬鹿なこと訊くやつがいるんだよな」……云々というセリフがありました。――そういう馬鹿なこと、ときどき口走ってしまうのはこの私よ。無人島に一冊だけしか本をもっていけなかったら、何をもっていくか、とかね。 しかし、本なら無人島でも読める。 でもCDは無人島では聴けない。CDが聴けないということは、音楽が聴けないということですよね。そうか……無人島では音楽が聴けないんだ。それはかなり悲惨。でもそれを言うなら、なにも無人島までひっぱりだすことないわけですよね。停電になっただけでCDなんて聴けないんだもの。もしも、この世から電気がなくなってしまったら、音楽は聴けない……。 電気がなくなったら、もっと心配することが山のようにあるわけで、音楽が聴けないなんて気にする暇はないのかもしれないけど。 もしも電気がなくなったら――そういえば子供のころに考えたことがありました。自分から考える気がなくても、電気がなくなったらどうなると思いますか? なんて大人に質問されたりして。でも私が子供のころとくらべてさえ、生活のなかで電気に頼る度合いはとても大きくなっているように思います。というより、電気がなければどうにもならないものが増えたんですね。交通の麻痺などは昔も思いついたけれど、いまは困ることがもっとたくさんあるような気がします。インターネットでグローバル、なんて言っているけれど、電気がなくなったら、コンピュータなんて当たり前だけどただの箱。 実は去年、久しぶりに停電を経験しました(なんとなく子供のころはもっとしょっちゅうあったような気がするんですけど……気のせいかしら)。とてもローカルな停電だったらしく、もちろんニュースにもなりませんでした。それでも当事者にとっては大事件。何をやっても間の悪い私は、なんと入浴中。突然真っ暗になってしまうだけでもひどいのに、お湯もでなくなってしまうし(ガスのくせになんなのよ)。 よかった、懐中電灯があって。でも電池の買いおきなんてあった? よかった、ラジオがあって(とりあえず、日本中が真っ暗になったわけではないことがわかった)。でも電池が切れたらどうしたらいいの? 通りを走る広報車のアナウンスに必死に耳を傾ける……原因を調査中で(つまり原因不明ってこと)、復旧の見通しがたちしだいお知らせします(つまり復旧の見通しがたっていないってこと)。 いつまで停電がつづくか全くわからず、懐中電灯の電池が切れてしまうのが恐かったので、ロウソクを探しだして(よかった、ロウソクがあって)、その薄明かりのなかで妹と二人、戒厳令が布かれたみたいだね、戦争なんて絶対にやだね、などと小声で(なぜか小声になってしまう)惨めな会話を交わす始末……。 結局、一時間ほどで復旧したのですが、いま私たちがどんなに電気に頼っている……というよりも支配されているかを実感しました。 真冬じゃなくてよかった。うちにはいま、電気に頼らない暖房器具がひとつもない(ガスファンヒーターだって電気がないとつかない……昔のガスストーブなら使えたのに)。一人暮しじゃなくてよかった。電話線が切れているわけじゃないのに電話も使えない。暗闇に一人ぼっちで、しかも誰とも連絡がとれなかったらどんなに不安だっただろう(昔の黒電話なら使えるのに)。 とりあえず仕事もできない。なにしろコンピュータはただの箱になってしまっているんだから(いまさら紙と鉛筆で仕事ができるようになるには、かなりの修行が必要)。かといって、気を紛らわすことも何もできない。そう……音楽は聴けないし。少なくとも夜のうちは本も読めない。もちろん、テレビもつかない(これもただの箱)。 ちょっとぞっとしませんか? こんなにすべてのことを、たったひとつのものにあずけちゃってて大丈夫なんだろうか? そういえば、先月の大雪で関東地方の一部が停電しましたね。あんな雪ぐらいで停電しちゃうなんて……嘘みたい。 こんなこと、いい年した大人になって、改めて考えることじゃないような気もしますが……というか、どうせ考えるならもっとシビアにもっと深く考えるべきだとは思うんですけど(だいたい考えはじめたきっかけが馬鹿馬鹿しいし)。 それにしても、いま突然電気がなくなったとして、何事もなかったように平然と仕事をつづけられるのは、アコギ一本で夜の街角に立つストリートミュージシャンぐらいしか思いつけないわ……。 |
![]() うさぎの手紙 2001.4 First Kiss!
3月13日、東京ドームに行ってきました。 野球もまだ始まらないこの日、そんなところにいったい何をしに行ったのか……? 何を隠そう、ファーストキッスしに行ったんです。 KISSのライブを初体験!! もともと私はKISSフリークではないけれど、世代的に言ってもKISSはもちろんおなじみバンド。アルバムを買い揃えるほどではなかったけれど、それでもやっぱり名盤『Alive!』はもっています。そういえば、このライブ・アルバムには、去年特にお世話になりました。永遠につづくかと思われたアトラスの索引の仕事をしていたとき、この迫力とドライブ感にどんなに助けられたことか。あのときは本当にヘビーローテーションだった……(ほかのライブ・アルバムも試してみたけれど、これほどの効き目はなかったんですよね)。 KISSの今回のワールド・ツアーは、一応フェアウェル・ツアーと銘打たれていて、これがオリジナル・メンバーでの最後の公演となる予定(……は未定)。私を誘ってくれた8歳年下のKISSフリークの女の子は、来日の噂がたちはじめたころからもう、興奮状態。「尚子さん、最後の血吐き、火吹きですよぉ〜」なんて誘われたら、そりゃあ、行かなくちゃ! という気持になります。 去年の11月に予定されていた公演が一度延期になり、はたして来日するかどうかもはっきりしないまま年を越す(ついでに世紀も越す)。いよいよ日程が決定したのが今年の1月。公演が3月と決まると、彼女は計画していた海外旅行もあっさりキャンセル。 そして公演が近づくと、『Alive!』だけで勝負しようとしていた私に、予習MDをつくってくれました。曲のタイトルのうしろに"血吐きソロ"だの"ギターロケット"だのとギミック解説つき。それだけですっかり嬉しくなって、一度は観ておきたいな……ぐらいの気持だったはずなのに、自分でも予想外に盛り上がってきてしまいました。 何を着ていこうかな? なんてちらっと考えましたが、噂によると会場にはKISSメークのファンがあふれるらしい。そんなものにはどうせ太刀打ちできないんだから、誰よりもふつうの格好で行こう……と決めたものの、前日になったら、ああ……せめて鋲打ちベルトの一本も入手しとけばよかった、などと後悔する始末。 そして当日。なぜか開演のかなり前にドームに着いてしまい(無意識の気合が入っていたらしい)、お買い物時間もたっぷり。つい一枚、ふだんでも着れそうな(なんとなく、その場ではそう思ったんですよね)Tシャツを買っちゃいました。そして席について、余裕でオーディエンス観察。 メークのファンが思いのほか少ない……とちょっと拍子抜け。でもあとで気づいたのですが、そういう人たちは、さんざん会場の外を練り歩き、ぎりぎりで会場入りするらしい。開演時間が迫るにつれて、そこここに、偽ジーンや偽ポールの姿が現われはじめました。四人そろっている軍団もいました(あの配役はじゃんけんで決めるのかしら)。お父さんポールと娘ジーンなんていう親子連れもいる。そう、親子連れ、家族連れも多いんですよね。さすがKISS!! そして、もちろんライブはものすごく盛りあがりました。もう客電の落ちた瞬間から。だって…… YOU WANTED THE BEST, YOU GOT THE BEST THE HOTTEST BAND IN THE WORLD KISS!! いきなりこれですもの。きゃ〜本物だわ、ナマだわぁ……って感じですよね。 血吐いてるわ(これがまた、やたら楽しそうに吐く)、火吹いてるわ、飛んでるわ……そしてふと気づけばいっしょに歌っちゃってる私(にわかファンのくせになんだろ)。 しかしなんだかんだ言っても、夢を与えつづけて何十年のパワーはやっぱりすごいです。問答無用、能書き要らずのロック・エンターテインメント。誘ってもらってよかった、本当に行ってよかった、と素直に思いました。仕事がなくてお金があったら……あるいはもうちょっと思い入れが深かったら、福岡、名古屋、大阪と追いかけちゃったかも、と思います(そういうファンが少なからずいたらしいです……2週間ぐらい休暇をとって。さすがKISS!!)。 このメンバーが50歳前後なんだもの。年をとるのが恐くなくなっちゃいますよね(……いいのかな?) PS ジャパン・ファイナルの大阪の会場では、アンコールの"WE WANT KISS!!"コールがぴったり揃ったんですって。すごぉい……さすが大阪! そして、これだけ"フェアウェル・ツアー"と騒いでいるくせに、ほとんどのファンがこれで最後とは思っていないらしい。次は復活ツアーか?とかね。さすがKISS!! |
![]() うさぎの手紙 2001.5 がんばれ! ヤクルト・スワローズ ツバメの季節がやってきました。私のツバメの季節は、ほぼ半年つづきます。いったいいつからスワローズ・ファンになったのかは定かではないけれど(筋金入りのミーハーなので、最初は荒木大輔君が絡んでいたと思う)、私の家は親の代からナントカ・ファン、という家ではなかったので、スワローズは私にとって、親に決められた相手ではなく、私が自分で選んだ相手。それだけに愛情も深いんです(多分)。 今年はもちろん優勝! もちろん日本一!! ……これ、毎年言っているんですけどね。でも、毎年本気で言っているんです。 何を根拠に? なんて、訊かないでください。それはファンに向かって訊くようなことじゃありません。 とにかくスワローズが大好き。 ユニホームも好き。マスコットのつばくろうくんも好き。「スワローズ」というチーム名も好き。屋根なしの神宮球場も好き。もちろん選手たちはみんな好き。いつも涙目の監督も好き(ああ、今年は優勝させてあげたい)。私は振らないけど、あの応援のビニール傘もなんだか情けなくてけっこう好き。ついでに東京音頭も、これはこれでまあいいだろう……程度には好き(ちょっと無理があるけど)。好きな選手はほかのチームにもたくさんいるけれど、とにかくチームはヤクルト・スワローズ! 私の場合、とにかくツバメに関しては盲目的な愛しかありません。勝てばもちろん、ものすごく嬉しいけれど、負けても怒りにまかせて選手を罵倒したりはしない。ああ、馬鹿っ、と思わず口からでてしまうことはあるし、みっともないエラーにはちょっとは文句もつけるけれど、せいぜいその程度。スワローズの選手はみんな、いつも一所懸命プレイしているから。そう信じていなければ、応援なんかしません。 だいたい、ただでこんなにも楽しませてもらっているんだもの。私が血のにじむような練習をしているわけではないし、毎日神経をすり減らすような試合をしているわけでもない。負ければ選手のほうが何千倍も悔しいはず。でも勝ったときには同じだけの喜びを味わわせてくれる。こっちが怒る筋合いはありません。いままで何度、奇跡のような試合を見せてくれたことでしょう。たとえ負けても感動させてくれることもある。優勝経験もさせてくれたし、もちろん、今年もさせてくれる。 もっと批判の目ももったほうがいい、という考えもあるでしょうが、しょせん、ただのプロ野球。しかもこちらは観ているだけ。選手やチームに文句ばかりつけているのだったら、そのチームのファンである意味ってあるかしら? それで毎日機嫌が悪くなったり、ストレスがたまるというのなら、そのチームのファンである必要、ないんじゃないかしら? 少なくとも、選手は野球に人生を(それが大げさだと言うなら、少なくとも生活を)かけています。ただ観ている私たちよりずっと真剣です。ご贔屓チームに文句ばかりつけている人は、そのチームのファンであることに向いていないんだと思います。そういう人にかぎって、生まれる前からのファンだ、なんて言ったりするけれど、別にこんなことで親に義理立てすることもないし、自分が気に入らないならそのチームのファンなんてやめればいい。昔の選手や成績を懐かしんで、いまのチームをけなす人もいるけれど、それもどうかと思う。現役選手たちを愛せないなら、いまの野球を楽しむ必要はないもの。冷静な目で見て批評をすることが好きなら、一つのチームのファンにはならず、あくまでも客観的にプロ野球全体を眺めていればいいし、ファンとして楽しみたいならもっと自分の愛せるチームを見つければいい。 こうして毎年、私は根拠もなく、ただ優勝を信じてスワローズを応援し、夏が終わってBクラスにいてもまだ、優勝すると言いつづけています。どこかのチームにマジックがでても、まだめげない。順位が確定してしまうその日まで、優勝を信じているんです。無理だとわかっていても、心のどこかで本気で、奇跡は起こるかもなんて思っているんですよね(そして順位が確定してしまったその日からは、来シーズンの優勝を信じてしまう)。 とにかく、がんばれ、ヤクルト・スワローズ! 夏にはまた、神宮に行くから、待っててね〜 (神宮球場が、この先もずっと、ドームにならないといいなぁ……) PS 大好きだった投手が去年引退し、今年から二軍のコーチになりました。彼が何回も演じた"完投負け"は本当に感動的でした。あれで勝っていたら、ここまで心に残らなかったかもしれません。これからも後輩たちのためにがんばってほしいです。 いま一軍のピッチング・コーチをしているのも、少し前までは選手として応援していた人。時の流れるのって早いなあ……と、こんなことで妙に自分の年齢を感じてしまいますね。 ヤクルト・スワローズのオフィシャルページはこちら |
![]() うさぎの手紙 2001.6 占いはお好き? 本屋さんで、すでに2001年下半期の占い特集を組んでいる雑誌を見つけてびっくり。もうそんな時期なんですね。……つい手にとってしまうものですよね、こういうのって(私だけかしら)。別に、何が書いてあってもいいんです。いいことが書いてあれば一応喜び、嫌なことが書いてあれば無視するから。 占いが好きか嫌いか、と言われれば好きなほうでしょうね。血液型や星座からはじまって、一世を風靡した(?)動物占い、そのあとの家電占いや寿司占いも、とりあえず全部やってみたし(家電占いと寿司占いには泣かされました。だって、"ガリ"で"携帯電話"なんて言われたら、誰だって惨めじゃないですか……?) でもこういう占い――というより性格判断ですよね――で、私が気になるのは、やっぱり血液型、星座、そして干支。 まずは血液型。これはまあ、人並みに気になるだけ。私はA型ですが、なぜか、まわりを見るとB型の人が多いんです。日本人全体の割合からすると、かなり偏っていると思います。B型と気が合うA型なんですね、きっと。B型の人って、とてもひとくくりにはできない性格をしていると思うんですけど、とにかく基本は「マイペース」ですね。呑気なB型もいるし、努力家のB型もいるし、ものすごくいい加減なB型も……。それぞれ全くちがうけれど、とにかくマイペース、というところだけはみんな一緒。 そういえば、占いや性格判断には全く興味がない、と口にする人って、たいていO型ですよ。ふふふ…… 次に星座。これは、我流なんですけど、かなり信頼しています。我流といっても、別 に私が開発したわけではありません。昔、私の家に下宿していた"お姉さん"が、中学生だった私に手ほどき(?)してくれたんです。ちなみに彼女の職業は占い師……ではなく、小学校の教師でした。彼女を信じてしまったのは、人の星座を当てるのがすごく得意な人だったからです。「きっとこの人、○○座よ」と彼女が言うと、100パーセントとは言わないまでも、かなりの確率で当たるんです。教えてもらったことをすべて覚えているわけではありませんが、いまでも、これは絶対、と思っているポイントがいくつかあります。その一部をここで大公開!! ★水瓶座と山羊座水瓶座の人は頭がいい。かつ、頭がいいことを自分でよく知っている。彼女によると、星座は水瓶座から始まるそうで、神様からもらったものがいちばん多いんだそうです。ということはつまり、神様からもらったものがいちばん少ないのが山羊座。 でも、山羊座の人、がっかりしないでください。ここで、素敵な話になるんです。 水瓶座の人は、何をやってもたいていうまくいってしまうので、あまり努力をしなくなる。逆に山羊座の人はとても努力家。大器晩成型で、最終的に成功するのは山羊座の人が多い……(ね? 素敵な話でしょ?)。 ★乙女座の男の子はかっこいい当時、大好きだった人がいました(いまから思えば、いわゆる初恋ですね)。とっても素敵な男の子で、そして、乙女座だったんです。それですっかりこの"説"を信じてしまった中学生の私……私の個人的なデータとしては、いまだにこれだけなんですけど。 ★魚座の女は恋に生きる魚座の女は、魚が水のなかを泳ぐように、楽々と恋を楽しみ、恋に生きるんだそうです。いいなぁ。今度生まれてくるときは魚座の女に生まれたい。 こんな我流ですが、もしも自分の星座について教えてほしい、という方がいたら(いないか)、ご連絡ください。教えてもらったことを何一つ覚えていない星座もいくつかあるんですけどね。 たとえば射手座のあなた……目的さえしっかりと定めれば、必ず成功します! そして、数年前、そのころ香港に住んでいた友達が教えてくれたのが干支占い。香港在住の日本人向けの新聞に連載されていたものです。一つの干支について、その性格からほかの干支との相性まで、さまざまなことが書いてありました。基本的には、その動物からそのままイメージできるような内容なんですけど、細かい解説が結構面白いし、当たっているんですよ(うさぎは頭が小さいのに、その小さい頭で物事を複雑に考えすぎる……なんてね)。 自分の干支の性格その他に興味がある、という方がいたら、どうぞご連絡ください。 たとえば亥年のあなた……あなたは極端な美食家です! PS 私はA型、乙女座、しかも卯年、となんとも救いがたく地味なんですけど(しかもガリで携帯電話)、かの動物占いでは勝手に盛りあがりました。敢えてここには書かないけれど、信じられないほどワイルドな動物だったもので……(実は、それがかなり嬉しかったの) |
![]() うさぎの手紙 2001.7 自転車、乗れる? 乗れますよね。誰だって。 ずっと前に、ここで、「蛙つかめる?」というくだらない質問をしましたが、あのときは本当に結果 はまったく予想できなかったんです。でも、今回の結果は予想がつきます。だって、自転車に乗れないという人にいままでほとんど会ったことがないもの。 自転車に乗れる人と乗れない人の割合はきっと……9対1ぐらいかしら。 そして、お察しかと思いますが、私は自転車に乗れません。前にもお話ししましたが、運動神経が切れちゃっているんです。 まず、自転車の前の三輪車。さすがにこれは私も乗れました。三歳ぐらいまで住んでいたアパートには広いベランダがあって、当時まだ一人っ子だった私は、よくそこで一人で三輪車で遊んでいました。……でもね、私、三輪車で転んだんです(ちゃんと覚えている)。三輪車で転ぶ、なんてことありえます? 車輪が三つもついていてバランスのくずれようもない子供用の乗り物なのに。しかもなんの障害物もないところで。でもまあ、とりあえず、三輪車まではクリア。 さて、その後、いま住んでいる場所に引っ越してきました。四車線の幹線道路沿いで、家の前は広い歩道です。一車線分くらいの幅があって、しかも近くの学校の登下校時をのぞけば人通りもまばら。 こんなすばらしい、手近な自転車練習場があるでしょうか? というわけで、若かったころの父はここで、愛娘に自転車の乗り方を教えようとしたんです。そして大きな挫折を味わうことになったのでした――ありったけの忍耐力を発揮しても、ついに娘は自転車に乗れるようにはならなかったんです。 いちおう、乗ることはできたんですよ。でもどうしても曲がれなかったんです。乗れても曲がれない……というのは、自転車に乗れることにはなりませんよね。だって、まっすぐにしか走れないんだもの。しかも、どんなに緩やかでも坂道はのぼりもくだりも全くだめ。これじゃあどこにも行けないわ。それに転ぶのが怖いものだから、すぐに足を地面につけてしまうし。 べつに自分もスポーツ万能というわけではなかったとはいえ、可哀想に父は自分の娘がここまで運動神経がないなんて、このとき初めて知ったにちがいありません。それでも懲りずに、この四車線道路の向こう側にあった小さな公園(砂場とか滑り台がある子供の遊び場です)で、娘に逆上がりを教えようとしたこともあったんですが、このときも挫折しちゃったんですよね。本当に気の毒な父。 自転車に乗れたらいいのに、とは心から思います。でも、ちょっとそこまで買い物に行くのに便利だから、というわけではないんです。そんな距離なら歩くから。歩くのは大好きだし。 自転車で走る、あの心地よさを味わいたいんです。それを知らないわけではないんですよ。自分では乗れないくせに、うしろに乗せてもらうのは全然怖くないんです。かなりのスピードをだされても大丈夫。なぜか、自転車で転ぶ人なんているわけない、と思いこんでいるみたい。運動神経のない人間にかぎって、ほかの人の運動神経はむやみに信じてしまうものなんでしょうか。ちなみに、バイクのうしろも大丈夫。初めて乗せてもらったとき、あまりの快感にびっくりしちゃいました。小さなバイクでそこそこのスピードで走っただけなのに(しかも、人の背中にしがみついていただけなのに)、バイク野郎の気持がわかる、とまで思ってしまったぐらいです。 ああいう、じかに風を切る感じを味わえるのって、自転車とかバイクとか、あるいはスキーぐらいじゃないかしら……自転車に乗れるみなさん、堪能してね。PS ときどき、思うことがあるんですよね……。もしかして、自転車、いま試してみたら簡単に乗れちゃうんじゃないかしら、なんて。もしかして、いま試してみたら、逆上がりもできるようになっていたりして、なんて。 だったらやってみれば? と言われそうですけど。 |
![]() うさぎの手紙 2001.8 真夏のクイズ カル・リブケン・ジュニア、若山牧水、滝廉太郎……そして私。 唐突ですが、この人たちの共通点は?(一応、季節ものクイズのつもり) ミステリーでよくありますよね。連続殺人事件が起こって、被害者のつながりを探るシーンって。この人たちが次々と同じ手口で殺されたら、それは「8月24日生まれ殺人事件」。 カル・リブケン・ジュニア、鉄人と言われるこの人が同じ誕生日だと知ったのがいつだったかはすっかり忘れてしまいましたが、なんとなく嬉しかったのを覚えています。なんといっても地味なこのメンバーのなかではいちばんの有名人……でも、有名なことは有名だし、先日のメジャーリーグ・オールスターでは華々しい盛りあげ方をされていたものの、ホームランキングとか奪三振王とかにくらべると、連続出場記録というのはなんとも地道で、涙ぐましい感じでいいですよね。 滝廉太郎はともかく、若山牧水というのもまたシブイ。この有名すぎない、メジャーすぎないところがいいのよね。「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」。昔学校で習ったときからこの句がとても気に入っていて、ひょんなことから牧水の誕生日が自分と同じだと知ったときも嬉しかったんですけど、"歌人といえば"と言われて真っ先に名前がでてくるほどメジャーではないですよね(実は私はこの句しか知らない)。 それにしても、誕生日が同じって、だからなに? と言われればそれまでですが、不思議に親近感がわきません? 私だけかな――でもたいていの人が、自分と同じ誕生日の有名人をちゃんと何人かおさえていますよね。友達に、ゴッホ、エリック・クラプトン、ヴェルレーヌと誕生日が同じという人がいます。これはすごい。少なくとも、この3人が同じ誕生日(ちなみに3月30日)だと思うとびっくりです。それにくらべると8月24日のメンバーは本当に地味だなぁ……。 ま、とりあえず、現在生きているリプケンと私は今月24日、ひとつ年をとります。ハッピー・バースデー!(アメリカの国民的大スターと私なんかを並べてしまってごめんなさい)。 ここでついでに、もうひとつ"共通点"クイズ(季節ものじゃないんですけど)。 マイケル・ジョーダン、クエンティン・タランティーノ、片山右京、ジョニー・デップ……そして私。この人たちの共通点は? この一見、国籍も職業も年齢もばらばらな人びと……というのは全く嘘で、みんな同じ年なんです。1963年、昭和38年、うさぎどし生まれ。信じられないかもしれませんが、タランティーノもジョーダンもりっぱなうさぎちゃん。 すごい才能の持主が同じ年だと知ったとき、私は素直に嬉しいです。どちらかというと、これまた地味な年のように思うので(特に日本では、スポーツ選手もアイドルも有名どころはぽっかり抜けている)、マイケル・ジョーダンなんてとっても貴重です。 とはいえ、これって無意味な嬉しさですよね。すごいのはこの人たち個人であって、同じ年に生まれたからって私はなんの関係もないんだもの。でもまあいいよね。迷惑をかけるわけでもないし、勝手に喜んでいても向こうは全く気にしないだろうし。私だって軽いノリで喜んでいるだけだから。 しかしこれが喜べないケースの場合、私はかなり深刻に考えてしまいます。実は、私の知るかぎり最も凶悪な、背筋の凍るような事件を引き起こした犯罪者2人が私とほぼ同じ年なんです(しいて名前をだしたくないのでださないけど)。12年ほどの時をおいて起こった恐ろしいふたつの事件の犯人が、ほぼ同じ年齢だということに気づいた人は少ないかもしれませんね。私は、12年前にその犯人が逮捕されたとき、同じ年だと思って少なからずショックを受け(実際は1年上でしたが)、そして今年6月に起きた事件でも、犯人が同じ年だと知ってやはりショックでした。 人を生まれた年でひとくくりにする必要はないわけだから、なにも深刻に受けとめなくてもいいとは思うのですが、2度目のショックはかなり大きくてあとをひくものでした。12年前の事件の犯人のことを改めて思い出したせいもあります(というか、1人だけだったらこれほどショックじゃなかったんですね)。それこそ漠然とした不安というか、自分の存在を支えている確かだと思ってきたもののひとつが崩れていくような感覚を味わいました。私たちってどうなっちゃっているんだろう、どんな空気を吸って育ってきたんだろう――同じ年に生まれ、もちろん全くちがう環境のなかで全くちがう経験をして生きてきたわけだけれど、そういう個人的な特別 なことではなくて、無意識に自分のなかに取り入れてきたものがいっしょなわけです。同じ年のときに、同じニュース映像を見て、ラジオから流れてくる同じ曲を聴き、同じテレビ番組を見てきたはず。流行を追わないまでも、そのときみっともなくないくらいの同じようなファッションで街を歩いていたでしょう。同じ年のときに、たとえばオリンピックで同じ競技を観て、同じ選手に声援を送り、同じシーンで涙したかもしれない……。 ニュース番組やワイドショーでまるで化け物のように語られているほど、この人たちは自分とかけ離れた特殊な存在ではない。どこかで小さなちがう曲がり角をひとつ曲がってしまった、ちがうドアをひとつ開けてしまっただけなのだ、少なくともそれが始まりだったのだ――同じ年齢だったからこそ、ここまで生々しく感じてしまうのだと思うのですが、どうなのかな……。 |
![]() うさぎの手紙 2001.9 ナマものが好き! Part……いくつだか忘れちゃいました(ごめんなさい) 八月納涼歌舞伎第三部を観てきました。目玉は野田秀樹が初めて歌舞伎の脚本と演出を手がけた『研辰の討たれ』です。文政十年に実際に起こった事件を下敷きにした芝居がすでにあって、それを素材に大正時代につくられた作品だそうです。今回は、中村勘九郎が野田秀樹にラブコールを送りつづけ、ついに実現したコラボレーション。 勘九郎さんはいままでに、主人公の辰次を二度演じていているそうですが、侍にとりたてられながらも町人根性の抜けない、口から先に生まれてきたような情けないこの男の役が、もうぴったりでした。こういう役をやらせたら、右にでる人はいない、と思ってしまいます。野田さんは勘九郎さんのことを「日本でいちばん愛嬌のある役者さん」と表現していました。本当にその通 りですよね。 この芝居、私はすごく楽しめました。もともと歌舞伎も野田秀樹の芝居も大好きだからかもしれないけれど。でも劇場全体にもとても楽しんでいる雰囲気がありました(早い話が、大いにウケていました)。歌舞伎座をいっぱいにしていたのはいつもの歌舞伎ファンなんだろうか? それとも、野田さんのファンがつめかけちゃったのかな? こんなものは歌舞伎ではない、と眉をひそめる人もいるんだろうな、と思っていたのですが、ここまでのところ、おおむね好評みたいです。野田さんも勘九郎さんも、ちょっと肩すかしをくらっているんじゃないかしら。批判大歓迎、みたいな、ちょっとロックな姿勢から挑戦したような気がするんですけど……。 この芝居で初めて野田秀樹の芝居に触れた人もいるでしょうし、逆に初めて歌舞伎座に足を運んだ人もいるでしょう。歌舞伎ってなんだろう、と改めて考えるきっかけになった人は多いかもしれません。 たとえば、ちがう日に行った妹は終演後、初老のご夫婦のこんな会話を漏れ聞いたそうです。「あっという間に終わってしまったね」「一度も眠くらならなかったわね」 これなんですよね……歌舞伎の不思議なところ。このご夫婦は、今回の野田版歌舞伎をものすごく楽しんだにちがいありません。そして、次にまた野田版があれば、喜んで観に行くでしょう。でも、ふだんの、いつもの、お馴染みの歌舞伎も、観るのをやめないと思うんです――たとえ芝居の途中で一度や二度、必ず眠くなっちゃうとしても。 歌舞伎を観ながら眠ってしまったことが一度もないという人は少ないんじゃないかしら。だからと言って面白くないことにはならない。私もなんど歌舞伎座で眠ったことか……だって、延々とご飯を炊いていたりするんだもの。いいシーンなんだけど、正直、やっぱり眠くなっちゃうのよね。これ、『伽羅先代萩』の有名な「飯炊き」のシーンなんですけど、約二十分間もつづくんです……ついうとうとしちゃって、しかもはっと目を覚ましてもまだ炊いてます。でもこの芝居、大好きなんです。不思議なものですよね。だって、もしもこれが映画だったら、途中で眠っちゃうような作品は、つまらなかったと言い切ってしまうと思うもの。 この飯炊き(ちなみに"ままたき"と読む)で、観客の目を一瞬たりとも逸らさない演技ができてこそ一流の女形……と言われるらしいんですけど、でもそれ、ちょっと酷じゃないかなあ……。『先代萩』のこのシーンは何回か観ましたが、ご飯を炊く政岡役は一流の役者さんばかりでした。眠っちゃうのはこっちの責任だと思う。まだまだ観る側として至らないんだと思う。いつか、飯炊きで眠くならない人になれたらいいなと思います。そうなれる予感はあります。何度も同じ芝居を観ても飽きない……飽きないどころか、ますます面 白くなってくるのも、私が歌舞伎が好きな理由の一つだから。 私は今回の『研辰の討たれ』を、純粋な意味で歌舞伎そのものだと思いました――つまり、庶民のための最高のエンターテインメント。 でも、古くから伝わる歌舞伎の演目すべてが、新しい脚本や演出で変化してしまうとしたら、それは絶対に嫌なんです。すべていまのままのかたちで残っていてほしいんですよね。いつまでも同じ『忠臣蔵』が観たいし『連獅子』が観たいし『先代萩』が観たい。飯炊きのシーンは長すぎて眠くなってしまうからカットしたらいいのに、とは決して思わないんです。 伝えられてきたものを守る強さと新しい試みを恐れない勇気、どちらも大切にしてほしいと、ただの歌舞伎ファンとして私は思います。 みんなはどうなのかなぁ……。 みんな……つまりほかの人びとがどう思うかを気にするのは、歌舞伎が大衆芸能だと信じているからです。一部の人しか楽しめないものになってしまったとき、そのときが本当に歌舞伎の終焉だと思うから。 PS 来月のうさぎのお便りは、スワローズ優勝おめでとうスペシャル!……あるいはスワローズ優勝目前スペシャル! 乞うご期待(……のはずなんですけど) |
![]() うさぎの手紙 2001.10 行きつけの映画館 みなさんは行きつけの映画館ってありますか? もちろん、観たい映画を上映しているところに行くわけだけど、同じ映画をやっているならこっちに行く、というような。 横浜生まれ、横浜育ちの私は、映画と言えばやっぱり関内。なかでも大切なのが馬車道の東宝会館と伊勢佐木町にある関内アカデミー劇場です。全国ロードショーの映画は東宝会館で、ちょっと癖のある映画はアカデミー劇場で。この二つの映画館の共通点は……古くてぼろぼろなところかな。 私は子供のころ、この東宝会館の裏手のアパートに住んでいました。高校生までは映画はほとんどすべてここで観たし、いまも、最初に上映時間を調べるのはここです。もちろん、生まれて初めて映画を観たのもここ。『バンビ』だったと思うんですよね。たぶん三歳くらいのときでした……山火事のシーンが、とにかくものすごく怖かった。この山火事は、私の頭のなかでどんどん成長してしまったらしく、すっかり大人になってから機会があってもう一度『バンビ』を観たときには拍子抜けしちゃいました……だって、世界も終わりかと思ったほどのあの山火事が、それほどのものでもなかったんだもん。 ここは、現役(?)の映画館としては、横浜でいちばん古いくらいではないかと思います。少なくとも私が生まれたときにはすでにあったし、母もここでたくさんの映画を観たそうです。つい最近知ったのですが、母の話によると、祖母は映画狂(←母の言葉)だったそうで、赤ちゃんのころ、私も母に抱かれ祖母のお供でよくこの映画館に行ったらしい(だから厳密にいうと『バンビ』は初めて観た映画ではないことになりますね)。建物はもうぼろぼろで、学生街の名画座みたいな感じ。エレベータは貨物用みたいだし、階段は妙に暗いし、館内飲食店は駅のホームの立食い蕎麦屋みたいだし。しかも、いつ行ってもたいてい空いているし。東京だったら立ち見覚悟の最新話題作もわりと楽に観られます。そこがまた大好きなところなんだけど、これって、映画館側としてはあんまりいいことじゃないですよね。 渋谷や銀座の映画館ではありえない事件だと思うんですけど、映画が途中で終わっちゃったこともあります。もうすぐラストというあたりで、ブチッ(という音が聞こえたわけではないと思うのだけど、記憶が勝手に音つきになっている)と切れちゃったんです。結局どうにもならず、そこでおしまい。あとで使える鑑賞券を一枚ずつくれたけど。 もう一つの関内アカデミー劇場は、とても小さな映画館。二階建てで、劇場は上下階に一つずつ。一つが八〇席足らず、もう一つが五〇席ぐらい。まるで「お教室」みたいな雰囲気です。ロビーもない。上映時間までは、道に突っ立ってるしかない。でも気長に待っていれば、ル・シネマとかで上映された単館ものがやってくるので貴重なんですよね(最近は、待たなくても同じ日程で上映することも多いようです)。 ここでも私は一度、ものすごい体験をしちゃいました――観客が私だけだったの。これにはさすがにびっくり。いくら平日の昼間で、しかもメジャーな作品ではなかったとはいえ、たった一人なんて。いまでもときどき思うんですけど、あのとき、私がいなくても上映したんだろうか……したんでしょうね。途中から入ってくる人もいるかもしれないもの。 映画のタイトルも覚えていないし、内容もほとんど忘れてしまったけれど(はっきり言って、面白くもなんともなかった)、映画館でたった一人で映画を観たということは一生忘れないかも。寂しいとかわびしいとかいうのともちがって、なんだかものすごく不思議な気分なんです。それこそ、変な映画の一場面 に迷いこんじゃったみたい――デビッド・リンチかなんかの。映画館には、観客が必要なんですね。たとえ、たまたま近くに座った人のせいでなにか不愉快な思いをしたとしても。 さてと……今月、なぜ私は、とつぜん映画……いや映画館の話なんてしているのでしょう。 ひとつには、先月お約束したテーマが……まだちょっとやめとこうかな? という状況だから(9月中に決めるはずだったのに)。でも来月は、スワローズ"日本一"おめでとう!スペシャルになるはず(よく考えてみればこっちの方がいいですよね)。ご期待ください。 そしてもうひとつには、つい最近、東宝会館がなくなるという噂を友達から聞いたからです。自分でも驚くほどショックを受けました。私のショックの大きさにびっくりしたのか、週刊誌で読んだだけだからガセかもよ、と友達は言っていたけれど。 もしも本当だったらとても寂しい。不便になるのももちろんだけど、それ以上に本当に寂しい。自分にとってあまりにもなじみ深い場所がなくなってしまうなんて。年をとるってこういうことか、と実感してしまいそうです。私の力でなんとかできるものなら、なんとかしたい(どう考えても無理ですけど)。 |
![]() うさぎの手紙 2001.11 ありがとう、つばめたち 公約通り(誰の?)、スワローズがみごとに日本一になりました。みなさん、ご声援ありがとう!!(してないよ、と言われそうですけど) 手作りの優勝だった、と思います。スワローズで育った選手たちと、スワローズで生き返った選手たちが力を合わせて、みんなでつかんだリーグ優勝、そして日本一。 話は長くなりますが、シーズン前、スワローズのいわゆる下馬評は最低でした。とある在阪球団のおかげで最下位 予想こそ少なかったものの(皆無ではなかった)、ほとんどの野球解説者が五位予想、よくて四位、Aクラスを予想する人なんて、一人もいませんでした(たぶん)。でも、それも致し方ありません。四位 に終わった昨シーズン。しかもそこから大事な先発投手が二人も抜けてしまい、計算できる先発投手が一人だけという状態では、いい予想なんてしてもらえるはずもないよね。 そんな状況のなか、世界に少なくとも二人、スワローズの優勝を信じている人間がいました。一人はもちろん、この私――だって、毎年、信じているんだもん。 そしてもう一人がほかでもない、日本一の捕手、古田選手です。古田くんから直接聞いたわけではないけれど(当たり前)。優勝を信じていた、というのは言い過ぎかもしれませんが、キャンプで若い投手や他球団をクビになってテスト入団してきた投手たちの球を受けて、かなりの手応えを感じた、と言っていたのは本当です。かなりの手応えを感じた以上、目指せAクラス、なんて情けないことを考える人ではありません。もてる戦力を最大限に活かすことができれば、ペナントにも手がとどくと古田選手は思ったはずです。 そして、つばめたちはやったのでした。ベテラン選手も若い選手も、みんな精一杯がんばってペナントレースを懸命に走りつづけ、ゴールにたどりついたのです。主力選手の怪我もあり終盤は苦しみましたが、とにかく最後に最高の笑顔を見せてくれました。優勝決定までに時間がかかりすぎたせいもあって、世間的にはものすごく地味でしたけど(某監督の引退セレモニーのほうが派手だった……優勝を決めた日にはテレビ中継もなかったしね)。 十月二十日、いよいよ日本シリーズ開幕。戦前、またまた予想は近鉄有利。いてまえ打線がヤクルト投手陣をうち砕く、と言われていました(ところで"いてまえ"っていったい何?)。しかも大阪近鉄は漫画でも気恥ずかしくて描けないような劇的なリーグ優勝を決めていて(代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームラン)、勢いは近鉄にあり、と見る予想がほとんどでした。 だったらなおさら勝たなくちゃ。大阪近鉄はチーム防御率最低なのにリーグ優勝してしまったチーム(悪く言うつもりはありませんが)。その打撃はたしかにすごいし、ぽんぽん飛びだすホームランは見ていて気持いいかもしれないけど、でもやっぱりただの打高投低じゃ情けない。すぐれたピッチャーを力あるバッターが打ってこそ、あるいはものすごいバッターにピッチャーが立ち向かって抑えてこそ面白い。そういう気合いの入った試合じゃなきゃつまらないじゃない。 でもね……私は日本シリーズ制覇は確信していたんです。リーグ優勝を決めるまでは苦しかったけれど、日本シリーズにでたら絶対に負けない。短期決戦、かつて、いまをときめく(当時もときめいていた)イチロー選手を、日本で唯一、完全に封じたのは古田捕手、そしてスワローズの投手たちです。投手たちがシリーズまでにうまく調整してくれれば、古田捕手と力を合わせて、今回も絶対になんとかしてくれるはず。それに打つほうだって負けないわよ。 実は私は仕事の都合で日本シリーズは満足に応援できませんでしたが(せっかくチケットが手に入った試合にも行けなかった)、勝つことだけは確信していたので、けっこう落ち着いていられました。がんばってね、私もがんばる、という気持。 そして私の予想通り、日本シリーズは選手たちが自分の力を充分に発揮して、四勝一敗で気持ちよく決めてくれました。リーグ優勝のときには果 たせなかった地元神宮での胴上げでした。 第一戦、日本一のサウスポー、エース石井一久投手が近鉄打線を完全に黙らせるすばらしいピッチング(八回一安打無失点……あわやノーヒットノーランの力投でした)。シーズンでは満足のいく結果を残せなかったけれど、とにかく、これが彼の実力――私はちゃんと知ってたもん! このピッチングがシリーズの流れを決めてしまったみたいです。石井投手は、去年のシーズン開幕直後、「優勝はお金で買えないことを僕が証明してやります」などと豪語し、きゃ〜っと思わせてくれたものの、優勝がお金で買えることをみごとに証明しちゃいました。今年言えばよかったのに、このセリフ。 三勝一敗で迎えた第五戦、日本一を決めたマウンドには、もちろん、リリーフエースの高津投手がいました。彼は日本でいちばん勇気のある野球選手だと、私は思っています。マリナーズの佐々木投手みたいに、見るからに人を圧倒する感じはないけれど(細い……)、でも、誰よりも度胸があって、誰よりも大胆。しかも、ゲームを離れれば誰よりも明るくてお茶目。高津投手の強さは、苦しいことも悔しいことも辛いことも、とにかくいろいろなことを経験して身につけた、半端じゃない芯のしっかりした強さなんだと思います。これからもみんなを引っぱっていってほしい。 大好きな池山選手。今年は活躍の機会はあまりなかったけれど、シーズンを通じてチームの精神的な要でした。そして、もしももう少し日本シリーズがややこしいことになっていたら、絶対に彼の代打ホームランで決着をつけていたはずです(私にはその絵が見えていたんだけどな……思いのほかさっさと決まってしまった)。引退がささやかれていたけれど、来年もやりますと宣言してくれました(とっても嬉しい)。 シリーズでも抜群の冷静さと判断力を見せてくれた宮本選手。ショートの守備はもちろん日本一。決して無駄 な動きはせず、難しい球も軽くさばいてしまう。派手な守備はピッチャーを動揺させるだけ。こともなげに球を処理して、ピッチャーに自信をもって投げさせてあげる。この心配り自体がもう、ファインプレーですよね。今年は二番に定着し、犠打の日本記録を打ち立てました(これもまた、こともなげに)。 ――こんなふうに一人ずつ書いていたら大変なことになっちゃいますね(すでに長くなりすぎてる……あわてて三人分をいま削除)。本当は、他のレギュラー選手はもちろん、控えの選手、中継ぎ投手一人ひとりにまで、書きたいことはいくらでもあります。今年でてくることができなかった不運な選手たちにも(来シーズン、がんばろうね)。 ファン以外の人には地味に見えるかもしれないけれど、スワローズの選手たちはみんなとても個性豊か。司馬遼太郎の華々しい時代小説のヒーローにはちょっと無理かもしれないけれど、藤沢周平の剣客ものなんかにキャスティングするとぴったりはまる感じなのよね。 そして何より、スワローズの最大の武器はチームワーク。野球は一人でやるものではない。九人でやるものでさえなくて、チーム全体でやるもの。高校野球みたいだと言われてしまうかもしれないけど、プロ、アマに関係なく、野球というスポーツはそういうものなのだと思います。九人に公平に次々と打席がまわってきて、九人全員が守備につく。二七個のアウトをすべて三振で取らないかぎり、ピッチャー一人では守れない。たとえピッチャーが九回をゼロに抑えたとしても、相手よりも一点でも多く点を取らなければ勝てない。一人の強打者がホームランを打ったってそれでは一点しか入らない。究極のチームスポーツだと思います。だから、チームワークがなければ勝てない(はず……)。たとえ結果がでなかったシーズンでも、スワローズのチームワークはいつも変わらず日本一です。 プロ野球放送の視聴率の低迷を心配する人がたくさんいるけれど、関係ないわ。スポーツのすばらしさはテレビの視聴率ではかるものじゃないと思う。「スワローズVSバファローズ、最低の視聴率」なんて責められる筋合いはないよね。国民の七割が巨人ファンなんだから(でもはたして本当なのか……? 私の友達にはアンチGしかいない)、巨人以外のチームが戦う日本シリーズをテレビで見る人が少なかったからって、それが野球人気の落ち込みと一概に言えるものでしょうか? それに言えたとしても、別に野球だけがスポーツではないし、スポーツ報道が野球に偏っている必要もないと思います。数あるスポーツのなかに野球があればそれでいいじゃない? とも思う。サッカーに人気をとられるとか、メジャーにとられるとか、その発想自体がなんか情けないような気がするんですけど……。とにかく、スワローズ、本当に日本一おめでとう!!すばらしい優勝をプレゼントしてくれて、本当にありがとう!! みんな、自分の力と、チームの力を信じて、来年もがんばってね(思いっきり年俸上げてもらってね)。 |
![]() うさぎの手紙 2001.12 メジャーリーグ・ベースボール とうとう今年もあと一カ月ですね。すっかり寒くなり、プロ野球もストーブリーグ真っ只中。というわけで、とても古い話になってしまって――しかも二月つづけて同じジャンルの話題で――申し訳ないのですが、みなさん、ワールドシリーズ、ご覧になりましたか? 私は、特にメジャーリーグ・ファンではありませんでした。イチロー選手は昔から大好きだったので(MVP、本当におめでとう!)、今年はけっこうメジャーに親しんだわけですが、マリナーズのファンにはなれませんでした。だって、どうせメジャーを楽しむなら、もっとメジャーっぽいチームに肩入れしたい……マリナーズって"っぽく"ないんだもの。あれだったら、つばめで充分。 ポストシーズンに入り、初めてヤンキースの試合をまともに見ました。実は私、こういうチームって自分は嫌いなのだと思いこんでいたんですよね。試合を見ずに話だけ聞いていれば、伝統をひけらかした、ずいぶん傲慢な、金満チームのような印象だったから。 > ところが、ここで私はあっさりとダイナスティに陥落してしまったのでした……だって、あまりにもかっこいいんだもの。一桁の背番号がたった一つしか残っていない(あとはすでに全部永久欠番)というその伝統。実力がなければこのチームには入れないんだ、という選手一人ひとりのプライド。そのうえでの、フォアザチームのスピリット……それでこそ、だと思ってしまいました。おまけに、ここまで高みに登りつめると、人間ってルックスまでよくなるものらしいわ(素敵なのは揺れる瞳のジーターだけではなかった)。 ワールドシリーズは、ご存じの通り第七戦までもつれこむ大熱戦。全試合をすべて観戦するわけにはいかなかったのですが、さすが両リーグを代表する超一流投手を擁するチームの対戦、まさに「ワールドシリーズ」でした。 ヤンキースの魅力にころっと参ってしまった私でしたが、別に本当のファンになったわけではないので、どっちが勝ってもよかったんです。いい試合、みごとなプレイ、そしてジョンソンの築く三振の山が見たかったんですよね。とにかく、すごいところを見せてちょうだい、という感じでしょうか。ニューヨークでの奇跡の二試合といい(これはクライマックスはしっかり目撃)、アリゾナでの最終戦(この試合だけは最初から最後までじっくり観戦)といい、ものすごくエキサイティングでした。 この大舞台、やっぱりマリナーズじゃつまらなかっただろうな。ダイヤモンドバックスも、相手がヤンキースだからこそ燃えに燃えたんだろう、と思います(ファンもね)。シリング、ジョンソン、両エースの気迫はとにかくすごかった。 日本の野球のレベルが、メジャーにひけをとらないほど高くなったなんて言う人もいるけれど、やはりそれは全然ちがうと思います。日本の超一流選手が、個人的に通用するのはすでに野茂選手、イチロー選手で証明されているけれど、たとえば日本一のチームがアメリカ一のチームと互角に戦えるとはとても思えない(……スワローズ・ファンの私が言うのも情けないですけど)。 逆に向こうの選抜チームとこっちの選抜チームとの短期決戦なら、勝てる可能性はあるかもしれませんね。やっぱり、選抜チームではない、チームというものの底力ってあると思うんです。ヤンキースには、ヤンキースというチームの力があって、ダイヤモンドバックスにはダイヤモンドバックスというチームにしかだせない力がある。メジャーリーガー選抜チームよりも、それは一段高いところにあると思うんです。 そしてもう一つ、私がとても感心(?)するのは、メジャーの一流選手の息の長さ。両チームのエースはともに私と同年代でした。シリングは35歳(ま、年下ですが、あと3年は充分にやるはず)、ジョンソンは38歳、ヤンキースのクレメンスは39歳(年齢が間違ってたらごめんなさい。そんなに大きくは外れてないと思うんですけど)。アメリカには、若くて力ある選手もたくさんいるはずなのに、そのなかであの位 置を保っている。ものすごい努力のたまものなんだろうと思います。その力をちゃんと認めるまわりも偉いのかもしれません。 日本のプロ野球には、私と同年代の現役選手はほとんどいなくなってしまいました。当たり前だと思っていたけれど、メジャーを見ればそんなことないみたい。日本の選手寿命の短さは環境のせいだとか(特に人工芝)言われているけれど、まわりの空気もあるんじゃないかしら。駒田選手なんて、本人はやる気満々だったのに、周囲の肩たたきにあい(そうとしか思えなかった)引退してしまいました。巨人の斉藤投手は今シーズンの最後の最後にでてきて、まだまだすごいってところを見せつけたくせに引退してしまった(ばかばかしいセレモニーとともに)。無理につづけろとは言わないけれど、まだやる気充分の選手まで引退させることないじゃない。たんに同世代の人にがんばってほしいなんていう気持ではありません。まだ誰にも負けないという自信が本人にあるんだし、それなりの成績だって残していて、しかもファンもやめてほしくないと思っているんだから。三十代の選手がマスターズリーグなんかで活躍しちゃいけないんじゃない? それにしても、あのワールドシリーズを見てしまったあと、来年もNHKの放送はほとんどマリナーズ戦だけかな? と思うと残念ですね(実況がまたあからさまにマリナーズ寄りで……これじゃあYテレビのG戦放送と同じじゃないの)。 ああ、いつか絶対、野茂投手にワールドシリーズのマウンドに立ってほしいなぁ……(野茂くんはたしか33歳。メジャーの感覚で言えば、まだまだ先が長いですよね。彼は来シーズンどこで投げるのか? 大注目です) |