【うさぎの手紙】バックナンバー 2002年  秀岡尚子(ひでおか なおこ) 2003年2001年2000年はこちら


  


うさぎの手紙 2002.1

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 ところで、みなさんは年始の目標というのをたてますか? 子供のころ、私の家では元旦の朝、父に「今年の目標」というのを発表させられ、これが嫌で嫌でたまりませんでした。それなのに、それが習慣になってしまったのか、今年は〜〜を目標にしよう、なんて年始めについ思ってしまうんですよね。

 去年私は、「字を書く」というささやかな目標をたてたんです。どうしてこんな目標をたてたのか? 一つには、人の書く字が極端に少なくなっていることを寂しいと思ったから。なんでもキーボードから入力した文字ですますのは、やはりよくないような気がしたんです。 そういえば先日、あるイラストレーターが書いた短いエッセイを読んでいて、思わず笑ってしまいました。「変わった人間」として列挙されたなかに、「パソコンでポエムを打つ人」というのがあったから。なぜかと言われたら困るけど、詩をキーボードで打っちゃ、たしかにいけないよね。

 二つ目の理由は「万年筆」。

 私は物欲がないほうで、立派な家具も素敵な食器もすばらしい絵も、どうしても欲しい、自分が所有したいとは思わないんです。ところが、ほとんど唯一、子供のころから純粋に私の物欲を刺激するモノがあります。それが「万年筆」。最初に手に入れた万年筆は、臙脂色のウォーターマン。専門店で父が長い時間をかけて選んでくれたものでした。いまでもその形も色も、はっきりと思い出すことができます。嬉しくて嬉しくて本当に大切にしていたのに、なぜかなくしてしまいました。その後、入学祝いに誰かからもらったり、大人になってから自分で買ったりもしたけれど、父に買ってもらったウォーターマンほどの愛着はわかないまま、いまは一本も手元にありません。

 どうやら「万年筆が欲しい」という激しい欲望は、十年おきくらいにやってくるものらしく、ちょうど一年前くらいに「万年筆がものすごく欲しい」周期がめぐってきたんです。そこで思いついたのが、「四十歳の誕生日に一生ものの万年筆を手に入れよう!」という計画。もちろん、いますぐ自分で買えないわけではないのだけれど、どうしても必要な文房具として欲しいわけではないので、急ぐ必要は全くない。どうせ手に入れるなら、父が選んでくれたときのように何本も何本も実際に試して、時間をかけて選びたい。別に、まるで宝飾品みたいな最高級のものが欲しいわけじゃありません。自分の手にぴったり合った、私のためにつくられたかのような万年筆が欲しいの(ハリー・ポッターの魔法の杖みたいな感じ)。

 でもここで致命的な問題が……。

 人の書く字がなくなるのは寂しいなんて言いながら、万年筆がどうしても欲しいなんて言いながら、実は私は字を書くのがものすごく苦手なんです。昔はそうでもなかったはずなんだけど。手書きで卒論を書いた最後の世代だと思うんだけど(いまとなっては自分にそれができたのが信じられません。あんなに大量の原稿を手で書いたなんて)。しかししだいに字を書く機会は減っていき、それがとても大変な作業に感じられるようになってしまいました。気がつけばほとんど全く字を書かないまま一日が終わることも少なくない。字というものは、書かないでいるとどんどんひどくなっていくみたい。一つひとつの文字のかたちも狂ってくるし、字配りも悪くなっていく。とにかくちゃんと書けなくなる。自分の字の汚さにうんざりする。そしてますます字を書くのが苦痛になっていくわけです。典型的な悪循環。いまでは葉書一枚書くのも大変。これじゃ、四十歳の誕生日に一生ものの万年筆を手に入れても宝の持ち腐れよね。

 というわけで去年の初め、二十一世紀(!)の目標として、「字を書こう」と思いたったのでした。一日一度は字を書こう。とりあえずはきれいな字じゃなくてもいい。でもきちんと丁寧に書くようにして、字を書くのを嫌がらないですむようになろう。毎日書いていれば(それを二年もつづければ)、少しはきれいな字が書けるようになるかもしれないし。そうしたら、いよいよ夢の万年筆選びだわ!!

 でも結局、ほとんどまともに字を書かないまま、あっという間に一年が過ぎてしまいました。例によって年末、ああ、もう少しなんとかならないものだろうか……と嘆きながら、みっともない字で年賀状を書いておしまい。 長くなりましたが、つまり、私の今年の目標は去年と同じです。

 字を書く。とにかく書く。毎日書く。

 何を書くの? と訊かれると困るんですけど。ポエムを書くようなガラじゃないし。ラブレターを書く相手もいないしなぁ……(日記をつける、なんて言うと……おそらく達成できなかった目標が増えるだけだろうし)。

 好きな詩や小説を毎日少しずつノートに写してみるとかね。何か新しい発見があるかもね……?





うさぎの手紙 2002.2

負けず嫌いの謎

 なぜか先日、べつになんのきっかけもなく、ふとわいてきた疑問があります。

「負けず嫌い」の"ず"っていったい何?

 これはどう見ても、「問わず語り」の"ず"、「飲まず食わず」の"ず"、「行かず後家」の"ず"と同じにちがいない(変な例しか思い浮かばなくてすみません)。だったらやっぱり否定をあらわすにちがいない――としたら、どう考えてもおかしいですよね……?

 三十八年生きてきて、いままで一度もおかしいと思ったことはありませんでした。よく使う言葉だし、よく聞く言葉。耳障りでもない。とにかくいままで一度も変だとは思わなかった。突然「?」と思っただけで、いまもやっぱりおかしくは聞こえない。しばらくふらふらと思いめぐらしていましたが、どうしても不思議だったので辞書をひいてみました。 まず、いちばん手軽に『新明解国語辞典』。

 負けず嫌い:だれにも負けまいと意地を張り、極端に負けることを嫌う様子(性質)。また、そのような人。[論理的には「負け嫌い」]

 あら……やっぱり逆なんだ。どうして逆になっちゃったんだろう。他の辞書も試してみようかな。講談社の『日本語大辞典』。

負けず嫌い→負け嫌い    負け嫌い:強情で、我慢強く、人に負けるのを嫌がること・さま・人。勝ち気。負けん気。負けず嫌い。

 ふうん……本当は「負け嫌い」ってことなのね。でも「負け嫌い」なんていう言葉、聞いたこともない。ところが、奄美大島では「負け嫌い」と言うんだそうです――奄美大島出身の父によると。じゃあ、地方によっては「負け嫌い」と言うのかしら? などと思いつき、とりあえず超ミニミニ・リサーチをしてみましたが「負け嫌い」と言う人は見つけられませんでした。といっても、横浜、東京以外では、石川県と鳥取県と和歌山県出身の人にしか訊けなかったからまったくデータ不足なんですけど。「負け嫌い」でエントリされている辞書があるわけだから、ほかにもどこかで使われているはず(まさか奄美大島だけってことはないですよね)。あるいは、ある時期までは絶対に「負け嫌い」が正しかったはず。逆に言えば、「負けず嫌い」って、少なくともある時までは間違った言葉だったんじゃないかしら?

 それにしても言葉って、どこまでいくと間違いと言われなくなってしまうのでしょうか。すでにすっかり定着してしまっていても、どうしても気持が悪くて使えない言葉や言い回しはあるし。私が変だと思っていても本当はちっともおかしくない言い方もあるでしょう。

 たとえば、「全然好き」とか「全然面白い」なんて平気で使われていて、どうも耳障りなんですけど、もう仕方ないのかも。「とんでもありません」とか「とんでもございません」とかアナウンサーまでよく使っているけれど……これっておかしくはないのかしら。おかしいように思うのがおかしいのかしら。「一所懸命」なんてもう、絶滅寸前ですね。「一所懸命」が正しくて「一生懸命」は間違い、と昔習った覚えがあるのだけど、「一所懸命」と書くとこっちが間違っていると思われそうな気がするほど「一生懸命」が主流みたい。(でも発音としては、私も「いっしょうけんめい」と言っている気がする。)

 負けず嫌いって、変だなあ……とは思ったけれど、これから私が負けず嫌いを負け嫌いと言うようにするかというと、そんなつもりは全然ありません。負けず嫌いを間違った言葉だと言う人はたぶんほとんどいないでしょうし。第一、負けず嫌い、と言わないと負けず嫌いをあらわす気がしないもの。

 でもやっぱり不思議だなぁ……

 どんな経緯で「負け嫌い」は「負けず嫌い」になって定着しちゃったんでしょう。知っている方がいたら、ぜひ教えてください。 (「○○県では負け嫌いと言う」といった情報も受付中)

PS 辞書の王様(?)広辞苑もあたってみました。なんと広辞苑には、「負け嫌い」と「負けず嫌い」が二つともエントリされていました。

負けず嫌い:人におくれをとるのがいやで、いつも勝とうと意地を張ること。まけぎらい。かちき。

負け嫌い:強情で、他人に負けることをとりわけいやがること。まけずぎらい。

 同じことを言っているような、微妙にちがうような……辞書の説明って、面白いですね。





うさぎの手紙 2002.3

探しもの

 かなり長いこと、ずっと探しつづけているものがあります。それは、モーツァルトの交響曲第40番のCD。

 そんなの星の数ほど売ってるじゃないか、と思うでしょ?

 その通り。星の数ほど売っているところが問題なのです。

 実は、私の頭のなかには、ある40番の演奏が染みついているんです。別に特別な状況でそれを聴いたとか、素敵な思い出があるとかいうのではないんですけど(そうだったらかっこいいと思うんだけど)。

 以前勤めていた会社では、自分のデスクのPCとイヤホンを使えば、好きな音楽を聴きながら仕事をすることができました。自分の手持ちのCDに飽きるとほかの人のを借りたりする。それでたまたま聴いたのが40番。この曲をそのとき初めて聴いたわけではなかったけれど、あまりにもヘビーローテーションで聴いたために、これが私の定番として染みついてしまったんですよね。

 その後、ひさしぶりにあの曲が聴きたいな、と思って目に付いたCDを買ったわけです。でも、その40番は、私の頭のなかにある40番とは全くちがったのでした。その演奏が悪かったわけではないけれど、どうしても違和感を感じてしまう。それ以来、私はあの聴き慣れた40番を探しつづけているのです。

 ものすごいクラシック・マニアというわけではないから――そうだったら、最初から自分の聴いているCDの指揮者やオーケストラぐらい把握しておくものですよね――この"40番"問題にぶつかるまで、指揮者や演奏者によって、これほどまでに曲が変わるということを(頭ではわかっていたかもしれないけれど)実感してはいなかったんです。だって、好きな曲はどれも自分でもっている音源で聴くことが多いし、わざわざほかのCDを買って聴くことはない。好きな曲をいろいろいな指揮者やオーケストラで聴きくらべてみようと思ったこともありませんでした。とくにお気に入りの指揮者がいるわけではないし、ましてや「あの指揮者のこの曲の解釈はいかがなものか?」なんて言えるほどの耳も鑑賞力も知識もない(大学時代の友達に、"カラヤン好き"と"カラヤン嫌い"がいて、ふたりの議論が白熱するのを聞いているのは面白くてしかたなかったけど)。

 ピアニストには少々の好みはある……というか、もっているCDは偏っているけれど、それもとくに他の人が嫌いというわけではなくて、たまたま最初に聴いていいと思った人のほかのCDも買うから集まっているだけのことなんです。だいたいが最初の一枚はジャケ買いだもの。だから、ピアニストがハンサムだったり、名前がきれいだったりするんだよね……(なんていい加減な)。

 探し求めている40番も、他の演奏を先に聴いていれば、それが私の定番になったはずなので、とくにあの演奏のどこがよかった、どんなふうによかった、というような問題ではないんです。 とにかく、どうしてもあの40番が忘れられず――というか、その40番でないとどうしても違和感を感じてしまうために――40番のCDを買いつづけることになってしまったのでした。別にモーツァルト・フリークじゃないのに(第一、40番が死ぬほど好きっていうわけでもないのにな)。しかも演奏が始まった瞬間に「これ」か「これじゃない」かはわかるので、買ったもののほとんど聴かない、という40番コレクションができてしまったのでした。音楽の素養が全くないので、「これ」とか「これじゃない」とかいっても、全く感覚的。どういう演奏だったかを人にきちんと言葉で説明することは不可能なんですよね。これはもう、手当たり次第に自分で聴いてみるしか方法がない。

 先日、クラシック愛好家のご夫妻の家に遊びに行ったとき、なんとなくこの探しものの話をしたら、親切なご主人が次から次へと珍しい40番をだしてきて聴かせてくれました。でもね……最初からそう言えばよかったのだけど、私が探している40番は、決して珍しい40番ではないの。たぶん、ものすごく普通 の、ごくごく当たり前の40番なのよね(もしかしたら、耳の肥えている人には最低の40番なのかも)。 いまは、以前のようにとにかく買って聴いてみるというのはやめています。どうも自分が意地になっているような気がしてきてしまったし。聴きもしないCDがたまっていくのは気持のいいものではないし。

 でも、とりあえずあの40番が見つかれば、なんとなくほっとして他の40番も楽しめるような気がするんだけどな……。ひょんなことから再会できないものかしら。





うさぎの手紙
 2002.4

キヨイココロ

 久しぶりに歌舞伎座に行ってきました。三月大歌舞伎夜の部で、演目は『俊寛』と『花街模様薊色縫(十六夜清心)』。私のお目当ては、この十六夜清心でした。仁左衛門&玉三郎という(私にとっての)究極の顔合わせ、しかも通し狂言ということで。いままで序幕しか観たことがなかったんです。どうやら通 しで上演されることがあまりないらしいんですね。

 とにかくミーハーの私は、仁左衛門&玉三郎の超美形コンビにめちゃくちゃ弱い。どこをどうとっても「絵」になってしまうのが嬉しくてたまらないんです。今回もつい奮発して一等席をとったら、これが花道脇の前から四番目。きゃ〜。決めポーズが目の前で見えちゃうじゃん!!

 主人公のふたりはもちろん、気前がよくて思いやりもある大金持ちの俳諧師白蓮(実はもと大盗賊)の左團次もぴったり、見るからにひ弱そうな寺小姓の勘太郎くん(痩せてよかった。一時はどうなることかと思った)もよかった。

 序幕は遊女十六夜と僧清心の美しい心中(未遂)の物語、そして二幕目が白蓮に命を助けられおさよと名を変えてその妾となった十六夜が、死んだ(はずの)恋人を弔うために尼となり父親と旅にでるという切ないお話。ところが幕が変わってふたりそろって登場すると、あら……?

 ふたりともすっかり身を堕とし、清吉&おさよという悪党コンビになっている。おさよなんて、さっき――二幕目――まで聖女のような清らかさだったのに。言葉遣いもまるっきりちがう。そのうえ恩を受けた白蓮のところに恥ずかしげもなく強請に行く始末。それも清吉のあとからついていくわけではなくて、どちらかというとイニシアティブをとっている感じ。遊女に聖女そして悪女と、三つの顔の玉三郎が楽しめてこのうえなく美味しいお得なお芝居なのでした。 『三人吉三』といい、『白波五人男』といい、河竹黙阿弥のお芝居ってとにかく楽しめる。流れるようなセリフも心地よく、そのまま覚えてしまえそう(覚えてないけど)。大笑いもできるし、涙もそそられ、場面の美しさに息をのむことも。白波物の名手と言われる黙阿弥っていったいどんな人だったんだろうと思ったら、裕福な家に生まれたお坊ちゃんで、なんと十四歳(!)で遊びが過ぎて勘当されたという筋金入りの放蕩息子だったようです。

 初めて観た二幕目以降ももちろんものすごく面白かったのですが、でもやっぱり、このお芝居で最も印象的なのは有名な序幕の最後の場面、清心が悪の道に転ずるところなんですね。

 恋人と手に手を取って川に飛びこんだものの死に損なってしまう(なまじ泳ぎがうまかったばっかりにって言うのが笑えます)。もちろん何度ももう一度飛びこもうとがんばるのだけれど、どうしても飛びこめない。ぐずぐずしているうちに、持病の発作で苦しむ通りすがりの若者を助けてしまう。その時点ではたしかに善意で介抱してあげているのに、この男の子が大金をもっていたばっかりに、それを奪おうとして誤って相手を殺してしまう。その罪ゆえに腹を切ろうとするのだけれど、これがまたうまくいかないでぐずぐずするばかり。そこで雲が切れ、月の光が清心を照らしだす……その瞬間、清心は悪に目覚める。目覚めるというよりも、悪の道に生きる決心をするというか、悪の悟りを得るというか。

 この、一瞬にして変わるところがすごい。役者の見せ所ですよね。それまで名前の通り、清い心をもっていたと思われる(ま、廓遊びはしていたわけなんですけど)清心が、本当にがらっと変わっちゃうんだもの。あたかも一筋の月光によって、何か化学変化が起きたかのよう。少年の死体を川に落として財布を手に笑いを浮かべる清心。その顔はもう、完全に悪人のそれなんです。

 これはたとえば、お嬢さんのフリをしていた悪党が正体を見抜かれて開き直るときの豹変ぶりとは大違いです(それもすごく面白いんだけど)。あるいは「ほんとは狐だったんです」とか、「実は蛇の化身でした」という変身ものよりもすごい。衣装も同じ、もちろん美しい顔もそのままなのに、たしかに悪に変わってしまったのがわかるんだもの。清心の心の変わりかたは、まるで透明な水に一滴の毒液を落とした瞬間に、その水の性質がすっかり変わってしまったみたいな感じです。一瞬にして完全に。でもなぜか、不自然ではない。不思議なことに妙な説得力があるんですよね。

 黙阿弥という人は、人間がこんなふうに変わるのを実際に経験したことがあったのかもしれません。

 そして、息を詰めてこの場面を見入ってしまう私たちも、人間がこんなふうに変わりうることを、心のどこかで知っているのかもしれませんね。





うさぎの手紙 2002.5

はじめちとせ

 みなさん、元(はじめ)ちとせという名前を聞いたことありますか?

 J-POPも一応はおさえている、という人にはもうおなじみでしょう(好き嫌いはともかく)。そうでなくても、最近は新聞などでもとりあげられているので、名前は聞いたことがある、話題としては知っている、という方は多いんじゃないでしょうか。

 元ちとせ。23歳。奄美大島出身の女性ヴォーカリスト。メジャーデビュー曲の「ワダツミの木」がオリコン初登場19位。その後一度もランクを落とすことなく、ついに10週目にして1位をゲット。これがかなりの快挙らしく、マスコミで話題になっています。

 私が初めて彼女の歌を聴いたのは、二月のCD発売直前のことでした。FMラジオで流れたのを全く偶然に聴いたのです。独特の声と歌いかた(いわゆるこぶしですね)が、なぜかまっすぐに心に響いてきました。他の誰ともちがう。初めて聴くのになぜか懐かしい……不思議な感覚でした。そして、曲をかけたあとのDJの言葉にびっくり。歌っているのが奄美大島出身の女性で、今回メジャーデビューする前は、ずっと奄美の民謡である島唄を歌っていた、と紹介したからです。

 私は横浜生まれ横浜育ちなんですけど、実は四分の三、奄美大島の血が流れているんです。父の故郷が奄美大島。母の父の故郷が奄美大島。これってかなり濃い血ですよね。いま父は奄美大島に住んでいるのですが、元ちとせのことはよく知っていました。島唄の歌い手としてはすでに有名で、CDもだしていて、父もよく聴いていたのだそうです。地元の年配の人たちのあいだには、せっかく島唄の才能があるのに都会にでて歌謡曲の歌手なんかになってしまった、と批判する向きもあったようです。 ところでみなさん、奄美大島ってご存じですか?

 伊豆大島じゃないですよ。鹿児島県薩南諸島南部。ハイビスカスやブーゲンビリアが咲き乱れる亜熱帯。珊瑚礁の海はダイバーには大人気だけど、ハブの生息地なので一般的な観光地としての人気はいまひとつ。

 私は小学生のころ、毎年夏休みは母と妹と三人で祖母の住む奄美大島で過ごしていました(当時父は忙しくてほとんど故郷に帰れませんでした)。正直に言うと、私はこの夏のお決まりの奄美大島行きが苦痛でした。まず、行き帰りが大変。いまは直通の飛行機がありますが、当時は直行便はなかったし、どちらにしろ飛行機に乗るような贅沢はできませんでした。だから東京から3日もかけて船で行っていたんですが、私は船旅が苦手でした。船酔いはするし退屈なんだもの(イルカや鯨に出会うなんていう面白い経験もできるけど、2泊3日は長すぎます)。そしてほとんど夏休みいっぱい滞在するわけなんですけど、暑いし、虫(これがまた巨大なの)はたくさんいる。そればかりか、祖母とはそりが合わなかったし、右も左も親戚だらけで息が詰まったし。祖母をはじめとして年配の人たちの言葉は全くわからない(信じてもらえないかもしれませんが、方言なんてものじゃなくて、ほとんど外国語なんです)。妹とちがって、私にはどうしてもすっかり田舎になじむということができず、自分で選択できるようになってからはほとんど行かなくなりました。そのうちに、一人暮らしをしていた祖母も年をとってこっちに移ってきたので、行く必要がなくなりました。妹はそれでもよく遊びに行っていましたが、私はすっかり大人になってから、もと夫と一緒に久しぶりに訪れたのが最後。それももう10年以上も前のことになります。

 父は退職後、母と一緒に大喜びで向こうに帰ってしまいました。妹夫婦は一年に一度は両親の顔を見に奄美に行くのですが、私は誘われても行きません。父も母もまだ元気だし、しばしばこっちに帰ってくるし、なにも私がわざわざ行かなくていいと思っています。奄美大島は、嫌いとまでは言わないけれど、私にはどうも肌が合わない場所と、半ば決めつけてきたんですよね。

 でも彼女の歌を聴いてから、なんとなく奄美大島のことを考えるようになりました。実際には楽しい思い出もいっぱいあるし、なんといっても夢のように美しいところなんです。私は言葉のうえだけではなく、本当に輝く海や降るような星空を子供のころから知っています。この記憶は私にとって、大切な宝物なのかもしれません。そして、彼女の歌は、この大切な宝物、奄美の風景の記憶を呼び覚ますきっかけになったような気がします。初めて聴いたときから、彼女の歌は私の心に直接響いてきました。奄美の島唄の流れをくむ独特の声のだしかたや節まわしが、私の心をとらえたのだと思います。あるいは、私の心にそれがすんなりとおさまる場所があったのだと思います。自分でも驚きでした。やっぱり私にも奄美の血が流れてたんだ……びっくり!(島唄そのものはやっぱりなじめないんですけど)でもね……奄美の血は関係なかったのかもね。だって、全国的なこの大ヒットだもの。父は、応援してやってくれ、なんて言うんですけど(彼女の出身地は島のなかでも父の故郷にとても近く、父にとっては一応高校の後輩になるんですよね)。

 お父さん、もうすでに40万枚も売れてるのよ……そんな内輪なプロモーションしなくても。





うさぎの手紙 2002.6

SFの世界へ

 人をタイプに分けることってよくありますよね。○○する人、しない人。○○できる人、できない人、といったぐあいに。SFを読む人、読まない人、というのもくっきり分かれると思いませんか? 私はSFマニアではありませんが、読むのは好きなほうだと思います。

 思い起こせば、SFとの出会いはコミックでした。小学生のときに読んだ萩尾望都の名作『11人いる!』。この作品自体が本格的なSFかどうかは意見の分かれるところかもしれませんが(私はかなり上質だと思う)、私のSFの入口になったことだけはたしか。ちなみに萩尾望都のSF作品にはほかにもすばらしいものがたくさんあります(少女漫画を読む人、読まない人、というのもくっきり分かれると思うけど)。

 すっかりSFの魅力にとりつかれ、ブラッドベリやアシモフ、ハインライン、クラーク、といったいわゆる古典を読みあさりました。人に薦められるままに日本のものや新しいものも読み、マニアには対抗できないけれど、ふつうのSF好きと言えるくらいには読んだと思います。その後、けっこう長い空白期間(特に理由はないけれど、なんとなく読まなくなった)のあと、出会ったのがウィリアム・ギブスンでした。衝撃。ここでギブスン論をぶつつもりはありませんが(全作読破したわけでもないし)、「命をかけた」という黒丸尚氏の翻訳はものすごくて、それだけでも感動ものです。もしも読んだことのない方がいらしたら、ぜひ一度どうぞ。

 なぜ突然、SFの話なんかしているかというと、最近、とうとう自分がSFの世界に足を踏み入れてしまったような気がしているからです。古き良き時代のSFではなく、ギブスンのサイバーパンクSF。ギブスンの世界では、火星に行くこともないし、ロボットが騒動を起こすわけでもない。舞台も遠い宇宙の果てではない(千葉シティだったりする)。

 私にとってコンピュータは、初めはただのワープロにすぎませんでした。電子メールを利用しはじめても、それほど世界が変わったとは思いませんでした。すばらしいコミュニケーションツールではあるけれど、電話が少し便利になったくらいの感じ。その後、ごくふつうにインターネットを利用しはじめてもまだまだ落ち着いていました。世の中進んだなぁ……ぐらいの気持で。 ところが!

 今年、いよいよブロードバンド生活に突入したんです。もちろん常時接続。そのとたん、ぐぐっと感覚がSFめいてきたんですよね。 画像の表示はあっというまだし、そのせいか、たしかに瞬間的に世界につながっている感覚が味わえる。電話代を気にせずに思いついたらどこにでも行って、その場でじっくりとさまざまな記事を読むこともできる。初めて心地よくネットサーフィンめいたことができた。スポーツ放送も音楽も聴ける。本を探すときも、いままではレビューを読むのにもいちいち接続を切って、またつなげて、次に行ってと、まだるっこしい作業をしていたけれど(どうも貧乏性なんですよね)それもなくなった。

 でもね……こういったことは、ものすごく楽で快適になったというだけで、ある程度は予想していたんです。本当のSF感はこのあとです。

 常時接続にするのなら、セキュリティとウィルス対策について真剣に考えるようにと友人に厳しく言われていました。初めは、そのうちね、ぐらいに思っていたのですが、調子に乗ってインターネットを利用しているうちに、だんだん妙な不安をおぼえはじめたんですよね。私がこんなに自由に「行き来」しているということは、逆に言えば、家に鍵もかけずに呑気に暮らしているのと同じではないかしら?> 入ってこようと思えば、誰でもいくらでも勝手に侵入できるのではないかしら? 友人が言うように、私が知らないうちに、犯罪の足がかりとして利用されることだってありえるのではないかしら? そこで、のろまな私にしては比較的素早い対応をして、セキュリティソフトを購入し、インストールしました。それでわかったのですが、実際に頻繁に侵入が試みられているんですよね。びっくり。ハッカーたちがひしめく世界に自分もいるんだという実感がわいてきました(ちなみに、ハッカーという言葉は本来、天才的なひらめきをもったプログラマーのことを呼ぶ言葉であり、その才能を賞賛する言葉でさえあるそうです。不正侵入などの悪事を働く輩はクラッカーと呼んでハッカーとは明確に区別すべきなのだそうです)。

 そしてもうひとつ。実は、そのソフトのインストールの準備段階でちょっとした失敗をやらかして、マシンがおかしくなってしまいました。きちんと説明することはできませんが、突然発狂した、という感じ。自分ではお手上げで(一応、努力はしたんですけど)、友人に頼んで往診にきてもらいました。当たり前のことですが、彼がマシンを相手にやっている作業は私には完全にちんぷんかんぷん。いちいち説明してもらう気も起きません。めまぐるしいキー操作にしたがって次々と表示される画面 は、100パーセント不可解な、まるで宇宙人の手紙。ああ、これがいつも私が何の気なしに、お気楽に使っているコンピュータの正体なのね……。妙にユーザフレンドリーになっていてふだんはほとんど意識しないけれど(Windows以前のほうが、まだこっちがコントロールしている感覚が多少はあったな……と思いません?)。

 私(たぶん、みなさんの多くもそうだと思いますが)にはとうてい理解不能なとんでもなく緻密にプログラムされた世界。その奥深くのどこかで、感情めいたものが生まれてくる可能性はあるだろうか……? ギブスンから古典に逆戻り(?)して、アシモフやクラークの世界まで進む(?)ことがありえるかしら? もしかして、HALはどこかにもうすでに存在しているのだろうか?「日進月歩」という言葉自体がすでに死語。この先どうなることやら。ついていけるのかなぁ……このSFの世界に。





うさぎの手紙 2002.7

やっぱりワールドカップ!

 四年に一度のワールドカップ。きゃ〜!!

 ここにも再三書いていますが、私は運動神経が切れちゃっていて、スポーツは全くダメ。それなのに、いや、たぶんそのせいでなおさら、スポーツを観るのは大好き。ワールドカップともなれば、最高峰のゲームを連日楽しめる……幸せ。

 ちなみに私にとっての二大スポーツは、テニスとサッカーなんです。

 テニスは至上のスポーツだと思う。ルールもしっかりしていて、しかも単純明快。一対一の勝負にはごまかしの入る隙間もない。いい試合なら、誰がプレイしていようと、試合そのものを純粋に楽しめる。さらに、選手の動きがとてもきれい。すぐれた選手ほど身体も美しい。

 そして、チームスポーツと言えばサッカー。なぜ、数あるスポーツのなかでとりわけサッカーなのか? たとえば、アメリカンフットボールはどうか? 食わず嫌いなのかもしれないけれど、どうもあれは装備品が多すぎると思うの。ではバスケットボールは? プレーヤーの体格にたいして、コートが狭すぎ、バスケットの位置が低すぎ(柔道まで体重別にしたがる西洋の人びとが、なぜバスケットボールに身長制限を設けたがらないのだろう?)、しかも点が入りすぎる。じゃあ野球は? ゲームとしては面白いし(冷静に考えるとややこしすぎるルールも含めて)、さまざまな楽しみかたができて大好きなのだけれど、なんとなく純粋なスポーツとは思えないところがあるんですよね(話せば長くなりますが)。野球はやっぱり、熱愛チームをもって、そのチームの優勝を夢みて一喜一憂しながら応援していくのが楽しいの。いい試合をただ楽しむ、ということもできなくはないんですが、私の場合はどうしてもまず第一に「がんばれスワローズ」になってしまう。

 そんなわけで、もちろんあくまでも個人的な意見ですが、サッカーが王様なんです。ただサッカーの場合、面白い試合と面白くない試合の差が激しいですよね。九〇分と言えばかなりの長時間。よほど質の高い試合でないとなかなか集中できません。しかも野球とちがって一瞬たりとも目が離せない(たまたま目を離したとき、かならずゴールシーンが訪れるものなのよ)。だからついJリーグはおろそかにしがち。一応、マリノス・ファン(サポートしていないので、恥ずかしくてサポーターとは言えない)なのですが、ふだんはほとんど忘れちゃっています。J2落ちの危機に直面したときにはさすがに反省し、これからはもっと真面目に応援しようと決心したものの、あまり気合いは入らずじまい。

 だからこそワールドカップ!! 四年に一度の夢の日々。

 実は、ここにワールドカップについて書くのはやめようと思っていました。この一カ月、友達ともワールドカップの話題で大いに盛りあがっていたものの、その内容と言えばこんなところには書けないようなことばかり。もちろん試合やプレイについても話すわけですが、そこは素人なので、冷静さのかけらもなく好き勝手に言いたい放題。そして話はついつい選手鑑賞(はっきり言って、アカデミー賞授賞式より面白いですよね)や、お国柄分析(?)の方向に走る。これがまた、超偏見、根拠なし。

 でも不思議なものですよね。どの国のチームも、もしも選手一人ひとりを個人的に知っていたら、それぞれ性格は全くちがうはずなのに、チームとしては明らかに国民性がでるの。しかもそれが、私なんかが単なるイメージつかんでいる、とってもわかりやすい国民性なんだもの。

 それにしても不思議なワールドカップでした。つまらないワールドカップだった、という見方もされると思う。特に、にわかサッカーファンではない、昔からサッカーを楽しんでいた人からそういう意見がでると思う(すでに私の友人のなかにはそう言っている人が何人かいる)。たしかに、なぜこの時期にこの場所でやるのか?

というのはありますよね。日本人にとってさえつらい気候のなか、各クラブチームの日程をこなしたあとで疲れていて力をだしきれない各国選手たち。そのうえ、主催者側が審判のミスを大会途中で認めてしまっていいのだろうか……?

 私の予想(というか期待)も、開幕直後から日々下方修正(なんて言ったら、各方面 から非難されそうだけど)を重ねていったのでした。いきなりフランスがセネガルに敗れたときは、番狂わせも面白いじゃない、なんて思ったのですが、その後も韓国で行なわれた予選は波乱つづき。きっと韓国には魔法のキムチの風が吹いていたにちがいない。そして、なんと言ってもいちばんショックだったのは、アルゼンチンの予選敗退(日本にも魔法のワサビの風が吹いていたのね)。というわけで、決勝戦は「イタリアvsアルゼンチン」という、めちゃくちゃラテン寄りの私の予想(期待だってば)は、予選から早々に崩されてしまったのでした。その後も肩入れするチームは次々と消えていってしまったし。結局、四強に残ったのは誰も予想できなかった(でしょ?)顔ぶれ。

 ここまできて私の予想もやっと当たって(というか順当に)ドイツとブラジルが勝ち残り、ついに決勝戦を迎えることになったのでした……あとは、みなさんご存じの通りです(これを書いているいまはまだ、カップの行方は誰も知らない)。 とにかくこれで、四年に一度の夢の日々はおしまい。観るだけの人間って、実にお気楽ですよね。ごめんね、世界中の選手のみなさん。

PS 日本の活躍は私にとって、とても嬉しいおまけのようなものでした。なかでもいちばん嬉しかったのは、やはり初の一勝をあげたロシア戦。当日、うちには八人もの人が集まって"内輪ビューイング"が開催されました。家が揺れるほどの大騒ぎだったけど、ロスタイムに入ったとたん、空気がものすごく重くなってしまった……これって"ドーハのトラウマ"ですよね。





うさぎの手紙 2002.8

小さな木の実

 少々古い話題になってしまいますが、大好きなアーティスト椎名林檎がカバーアルバムをだしました。その名も『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』。熱愛バンドが無期限休業中の私にとって、衝動買いでもジャケ買いでも気の迷いでもなく、楽しみに待って買った久しぶりのCD(楽しみに待って、なんて言いながら発売は実は5月末だったんですけど……ワールドカップにかまけていたせいで、買うのが遅れてしまったの)。

 『唄ひ手冥利』は、亀田誠治プロデュースのギター中心アレンジ「亀パクト(泣ける!)」と、森俊之プロデュースのキーボード中心アレンジ「森パクト(踊れる!)」の2枚組み。椎名林檎が音楽的に大きな影響を受けた曲を精選し、全18曲収録。"〜其ノ壱〜"っていうのがなんとも嬉しいですよね。

 18曲のなかに、全く初めて聴いたという曲はほとんどありませんでした。よく知っている歌、昔よく聴いた(あるいは唄った)歌、なんとなく耳が覚えている歌、といろいろでしたが。林檎ちゃんはだいぶ年下なのだけれど、なぜか妙にくすぐられる選曲。特に「亀パクト」は、「泣ける!」と銘打たれているだけあって(とっても小さく書いてあるだけだけど)、実に泣かせる仕上がり。本当に涙がでてきてしまった曲がいくつかありましたが、そのうちのひとつが「小さな木の実」でした。

 この歌、みなさん、ご存じですよね? 私は子供のころ、NHKの「みんなのうた」で聴いたのが最初だと思います。このアルバムの曲解説によると、最初に放送されたのが71年だそうなので、私は8歳(林檎ちゃんは生まれていませんね)。その後も何度も再放送されていると思います。音楽の教科書にも載っているらしい。びっくりしたのは、作曲がビゼーだったこと。ご存じでしたか?

 もちろん、あのビゼーですよ、「カルメン」の。私は全然知りませんでした。曲解説には英国の作家ウォルター・スコットの「The Fair Maid of Perth」をもとにした歌劇「美しいパースの娘」のために書かれた曲とあるけれど、「美しいパースの娘」というのはかなりマイナーですよね?……知らないの、私だけじゃないですよね、たぶん。いったいどういう経緯があって、この曲がビゼーの曲のなかからすくいあげられ、美しい詩がつけられて、そしてNHKで何度も何度も放送され、日本人なら誰でも知っている名歌となったのでしょうね……。

 (ついでに、ビゼーについても特に何も知りませんでしたが、「アルルの女」も「カルメン」もこんなに有名なのに、生きているあいだにはほとんど認められないまま、37歳で亡くなったそうですね。) 「小さな木の実」という歌を久しぶりに聴いて、どうして私はいまさら泣いてしまったのでしょう? ヴォーカルの力は大きいと思うけれど、でも、この曲自体が「何か」を運んできたのもたしかだと思うんです。

 音楽の魔法はいろいろなところで、いろいろなかたちで感じるけれど、こうした誰でも知っているごく普通 の歌の魔法もとても不思議なもののひとつだと思う。聴いている(あるいは唄っている)その瞬間の感情のほかに、その歌と自分のあいだにあるさまざまなものがあっというまに目を覚ますの。ときには、曲が秘密の鍵みたいに働いて、すっかり忘れてしまっていたことを思い出したりすることもありますよね。特に子供のころによく聴いた歌は、その歌にまつわる特別なエピソードやくっきりした思い出があるわけではなくても、そのころまだ子供だった自分とか、そのころまわりにあった風景とか、そのころまだ生きていた人とかを一瞬のうちに運んでくるんですよね。そして、聴くたびにそうした何かが積み重なっていって、密度が濃くなっていくみたいな気がする曲もある。もちろん、そんなふうに残っていく曲はとても数少ないのかもしれないけれど。少なくとも私にとって「小さな木の実」はそういう魔法の歌のひとつなのかもしれません。

PS 私がここで宣伝してもしかたありませんが、このアルバム、騙されたと思ってぜひ聴いてみてください(2枚組み3429円でとってもお得!)





うさぎの手紙 2002.11

いま、アンダーグラウンド

 みなさんは、読みはじめたものの途中で中断してそのままになっている本ってありませんか? 面白くないからではなくて、とにかくなんらかの理由で中断し、読みかけのままにしてある本。しかも、そのまま放っておくつもりはないから、ずっと手近なところに置いてある――でもふと気づくとすでに4、5年もたっているような本。私はそういう本が何冊かあるんですけれど、今年中にそれらを端から読んでしまおうと思いたったんです。

 というわけで、まず手をつけたのが村上春樹の『アンダーグラウンド』でした。発売後すぐに購入して読みはじめたんですが、どういうわけか中断(小説とちがって、とても簡単に中断できたんですよね)。出版されたのが1997年3月ですから、かれこれ……5年以上、放ってあったことになりますね(しかもずっと目の前に置いてあったの)。そういえば今年に入ってすぐに、きっかけは忘れてしまいましたが、読みかけのページを開いた覚えがあります。でも結局はまた放置してしまったんです。

 そして今回、やっと読了ということになったわけです。この本についての感想などはとりあえずおいておくとして、なにより驚いたのは、自分自身のなかでの地下鉄サリン事件の風化でした。あんなに衝撃を受けたのに。この事件については死んでも忘れることはできないだろうと、当時思ったのに。実際には、細かいことはもちろん、事件の概略についての記憶さえだいぶ怪しくなっていたのです。これは私にとって、少なからずショックでした。

 あのとき私は、この事件をめぐるまざまな事柄にたいして、さまざまな感情を抱いたはずでした。まずはごく当たり前の恐怖、次にいろいろな種類の恐怖。その後、たとえば警察を初めとする無責任な公の組織や傲慢で独善的なマスメディア、さらに、以前から煙たがられがちだった宗教というもの、あるいは宗教という言葉にたいするどこか乱暴で画一的な社会の風潮……そういったものにたいして、それまでにも感じていたさまざまな不信感や疑念や違和感が、私のなかでさらに生々しく明確になっていくきっかけになったのは、まさに地下鉄サリン事件(を初めとするオウム関係のもろもろの事件)だったはずでした。 それなのに、この本を読みながら、どこか切迫感すらともなっていたあの当時の私の感情は、すっかりとは言わないまでもかなり薄れていることに気づいたのです。この本でインタビューを受けている人のなかにも、事件の風化を防ぐためにこのインタビューを受けました、と言っている人がいました。まさに、その人が心配したとおり、少なくとも私のなかで、地下鉄サリン事件は確実に風化しつつあったようなのです(実は、この本を読むまで、この事件のことは昨日のことのようによく覚えている……と思いこんでいたんですけれど)。

 不思議なことに、私は"いま"『アンダーグラウンド』を読んでいる……このタイミングで、この本を読んでいる人はけっこう少ないだろうと思います。地下鉄サリン事件が起こったのは1995年3月20日。この本が出版されたのが2年後の1997年。そしてさらに年月を経ていま2002年10月、私はこの本を読んでいる。事件発生当時から現在、さらにこの本の発表当時から現在、その時間の流れの過程で、自分のなかですでに消えてしまっていたもの、消えゆきつつあったもの、そして(いつどこで生じたのかわからない)微妙な記憶違いにショックを受けながら。二度の時間のズレのなかで、奇妙なかたちで事件を再確認しながら。

 この本はかなり特殊な本ですよね(村上作品であると思えば特に)。そして、私の読みかた……というか読むタイミングもかなり特殊でした。だから結果的に、いままで経験したことのない種類の、不思議な読書体験をすることになったのでしょうか。





うさぎの手紙 2002.12

年の瀬

 こんにちは。月並みですが今年もあと一カ月ですね――年末って本当に、どういうわけかやたら慌ただしくて忙しいですよね。

 そのうえ、年末がやってくるのが年ごとに早くなっていると思いませんか? 最近、11月から年末、年末と煽られているように感じません? まずお歳暮早期承りキャンペーンとかいうのがデパートを中心に始まるでしょ? それから年賀状印刷早期承りキャンペーン、おせち料理早期承りキャンペーン……etc。

 そして、クリスマス(純日本ものの行事だけでも充分に忙しいこの時期に、無理に舶来ものの"クリスマスシーズン"まで組みこんじゃうんだからすごい)。私は、日本人にはクリスマスは関係ないとか、クリスマスはキリスト教徒しか祝うべきではないとか、そんなカタイこと言うつもりはさらさらないし、家族ではなく恋人とすごしたい――いや、すごさねばならない、いや、そのためになんとか相手を調達しなければならないというのも、まあ目くじらを立てるほどの話でもないかと思うけど、でもクリスマス、クリスマスって騒ぎだすのがあまりにも早すぎないか? とは思うんです。まだ待降節にも入っていないようなころからもう、街にはツリーが飾られ、クリスマスのデコレーションがあふれ(それにしてもクリスマスのデコレーションってものすごくワンパターンだと思いません?)、ところかまわずクリスマスソングが流れ、そしてここでも"クリスマスケーキのご予約はお早めに"キャンペーン……。

 誰に煽られなくたって、年末はみんな忙しいんですよね。クリスマスパーティや忘年会を(人によっては十回以上も)こなさなくちゃならない。年賀状も書かなくちゃならない。実はいつやったっていいはずの家の大掃除もしなくちゃならない。おまけに、年越しはしたくない、なんていうごく気分的な理由で、本当は来月でも全然かまわない用事をいくつか無理矢理年内にこなそうとしたり。毎年思うのですが、クリスマスの一週間後はもうお正月(ツリーは一夜にして門松に変わる)。そして年があけて一週間もすれば、年末の慌ただしさが嘘みたいに、ごく普通の毎日がやってくるのにね……この"年内に○○しなくちゃ"という強迫観念はあなどれない。

 師走と呼ばれるくらいだから、年末が忙しいのはごく当たり前のこと。でも、ちょっと前までは11月から騒ぎだすっていうことはなかったように思うんです。だいたい11月って、まだまだ秋という季節を楽しみたい時期じゃないですか? こんなに早くから年末気分を煽られると、秋がなくなってしまうような気がしません? いくらなんでも11月から忘年会シーズンが幕を開けてしまうのは……しつこいようだけど早すぎない? まだ11月なのに忘れられてしまう"今年"の立場もないだろう……。

 まあね、いくら煽られても、自分が乗せられなければすむことなんですけど。ついつい、煽られるままに焦ってあたふたしてしまうんですよね。

 ――と、いまこれを読んでくださっているみなさんもいろいろお忙しいと思うので、今月は短めに。今年も一年間、うさぎの駄文につきあっていただいてありがとうございました。来年も、お暇だったら読んでね。