![]() Swan Song 2003.1 新年あけましておめでとうございます。遅まきながら、わが家でも昨年末にカスピ海ヨーグルトを入手しました。ご存知の方も多いでしょうが、カスピ海ヨーグルトというのは、世界の長寿食を研究している京都大学名誉教授の家森幸男さんが、86年ごろに長寿国のグルジア共和国から研究のためにもち帰ったものといわれています。わりあい簡単に増やせるためか、その後口コミで広まり、カスピくんなどと呼ばれて大ブームのようです。市販されていないので、手に入れるにはもっている人からゆずってもらうしかありません。 もっていると聞いて思わずねだってしまったら、知りあいの山口くんが小さいびんに入れて分けてくれました。そのとき「梅原にもあげたが、やつはダメにしてしまった」と山口くんが怒ったように何度も言ったので、今年(第一四半期)の目標は「カスピ海ヨーグルトを絶滅させないこと」にしました。その対策の一つとして、自分がカスピ海ヨーグルトの所有者であることをなるべく多くの友人に知らせ、ほしいという人がいたらどんどん分けてあげます。万が一、自分のがダメになっても分家させておけば安心というものです。 さっそく増やしてみました。成分無調整の牛乳を室温くらいにあたためて、もらったヨーグルトをタネとして投入。一晩でできました。この調子ではどんどん増えそうです。様子をみてしばらくお休みできるといいのですが、タネをずっと放置していると菌が死んでしまいますからそうもいかない。とはいえ本来は食べるために増やすのであって、増えちゃったから無理に食べるというバカなまねはしたくありません。いよいよ負担になったら、タネをのこさずに全部おなかに入れてしまおう。それならダメにしたことにはならないから、山口くんに恨まれるすじあいもないでしょう。 ところでカスピ海と聞いて、どのあたりかわかりますか? わかるという人、では黒海とカスピ海ではどちらが日本に近いかわかるでしょうか? わたしはわかります。数年前に、カスピ海・黒海・ボルガ川・カフカス山脈・ボスポラス海峡……と、寝ても覚めてもエディターに打ちこんでいたことがありますから。海と名がつくものの、カスピ海は世界最大の湖で、面積は第2位のスペリオル湖の4倍以上。また、世界のキャビアの生産量の90パーセントを占めます。19世紀末には有名なバクー油田が繁栄し、ソ連崩壊後はアメリカ資本が進出して石油採掘が大きな産業になっています。莫大な埋蔵量が推定されていますが、現実には予定の10分の1しか産出していない油田もあって、産油量は期待を大きく下まわり、アゼルバイジャンの生活はなかなか苦しいようです。アゼルバイジャンのほか、カスピ海をとりかこむ国にはイラン、ロシア、カザフスタン、トルクメニスタンがあります……。 |
![]() |
ちょっと待って! カスピ海ヨーグルトはグルジアからもち帰えられたはず。なのにカスピ海をかこむ国にグルジアは入っていません。グルジアが面しているのはじつは黒海なのです。カスピ海ヨーグルトというのはウソだった! 思えばブルガリアヨーグルトのブルガリアだってグルジアの対岸、つまり黒海沿岸の国です。なぜ黒海ヨーグルトといわないのでしょうか。カスピ海のほうが響きがいいから? ヨーグルトは白いから? だったらカフカスヨーグルトとかなんとか、ほかに名づけようがあったでしょう。ウソはいけません。新聞記者まですっかりだまされて、「カスピ海沿岸の長寿国グルジアから」なんて書いています(Mainichi INTERACTIVE、 DIGITALトゥデイ、02年11月5日付)。というわけで、わたしは黒海ヨーグルトと改名し、黒海くんと呼ぶことにします。 |
![]() Swan Song 2003.2 このところ耳が悪くなったような気がする。エアコンと空気清浄器をつけて仕事部屋にこもっていると、玄関のベルの音が聞こえない。一日家にいたのに、夕方気づくと宅急便の不在配達通知がポストに何枚も入っていたりする。いやだなあ。猫になりたいのに。 先日、友人が猫って犬よりも耳がいいんですってねと言った。犬のほうがいいと思っていたらしい。いいえ、そうではないんですね。あのかわいい二つの三角がくるくると動くのを見てもわかるとおり、猫の耳はとても感度がよくて、嗅覚の鋭さでは有名な犬もかなわない。デズモンド・モリスによれば、それにはちゃんと理由があるらしい。虎視耽々という言葉どおり、猫は犬とちがって待ち伏せ型のハンターだ。ちょっと長く走るとすぐにゼーゼーと息があがってしまう(ちなみにわたしも同じです)。そこで獲物をねらうには草むらでうんと体を低くする。そして耳をそばだてる。かすかな音も逃さない、というわけ。 人間の可聴域はだいたい20〜2万ヘルツ。猫の場合、下限は人間と同じくらいだが、上のほうはなんと5万ヘルツだという。そのうえ耳がアンテナみたいに180度近くくるりとまわり、しかも左右べつべつに動く(ちなみにわたしも耳が動かせます)。だから角度にすると5度しか離れていない二つの音を聞き分けられる。ということは20メートル先で40センチの間隔をあけた音源も区別できるのだ。 猫のチャームポイントは数あれど、このくるくる耳のかわいさは格別だ。猫好きがかならずやることの一つに、猫の耳をうしろにめくるというのがある(そのほか手足の肉球を押してツメをだすとか、あくびをしたら口に指を入れるとか、鼻のあなを指でふさぐとか、いろいろ)。根元のほうまでぎゅっと裏っかえしても、ぴょんともどってしまう。何度やっても、折り目なんて絶対につかない。セロテープで貼ってみたことがあるけれど、毛が生えているのでうまくいかない(テープが気持ち悪いので猫は怒って行ってしまう)。ところがもっとすごいことを考えた人がいた。 猫の耳というものはまことに可笑しなものである。薄べったくて、冷たくて、竹の子の皮のように、表には絨毛が生えていて、裏はピカピカしている。硬いような、柔らかいような、なんともいえない一種独特の物質である。私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやって見度くて堪らなかった。これは残酷 な空想だろうか? 否。全く猫の耳の持っている一種不可思議な示唆力によるのである。私は、家へ来たある謹厳な客が膝へあがって来た仔猫の耳を、話をしながら、しきりに抓っていた光景を忘れることが出来ない。 そうそう、そうなんだ、ひんやりすぺっとして、裏はピカピカ・ツルツルしているんだよね。着眼点は同じでも、「竹の子の皮」という比喩は思いつかなかった。表側の毛を指で反対方向に撫でるとざらざらするところも、まさに竹の子の皮。しかも、どこかでケンカして耳のはしっこが切れているのはよく見かけるにしても、それを切符切りでパチンだなんて。このすばらしい想像力と観察力のもち主は梶井基次郎だ。彼は二段組で三ページにも満たないこの短編で暗く恐ろしい想像も披露するけれど、猫の耳をかじってみたというのはほんとうじゃないかと思う。痛がらないと思っていたのが、猫は痛がった。「だんだん強くするほど、だんだん強く鳴く」だって。これはまあ……そりゃあそうだよね。 |
![]() Swan Song 2003.3
|