【うさぎの手紙】バックナンバー 2006年  秀岡尚子(ひでおか なおこ)   

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うさぎの手紙

秀岡尚子(2006.1.2更新)

うさぎの年賀状――2006年

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。2006年がみなさんにとって、すばらしい年でありますように。
さて、今年も恥ずかしながら勝手に『今年の目標』というのをここに書かせていただこうと思います(けっこう、恥ずかしいと思っているんですよ、これでも)。
今年はね――実は数年前と同じ目標を掲げるつもりでした……「毎日字を書く」というのがそれです。まあ、新年の目標として発表するには馬鹿馬鹿しいものだとはわかっているんですが、あの年、私は本当に毎日毎日、ノートに字を書きつづけたのです。結果的に、それで少しは字がきれいになったわけでも、字を書くことが苦にならなくなったわけでもないんですが、それなりに達成感みたいなものはあったんですよね――全くの独りよがりではあるけれど。お察しの通り、その後、あっさりと字を書かない生活に逆戻りしてしまったんですが、なんとなく、あれはよかったなぁ、もう一度やってみようかなぁなんていう気になっていたんです。
ところが、どういうわけかこの目標は、2005年もあと3日というあたりで微妙にずれちゃって、なんと「漢字の勉強をする」というのに変わってしまいました。こうなったいきさつには母が関係しているのです。きっかけは思い出せないのですが、母が、漢字の勉強をする、と言い出したのね。そうしたらなんとなくその場が盛りあがってしまい、それはいいことだ、ぜひぜひやりなさい、ボケ防止にもなるだろう、なんて流れになり、そうだ「漢検」でも受けてみたらどうだ、それはいい、目標があったほうがつづくだろう、なんて流れになり、そしてさらにどう流れたものか、ふと気づくと私ったら、じゃあつきあってあげる、私も漢字の勉強する、漢検にも挑戦してみる、な〜んて口走っていたのよね。
話としては盛りあがったものの、この時点で家族に漢検、すなわち「文部科学省認定『日本漢字能力検定』」なるものについてなんらかの知識をもった者は一人もいませんでした。受けてみようなんて誰一人として思ったこともないんですから当たり前。いったい何級からあって(おそらく上は一級というのがふつうだろう)、それぞれどのくらいのレベルなのか、なんてことすら誰も何も知らない。要するに、知っていたのは「漢検」という妙な言葉だけ(それで母に受けろと言うのだから無責任だけど)。
でもまあ、悪いことじゃないし、母もその気になったみたいだし。始めるならやはり、元旦からでしょうというわけで、母のために本屋さんで漢検関係のテキストを物色してみたのです。漢検って、小学生低学年レベルの8級から始まるのね(さらに、「児童漢検」というのがあって、初10級だの初9級だのがあるらしいけど)。さすがにそのへんは飛ばしてもいいだろう……5級――小学校第6学年までの学習漢字を理解し、文章の中で漢字が果たしている役割に対する知識を深め、漢字を文章の中で適切に使えるようにする――くらいからでいいんじゃないかと思ったけど、実際はどうかな。ま、やってみてダメならレベルを下げればいいわけですよね(上げることになる可能性だって……なくはないだろう)。

こうして、ただの成り行きで漢字の勉強をすることにしたわけですが、実際のところ、思うところもあったのです。漢検はともかく、いまのうちに漢字の勉強を改めてしてみるのもいいかなぁという感じ。と言うより、しなきゃまずいかなぁという感じになっていたんですよね、このごろ。
私は目が悪くて、いつ本格的な視覚障害者になるかわかりません。視覚障害者として大先輩になる妹はもともと漢字が得意。で、現在、字なんて全く見えない状態にもかかわらず、頭のなかにいまだに漢字を正確にイメージできているんです。だから、★ってどんな字だっけ?と訊けば、たいてい、ちゃんと“書けるように”教えてくれます。「○偏に、なべぶた、その下に人を二つ書いて……」といった具合に。これはけっこうすごいと思う。もし私がいま字が見えなくなったとして、そんなふうに頭の中に漢字を正確にイメージすることは不可能なんじゃないだろうか? しかも見えない状態のまま――つまり重ねてインプットしてイメージを強化することがないまま――何年かしたら、イメージは薄れつづけて、しまいには完全に消えてしまうのではないかしら。このへんでしっかりとたたきこんでおく必要があるんじゃないかしら。
もともと私は、漢字を読むのはわりと得意だけど、書くのはダメなんです。高校生のころまではそれなりに勉強もしたから人並みに書くこともできたけれど、それ以降、漢字を書くことへの苦手意識は募るばかり。いまはワープロさんが手伝ってくれる(というより指導してくれる)から、それなりにちゃんと漢字を交えて文章が書けて(いや……打てて)いますが、たとえば、いきなり紙を配られて何か書かなくてはいけないシチュエーションになるとものすごく焦ってしまいます。漢字には自信がないし字は汚いし。焦ったあげくに文章までおかしくなっちゃうのよ。結局、自信をもって漢字で書ける単語しか使えなくなっちゃうし。これは情けなさ過ぎますよね。もちろん、そこに辞書があればひきますよ。でも辞書を必ず持ち歩くほど根性ないんだよね――電子辞書を登場させるようなキャラでもないし。

というわけで、漢検を受ける受けないはともかく、小学生のころのように、こつこつと漢字の勉強をしてみるのも悪くなかろうと思ったの。ついでに、漢字を適切に使って、毎日なんらかの文章を書いてみるのもいいかもしれないな(おお、ついに「日記」かしら……いままで40年以上も生きてきて、新年の目標に「日記を書く」というのを掲げたことは一度もないんだけど)。

――来年の「うさぎの年賀状」はどうなることやら。なんとか一年間漢字の勉強をつづけることができました、みなさん誉めてください、とか。、いやはや漢字の勉強って始めるとやめられませんねぇ……すっかりハマっちゃいました……とか。恥ずかしながら漢検○級に挑戦しましたとか(そして、なんと合格しちゃいました〜ここまで来たらさらに上の級を狙い、最終目標は一級です/あえなく失敗……再チャレです!とかね)。あるいは……そんな話したっけ?って感じで、この話題には全く触れないか(今年はまさにこのスタンスなんだけど……気づいた人はいないだろう)。
(ひでおか なおこ)







うさぎの手紙

秀岡尚子(2006.3.3更新)

漢字の勉強、その後

 今年の目標に漢字の勉強というのを掲げた私。ここでちらっと経過報告をしてみようと思います。
 まず、一応、勉強は毎日続けています。使っているのは、漢検用の「漢字学習ステップ」という級別のテキスト。だいたい八つくらいずつ漢字を学習できるようになっていて、まずそれぞれの漢字の音読みと訓読み、画数、部首と部首名、意味、用例、筆順が表にしてあり、そのあとに関連した問題が3ページついています。いかにも学習テキストという感じ。ノルマは決めていませんが、必ず毎日少しでも進むようにしています。四級から始めたんですが、とりあえずこのまま最後、つまり一級までやってみようと思っています。テキストを使っているくせに、漢検を受ける気はほとんどなくなりました。細かいことまで気を配って(“はね”とかね)真面目に学習するのも大事だろうけど、いまさらそこまでしなくてもいいかと思って(また気分が変わってその気になるかもしれないけど)。それよりも漢字についてのまっとうな好奇心が高まり、思わぬ愛情みたいなものまでわいてきました。要するに、けっこうハマっちゃったんですね。
 テキストをこなしながら驚かされるのはやっぱり部首(名)と筆順かな。だいたい、部首なんて漢和辞典をひくときしか使わないし(それもわからなければさっさと総画で引いちゃうし)、あまり……いやほとんど気にしてこなかったんです。小学校や中学校でもいちいち習った記憶がない。こんな部首があったのか、と驚くこともしばしば。まあ無知だということなんですけど。もちろん“さんずい”とか“きへん”とか“しんにょう”とか、ごく当たり前のものは私だってちゃんと知ってますが、初めて知る部首もあれば、間違って思いこんでいたものもけっこうある。いまのところいちばん驚いたのが、“巡”の部首が“しんにょう”じゃないと知ったときかな(←みなさんはご存じですか?)
 それから筆順。これはまあ最初から自分はめちゃくちゃだろうとは思っていたし、いまさら敢てなおさなくてもいいか、とは思うのですが、試しにテキストに示されている筆順通りに書いてみたら、いままでどうにもかたちがとれなかった漢字が案外上手に書けたりして、ちょっとびっくりしちゃいました。
 私は読みはそこそこ得意なので、ごくふつうの読みの問題はつまらないんですよね。さすがに四級あたりだと読めない漢字や熟語というのはないです(ちなみに中学二年生レベルらしいです)。でも、熟語の穴埋め問題や四字熟語の完成問題、対義語や類義語の問題などは、まるでクイズみたいで楽しめます。たとえば、4つの漢字が十字架状に並べられ、真ん中が一文字抜いてあり、その漢字を“思いつかせる”(としか言いようがない)問題。たとえば解○・○放・講○・○明の○の部分の漢字を解答するわけ。思いついちゃえばなんてことないんですが、たまに、なぜか思いつかないこともあって妙に悔しいのよね、これが。
 とはいえ、もちろん、漢字をちゃんと書けるようになることこそ本来の目的(“クイズ”やってるだけじゃ本末転倒なわけで)。漢字って、正しく書くのはもちろんなんですが、上手に書くのがかなり大変なんですよね。かたちが上手くとれていないと、間違っているような気がしてしまう。私は不器用なせいか、どうしても上手く書けない漢字というのが昔からいくつかあるんです。たとえば“服”、“緑”や“録”、渋谷の“渋”などなど。どれも特に難しい字ではないと思うんですが、どうしてもかっこよく書けないんです。それから困ったことに、自分の名前(秀岡尚子)を書くのが苦手。この4つの漢字、並べるときに縦と横のバランスが上手くとれないんですよ。そして個別には“秀”という字が曲者。まあ、この字をかっこよく書いている人ってあんまりいないように思うんですけど。たぶん、縦に長くなりすぎちゃうんですよね。かといってそれを気にしすぎると妙に平たくなって間抜けな字になっちゃうし。
 かたちがとれないわけではないけど苦手という字もあるな。別に難しくないのに難しい字というのもありますよね。わかっているのに勢いで余計な点を打っちゃいそうになる字とか(これは私だけ?)。そんなことをしているうちに、点が要るんだか要らないんだかわからなくなっちゃう字とか(これも私だけか)。
 逆に、意味は関係なく好きな字というのもありませんか? きれいなかたちの字(人それぞれの好みによるとは思う)。どういうわけかかたちよく書ける字。やたら画数が多くて複雑なくせに、なんとなく上手くバランスがとれてわりときれいに書ける字とかね。

 こうして考えると、漢字ってやっぱり、かなり特別な文字ですね。もちろん、表意文字であるところが表音文字とはものすごく違うんだろうけれど、実にいろいろなかたちがあるというのが大きな要素だと思う。そういえば漢字に関連して、ちょっと面白い話をいくつか聞いたことあります。一つは、図形たけを使って推理能力をみる知能検査の話。図形を利用すれば、言葉や文化の違いに関係なく知能を比較できるだろうと考案され、国際比較のために実施されたらしいのだけれど、これが、実施方法に問題があったのではないかと疑われるほど日本の子供の成績が飛び抜けてよかったんですって。いろいろと確認の試験をしてみてもやはり日本の子は目立って成績がいい。これは、漢字を使っているため、日本では小さいときからパターン認識の能力が訓練され、早くからこの能力が発達するからではないか、という仮説が有力なんだそうです。ふぅ〜ん……そんなもんかなって感じですよね。
 もう一つは、“空書”の話。この言葉、ご存じですか? 漢字の学習ではよく、空中に字を書きながら書き順を教わったりノートに何度も書いて覚えたりするじゃないですか。それで、漢字を思い出すときにも指先が自然に動く。これが空書っていうらしいんです。空書は中国人や日本人という漢字使用圏の人に特有の行動で、漢字だけではなく英語の綴りを思い出すときなどにも出現するんだそうです(たしかにね)。ってことは……西洋人は手を動かして綴りを思い出したりしないってことですよね。ふぅ〜ん……って感じですよね、これも。

 漢字の勉強は、それをしなくてはならないときには面倒なものだったけれど、強制されなければとても楽しめます。こんな面白いものが日本にあってよかったなって思う。かなり遊べますよね。子供の名前でもペンネームでも芸名でも、あるいはお店や会社の名前でも、漢字を使うか使わないか、どの漢字を選ぶか、それで印象が全く変わるんですもの。考えるときは誰でももちろん真剣だけど、すごく楽しんでもいると思う。漢字がなかったらこんな楽しみも味わえないわけです。
 当て字も面白いよね。知的なセンスもユーモアも必要。スポーツ新聞の見出しなどで思わず笑っちゃうこともある(行き過ぎると全然笑えないんだけど)。日本語を崩すな、乱すな、と怒る向きもあるようだけど、こんなに遊べる文字なんだから遊ばなきゃもったいないと私は思います。“本気と書いてマジと読む”なんてちょっと懐かしいフレーズも、これはこれで面白かったじゃないですか。強引さでは“仙人掌と書いてサボテンと読む”ほうが上を行ってると思うしね。
 米寿が八十八なのも、白寿が九十九なのも、みんな遊び心のなせる技ですもの。
(ひでおか なおこ)





うさぎの手紙

佐藤尚子(2006.7.3更新)



 みなさま、お久しぶりです。お元気でしたか?
 私はこの三カ月あまりのあいだに、入籍したり(名前が変わったり、居候から主婦になったり)、引っ越したり、九州旅行をしたり、とまあ、私にしてはとんでもなくいろいろありました。ついでに言い訳すると、引っ越し先のマンションでインターネット環境を整えるのに、なぜか四月からいままでかかっちゃいまして(マンションに住むというのはなかなか大変なものなのだと初めて知りました)、そんなこんなで長いあいだご無沙汰していた次第です。ばかみたいに些細なことからなかなか大きなことまで、ものすごくつまらないことからかなり面白いことまで、エピソードには事欠かない数カ月だったのですが、今月はとりあえず短いご挨拶で終わらせていただこうと思います。すみません。

 この三カ月、いろいろな面で生活がすっかり変わることになったわけですが、なによりつらかったのは、二歳(この六月で三歳になりましたが)の姪と別れなければならなかったこと。なにしろ彼女とは、彼女が生まれる前からずっと一緒だったんですもの。もちろん、そんなに遠くに引っ越すわけじゃないし、会おうと思えばいつでも会えるんですけど、でももう一緒に暮らせないかと思うと本当に悲しかった。一緒に住んでいなければ味わえない、かわいらしさってたくさんあるんですよね。朝のお目覚めとか、お風呂あがりの様子とか……。姪は両親(妹夫婦)とともに引っ越しのお手伝いもしてくれたんですが――引っ越し先のマンションで雑巾をもってちょこちょこしてました――途中で眠ってしまって、さよならも言えませんでした。あしたの朝起きたときには、私はいないんだけどな……わかってるのかなぁ……。この子と離れたら、私は寂しくて毎日泣き暮らすんじゃないだろうかと思いました――もちろん、そんなことはありませんでしたけど。
 きっとあっというまに、一人で遊びに来てくれるくらい大きくなっちゃうんでしょうねぇ。

 そうそう、とびきりくだらないことですが、入籍する前に気にかかっていたのは、実は新しく自分のものになる名前のことでした。嫌だったわけではなくて戸惑っていたというか。いままで、家族、親戚以外の同じ苗字の人というのに会ったことがなかったんですよね。まわり(教室とか病院の待合室とか)に、あかの他人なのに同じ苗字の人がいるのって、いったいどんな気分なんだろう。当然、同姓同名の人というのもいままで一人も知りません(たぶん、いなかったんじゃないかと思います)。それが日本で一、二を争う(たぶん……)よくある苗字になり、もともと名前はありふれているわけで、同姓同名の人もいっぱいいるにちがいないと思い……それでついついググっちゃいまして、わ……軽く一万件以上のヒット(この漢字でですよ)、と驚いたわけです。本名でなにをやっても匿名でやっているのとあまり変わらないなぁ……なんて思ったわ。意外なことに私はわりと順応性があるらしく、新しい苗字で呼ばれてもほぼちゃんと反応できるし、氏名を訊かれてつい旧姓を言ってしまうなんてこともほとんどないんですが、この苗字だけで本当に大丈夫なんだろうか(あとでわからなくならないだろうか? これだけで本当に私だとわかってもらえるんだろうか?)と妙に不安になって、フルネームで答えてしまうこともあります。
 いつか、同姓同名の人に実際に出会うことがあるんじゃないかなぁ……妙に楽しみだったりして。

 さて、ツバメも交流戦以降、とってもがんばっていますし(もちろん、今年は優勝です)、ワールドカップは個人的には決勝トーナメントに入ってからがぜん盛りあがっちゃったりしまして(私の優勝予想は何の根拠もないけど最初からアルゼンチン)、ふと気づけばずいぶん環境も生活そのものも変わったはずなのに……同じじゃん、私ったら、って感じ。困ったものですよね。
 では、今回は本当に短いお手紙ですみません。来月からをお楽しみに……というほどのものでもないですけれど。

PS 九州旅行でいちばんびっくりしたのは、すでに梅雨入りしていたにもかかわらず、そしてこの誰にも負けない雨女の私(そしてそれに負けないほど雨男の夫)なのにもかかわらず、七泊八日の旅のあいだ、傘を広げたことがほとんど一度もなかったことです。これはすごい。すごすぎて、この先、どんなイベントであれお天気に恵まれることはもうないだろうと思っちゃってます。お天気運はすべて、使い果たしてしまったわ。前にも言いましたが、みなさん、屋外イベントに私を誘うのはやめましょう。
(さとう なおこ)





うさぎの手紙

佐藤尚子(2006.8.5更新)

 こんにちは。とうとう夏がやってきましたね。お元気ですか?
 さて、先月のつづきのような話なんですけど、この二週間ほどのあいだに、二人の懐かしい友達から久しぶりに電話がかかってきました。どちらも私がだした“結婚しました&引っ越しました”葉書を見て電話をくれたのです。一人はほぼ二十年ぶり、もう一人はおそらく十年近く会っていませんでした――会うどころか、電話ででも話していませんでした。でも不思議なもので、何の違和感もなく長々とおしゃべりをしてしまいました。
 二十年ぶりの友達は大学の同級生。芦屋出身で大学時代はこちらで寮に入っていたので、私の家にしょっちゅう泊まりにきて家族とも親しくしてくれていました。私の両親もとてもかわいがっていたものです(かわいがっていたというのも変だけど、そういう感じだったんですよね)。大学を卒業し就職してからは、お互いに忙しくてほとんど会えなくなりました。そのうちに二人とも結婚したり別れたり引っ越したり(彼女は新潟から芦屋へ。私は東京と横浜各地を近場でごちゃごちゃと)、いろんなことがあって、年賀状のやりとりぐらいになっていました。年賀状に必ず書くのよね、お互いに。元気? 今年は会えるといいね、なんて。でも次の年までそのまんま。そしてまた翌年も同じようなことを書く……こうして二十年か……いやはや。とはいえ二人とも、二十年ぶりだと最初から気づいていたわけではなく、ほんとに久しぶりだよね、最後に会ったのはいつだっけ、なんて話しているうちに、も、もしかしてあれ以来? も、もしかしてじゃあ、二十年じゃん、ということになったのでした。全然変わってないことにお互い驚いちゃいました。ま、電話ですからね、ルックスは全くわからないけど。それに、変わってないというのも変な話で、きっと思いっきり変わってるんでしょうが(なんと言っても彼女には中学生の娘がいる)、二人のあいだの空気が大学時代とちっとも変わっていなかった。それにしても……自分が四十代であることには全く抵抗ありませんが、彼女が四十代であることにはどうしても納得がいかないのよね。だって、最後に会ったのが二十三歳ぐらいの時なんだもん。二十三歳といえばみなさん……二十三歳ですよ! 彼女はとてもファッショナブルで活発な明るい女の子(う〜ん……どうしてもこれを過去形で言えない)。新潟に住んでいたころには、しょっちゅう東京に遊びにきていたらしいのだけど、実家のある芦屋に帰ってからはほとんど“関東方面にはご無沙汰”だそうです。用がない、と言っていました。そりゃそうだ。
 もう一人はかつての同僚。忙しい会社だったので、毎日長い時間、向かい合わせの席で一緒に仕事をしていました。彼は会社を辞めてフリーになってから、同居人の地元である札幌に引っ越しました。引っ越ししたてのころ、たまたま家族で北海道旅行をしたときに、私だけ一日家族から離れて遊びに行ったことがありました。住みやすいから越しておいでよ、このマンションもまだ空いてるよ、とけっこう本気で誘われたものです。当時、それもいいかなぁと思ったわ。どうせ一人だし。東京より何かと安く暮らせると言うし。頼りになる友達が近くに住んでいるわけだし。結局私自身は本気で移住計画を立てることもなく終わりましたが。こっちにきて十年になると言われて、びっくり。じゃあ、ほとんど十年、会ってないってことか。(お察しの通り、こちらとも年賀状に毎年、今年はぜひ遊びに来てください、今年はぜひ遊びに行きたいです、と書きあっていました。)

 友達と久しぶりに電話で話すのもなかなかいいな。“長電話”と言っても、二十年分、十年分の情報をすべて交換できるわけもなく、いろいろあったと言えぱあったけどさ、とりあえず元気だよって感じで、あいだはぽかっと抜けたままになるわけですよ。それでも、元気にやっているってことはわかった。ものすごく親密というわけではないけれども、こんなふうに結びついている友達もとても貴重ですよね。長い長い細い糸で結ばれているみたい。この糸がけっこう丈夫で、切れる心配はほとんどないのよね。
 特に二十年ぶりの彼女の場合、久しぶりに話したら、あいだが抜けている分、一気に一緒にいたころの風景がよみがえってきてしまいました(いわゆる青春ですよねぇ、いまから思えば……って、こんなこと言うようになったらおしまいだけど)。大学入学直後のオリエンテーションで初めて会って以来、彼女と私を含めた一握りの女子はほとんどいつも一緒にいました。女子が少ない学科だったので、最初からなんとなくかたまって行動していたんですね。一年生の時は授業がほとんどクラス単位だったし、キャンパスが隔離されたようなところにあって構内ですべてすませなきゃならなかったこともあり、休み時間も食事もいつも一緒。とはいえ女子が孤立していたわけでもなく、クラス全員がとても仲がよかったんです。東京から離れたキャンパスは不便なようでなかなか楽しかったな。私たちの学科は二年から東京のキャンパスに移行しましたが、いまでも、大学時代のことを思い出すときにまず頭に浮かぶのはあの習志野の広々としたキャンパス。彼女と久しぶりに話していたら、そのころ共有していた時間に戻れてしまったのね。ちょっとしたタイムトラベル体験ですね(くだらないことまで思い出すんですよね)。
 メールでしょっちゅうやりとりしてるのもいいけれど、この昭和な感じのコミュニケーションも捨てがたいなぁ。そんな気持ちがお互いどこかで働いたのか、さんざんしゃべったあと、なんとなくアドレスも教えあわずに電話を切ってしまいました。また次に話すのは何年後になるかわからないけど、絶交はあり得ないんだな、きっと。……また二十年後だったら――二人とも還暦すぎてるけど。
(さとう なおこ)





うさぎの手紙

佐藤尚子(2006.9.2更新)

 いよいよ夏も終わりですね。お元気ですか?
 さて、月並みですが、今年の夏の甲子園大会、みなさんごらんになりました? 例年だと、今さら見ないよ、高校野球なんて、という人が多いと思うんですけど、今年はかなり話題になったから、ごらんになった方もけっこういるのではないでしょうか。
 私は甲子園大会はいつもそれなりに楽しみます。まさか全試合を熱心に見るほどの高校野球ファンではありませんが、大会ごとにお気に入りの選手を見つけては、○○君、スワローズでお待ちしているわ〜なんていうノリで応援するの。ま、たいてい願いはかなわないんですけど(それ以前に、そのときかなり熱心に応援していたはずの高校生の名前を数年後にはすっかり忘れてしまうんですけど)。今年は早実、そしてもちろん、斉藤投手の活躍に燃えてしまいました。しょうがないよね、三代続くミーハーなんだもの。でもね、早実は初めから応援していたの。というのも、私がスワローズ・ファンになったきっかけは、やっぱり(この時点ですでにあまりにもミーハーだけど)早実の荒木投手だったんですもの。あの白いユニフォーム、甲子園で見るとやっぱりいいですよね。荒木君を思い出しちゃう。それだけで応援したくなっちゃう。そういうわけで、早実の試合を見始めた私は、あっという間に、斉藤投手の虜となってしまったのでした。彼のクールな投球に惚れこんでしまったのよね。見れば見るほどすばらしい。全試合を一人で投げ抜くエースというのも、古き良き高校野球みたいでよかったし(見た目はそんなに体力ありそうに見えないのに)、ここぞというところでちゃんと三振がとれるところやピンチに追い込まれても表情ひとつ変えないところなんかとても高校生とは思えなかった。ちょっとなめた相手には気を(いや、力を)抜いて打たれちゃったりするところも大物めいていてわりと好き(スワローズの某メジャー帰りに似ている)。自分で力をコントロールして、人を食ったようなピッチングができるなんて、ほんとにすごいと思いました。
 あの決勝戦も、もちろん1回表から延長15回裏まで、ひと試合丸ごと観戦してしまいました(残念ながら翌日の再試合は見られなかったのですが)。私のなかではヒールの役回りだった駒大苫小牧でしたが(ごめんなさい。特に理由はありません。本当にただの"役回り")、さすがにあれほどの熱闘を見てしまうと、愛着わいちゃいますよね、敵ながら。選手の名前もポジションも打順も覚えてしまうし(もうほとんど忘れちゃったけど)。
 とにかく、早実と斉藤投手、そして(ヒールの)駒台苫小牧高校のおかげで、実に楽しい夏の甲子園大会でした。大会全体にはいくつか文句もあったのですが、打高投低と言われるなか、最後の最後にすばらしい投手戦が待っていたのだから、とりあえず満足!
 しかし……ここで問題。
 私はね……斉藤君、本当に素敵だけど、そのハンカチだけはイケてないんじゃないか、と実はずっと思っていたのです。それ、絵的にちょっとどうかしら? なんて。ところがなんと、大会後、あのハンカチがこの騒ぎになっちゃったじゃないですか! びっくり。いくらなんでも"ハンカチ王子"はないよね……? しかも、"ゆうちゃん"だって! マウンド上の彼を見るかぎり、あの冷静な投げっぷりからして、"チャン"付けで呼ばれるようなタイプじゃなかったけどなぁ……。斉藤クンなんて、クン付けは失礼かもなんて思ったくらい大人のピッチングだった気がするのに。私は試合でしか彼の姿を見なかったから(『熱闘甲子園』も見なかったし)、野球を離れたところでの言動は全然知らないんですけど。すっごくかわいらしかったりしたのかしら。謎。
 こうした思いを、友達(ちなみにタイガース・ファン)に訴えたところ、こんな答えが返ってきました。「あのタオルハンカチはいかにも現代っ子という感じだよね。熱血スポコンも清潔でないと……みたいな。たまった皮脂汚れを落とすために週一くらいでパックしてるかも。それを"イケてる"と思うのが、昨今の女の子なんだよ、きっと」
――そうなのか。単に私が年をとって、"昨今の女の子"と感覚がずれてしまったということなのか……(どっちかって言うと私は、週一のパックは許せるけどね)。
 でも最近よく思うんですけど、私の感覚がずれてるのは、現代っ子(あるいは昨今の女の子)とではなく、世間一般とでもなく、マスメディアとではないのだろうか? 私、自分が特に変わっているとはどうしても思えないの。そもそもミーハーなんだし。ずれてるのはあっち――マスメディア――のほうなんじゃないのかなぁ……。特にテレビは、どうしようもなくポイントはずしている気がするんだけど。テレビという、ものすごく大衆向けのメディアが、筋金入りのミーハーである私の感覚と、こんなにもずれているのは、向こうにとってまずいんじゃないだろうか? これってただの負け惜しみなのかしら。
 でもね、たとえば野球放送ひとつとっても、テレビ(地上波)はひどすぎると思いません? あえてこの言葉を使うのを許していただければ……ウザイ。うるさい解説者を何人も呼ぶ。ついでに、関係ない自局の番組に出演する俳優やタレントをゲストとして呼んだりして、おまけに試合の進行に関わりなくつまらないコメントを求めたりする(そんなの誰が喜ぶんだろ)。しかも実況自体は下手(ラジオの実況と比べると絶対に実力差があると思う)。そして、試合の最初と最後を放送しない。これで視聴率とれなくてプロ野球人気の低迷などと嘆くのはいかがなものかしら。庶民の楽しみがそれくらいしかなかった時代と比べれば、たしかに人気は"低迷"しているでしょうけど、ひとつのスポーツとしてふつうのレベルになっただけじゃないのかな。だいたい、巨人戦を放送して、楽に稼ごうとしてきたこと自体が悪いんだし。本当に野球を観戦したければ、地上波なんかに頼りませんよね、いまどき。いまは、好きなチームの試合を丸ごとちゃんと見られる放送が用意されているわけで、見たい人はそっちで見ます。どうせ地上波ではいまだに巨人戦の放送しかないんだし。優勝争いもしていないチームの試合を、しかも尻切れトンボに(頭も切れてるけど)放送して、視聴率をとろうというほうがおかしいですよ。テレビのスポーツ放送がひどいのは野球に限ったことではないですけどね。もう一度この言葉を使うのを許していただければ、本当に……ほんとうにウザイ! 騒ぐだけならいらないじゃん、その"解説"。独りよがりに熱くなる"キャスター"ってのもどうよ? ドラマ仕立ての選手のプロフィール紹介もいらないし、とってつけたような愛称も、昔のアイドルみたいなキャッチコピーもいらないよ。世界水泳も世界陸上も、ボクシングもバレーボールも、競技・試合そのものは見たいと思うけど、よけいな騒ぎにつきあわされるかと思うとうんざりしてテレビをつける気もなくなってしまいます。ちゃんと調べてみればいいのに。こんなふうに思っている人は思いの外たくさんいるはずよ。
 ま、いいか。地上波のスポーツ放送なんて近いうちにすっかりなくなってしまうのでしょう、きっと。なくなったほうがいいのかもね。見ている人にとっては最も盛りあがっているところで打ちきられてしまう放送なんて意味がないし(録画放送ではあまりにも寂しいし)、放送時間がむやみに延長されたら、そのあとの番組を楽しみにしている人にとっては大迷惑だもの。
というわけで、私がいちばん"ズレ"が気になるのはスポーツ放送なんですが、バラエティもドラマも肝心なニュース系もどうなのかなぁ……私自身がいまほとんど見ていないから何とも言えませんけど。

PS この夏休みに球場に応援に行ったスワローズの試合は、なんと三戦三勝でした。どうしても五割周辺から離れられないいまのチーム成績から考えると、この勝率ってすごいわ(十割だもの)。私、勝利の女神かもしれないな。毎日応援に行けば、優勝間違いなしなんだけど。

(さとう なおこ)





うさぎの手紙

佐藤尚子(2006.11.3更新)

 こんにちは。いい季節になってきましたねえ。今日もきらきらの素敵なお天気です。お元気ですか?

 唐突ですが、オルコットの『八人のいとこたち』――みなさんご存じでしょうか。これ、読んだっていう人にあんまり会ったことないんですよね。オルコットといえば『若草物語』、以上!……みたいな。『若草物語』は続編も含めて、私の少女時代最大の愛読書でしたが、この『八人のいとこたち』も好きでした。物語はうろ覚え……というかほとんど忘れちゃいましたが、主人公は女の子で、いとこが八人いて(男ばっかり)、そのうえ素敵な叔父様が出てきたんだったと思うな(若くて素敵な独身の叔父様、夢見る物語の基本のひとつよね)。

 実は私には母方だけで事実上九人のいとこがいるのです。いちばん年下の従弟が私の一まわり下なので、この物語を読んだころには本当に八人のいとこがいたんですね(『八人のいとこたち』とはちがって男女とりまぜてなんですけど)。ま、未婚の素敵な叔父様はいなかったんですが、大好きな叔父というのはいました(いまだに大好き)。

 私たちいとこ同士は、とても親密なんです。私の母は五人きょうだいの上から二番目の長女で、妹が二人います。つまり祖母(祖父は早く亡くなったので、私の記憶のなかでは一族の中心はいつも祖母)には娘が三人いたわけですね。この三姉妹、祖母が生きていたころにはしょっちゅう実家にいて、三つの家族はものすごく親しかったのです。姉妹の結婚相手たち(つまりその中の一人が私の父)は、それぞれが結婚するずいぶん前から、いろいろなかたちで母の実家とつながりがあったようで(つまり、娘たちのパートナー同士になる以前からのつきあい……詳しくは知りませんけど)、もともとそれなりに気心が知れていたみたい。年齢もとても近い。最近になって、若いころ男三人で夜中にドライブをしたという話を叔父から聞きました。なんだかつるんでナンパなことをやらかしてたのかもしれないな。

 とにかく、私たち(妹と私)といとこたち(特に母の妹たちの子供たち)はなんというか……一緒くたに育ったようなところがあります。自分のまわりのことしか知らない子供のころは、どんな家でもこういうもんだと思っていましたが、そうではなくて、私たちの結びつきがやたらに強いみたいですね。かなり大きくなってから、名前も知らないおじさんやおばさんがいるとか、会ったことのないいとこがいるといった話を友達から聞いてけっこう驚きました。いまでは、そういうのも特に珍しいことではないと知っているし、そっちのほうがふつうなのかも……とも思うのですが、実感としては全然わかりません。もちろん私たちにしても、親戚全員がこのうえなく仲がよかったわけではなくて、私にもどうも苦手な叔母もいれば、けんかばかりしていた従弟もいます。みんなそれぞれそうだと思う。どんな関係であれ、ウマが合う、合わないはありますものね。それでも、親密であるということだけはたしかなんです。

 先日、この母方の祖父の五十回忌というのがありました。祖父はどちらかと言えば短命だったので、私は会ったことがありません。というか祖父が会うことのできた孫は、いちばん年上の従兄ただ一人なんですね。その従兄も、祖父が亡くなったときにまだ一歳にもなっていなかったので、記憶は全くないそうです。なので、私たちがこれほど親密なのは、ひとえに祖母のおかげだと思います。みんな祖母が大好きでした。子供たちも、その結婚相手も、孫たちも、のみならず遠い親戚から実は血縁関係はなかったらしいおじさんやおばさんまで(子供のころは誰が親戚で誰がそうではないのかなんてさっぱりわかりませんでした)……祖母は本当に誰からも愛される人でした。何かといえば(何もなくても)祖母のまわりにはたくさんの人が集まっていたのです。祖母が手配していたころの祖父の法事には、そうした遠い親戚とか親戚ではないけれど親戚同然のつきあいをしていた人とかもよばれていたので、ずいぶん大人数の集まりだったような記憶があります。

 今回の法事はそのころにくらべれば内輪なもので、祖父母の実の子供たちの家族だけが集まりました。それでも、子供たち(つまり母たち)、孫たち(つまり私たち)がほとんど全員、家族とともに集まって、総勢四十名ちかく。これってかなり大きな家族イベントですよね。

 私はいとこたちの中では年が上の方で、まあお姉さん格(リーダーを張る力量はないんだけど)。おまけに妙に子供時代の記憶がはっきりしているので、みんなの子供のころのことをよく覚えています。普段会うときはそうでもないんだけど、法事となると、モードが思い出系になるんですね。泣き虫だったよねぇ、おしゃべりだったよねぇ、いじめっ子だったよねぇ……そういえばこんなことがあったよね、みんなであそこに行ったよねぇ……なんて、孫ジェネレーション――私にとってのいとこに私たち姉妹を加えて総勢十人(本当は十一人なんですがボストン在住の従姉だけが今回こられなかったのです)――だけでも盛りあがっちゃいました。この十一人のあいだで、いろんな関係が築かれ変化しながら続いてきたんですよね。たとえばこのなかには昭和四一年生まれが妹を含めて三人もいます。丙午三人娘として有名(?)で、生まれてからずっと子供時代のほとんどすべての行事(七五三とかね)を一緒にやって、とにかくとても仲良しでした――少なくとも端から見ればそう見えました。長い年月のなかで本人たちにはいろいろあったようですが、やっぱりいまだに絆は固い。また、ひとつ違いの男二人はこれまたものすごく仲がよくて、二人ともどうしようもない悪ガキで悪戯のかぎりを尽くしていました――いまは二人ともいいオヤジですが。私は同じ年のいとこはいないし、すぐ下は結束の堅い丙午三人娘ですから、ちょっと孤立していたところもあった気がします。そのうちにみんな少しずつ大きくなり、ほんの少しの時間差で次々に社会人になって、それぞれ仕事をしたり結婚したりするうちに子供のころとはまた違った関係もできてくる。大人になってからのほうが気があって、友達みたいにつきあうようになった従妹がいたりします。昔はとにかく子供たちは親にくっついて行動していたけれど、いまは勝手につきあうわけですから当たり前ですね。

 誰とも疎遠になっているわけではないけれど、こんなふうに一堂に会する機会というのはほとんどなくなりましたから――前回の法事(たぶん祖母の法事だったんでしょう……二年前だったかな)以来、といういとこも何人かいて――とても楽しい一日でした。法事が楽しいというのもどうかと思うけど……まあ正直、楽しかったです。そういえば小さいころは「ほうじ」というのは、いとこたちと会えて遊べる楽しい行事だと思っていました。その意味で……子供のころと同じかな。というか、当然ながら、同じように集まっても“子供”という存在がない(ある意味穏やかな)時期があったわけですから、世代が変わって小さな子供たちが新しく加わって、雰囲気が昔に戻ったような気もします。私の三歳の姪も、大好きなお兄ちゃんやお姉ちゃんたち(いとこの子同士だから……はとこ?)に遊んでもらって大興奮状態になっていたし。

 会ったことのないおじいちゃんも、大好きだったおばあちゃんも喜んでいるだろうな、なんて思いました。改めて考えてみれば、私が子供のころとほとんど変わらないメンバーで、祖父(母たちにとっては父)の法事、それも五十回忌ができるってことは、本当に幸せなことですよね。私たちの親世代が誰ひとり欠けることなくとりあえずは元気でいてくれるのはとてもありがたいことだと思う。孫たちはもちろん、そのパートナーや子供たちもこうしたイベントにちゃんと参加して、それなりに楽しい時を過ごせるほどには親しく、仲がいいわけだし。思えば長男である伯父は、いまの私より若いころからずっとこうしたイベントをとりしきってくれていたわけです。伯父はもちろんその妻として伯母はいろいろ苦労もあったんだろうな、なんて、素直に頭が下がります。

 九人のいとこたち。おじいちゃんの法事はもう今回でおしまいだけど、いとこ同士としての関係はいやでもなくならないんだもの、これからも仲良くしていこうね。特に結束しようとか助け合おうとか大げさなことは思わないけれど。とにかく世の中でいちばん長いつきあいなわけだし、これから先も親より長くつきあうことになるんだから。

(さとう なおこ)







うさぎの手紙

佐藤尚子(2006.12.3更新)


背負ったものが重い……

 こんにちは。ずいぶん寒くなりましたが、みなさんお元気ですか?

 十一月末に、あるお芝居を観てきました。実は今回はそのことについて書こうと決めていたの……とっても期待していたんですもの。まあ例によって独りよがりに大喜びで思う存分書いちゃお、とかなり楽しみにしていたんです。でもね……う〜ん……書けなくなっちゃった――ヒロインを演じた女優のせいで。
 とはいえ、他に話題もなく、中途半端ではありますが少しだけ書いてみることにします。芝居のタイトルも出演者の名前も書きません。彼女の名前がわかってしまうから。別に書けばいいじゃん、と思われるかもしれないけど、私がプロの批評家かなんかならそうしますが、芝居について専門的な知識もなく、なんの影響力もない分、きちんとした責任をとることもできないからかえって書けないですよ。一人の女優さんのただの“悪口”になっちゃうもん。別に、ただ彼女を個人的に貶したいわけじゃないんですよ。でも私の力量じゃ、そうとられるような書き方しかできないように思うんです。
 彼女はちゃんとした女優なんだと思う。映画女優としての評価はかなり高いんじゃないかしら(残念ながら私は見たことがないんですが)。テレビドラマで見るかぎり嫌いではなかった。きれいな人だし。でもとにかく、このお芝居では、はっきり言って――力不足でした。舞台慣れしてないのか、あるいは舞台に向いていないのか、そのへんは素人なのでよくわかりませんが、とにかくこのお芝居に関してはだめでしたね。別にせりふをとちったわけでもないし、とばしたわけでもない(たぶんね。知りようもないけど)。かんだわけでもなければ、聴き取りづらかったわけでもない。動きが鈍かったわけでも特に不自然だったわけでもないと思う。どこがどう悪かったのかはっきり言えないんですよ。でも、でも、とにかくだめだったの。一所懸命にやっていることだけは痛いほど伝わってきたけど……まあ要するに……一所懸命にやってるな、なんて観客に思わせちゃったところが、もうだめだよね。いっぱいいっぱいという感じがしたわ。本人も辛かったんじゃないだろうか。だいたい、芝居を観ているとき、芝居であることを意識しちゃった時点でだめなんだろうな、と思う。どこがよかったとか悪かったとか、あの俳優がよかったとかあのせりふがよかったとか、演出が斬新だったとか衣裳がきれいだったとか音楽が印象的だったとか……とにかくそういうことはあとから思うことであって、上演中は完全に別世界に連れて行ってほしい。私はとても単純な人間なので、入ってしまえば完全に入ってしまう。それがふつうだと思っています。役者について気になってしまうようでは、私としてはその芝居を最高だとは言い難いんですよね。
 幸い、今回、彼女のためだけに芝居がつぶれてしまう、ということはありませんでした(芝居をつぶすほどの力もなかったってことになっちゃうのかもしれないが)。なんと言っても他の役者たちがすばらしかったのです。
 主演俳優は、人気実力ともにナンバーワン(つまらない宣伝文句みたいですみません。でもほんとです)で、舞台だけでなく映画にもテレビドラマにも引っ張りだこ(これまたつまらない宣伝文句みたいですみません)。私としては、舞台こそ彼の身上……と思っているんですけどね。彼の代表作(だと私が思っている)94年の作品は、いままで感動したお芝居のなかでも三本の指に入る傑作でした。彼が一人だけ舞台に残るラストシーンでは、どういうわけか本当に涙が止まらなくなったものです。あのお芝居をそのままもう一度観たいと何度思ったことでしょう。そして、全く同じものは二度と観られないところにこそライブパフォーマンスの醍醐味があるのだ、とも思ったものです。実は最近(というほど最近じゃないけど)二作ほど、ちょっと首を傾げる作品がつづいたの。達者な人なのでがっかりするというほどのことはなかったのだけど、何となく物足りないというか……いまひとつ心に響かなかったというか。そういうとき、私はつい、だから映画はともかくテレビドラマなんかに出てる場合じゃないってば(それもつまらない役で)なんて思ってしまうんですけどね(ほんと働き者なんだから)。でも今回、彼は本当にすばらしくて、本来の説得力のあるところを存分に見せてくれました。そのことがとても嬉しかった。
 そしてもう一人は、私が大大大好きな俳優。彼こそは最高の舞台役者(あくまで私にとってですけど)。この芝居も彼がでるから観に行ったのです。実際、この人の場合、大好きというのを通り越して、敬愛というレベルにまで達してしまっている。考えてみると、この世でいちばん好きな俳優なのかも……この人の芝居だけはできれば見逃したくない、と思う。ミーハーを自認する私としてはずいぶん地味だなぁとは思うんだけど。
 それからいつも心に残るお芝居を見せてくれる有名(だと思う)な女優さんが今回もしっかりとした存在感を発揮して脇を固めていました(彼女がヒロインやればよかったんじゃないか? “若い女”を演じるにはいくらか年をとりすぎちゃったのかもしれないけど舞台なんだし全く問題ないよね)。そして、もう一人、舞台は今回初めて拝見したのだけどとても印象的な女優さんが重要な役を完璧に演じていました(一気にファンになりました)。演出は、どちらかというと私はちょっと合わないんだけど超有名な大先生。
 というわけで、芝居自体は実にすばらしいものだったのです。それだけに、ああ……なんてもったいない、と思ってしまったんですよね。ヒロインが登場するまでは(芝居がはじまってしばらくしてからだった)、私は完全に別世界に入りこんじゃっていたんですもの。
 改めて、わかったよ。芝居とは、出演する役者全員でつくりあげるものだ(脚本や演出、美術や音楽、そのほか大勢のスタッフのことはとりあえずおいておいて)。当たり前ですよね。こんなこと、充分知っていたはずなんだけど。一人でもまわりとレベルの違う役者がいると、そこがひずみになって、ずれた隙間が現実との出入り口になっちゃうのね、きっと。
 私は趣味は偏っているかもしれないけど、かなりグレードの高いものばかり見慣れていたのだと実感しました。いままで、こんなにも役者の力量について思い知らされたことはなかったんです。たとえば、“この作品が本格的舞台デビュー”なんていう若い子でも、たとえその舞台が完璧じゃなくても、なにかきらきらとしたものを感じて、次を期待させてくれるような場合がほとんどでした。単にラッキーだったのかもしれないな。タイプがあわなかったとか、好きじゃなかったとか、あれはキャスティングミスじゃないか? とかいうのは別にして、ひどい芝居というのはあまり観たことがない。もちろん、ひどかったな、と思った経験はあるんだけど、その場合、たいていは全体的にだめだったんですよね。芝居としてレベルが低い。それなら学芸会と同じで、あきらめもつきます。今回のように、この女優だけが一人目立って力不足だった……という経験はしたことがなかった。もちろん、小さな役のなかにいくらか力の劣る役者がいたことはあると思うけど、今回はキャストの二番目に出ている役どころ、大事な大事なヒロインだったんですよ。有名な人だから、彼女を観に来た人だっていたはず(かな?)。どういうふうにキャスティングしたのか、教えてほしいよ。
――いやはや……私ごときが、こんな勝手なことを長々と書いちゃってごめんなさい。なんだかんだ言って、やっぱりただの悪口になってしまっただろうか? でもね、彼女にとって、この芝居がターニングポイントだった、ということになる可能性もありますよね。彼女自身、絶対に自分の力不足に気づいたはず。というか、パンフレットに載っていた本人のコメントによれば、錚々たる役者たちと共演することでかなりのプレッシャーがあったらしい(正直ね)。これは公演前のコメントだから、いまどんなふうに感じているかは知らないけれど。この先、向いてないなぁと思って舞台はやめてしまうか、これをきっかけに自分を磨いて、舞台女優としても大きく成長していくか……それをこの目で確かめていくために彼女に注目しつづける……ほどの根性は観る側としての私にはないんだけど。でも、がんばってほしいとは本気で思っています。

 今年最後のお手紙だというのに、なんだか変な、半端な内容になってしまってごめんなさい。まあ……いつも半端な内容なんですが。
 今年も毎月おつきあいいただいてありがとうございました。来年もよろしくお願いします。ではみなさん、よいお年を!

(さとう なおこ)