【Swan Song】バックナンバー 2000年  桃井緑美子(ももい るみこ) 2003年2002年2001年はこちら




Swan Song 1999.12

ミレニアムには女神の歌声

いよいよ年末がせまり、もういくつ寝ると西暦2000年というところまできている。おかげでまた新しいカタカナ言葉が日本語に仲間入りした。ミレニアム、ミレニアムと世の中はわいていて、2000年問題に戦々恐々としている人をのぞけば、やれカウントダウンだの、やれどこで誰と迎えるかだのとにぎやかなようだ。もっとも、1、2ヵ月もすれば、また1000年経つまでミレニアムという言葉は耳にしないだろう。一方、「21世紀」はずいぶん前からよく使われていて、漠然と「輝かしい未来」をさしていた。それももう目前。こうして近づいた「21世紀」が輝かしいかと言われればだれもが目を伏せてしまいそうで、だからこそ目新しいミレニアムのほうを口にしたがるのではないだろうか。それとも、ミレニアムは1999年でひと区切りだけれど、センチュリーのほうは来年いっぱいが20世紀で、もう1年あるからかな。それにしても高校生のころ、ジョージ・オーウェルの、あるいはデヴィッド・ボウイの「1984年」はずいぶん遠い将来に思えたものだけれど、すでに15年も過ぎてしまった。

さて、わたしは個人的にミレニアムどころでなく、今年ディケイドを迎えて憂うつな日々だった。そうやって年をとるのを嫌がるから文化が幼稚化していくんだと叱られそうだ。だれだって1年に1歳ずつ年をとるわけで、こんなに公平なことはほかにないと思いつつ、それでもクサクサしてしまうのには、時の経つのが加速度的にはやく感じるようになることもあるだろう。かつての5年がいまでは3年、1年が3ヵ月くらいにしか実感できない。10歳の子にとって10年は全人生だけれど、50歳の人間には5分の1でしかない、だから5倍のはやさで過ぎるのだと、もっともらしい説を聞いたことがある。いくつになっても思いがけない出来事が待っているかもしれないけれど、成人病か中年太りだったらどうしよう。

そんなわけで、あまりうれしくないはずの今年の誕生日。ところが、すてたもんじゃない。わたしの誕生日を真ん中にして前後1ヵ月のあいだに、古いつきあいのミュージシャンたちが4組、ニュー・アルバムをリリースしてくれた。こんなにみんなでわたしの誕生日を祝ってくれるなんて。感激。感動。勘違い。なかでも10年ぶりに(わたしのために)再結成した2人組、ユーリズミックス。アルバム・タイトルは『Peace』。いったいなんだろう、この心地よいのびやかさは。完成度が高すぎるという前評判を耳にして、ひょっとすると鼻につくほどなのかと心配していたけれど、いえいえ、そんなことはありません。この10年のソロ活動を経てきただけのことはある。

そもそもアニー・レノックスのあふれんばかりの贅沢な表現力と圧倒的なパワーは、わたしがユーリズミックスを好きな最大の理由だった。メロディアスな曲を歌っても軟弱に陥らず、悲惨な内容の曲もセンチメンタリズムはいっさい無用、ハードな曲はとてもソウルフル。ジャンヌ・ダルクのように甲冑を着け、剣のかわりにマイクをもって駆け抜ける。

 そのくせ鎧の下の生身の人間の匂いがどこからかもれていた。ハードさのすきまにちらちらと見え隠れする柔らかさとなめらかさ、そして神経症的な危うさ。ユーリズミックスはアニー抜きではぜったいにおもしろくなかったはずだ。 ソロになったとき、アニーは鎧を脱いだ。歌の女神ディーヴァを自称し、「愛されたいなら、いつまでも若く美しくいなさい」なんて歌ってみせもした。ほら、やっぱりアニーに鎧を着せていたのは相棒のデイヴ・スチュアートだったのねと納得したものだ。 新生ユーリズミックスはそんなアニーの豊かな抒情性にデイヴ・スチュアートの硬質な抑制が相変わらず効いているが、そのバランスは以前よりも絶妙だ。今度のアルバムではそれぞれの自己主張に自制が効いていて、なおかつそれが完璧に溶けあっている。その分、かつてのダイナミックさは変容して、アニーのソロ・アルバムに近い味わいがある。 たしかに、生きのいいバンドがしだいにとんがったところがなくなって、へんに円熟したり枯れたりすると悲しくなることもあるのだが、でも『Peace』はちがった。余裕の1枚。それって10年間のソロ活動の賜物ではないだろうか。 ユーリズミックスって才能的にずば抜けてゴージャスな2人なんだなあ、つくづく。新しいものを見つけようというパワーが衰え、さりとてノスタルジアでロックを聴くのはいやだと思っていたけれど、百花繚乱の70年代のアルバムはいま聴いても新鮮だし、こうして新しいアルバムをリリースしてくれる人たちもいる。 みなさんごめんなさい。やっぱりまだまだつきあうわ。思えば今年は年頭から映画『ベルベット・ゴールドマイン』にひとり盛りあがったんだった(友人はだれひとりつきあってくれなかったけど)。今年のしめくくりはもう一度『ベルベット』をビデオで観て(大音量で聴けないのがちょっと悲しいが)、西暦2000年は女神の歌声とともに迎えよう。




Swan Song 2000.1

新しい1年。心ひそかにあらたな誓いをたてた。昨年見た映画のうち、映画館で見たのはおよそ1割。ビデオのお世話になるのもいいけれど、たとえば『シン・レッド・ライン』のように大画面で見てよかったと思う映画があるのもたしか。この映画をわが家の15歳になる19インチのテレビくんで観てもね……。そこで、今年は映画館に足を運ぶ回数を増やそうと決意した。誓いなんて大げさだけれど、昨年ちまたで大流行した動物占いによると、わたしはコアラだそうだから(チーターになりたかったのに)、ついつい家でぼうっとしてしまうのね、やっぱり。

善は急げとばかり、大晦日に掃除もせずコアラとは思えぬ足どりでシャキシャキと新宿に出かけて買い物をすませ、その足で『海の上のピアニスト』を見た。監督は世界(とわたし)を泣かせたと言われる『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ。主演はティム・ロス……好きだな、この人。目が深い。飄々として、狂気と正気の細い線上にいるような微妙さがとても好き。ピーター・グリーナウェイ監督の『コックと泥棒、その妻と愛人』での泥棒の手下役が、あまりセリフがないのになぜか印象的で、それ以来気になる人。そのティム・ロス主演によるトルナトーレ監督のひさびさの感動作と言われて、いやがおうにも期待は高まってしまった。

 主人公は船の中で生まれて一度も陸におりることのなかったピアニスト。そんな数奇な運命を背負った不思議な存在を演じるには、あのどこを見ているかわからないような遠い目をしたティムはぴったり。 乗客は数日を船上で過ごし、去っていく。ピアニストは客の姿をとおして陸地の人生を見透かす。「陸の生活は無数の鍵盤のあるピアノのようなもの。そんなピアノを弾けるのは神だけだ」と言って、彼は船をおりようとしない。いろいろな意味にとれるけれど、「身の丈に合った暮らし」という言葉を思い出した。

 しけで大揺れの船のボールルームをすべりながら自在にピアノを弾くシーンは、孤独感と幸福感が同居している。淡い恋のエピソードはどしゃぶりのデッキに佇むシーンがよかった。けれど、見おわったあとどうも釈然としない。ある種のイタリア風コテコテ演出がどこかで鼻につくのは覚悟していたし、そうは言ってもイタリア映画はその国の料理のように、脂っこそうでいて見おわったあとは意外にさっぱりしていたりする。だから、ジャズピアニストとのピアノ演奏決闘のあざとさも、ピアニストが再会したトランペッターを呼び止めて言うジョークのくどさも、おわりよければすべてよしとこらえた。が、結局、夢のような物語にリアリティをもちこめないままツルンとまとめたハリウッド的感動作の舌ざわりが残ってしまった。さじ加減がくるったか、トルナトーレ。せっかくティム・ロスを主演にすえたなら、ちがう味つけにしてほしかったな。星3つ半。「半」のおまけはティムだったから。

 ちなみに去年のわたしの一等賞映画は『ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ』(『ベルベット・ゴールドマイン』は特別賞よ)。さて、今年の一等賞はどんな映画になるでしょう……楽しみ。





Swan Song 2000.2

先日、思いがけずソウルへ行ってきた。 ソウルにはたいへん失礼だが、かねがね旅行してみたいと思っていたわけでなく、友人に会うという目的のほかはこれといってすることがない。ソウルといえば垢すりが人気らしいが、新陳代謝が衰えつつある今日このごろ、そんなにすりむいては因幡のしろうさぎになってしまう(ナイロンタオルでさえよくないらしいです)。食に走るといっても、思いつくのは焼き肉とキムチくらい。とりたてて食べたいものでもないなぁ……。

 でも、ああ、ごめんなさい。心得ちがいでした。ごはんにナムルをのせたただけと思っていた石焼きビビンパプがこんなにおいしいとは知らなかった。辛みそをちょっとずつまぜて食べるのがいい。それからサムゲタン。鶏肉にもち米やナツメなどを詰めて高麗人参といっしょに煮込んだスープなのだが、これがじつに美味。行ったのは専門店で、スープに浸かった黒っぽいものが運ばれてきたとき、友人が「アッ、スッポンだ!」と叫んだが、じつは中華の食材として有名な烏骨鶏。値段はふつうの鶏の7割増しだが、長時間煮込んでもパサつかず、味が濃い。もち米もとろっとして、贅沢なお粥のよう。

 あとで聞いたところによると、ソルロンタンというのもサムゲタンに負けず劣らずおいしいらしく、そう教えてくれた人はとくに二日酔いのあとはソルロンタンで決まりだと言い切った。うーん、残念。 じつはガイドブックに「牛をまるごと1頭煮込んだスープ」と紹介されていたのだが、「そんなのウソだぁ〜」と一笑に付していたのだった。だって想像できますか、牛をまるごと1頭煮込める鍋って?

 ソウルではどこで食事をしてもかならずキムチがでてくる。しかも、キムチ壷をもったお姉さんがテーブルのあいだを歩きまわって、残り少ない皿を見つけるや、すかさず追加する。こちらはそうそうたくさん食べられないので、なくなったところでおしまいにしたいのだが、ササっと入れてしまう。わんこそばみたいだ。

 閉口したのはハングル文字。「○にカタカナのトみたいの。それに人に口の下にT!」などと叫びながら、たどりたどりした韓国居酒屋なる店はメニューに日本語も英語もいっさい書かれていない。昼に、店先で湯気をあげる肉まんにつられて入った小さな食堂でさえ、英語の説明が手書きで添えられていたのに。完全にお手上げ。注文をとりにきたおばさんはメニューを指さし目で訴えたが、ねばられたってわからないものはわからない。ついに友人がガイドブックをとりだして韓国語初歩会話のページを開き、「ごめんなさい」「わかりません」「さようなら」をさししめして店を出た。

 3泊4日の旅もおわり、帰りの空の上の食事はチャーハンと肉だんご。隣の韓国人男性はスチュワーデスに声をかけ、何やら油絵の具のクリムゾンのような小さなチューブをもらっていた。食後の歯磨き用かなぁ、などと思えばとぼけたことを考えながら横目で盗み見ていると、彼はチューブのフタをあけてチャーハンに赤いものをなすりつけた。コチジャン(辛みそ)だったのだ……中華料理(もどき)は一転して韓国料理に早変わり。恐るべし、韓国人。

 だが、辛さには慣れる。タイ料理と同じく、韓国料理も辛いなかにうまみがある。それがクセになる。帰ってきてから、もう2度も韓国料理店に行ってしまった。本場で食べなかった料理に挑戦、チャプチェもプルコギもケジャンも、みんなおいしい。ケジャンというのは生のワタリガニをコチジャンで和えたもの。めっぽう辛い。ピーピンレンミョン(冷麺)も泣けてくるほど辛い。辛くて食べられなくなるが、ちょっとするとまた箸がのびる。辛い、でもおいしい、もうダメ、でももうちょっと……マゾヒスティックだ。ちょっとそら恐ろしくもある。あれからうちの冷蔵庫にはつねにキムチが入っている。





Swan Song 2000.3

 庭に桜のある家で育ったせいか、三月に入ると今年はいつごろ咲くかと気になりだす。それが身についてしまって、どうかすると梅や桃は見逃すことがあっても、桜だけは見とどけないといられない。ああ、また咲いたんだな、とそれだけでもいい。いつもとさして変わらない食卓も、今日は花見という心意気が大切だったりする。

 実家の庭には三本あるが、樹齢はどのくらいなのだろう。おそらく五十年は下らないと思う。両親がそこに住みはじめたときにはすでにそれなりの大きさだったというから、彼らと同世代なのかもしれない。昔は木肌を見るとたくさんの毛虫がとりついていて、毛虫の当たり年があったりもしたが、何年も前からすっかり姿が消えた。虫もつかない老木なのか。かわりに夏になると猫がしがみついて蝉とりをしている。一本はかなり痛んできた。枝のあいだを電線が通っているので、何度か枝を払われた。それもいけなかったのかもしれない。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。しかも枝がじかに触れないように、電線に黄色い筒のようなカバーがかけられて、電力会社というのはずいぶんと無粋だ。

 敷地は前の道路より一・五メートルほど高くなっていて、桜はその縁で枝を伸ばしている。だからその路を通ると桜のトンネルをくぐるようになる。うちの前は桜のトンネル。よその桜より数日遅れて花を咲かせる。昼の桜は清々しい。夜桜は公園などのように明かりで照らすとあのように艶やかだが、明かりがないと周囲の闇と同じ色調でぼうっと霞む。歯がゆい感じもないではないが、設えた舞台ばかりが桜の出番でもないだろうと思う。桜には潔さとか怪しい美しさとか、二重のイメージがついてまわるけれど、うちの桜を見ているとただ奇麗でいいじゃないかという気がしてくる。それでも、まあ、とにかく満開の散りはじめた桜にはため息がでる。

 桜はなぜあんなに美しいのだろう。桜の樹の下には屍体が埋まっている!
  ……俺にはその美しさがなにか信じられないもののような気がした。俺は反対に不安になり、憂鬱になり、空虚な気持になった。しかし、俺はいまやっとわかった。
 ……馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。なにがあんな花弁を作り、何があんな蕋をつくっているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがっていくのが見えるようだ。桜は貪婪な蛸のように屍体を抱きかかえている! 水晶のような液が、静かな行列を作って、夢のようにあがっていく! ため息がでるようだ。

 梶井基次郎がこれを書いたのは昭和二年。結核療養のために伊豆に逗留していたときだった。二十六歳。この若さで病に緩慢におかされながら、「なにも俺をよろこばすもののない」渓間の宿で鬱々とした日を暮らしていたら、見えないものが見えるのかもしれない。





Swan Song 2000.4

 桜の季節。わたしは家のなかで世界の歴史地図とにらめっこ。寒い日と暖かい日が二日か三日ずつ交代して、春は毎年もったいぶるけれど、このポヨンとして中途半端な三月は一年のうちでも好きな季節だ。しかし、暑さ寒さも彼岸まで。さすがにもう冷えこむ日はないだろう。花冷えなんて言葉もあるけれど、花見帰りに酔いのさめてきたどこかの酔っ払いが言ったのではないだろうか。いずれにしても、冬の比ではない。

 さて、いよいよ園芸シーズン到来。といっても、狭いベランダではそうたいしたことはできない。引っ越してきたときには意気込んでいたベランダミニ庭園計画も中断している。そもそもここは南向きのくせに、建物の構造のせいで、ベランダに陽のあたっている時間が予想外に短いのがいけない。物干しもじゃま。鉢植えでちまちまとやるしかない。

 盆栽は纏足みたいでいやだなあと思いながら、一昨年、近所の花屋で赤札になっていたのでつい買ってしまった楓の盆栽。身長約20センチ。名前はモミジ。陽にあてすぎたのか乾燥したのか、根元の苔はいつのまにかはげちょろけてしまった。盆栽本格派には笑われてしまいそう。本体のほうは、夏のあいだ青々と涼しげでじつにけっこうなものだ。ちょっとかわいそうだが、伸びてくるとハサミでチョンチョンしてやる。去年の冬は落葉したあと黙りこくってしまって心配したけれど、春になったらちゃんと芽を吹いてくれた。うれしや。今年もお願いしますよ。

 それから、八百屋で買って蒔いた銀杏のギンちゃん。あれ、あらためて気づいたけれど、イチョウもギンナンも漢字で書くと同じだ。では、ギンナンを蒔いて育ったイチョウのギンちゃん。こちらは初めての越冬だし、いまのところまだマッチ棒のような状態でちょっと心配。去年は枇杷の種も二つ蒔いてみた。名前は芳一。枇杷だから。双子のようにそろって身長10センチくらいになったけれど、チビのわりには葉が大きい。落葉樹のくせに、葉を落とさないままなんだかいまも顔色が悪い。心配。ああ、心配なやつばかりだ。

 蒔くといえば、アボガドの種も育てるとなかなかかわいいとある女優さんがテレビで言っていた。あの大きくて固い種、どうしたら芽がでるんだろう?名前ももう考えてあるので、どなたかご存知の方、教えてください。名前というのは、つけようとがんばってもだめなようだ。最初にパッと浮かんだか、見ているうちに自然に呼びかけていたというのがしっくりくる。浮かばなかったら名前なし。

 前の家から選んで連れてきた鉢植えが二鉢ある。こちらは盆栽ではなく、白い牡丹と月下美人。わたしはどうやら白い大輪の花が好きらしい。一時流行ったカサブランカは毒々しいが、このお二方はとても上品でお美しい。牡丹は贅沢なご婦人で、秋のうちに肥料をたくさんあげておく。今年もすでに花芽がついているから安心だ。今月のおわり、いちばんさわやかな季節にきっと咲くだろう。でも、この花には悲しい思い出がある。以前にかっていた猫が病気になり、看病したけれど手後れで死んでしまった。真っ盛りに咲いている白い牡丹の下で息を引きとった。この花が咲くとかならずシマちゃんを思いだす。だからこの牡丹の名はシマという。





Swan Song 2000.5

 世界の歴史地図とのにらめっこがまだ続いている(まだまだ)。

 地図をながめながら世界史を駆け足でたどるこの本、第一部は世界地図が年代ごとに載っていて、ページをめくるにつれて色分けされた帝国のかたちが刻々と変化する。イタリア半島に生まれたローマ帝国がどんどん版図を広げてまた分裂し、東の中国はいちいち王朝が交代した挙げ句にあるページではモンゴル族に征服される。これをぱらぱらとすばやくめくれば、ちょっと粗いけれどアニメーションになるかもしれない。

 こうして征服したり滅ぼされたりをえんえんと繰り返すうちに、とうとうヨーロッパ人が大航海に乗りだし、世界のかたちがはっきりしていった。けれど、海の向こう、砂漠の向こうになにがあるかわからなかったころは、東方に黄金の国があるなどとまことしやかに語られたりして、ロマンチックな時代だっただろう。小説『サスキア』では、アメリカの片田舎に住む少女サスキアは本を読んでは時代も場所も超えて想像をふくらませる。彼女のヒーローはマルコ・ポーロにチンギス・ハーン、オデュッセウスだった。

 なんてことを考えていると仕事はすすまない。 遠い遠いどこかにアラビアという砂漠の地域がある。そこではベールをかぶった美しい王女と剣を腰にたずさえた凛々しい王子が、煌々と輝く月の砂漠を駱駝に乗ってゆらりゆらりと旅している。

 先日、テレビで金田一春彦さんが「月の砂漠」についてしゃべっていた。この歌、季節はいつごろかというと、歌詞に「おぼろにけぶる月の夜を」とあることから春だとわかる。ところが、アラビアという土地では、月は一年中煌々と輝いていて、春だからといって「おぼろにけぶる」ことはないそうな。月が曇るとしたら、激しい嵐で砂塵が強風に巻きあげられ、それで月が陰るときだけれど、それも年に一度あるかないかだという。

 したがって、春の夜に、月の砂漠を王子と姫が駱駝にゆられてはるばる旅するという図は、日本人の想像がないまぜになった産物なのだけれど、金田一さんはなんと幸せな想像ではないかと締めくくっていた。

 日本の古典文学を英訳したある英国人は、けっして日本を訪れたことがなく、機会があっても断ったそうだ。心のなかにつくりあげられた日本は、現実の日本を見ることで壊れてしまうかもしれない。想像のなかの日本はきっと美しかったことだろう。本当のことなど知る必要もないほどに。





Swan Song 2000.6

 いきなり暑くなってしまった。朝の電話が落ちこむような内容だったこともあって、早くもぐったり。ならば好物のそら豆でビールだと思って、夕方おそくにそら豆をゆではじめた。

すると、全開の窓からケンカ猫の絶叫がとびこんできた。いそいでベランダに出て加勢する。ジョニー、がんばれ! 東側の路地をうろつく茶トラの猫を、わたしは勝手にジョニーと呼んでいる。でも、3階からジョニーと呼びかけて振り向いてくれたことは一度もない。かっこいい名前なのに。どこかのお坊ちゃんなんだ、きっと。

 敵は暗くてよく見えないけれど、どうやらブチのよう。声ばかり勇ましいが、睨み合いがつづいている。ジョニー! ジョニー! ジョニー! と3度ほど声援を送ったところで、2匹はやにわにとっ組み合った。猫キック炸裂。すさまじい叫び声、煙のようにとび散る毛。そして、ふたたびパッと左右に跳びのいた。

 と思ったら、そのままもの別れ。痛かったんだ。ジョニーとブチは闇のなかに消えていく。おしまいかぁ。すると人影が動いて、こちらを見上げて会釈する。建物の陰になって見えなかったけれど、どうやらギャラリーはほかにもいたらしい。しかも犬連れだ。これじゃ、おちおちケンカもしていられない。

 あっ、そうだ。そら豆をゆでていたんだった。まあ、柔らかくゆでたのが好きだからいいだろう。しかし、この日のそら豆は小さめでまだ柔らかかったからいいけれど、旬をすぎるとかたくなって、ゆでて食べるには向かなくなってしまう。それでもそら豆を食べたいときはどうすればいいか。玉葱といっしょに煮て、パスタのソースにするのである。

 材料はこの2つだけ。さやから出したそら豆は、黒くてかたい部分が気になるならちょいちょいと包丁で削りとる。玉葱は適当にざくざく切る。鍋にオリーブオイルを入れて、玉葱と皮つきのままのそら豆を放りこむ。少し炒めたら塩と胡椒をふり、ふたをしてときどきかきまぜながら弱火でぐつぐつ煮込む。焦げつきそうになったら水を少しずつ加える。そのうち玉葱がとろとろになってくる。そら豆は皮つきだから半くずれくらい。ころあいを見計らい、余分の水分をとばしてできあがり。ゆでたスパゲティとさっと合わせて完成。

 このソースのいいところは、まさかの冷凍そら豆でもOKなこと。じつをいうと、わたしは冷凍のそら豆でしかつくったことがない。旬のそら豆では、もったいなくてそんなことできないのだ。





Swan Song 2000.7

まだ続いている世界の歴史地図の仕事。なになに今度は文字、数、暦の話だって…。

 人間は指が10本だから10進法が発達したというのはよく聞く。手と足を合わせれば指20本だから、20進法も納得。けれど、それではなぜ60進法なんてものがあるのかはわかっていないらしい。でも、わたしたちは1時間60分、1分60秒の決まりで、なんの不自由も感じずに暮らしている。直角は90度、円は360度というのも60進法だ。なるほど……なーにがなるほどなんだか。

 『フェルマーの最終定理』という本、このホームページの声の欄でも話題になっていたが、書店で見かけて帯の文句に心をくすぐられた。「数学をめぐる歴史ドラマを、分かりやすく感動的に描いた傑作!」 とっくの昔に数学との縁を切ってしまった(というより切られてしまったのか)身としては、数学と感動の歴史ドラマとが結びつきにくい。フェルマーの最終定理というのがなんなのかもわからないが、そもそもはピュタゴラスの定理に端を発しているらしい。

 直角三角形の斜辺の2乗は他の2辺の2乗の和に等しい。

  「十歳の子供にも理解できるこの定理」というのは気にかかるが、そういうものだと習ったことは認めよう。この紀元前6世紀のピュタゴラスという人、最初は弟子がいなくて、ある少年を金でつって弟子にしたというが、そのうちピュタゴラス教団という数学・哲学を研究する組織をつくった。事実上の宗教団体で、崇拝するものは「数」。数学は宗教なのか……。しかし、もっと驚いた話がある。ピュタゴラスにとって、あらゆる自然現象を有理数(整数と分数)で説明できるところが数学のすばらしさだった。なのに、弟子のヒッパソスが√2という無理数を発見してしまったため、溺死による死刑を言いわたしたというのだ。

 こんな話をおもしろがっているばかりで、読書はなかなか進んでいない。数学とはセンスだと高校の先生が言っていたが、わたしはそのセンスに恵まれなかった。なんでもインド人のラマヌジャンという数学者、タクシーのナンバーが1729なのを見て、この数字が「2つの数の立法(3乗)の和として2通りに表わせる最小の自然数」、すなわち 1729=123+13=103+93 であることをたちどころに見抜いたという。うわぁ!

 さて、フェルマーの最終定理とは、ピュタゴラスの定理の「2乗」という部分を「n乗」としたとき、nが3以上の場合は整数解をもたないというもの。このことはじつに長いあいだ証明されなかったが、ついに解き明かした人物がいた。さて、どんな感動の物語なのかは先を読んでのお楽しみ。





Swan Song 2000.8

 このところ、仕事以外はめし・ふろ・寝るの毎日がつづき、さすがにバテぎみ。

 そんなこんなで、いつのまにか梅雨も明けてしまった。今年は明けるまえから晴天つづきだったので、ダンボール収容所からテントウムシを解放してやった。いや、べつに虐待していたわけではない。去年の秋から暖かい部屋で、たっぷりのごちそうをふるまって歓待していたのだ。しかし、下心はあった。春から夏にベランダの鉢植えに発生するアブラムシを退治していただこうという魂胆であった。

 うちのあたりは春と秋にテントウムシがよく外灯に集まってくる。噂では、八王子の山で越冬してまた戻ってくるテントウムシたちの通り道になっているのだとか。もどり鰹ならぬ、もどりテントウムシってところか。行きか帰りか知らないけれど、去年の秋に1匹、また1匹と小さいダンボール箱に集めた。総勢30匹くらい。ごちそうはリンゴがお気に召したらしい。キュウリはふつうで、オレンジは苦手、イチゴとモモは好きなようだ。おおよろこびしたのはチーズ。やはり動物性が人気か。しめしめ。

 虫といえば、小泉八雲の短編に『草雲雀』という傑作がある。草雲雀はとても小さな虫で「蚊ほどの大きさの蟋蟀と思っていただけばよいだろう。体よりもずっと長い二本の触角は、あかりにかざしてみなくてはわからないほど細い」というが、夕暮れどきになるとそれはそれは美しい音色で鳴いて八雲さんの心をなぐさめた。秋になっても暖かい部屋で生き長らえたので、八雲さんはますますいとしくなって、なるべく長生きさせてやろうと思っていた。ところがあるとき女中がうっかり死なせてしまう。

……あれは細かいことに気のつく女ではない。虫のことを忘れていたわけではありません、茄子がなかったのです、とハナは言う。ならば代わりに玉葱でも胡瓜でもやればいいものを、そんなことさえ思いつかなかったか。……私はハナを叱った。ハナはすまなそうに詫びたけれど、あの美しい音楽はそれきりになってしまった。静けさが痛く胸に刺さる。ストーブはあっても、部屋はうす寒い。

 さすがにテントウムシに美しい鳴き声を期待するわけにはいかない。だいたいあの色と模様はなんだかあっけらかんと陽気で、風情や情趣とはとうてい縁がなさそうだ。そもそもの目的はアブラムシ退治なのだから、涼やかな音色で鳴かずともよしとしよう。

 ところが、今年はどういうわけかアブラムシが姿を現わさない。これではテントウムシの出番がないではないか。去年の秋から暖めてきた計画がおジャンだ。去年の夏にはあんなに迷惑がっていたアブラムシがなつかしくさえ思えてくる。まあ、アブラムシ被害がないなら、それに越したことはない。そこでテントウムシ解放となったわけだが、やはり残念だ。今年の秋にもう一度もどりテントウムシをつかまえておこう。ということは、生きながらテントウムシに食われる阿鼻叫喚のアブラムシ地獄絵図を期待していたのだろうか、わたしは。





Swan Song 2000.9

 もう9月の声を聞くというのに、この暑さ。なんだかまとまったことが考えられない……。

 そんななか、ゆうべは友人の飲みグループ「ラテンの会」の分会に初参加。だらだら汗をかきながら焼き肉食べて焼酎飲んで、そのあと妙にこぎれいなアイリッシュ・パブへ行ってギネスをひっかけて、最後は沖縄料理に泡盛。3件はしごなんてめったにしないけれど、こんなに脂ぎった食べものも久しぶり。もうここ数年、30年早いよとわれながら思うけれど、あっさり和食系が好みになってしまったからだ。ここに引っ越してくる前は、夏の日曜はよく庭でバーベキューをしたが、それもエビだとかハマグリだとかニジマスだとか。肉はあっても牛の赤身かタンくらい。せっかく炭火だったんだから、鯵の塩焼きもよかっただろうに、惜しいことをしちゃった(と思ったのは、さっき『どっちの料理ショー』で鯵vs鰯の対決を見てしまったから。わたしは断然鯵派なんだけど負けだった)。

 食べものに季節感のない昨今でも、夏の楽しみは冬瓜。仕事の手を休め、高校野球を見ながら皮をむいて下茹でし、うす味で煮てとろみをつけて冷やす。それからゴーヤ。かき揚げがよいという先月の中埜さんには大賛成だが、やはりチャンプルーも捨てがたい。これは苦いのがおいしいので、わたしは切ってそのまま炒めてしまう。

 沖縄料理と言えば、以前会社勤めをしていたころの同僚のご主人が銀座で「和食と沖縄料理の店」を開いている。ずいぶんごぶさたしていたけれど、今月は2度つづけて行ってきた。有楽町線の新富町から徒歩2分。興味のある方はメールでお教えいたします。ついでながら、ご主人はときどきテレビにも出演する二枚目料理人です。

 7月まで息もできないほど忙しくて、うっかりしてしまったのがらっきょう。塩漬けにしようと思っていたのに、気づいたら店頭から消えていた。くやしい。かなりくやしい。甘酢漬けのらっきょうじゃイヤなのに、また来年までまたなくてはならないではないか。そう言えば、枇杷も食べ損なった。

 それでも仕方ないか。秋は秋で楽しみがぞくぞくと登場することだし。店には早くも戻り鰹が並びはじめた。ちょっと早すぎる気がするから、ずるして三陸沖まで行かなかったやつかもしれない。そうそう、例の戻りテントウムシもやってきた(くわしくは先月号のエッセイをお読みください)。じつは、夏も終わりというころになって、アブラムシが少し出現した。解放テントウムシのうち3匹ほどがここでいいやとベランダの鶏頭にくっついて離れないでいたので、それそれ出番だとアブラムシの葉っぱに置いてお尻を押したのに、ベジタリアンになってしまったのか、やる気がない。そこに戻りテントウムシが帰ってきた。結果は思惑どおり。彼は悪者をやっつけるとつぎの町を目指して去って行った。





Swan Song 2000.10

 長〜いトンネルからようやく出られたときって本当にシアワセ。今年の初めからずっと地下生活をしてきたような気がするが、やっと3つの仕事が終わった。地上だ!!! 横目で眺めていたオリンピックも、正面から観られて満足。

 トンネルの先に明かりが見えてきたころ、ロック野郎のコンサートへ行った。夕方から土砂ぶり。会場は東京国際フォーラム。ここは要するに国際会議場で、お席にすわって拝見ないし拝聴するものならいいかもしれないけど、ロックな雰囲気ではないね。ロック・コンサートだからって、わたしはもうじつはすわって観たいのだけれど、まわりが立つんだからしょうがない。いや、そうじゃなくて、すわりっきりで観るなんて失礼だ。

 友だちから聞いたところでは、今回のコンサートの主は「ロックは若いもんがやるものだ」と言ったとか。たしかにそう思う。説教するほうじゃなくて反発するほう、納得するほうじゃなくて抵抗するほうじゃないと。しかし……。

 先日訳し終えた長寿社会に関する本、著者はかつて"カウンター・カルチャー"の評論で有名になったセオドア・ローザックさん。一部をかいつまんで言ってしまうと、「これから先進工業国はどこも未曾有の高齢化社会がやってくる。フワフワと軽薄なことをしていないで賢い社会にせにゃならん。未知の長寿社会をつくっていくのはこの"カウンター・カルチャー世代"ではないか。なにしろ、あんなにパワーと気骨のあったやつらのことだから」

 わかっちゃいたけれど、そう、60年代や70年代にロックやってた人たちだって消えていなくなるわけじゃなかった。もちろん、事故と病気を問わず、あるいは他殺と自殺を問わず死んでしまった人、燃えつきてしまった人、枯渇してしまった人もいる(;_; ……)。けれど、ソロになったりユニットを変えたりしながら続けている人もいる。50歳、60歳になんなんとするロック・ミュージシャンたちも、並行して年をとっているそのファンっていうのも、前例のない新しいカテゴリーなのだった。そして、もう生意気なガキなんかじゃなくなっているはず。

 だから、若いもんがやるものだなどと言わずに、ずっとやってください、ウェラーくん。

 当日、音はまるでよくなくて、ベースの音なんてよく聞こえないほど。アンコールも前にくらべるとケチだったけれど、終了後はがぜんシャッキリしてしまったわたしだった。そんなわけで10月もコンサートの予定。去年、わたしの誕生日のために3年ぶりのニュー・アルバムを出してくれた人が、今年はわざわざ来日してコンサートやってくれるっていうんだから、行かなくちゃね。それに今度は武道館だし。





Swan Song 2000.11

 先月、このHPの「声」で「ハリウッドを代表する二枚目」は誰かという話題がもちあがったが、結局、結論はでずじまい。あたりまえだけれど、「ハリウッドを代表」についても「二枚目」についても、人によって定義がちがうのだね、やっぱり。この場合は好き嫌いは関係ないと思うけれど、それでも嫌いな人はわざわざ挙げたくないのが人情か。

 それにしても、ある俳優を好きだとか嫌いだとか、この映画はよかった悪かったと言うとき、何をもってそう感じるのだろうか。それほど好きでない俳優でも、あの映画のあの役はよかったと思うこともあるし、評価の高い映画なのに見てみたらいま一つということも。要素はいろいろあって、その複雑な絡みあいが一つの印象を生むわけで、好悪の理由をまとめるのはなかなか大変だけれど(まれにすんなりできることもある)、そこをウンウンと考えてみるのが映画のおもしろさでもある。

 ロンドンのアルメイダ劇場によるシェイクスピア『リチャード二世』の東京公演を見て、このところレイフ・ファインズがマイ・ブームである。なんたってナマを見ちゃったから……。そこで昨日、映画『ことの終わり』に行ってきた。原作グレアム・グリーン、監督ニール・ジョーダン。前評判では、官能的で切ない大人の純愛ラブ・ストーリーとか、終わったはずの恋愛に潜んでいた意外な秘密をさぐるサスペンス恋愛劇とかで、正直なところ、よかったらもうけものというくらいのつもりだった。ところが、思ってもみなかった感動があった。

 ときは先の大戦中、小説家ベンドリックス(レイフ・ファインズ)は高級官僚(スティーヴン・レイ)の妻サラ(ジュリアン・ムーア)と恋愛関係になり密会を重ねるが、あるとき突然彼女に別れを告げられる。別の愛人が現われたのかと疑ったベンドリックスは嫉妬と憎しみに駆られて私立探偵に調査させる……という物語。ネタバレになるので詳しくは言わないけれど、じつは、サラはベンドリックスを愛しながら神への誓いを守るために彼と別れたのだった。

 たしかに官能的でミステリアス、それでいて雰囲気は落ち着いて気品がある。抑制のきいたサスペンス仕立ての展開も好感がもてる。こうした多面体的な味わいのなかで、ひときわ胸を打ったのがサラの生き方だった。言っておくけれど、恋人と二度と会わないという誓いを守りぬきましたとか、心のなかでは彼を一生愛しつづけましたとか、そういう自虐的とも言えるような堪え忍びが描かれていたわけではないし、そういうのはわたしの趣味ではない。わたしが心を動かされたのはサラの気高さと強さ、心の深さだった。映画のなかで、サラは「愛は終わらない」と何度も言う。「情事{こと}の終わり」の対句だろう。この言葉は愛に浮かされた人間の常套句のようにも聞こえるが、サラの場合はそうでないとわたしは強く納得できた。自分の運命を愛すること、より大きな存在を信じることで、人間は強くなれるのかもしれない。そして、自分自身も愛し、他者をより深く愛せるのかもしれない。自分を愛するって、これ、かなり難しいけれど重要なこと……。

 嫉妬と憎しみに苦しむレイフ・ファインズもよかったけれど、サラを演じたジュリアン・ムーアがすばらしかった。今年は悪役ながら『理想の結婚』もよかったし。このあとは彼女もプチ・マイ・ブームになりそう。





Swan Song 2000.12

 先月の20日に、ホンダが二足歩行の人間型ロボット"ASIMO(アシモ)"を発表した。と思ったら、翌日にはソニーがヒト型ロボット試作機"SDR−3X"を発表して追撃。その直後に、横浜で"ROBODEX2000"というロボットの展示会があると聞いたので、さっそくのぞいてきた。

 パシフィコ横浜に着くと、スピーカーをもったおにいさんたちががなりたてている。「チケット買って入場するまで3時間半です!」うっ。でもここまでやってきた電車賃がもったいない……いじましい気持ちからとりあえず列のしっぽに立つ。せっかく来たんだし、やっぱり見てみたいし……3時間半は苦情がでないように多めに言っているにちがいないと踏んで、本を読みながら並ぶこと2時間。ほらね。

 二本足で歩くロボットはホンダがずうっと研究してきたお家芸だと思っていたのに、ソニーったらいつのまに……。しかもソニーのSDR−3Xは身長50センチと、ASIMOの半分以下。小さいの作るの得意だからねぇ。アイボのソフトウェアを使っているとかで、見た目もアイボのヒト版という感じ。いかにもオモチャロボットなのだけれど、立った姿勢からすわってまた立ちあがったり、柔軟体操したり、しまいにはサッカーボールまで蹴ってみせた。二本足で立って歩くという単純な動作でさえロボットにさせるのはたいへんだったはずなのに、片足立ちして、もう1本の足を前後に動かしている。うーん、お見事。これがお掃除ロボだったらほしいなぁ。

 ホンダのASIMOくんは中央の花道に登場した。前、横、後ろとステップを踏む。この前の型のP3にくらべて、動きが格段にスムーズになった。デザインもやや丸みをおびてなめらかな感じが強調されている。120センチの身長はいかにも人くさい。しかし、隣にいたカップルは「ソニーのほうがすごいな」とひと言。

 そうかな。たしかにソニーはパフォーマンスのさせかたがうまいと言えばうまいのかもしれないけれど、なんだか小賢しくて調子よすぎて、いかにもソニーっぽい。

 第二世代だという子ライオン型アイボのプレゼンテーションも見たが、ソフトのことをぬけぬけと"心"と言っていて、しかもその心には3種類あって好きなのを選べるんだそうだ。ふーん。子供相手のプレゼンだからって、そんなこと言っていいの?

 早稲田大学の発表では、黄・青・赤で表わされる"気分"について「わたしたちはこれを感情だとは考えていません」と言葉を選んで説明しているのがよくわかった。ソニーだって、アイボの第一世代のときには、本物の犬ではないことをはっきりさせるために、あえて毛皮を着せずにメタリックなままにしたと聞いた。なのに第二世代になったとたん、心なんて言っちゃって。それが心だとしたら、心をもつオモチャをどしどし製造して売るつもり? 一生かわいがったって、心をもつ不死のオモチャは生き残ってしまう。

 一方、ASIMOは生活のなかで人間の補助をすることを前提に考えられているらしい。そのASIMOが人間と握手する姿を見て、なんだかモヤモヤしてしまった。もっと開発が進んで、こういうものが家のなかを動きまわるようになったら、どんな気持ちになるだろう。小さな人間みたいな形をしたものが反応したりしゃべったりして、掃除だろうと癒しだろうと、とにかく自分のために働いてくれる。それが自動車みたいにあたりまえの世の中になったら、人間の感情に大きな変化があるのではないだろうか。おもしろいような、怖いような。なんてことはSF作家がとっくの昔から考えているんだよね。

 立ちづめ歩きづめで約5時間。会場は暑いわ、うるさいわ、子供が多いわで、日ごろ座業のわたしはクタクタになった。それでSDRとASIMOに言ってやりたくなった。「二足歩行はやめといたほうがいいよ。腰が痛くなるから」