|
うさぎの年賀状
秀岡尚子(2004.1) |
![]() |
あけましておめでとうございます。 去年ここに掲げた目標(敢えて繰り返しませんけど……恥ずかしいもん)は、みごとに全く実行しませんでした。まあ、自分自身のことなので、ここでわざわざみなさんにご報告することもないんですけど。挫折したというよりも、スタートを切ることさえしなかったという感じ。機が熟していなかったのね、きっと。またいつか、その気になったときトライしてみようと思います。 今年は、具体的な目標は特にありません。ただ、テーマというかキーワードが二つ。 一つは「勇気」。これは去年、四十歳の誕生日を迎えるころにふと心に浮かんだ言葉。特に今年というわけではなく、これから先ずっとテーマにしたいと思っています。ずいぶん漠然としていますが、とにかく、勇気って最も私に欠けているもののひとつだと思うんですよね。だから真面目に取り組んでみたいんです。そもそも勇気とは何か、ということから考えなければならない気もしますけど。もう一つは「充実」。これもまた漠然としているんですけど。さまざまな事情から、いまの私のスタンスはとてもあやふや。一年後の自分が何をしているのかも見当がつかないのが正直なところで、具体的な目標を設定することができません。そんななかでとりあえず目指せるのは、とにかく充実した一年を送ることなんです。満足はできないまでも、後悔ばかり残る空っぽな一年にはならないようにしたいと思います。 というわけで、年の初めはこんなところで失礼します。今年もどうぞよろしくお願いいたします。 PS もう一つ、とっても大切なこと!――がんばれヤクルトスワローズ、今年は絶対日本一! (ひでおか なおこ) |
|
うさぎの手紙
秀岡尚子(2004.2) |
![]() |
さよなら東横桜木町駅 明日(2月1日)、いよいよみなとみらい線が開通します。この話題で最近は大いに盛りあがっているのだけど――少なくとも地元横浜(の、FM放送局や周辺地区)的には盛りあがっている(ことになっている)のだけど――一般的にはどうなんでしょう。考えてみれば、たいした話題じゃないですよね。私にとっては嬉しい話でもないし。元町や中華街が渋谷と電車一本でつながるのなんて、ちっともいいことだとは思えないんだもの。あの界隈が他府県の方々で混雑するのは、正直なところもううんざり。 私を含め、多くの市民にとって、みなとみらい線開通以上に大きな……というか、切ない話題は、東横線桜木町駅の廃止です(もちろん、なくなるのは東横線の駅だけで、JR桜木町駅はそのままです)。 桜木町……子供のころは、私の住む超マイナーな根岸とそれほど変わらないくらい何もない地味なところでした。国鉄の駅とともに東横線の始発駅があることだけが特別だったんですよね。 私は小学校から高校までずっとバス通学だったから、電車に乗ることはあまりありませんでした。いまなら電車で行くところもバスで行っていました(バスの定期をもっていたもので)。電車に乗るとしても、最寄りの根岸駅は国鉄(JR)の駅だったから、東横線に乗るのはかなり特別なことでした。渋谷あたりに一人ででかけるようになったのは、なんと大学生になってから。根岸から渋谷に行くときには東横線を使うのが定番。そしてそのときは、横浜ではなく桜木町で東横線に乗り換えるんですよね。桜木町駅の、ほとんど人のいないホームを渋谷方向にどんどん端まで歩いていって、すでにとまっている始発電車に乗るのですが、ホームの端のほうには屋根がなくて、晴れの日には電車のなかまで日光が射しこんでいるんです。そのまぶしいほど明るい車内で好きな席に座り、のんびりと発車を待つわけ。JRを使うより運賃も安いし、渋谷まで必ず座って行ける。横浜駅で大勢の人が我れがちに乗りこんできて、あっというまに電車は満員になるのですが、桜木町乗り換えなら楽勝だったんです――もうこの楽ちんな乗り換えもできないわけね。 桜木町駅のJR側は、みなとみらい(すなわち"港未来"ですよね)地区として開発が進み、若い人や地方の人がどんどん流れこんでくるようになりました。一方の東横線線側の桜木町は、たしかに地元の人にしか馴染のない地区なのかも……みなとかこ地区ってとこかしら。このあたりの話を始めたら止まらなくなる人はたくさんいます。横浜でも古い地域のひとつなんですよね。 それにしても、"みなとみらい"地区ってすごい。いまは慣れちゃったけど、おそろしく強引なネーミングだし……。昔(それも、私が思い出せるくらいの昔ですよ)とはすっかり景色が変わってしまいました。というか、ほんとにそこに未来都市がひとつ出現したような感じ――別に遠く離れていたわけではないのになぜか、いつのまにか、知らないうちにそうなったような気がしちゃう。ランドマークや美術館まではついていっていたけれど、その後はもう、私にはあまり関係のない街になってしまったみたい……。 これからも、このあたりはどんどん変わっていくのでしょう。昔の桜木町駅周辺の景色は私の記憶のなかでだいぶあいまいになってしまいました。別にすばらしく美しい場所だったわけでもないし、特に懐かしむような風景ではなかったけれど、それでも、失われた景観というのは不思議なものですよね。たとえば新しい建物が建ったとき、その場所に以前は何があったのか思い出せないこと、よくありませんか? 私なんてとんでもない方向音痴なので、新しい建物群が出現すると、方向感覚まで狂ってしまうみたい。そのせいか、みなとみらい地区に足を踏み入れるとなんだか不安な気分になることがあります――全く知らない場所にいるとき以上に。 十年もしたら、そういえば昔は桜木町に東横線が通ってたんだっけ? ……なんて思ったりするのかしら。そのころには、いまは当たり前の風景が消えていて、全然思い出せなくなっているのかな。 (ひでおか なおこ) |
|
うさぎの手紙
秀岡尚子(2004.3.1更新) |
![]() |
ひさびさに……ナマものが好き! 人間のもつ美しさとはなんでしょう。人は何をもって人を美しいと感じるのでしょう。 どれほど月並みでありきたりな言葉であろうと、やはりそれは「ひたむきさと純粋さ」なのだと、圧倒的なパワーで訴えかけるお芝居を観ました。紀伊國屋ホールで現在上演中の『美しきものの伝説』です。脚本は宮本研。無知な私は全く知りませんでしたが、1968年の初演以来、何度も繰り返し上演されてきた名作だそうです。簡単に言ってしまえば、大正デモクラシーの時代の日本を舞台にした群像劇。恥ずかしいことですが、私はこの時代について全く疎くて、当然知っていなければならない登場人物についても、ほとんどなんの知識もありませんでした。名前すら聞いたことのない(はずはない、学校で習ったでしょ、と妹に呆れられてしまった)人物も何人かいたし、名前は聞いたことがあっても印象が薄くて、はたして何をした人なのかさっぱりわからない人も登場しました。"大正デモクラシー"という言葉さえ、ぼんやりとつかんでいるだけで、明確に把握しているわけではなく、当時世間を騒がせた事件の数々についてもほとんど知りませんでした。さらに正直に言えば、この時代や人びとにそれほどの興味もなく、この芝居を見たいと思ったのはひとえに、超豪華な(あくまでも私にとって、ですが)出演者たちのためでした。 そして、予備知識ほとんどなしで観たこの作品にすっかり圧倒されてしまったわけなんです。これほど地味な、ストレートな芝居を見るのは久しぶりでした。奇をてらった派手な仕掛けは何もない。しっかりした脚本と緻密な演出、そして役者の実力で見せる本当に質の高いお芝居でした。選び抜かれた言葉で構成される揺るぎない脚本。こんなクラシックな作品をいま改めて舞台に乗せ、敢えて何かを問いかけようとした演出家の信念。そして何より、たしかな技術と情熱と感性をもった、すばらしい役者たち。情熱はあっても技術のない役者や、上手くても冷めた役者には決して演じきることのできない芝居、それが今回の『美しきものの伝説』でした。芝居の力、特に役者の力を本当に堪能しました。 激動の時代――思想と政治の時代であると同時に、新しい芸術、演劇が産声をあげた時代――のなかで、自分の信じる道を自分の信じるやりかたで疾走する若者たちの姿は、あまりにも美しい。たとえいま、彼らが目指したもの、残そうとしたもの、そして実際に残されたものを考えるとき、虚しさと悲しさを感じずにいられないとしても。 公演パンフレットにこんなふうに書いてあるんですよね。 "「真っ直ぐ」「ひたむきに」「純粋で」「熱く」……。「美しきものの伝説」は、作品を語ろうとする人に、そんな言葉を選ばせる"――う〜ん、困ったな。本当にそうした言葉を使うのはいかがなものか、なんだけど、たしかに使わずには語れないんだよね……。なので、"作品について語ろう"とするのはやめましょう。でも、作者が伝えたかったものが、おそらくその最も理想的なかたちで伝わってきたこと、書かれ、初演された当時よりも、明らかに受け手側(つまり私たち)の知識が不足していると思われるいまでさえ、それが観客を圧倒したことは事実です。 それにしても、舞台となった大正という時代は、実際にはそれほど遠い過去ではないんですよね。登場人物の何人かはつい最近まで存命していたし、彼らの子供たちがいま普通に私たちと同じ時代に生きているんですもの。また、日本を自らの力で変えようと熱く生きた登場人物のほとんどが当時、いまの私よりもずっと若かったことにも(単純ですが)驚いてしまいます。 この命がけのひたむきさ、そして純粋さ――どちらの時代がいいとか悪いとか、そういうことを言うつもりはないし、ましてや、"古き良き時代"なんて言葉を使うつもりは毛頭ない。でもやはり私たち日本人は、何かとても大切なものをどこかで失ってしまったのかもしれませんね。 最後に、『美しきものの伝説』の超豪華キャストは次の通りです。ご参考までに。余計なお世話ですが、〈〉内は登場人物の実際の名前です。 クロポトキン〈大杉栄〉 段田安則PS 3月10日で終わってしまうのですが、もしも間に合ったら、当日券の用意があるはずなので、騙されたと思ってどうか観に行ってみてください(このキャストで、しかも幕間狂言付きで6500円は超お得!)。役者としての基本的な技量ももたないまま、ただの流れでドラマや映画で主役をはっちゃうような俳優(と呼ばれている人)たちにも見せたくなってしまうんだけど……これはほんと、余計なお世話ですよね。 (ひでおか なおこ) |
|
うさぎの手紙
秀岡尚子(2004.5.1更新) |
|
宇多田ヒカルって誰? ……と、人に言われたらちょっとびっくりしませんか? お得意のミニミニリサーチをかけるまでもなく、おそらく日本に住んでいればたいていの人が、なんらかのかたちで彼女を知っていると思います。少なくとも名前を聞いたことくらいはあるでしょう。 ところが、いたんですよね。わりと身近に宇多田ヒカルを知らない人が。実際には、「宇多田ヒカルって誰?」と言われたのではなく、宇多田ヒカルの名前がでたところで「それ誰?」とさらりと訊かれたんですけど(もっとびっくり)。 こんな私でもいろいろな仕事をするなかで、いわゆる“常識”ほど不確かなものはないことは身にしみています。ある人にとっては当たり前のことも、別の人にとっては決してそうではない。自分の無知さ加減を思い知らされてうんざりしたことは数かぎりなくあるし、逆に、自分にとってはとても重要な事柄(あるいは人物)でも一般的にはそれほどでもないらしいと気づくこともよくあります。だからいまさら、誰が誰を知らなくたって驚かないはずだったんだけど、でもやっぱりまた驚いちゃったな。 実は私、宇多田ヒカルを知らないなんてかっこいいと思うんです。この世には、知らないと恥ずかしいことも山のようにあるけれど、こと芸能関係の話題って、疎いほうがなんとなくかっこいいと思いません? だからここで言いたいのは、「宇多田ヒカルを知らない人がいた、びっくり!!」なんて話ではなくて、いったいどうしたらそんなことが可能なのかということなんです。この友人は、別に仙人のような生活をしているわけではありません。私より三つ年上のごく普通の会社員。家族がいるし家にはテレビだってある。普通の日本人の生活を送りながら、いったいどうやったら宇多田ヒカルを知らずにいられるのかしら。それって、ある意味、才能ですよね。だって、普通に生活していたら、どうしても目や耳に入ってしまうことってあるじゃないですか。別に熱心にテレビを見たりラジオを聴いたりしなくても、雑誌をむさぼり読まなくても。たとえば電車に乗れば吊り広告があふれているし、ふつうに新聞を読んでいてもさまざまな広告がどうしても目に入るでしょ? 宇多田ヒカルについて言えば、この5、6年、彼女を知らずにいるのは本当に難しかったと思うんです。大ブレークしたころ、巷には文字通り彼女の歌声があふれていました。それもそのはず。デビューシングルは200万枚以上売れ、初アルバムの売上げは900万枚(!)を越えたといいます。しかもデビューは弱冠15歳のとき。そして曲は彼女のオリジナル。いまでもその勢いはそれほど衰えていません。この3月末にリリースされたシングルコレクションは、発売初日で軽々とダブルミリオンを記録。ま、こんな俗っぽい話はたいしてインパクトないかしら(やっぱりすごいと私は思うんですけど)……とにかく、彼女がミュージシャンとして、少なくともとても“有名”であることはたしかですよね。邦楽には興味がない、全く聴かないという人もいます。でもそれも彼女を知らない理由にはならない。自分でCDを買わずとも、音楽番組を視聴/聴取しなくても、CMソングが耳に入ることだってあるでしょう。いくら興味がなくたって、耳に入るものは入ってしまう。それに、いまどきの音楽なんて洋の東西を問わず全く聴かないようないわゆるおばさんやおじさんにも、彼女の名前はけっこう知られています。言うまでもなく“宇多田ママ”のせい。そういったことも含め、彼女はその音楽とは全く関係のないところでもいろいろと話題になりました(いまもなっています)。彼女をとりあげたのは音楽雑誌だけではありません。ティーンエイジャー向けの雑誌はもちろん、女性週刊誌、さらには一般の週刊誌にもさまざまな記事が掲載されました。もしも彼女がもっと平凡で目立たない名前だったら、雑誌の吊り広告なんか見てもそれほど印象に残らないかもしれないけど、“宇多田ヒカル”という文字が何度も目に入ったら一応記憶のどこかに残りそうですよね。“うただひかる”は耳にもけっこう残るんじゃないかしら。 ごく普通に生活をしていると、知りたくないことまでどうしても知ってしまいます。好奇心が旺盛なほうではない私ですらそうなんです。知らないでいることだけで罪とされるような重要な事柄もこの世にはいっぱいあると思うけど、あまりにもくだらないこと、なんで私ったらこんなことまで知っていなきゃならないんだろう、とふと思ってしまうようなことも実にたくさんあります。それを知らずにすますためにはいったいどんな手だてを講じればいいのでしょう。どんなことでも知っていて損はない、と言われるかもしれないけど、最近、実は損なんじゃないかしらと思うようになりました。自分にとってなんの役にも立たない事柄や人名を記憶しておくだけで脳細胞の無駄遣いなのかも……なんて。(宇多田ヒカルちゃんの場合、私は彼女がわりと好きなので、話がちょっとちがうんですけど)。 つまらないことは目にも耳にも入らない、あるいは、入っても記憶に全く残らない、そんな技術があるならぜひとも身につけたいものです、ほんとに。 (ひでおか なおこ) |
|
うさぎの手紙
秀岡尚子(2004.6.1更新) |
![]() |
マシントラブルの一週間 地獄は突然やってきました。まず唐突に(どうせ私がなにかやらかしちゃったのでしょうが、本人の感覚としては実に唐突に)マシンがフリーズ。その後、どんどん状況が悪くなっていくのを痛いほど感じつつ、後戻りもできず、あたるわけのない勘を頼りにあやふやな方向に突き進んだあげく、自分ではどうにもできない状況に陥ってしまったんですよね。モニターには宇宙人の手紙みたいな気味の悪い文字が羅列されるし、でてくるメッセージはどれも全く理解不能だし。何がおかしくなったのかさえ把握できない。もうお手上げ。ブラウザとメールソフトが使えなくなったことだけは、すごくよくわかったけれど。誰かに助けを求めたくてもメールはだせない。すでに深夜で、人に電話をかけるにはあまりにも非常識な時間。妹のマシンからメールをだそうと思いついたものの、相手のアドレスがわからない(メールソフトが立ちあがらないから“アドレス帳”にアクセスできないんです……お察しの通り、アドレスの控えなんて全くとってない)。 結局は友人の懇切丁寧な電話指導のもと、翌日にはとりあえず他のブラウザでインターネットは利用できるようになったのですが、その後一週間ほど、メールソフトは回復できませんでした。その間、何人かの人たちには、アドレスがわかる人には妹のマシンから、アドレスのわからない人には電話をかけて連絡をとり、事情を説明しました。同情され、慰められ、励まされ、親切なアドヴァイスを山ほどもらい(いくつか試して失敗し)……とにかく、たいへんな一週間でした。 私って、真正のコンピュータ音痴なんですよね……充分に自覚しているのですが、この手のトラブルに見舞われるたびに改めて思い知らされます。コンピュータのことを全くわかっていないのに、まるでちゃんと使いこなしているような顔をして毎日使っていていいものなのだろうか? テレビやオーディオだって、仕組みもわからずに使っているわけだけど、それとこれとではなんとなく事情がちがいますよね。数日間、見たい番組が見られなかったり、聴きたい音楽が聴けなかったりしても別にたいして困らないし、どちらにしろ私だけの問題ですが、メールが使えないと人に迷惑をかけてしまうんです。 使えなくなったときに、自分がいかにそれに頼って生活していたかがわかる――それはそのとおり。で、そのありがたみが身にしみたかと言えば、これが全然ちがうんですよね。その“煩わしさ”が身にしみちゃったんですよ、私の場合。メールのない生活はいいなぁ……なんて思ったわけではもちろんありません(もともと電話があまり好きではないので、私にとって電子メールは、人と連絡をとるにはだいたいにおいて理想的な手段なんです)。でも使えなくなったときにこれほど困る、しかも独力ではどうすることもできず生活自体が大混乱に陥るとなると、なんだか嫌気が差してしまいます。なんでこれくらいのことでこんなに大騒動しなくちゃならないの? なんでこんなに惨めな気持にならなくちゃいけないの?(それより何より、なんでこんなにも唐突に使えなくなっちゃうのよ…… 私が何をしたっていうの?)。 昔、そう遠くない昔、世の中には携帯も電子メールもインターネットも存在しなかったし、パソコンすら一般的じゃなかった。でも別に不便だと思ってはいなかった。携帯がなくたって待ち合わせはちゃんとできたし、電子メールなんてなくたってちゃんと友達とコミュニケーションをとって問題なくつきあっていた。というか、ここまで頻繁に、四六時中、友達と“コミュニケーションをとる”のって、はたして健全なことなのかしら? 人と人との関係はしょっちゅう連絡しあうことで支えられているわけではないよね。毎日メールをやりとりしなくたって友情はとぎれはしないし、遠距離恋愛を成就させることだって可能でしょ……? せいぜい私が小学生のころくらい――言いたくないけど30年ほど前ですね――の“便利さ”が、少なくとも私にはちょうどよかった気がします。子供だった私はもちろん、あのころの大人だって、それほど不便を感じていたとは思えない。困ることはいろいろあっただろうけれど、路上で友達や取引先と連絡できなかったり、真夜中に自分の部屋で世界中のニュースを確認できなかったからといって不便だと感じたことなんてなかったはず。ごく普通の家庭をもつ一般人は、“マシントラブル”なんて言葉は無縁だったはず。便利になるということは実は、それにかかわる煩わしさ、なんらかの理由で(一時的にでも)それが失われたときの不便さも同時に引き受けることなんですよね。 30年といわず、たった10年前、インターネットも電子メールも携帯電話も、少なくとも身近にはなかったころには、いまよりたくさん時間があって、私の生活はもっと穏やかだった気がするな……気がするだけなのかしら。これって、非常に後ろ向きな感じ方なんでしょうか……? そんなに嫌ならやめちゃえよ、という声が聞こえてきそうですよね。そのとおり。私が利用しているものはすべて、誰かに強制されたわけではなく、私が自分の意志で選択して使っているものばかり。文句をつける筋合いはない(第一、誰に?)。でもね、小心者で平凡な私は、自分だけが自由を求めて(?)この環境から抜け出す勇気はないのよね。メールやめたので、連絡は電話かお手紙で……なんてわがままは通用しないと思うんだもの。まあ何よりも、いまさら自分がその不便で穏やかな生活に適応できるとは思えないし……ほんと、ナンジャクですね。 (ひでおか なおこ) |
|
うさぎの手紙
秀岡尚子(2004.9.1更新) |
![]() |
史上最強のアイドルバンド メダルラッシュのオリンピックで盛りあがったこの8月、競技そのものの放送はもちろん、報道番組もワイドショーもとにかくメディアはオリンピック一色。そんななか、とてもショッキングで悲しいニュースがひっそりと伝えられました。 それは92年に解散した日本史上最強のアイドルバンドのドラマーの死。40歳の若さでした。 さて、この“史上最強のアイドルバンド”とは? もちろん、チェッカーズだよ、当たり前じゃん! これが、史上最強の“バンド”あるいは史上最強の“アイドル”だったら、人によって意見はさまざま、千差万別でまとまりようもないでしょうが、史上最強の“アイドルバンド”となると話は別。なぜなら、あらゆる意味で、本当のアイドルバンドは後にも先にも日本にはたった一つしか存在しないから。私は勝手に断言します。 泣く子も黙る国民的アイドル、チェッカーズ! 当時の人気は圧倒的でした。レコード売上げなどの数字に関してはよくわかりませんが、とにかく彼らの名前は日本の隅々にまで浸透していました。誰もが彼らを好きだったとは言わないけれど、誰でも彼らを知っていたことはたしか(もちろん、おおざっぱな意味でね)。それに、(ここが大事なところだけど)彼らの歌は“実際に”流行っていました。チェッカーズの歌を一曲も知らない、全く耳にしたこともないという人は、けっこう珍しいんじゃないかと思います。 チェッカーズが好きだったことを、私は人に隠したことはありませんが、実は、いままでライトにカミングアウトしてきた以上に、かなり本気なファンでした。ファンクラブにこそ入っていませんでしたが(従妹が入っていたので用は足りたの)、レコード(CDじゃないよ)はすべてもっていたし、もちろんライブにも通いました(これが、ものすごく楽しいコンサートだったのよ、ほんと)。部屋は彼らのポスターだらけだったし、彼らが出演するテレビ番組はすべてチェックしていたし、ラジオのレギュラー番組を毎日欠かさず聴いていたものです(馬鹿みたい)。 それにしても、それまでいわゆる洋楽一辺倒だった私が 彼らにころっと参ってしまったのはいったいなぜだったのでしょう。当時(いまもだけど)最も敬愛し、本当にレコード盤がすり切れるほど聴いていたのは、すでに解散してしまっていた神様のようなロックバンドで、気楽な愛情をそそぐにはあまりにも偉大すぎ、ちょっと息抜きがしたかったのかもしれません。私にとって、九州からでてきたお洒落な男の子たちはとても新鮮でした。彼らの音楽も特に抵抗なく大好きになったし、テレビ画面にも少女雑誌のグラビアにも上手に収まるあのビジュアル的な可愛らしさが大好きだった。リアルタイムのバンドを好きになるというスリルをそれまで味わったことがなかった私にとって、彼らを追いかけるのは本当に楽しい経験だったんです(歌もすぐに一緒に歌えちゃうしね)。 お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、私は彼らのファンにしては少々年をとりすぎていました。なんと言っても、彼ら自身と全くの同年代なんですもの。それもあって、解散まで熱心に追いかけつづけたわけではないんです。途中で嫌いになったとか飽きたとかいうわけではないのですが、ファンとして熱心に活動しつづけるのが難しくなっちゃったんですね(彼らと同様、私の人生もいろいろ忙しい時期だったのよ)。解散することを知って、ラストコンサートには行きたいなぁ……なんて思ったけれど、そんないい加減な態度ではもちろんチケット入手は無理でした。解散後のメンバーについては、目立った活動がある人についてしか知りませんでした。たとえば、チェッカーズ全盛時からすでに、自分は器用貧乏ならぬ“器用金持”であると豪語していたリードヴォーカリストは、その後もさまざまな分野で活躍し、つねに注目され、とぎれることなく人気を保っています(亡くなったナンシー関さんが、ことあるごとに彼について快い悪口を書いていましたが、この器用金持なところが癇に触ったんだろうなと想像します)。 彼らの解散後、アイドルバンドと呼べるバンドは一組たりとも現われていません。残念ですねえ、席はそのままずっと空いてるのにね。ミュージシャンを自称する若者たちはアイドルの立場に身をおく潔さがなく、アイドルを自称する少年たちには、まともに音楽にぶつかる覚悟がない。上手い下手はともかく、楽器を演奏できるアイドルと歌の歌えるアイドルがただ一緒に活動しているだけではアイドルバンドとは呼べないよね。バンドミラクルを心から信じている私は、バンドがバンドであるためには足し算以上の何かが必要だと思っています。逆に言えば、足し算以上の何かを生みだせてこそ本物のバンド(だからいま、バンドではなくて、ユニットという言葉のほうがよく使われるのかなぁ……“ユニット”って、すごくその場かぎりな感じがしますよね、別に悪い意味じゃなくて)。ものすごくコアなファンしかいない(そして、楽曲が実際にはそれほど流行っていない)ビジュアル系バンドはまっとうなアイドルとは言えないしねぇ……。 チェッカーズは、正真正銘の“バンド”であり、なおかつ、正真正銘の“アイドル”でした。 彼らは、アイドルであることをまともに受け入れていました。ファンを楽しませるだけでなく、彼ら自身がアイドルの立場を思う存分に利用して楽しんでいました(少なくとも楽しそうにやっていると思わせるだけの才覚がありました)。バンドとしてもちゃんと成立し機能していました。そして彼らには、どこまで本当かはわからないけれど、でもものすごく説得力のあるバンド・ヒストリーがありました。その物語はなかなか楽しめるもので(たぶん、ビートルズを意識して脚色されていたのだろうと思う)、バンドにはストーリーが必要、と思ってしまう古臭い私の好みにはぴったりでした。 先日亡くなったドラマー、愛称“クロベエ”は、チェッカーズのメンバーのなかでは、一般的には最も目立たない地味な存在だったかもしれないけれど、ファンには(そしておそらくメンバーたちにも)とても愛されていました(このスタンス、リズム隊にありがちですね)。亡くなる寸前まで元メンバー(楽器組のみ)と一緒に音楽活動をつづけていたことを初めて知り、思わず涙がでてきました。 さよなら、クロベエ。素敵な思い出を本当にどうもありがとう。 (ひでおか なおこ) |
|
うさぎの手紙
秀岡尚子(2004.10.9更新) |
![]() |
ショータイム 電車のなかですごいものを見てしまいました。たいした話じゃないんですけど、かなりびっくりしたので、あらゆる話題を押しのけて今月はこれ。 電車のなかで化粧する女、というのはけっこういます。誰でも一度は見かけたことのある光景でしょう。でも今回私が目撃した人は半端じゃなかったんですよね。最初にお断りしておきますが、私、別にここでその人を批判するつもりはないんです。 平日の朝9時15分ごろ。ラッシュを過ぎた車内は、座席はすべてうまり吊革がちらほら空いている程度でした。おそらく20代後半のその長身の美女は、私が立った場所の向かい側のドアの脇に陣取り、立ったままで念入りなアイメークをしていたんです。いままでにも電車の座席でアイメークをしている人を見たことはありましたが、立ったままという強者を見るのは初めて。私が目をとめたとき、この人はちょうどビューラーを使い終わって(これだけでもびっくり)ポーチにしまうところでした。かわって取りだしたのがマスカラ。……本気? 大丈夫? この先、カーブあるよ。手もと狂わない? とんでもないことになるんじゃないの? こっちの心配をよそに、この人はおもむろに睫毛メークにとりかかったのでした。車内メークを批判するどころか、その流れるような手つきに釘付けになってしまった私……。だって、他人が化粧をしているところなんてそうそう観察できるものではありませんよね(そう、本来、他人に見せる姿じゃないですから)。自分が化粧が下手なせいだと思うけど、すっかり感心して思わずため息をついてしまいました。だってすごいマスカラテクなんだもん。そして驚くほどの手際の良さ(まるで手品みたい)。残念ながら私が先に電車を降りたので、最後の仕上げまでは鑑賞できなかったんですけど。 あの人は毎朝、この時刻、この微妙な混み具合(というか空き具合)の電車のなかでああやって立ったままメークをしているのだろうか? それともいつもは座ってしているんだけど、今朝は座席が空いていなかっただけなんだろうか? どちらにしろ毎朝メークは電車のなかと決めているんだろうか? それともたまたま今朝は寝坊かなんかしただけなんだろうか? それにしては実に落ち着いていて動作に迷いがなかったなぁ……いかにもこの環境でメークするのに慣れてますって感じだった。 いやはや、こんなことに感心するなって怒られそうですよね。電車で化粧する女はみっともない、羞恥心がなさ過ぎる。その通り。私もそう思いますよ。たしかにすごく違和感あるし、なんで恥ずかし気もなくそんなことができてしまうのか不思議だし(私にはとてもできない……不器用だしね)、みっともないことだとも思う。でもね……実は、そんなことにいちいち目くじらを立てて、どこかに投書なんてする人を見ると、それほどのことかなぁ、とも思ってしまうんです。(目くじらを立てると言えば、電車のなかで漫画を読むサラリーマンを問題にする人がいるけど、どのへんが問題なのかよくわからない。別にいいじゃん、通勤時間に何を読んだって。少なくとも誰にも迷惑はかけてないよね)。 念のために言っときますが、私は別に電車で化粧する女を擁護するわけじゃないですよ。しないにこしたことはない。ただ私は、そんなことくらいではとりたてて腹は立たないのよね。きっと感覚が鈍いんでしょう。でも、腹の立つことなら他にいくらでもあるんだもの。 ともあれ、この日のことにかぎって言えば、あそこまでいくともう立派なショーでしたね。車内公開メーク・ショー。ものすごく楽しめちゃった。どうせなら最初から最後まで堪能したかったわ……って、私もふざけた奴ですね、ごめんなさい。 (ひでおか なおこ) |
|
うさぎの年賀状
秀岡尚子(2004.12.4更新) |
![]() |
年末のご挨拶 今年もいよいよ終りですね。毎年思うことですが、年ごとに年末が早くやってくる気がしませんか? ついに今年は、年賀状印刷の早期割引DMが10月に(!)とどきました。でもこれ、どうなんだろ。そのころは私、年賀状と言われてもまったくピンとこなくて、まともに中身を読む気持も起きませんでした。それで放っておいたら、案の定、そのまますっかり忘れてしまい、注文したのは結局ついこのあいだ。早すぎるのもいかがなものかなぁ……。 (ひでおか なおこ) |