【Swan Song】バックナンバー 2003年  桃井緑美子(ももい るみこ)   2002年2001年2000年はこちら




Swan Song 2003.1

 新年あけましておめでとうございます。遅まきながら、わが家でも昨年末にカスピ海ヨーグルトを入手しました。ご存知の方も多いでしょうが、カスピ海ヨーグルトというのは、世界の長寿食を研究している京都大学名誉教授の家森幸男さんが、86年ごろに長寿国のグルジア共和国から研究のためにもち帰ったものといわれています。わりあい簡単に増やせるためか、その後口コミで広まり、カスピくんなどと呼ばれて大ブームのようです。市販されていないので、手に入れるにはもっている人からゆずってもらうしかありません。

 もっていると聞いて思わずねだってしまったら、知りあいの山口くんが小さいびんに入れて分けてくれました。そのとき「梅原にもあげたが、やつはダメにしてしまった」と山口くんが怒ったように何度も言ったので、今年(第一四半期)の目標は「カスピ海ヨーグルトを絶滅させないこと」にしました。その対策の一つとして、自分がカスピ海ヨーグルトの所有者であることをなるべく多くの友人に知らせ、ほしいという人がいたらどんどん分けてあげます。万が一、自分のがダメになっても分家させておけば安心というものです。

 さっそく増やしてみました。成分無調整の牛乳を室温くらいにあたためて、もらったヨーグルトをタネとして投入。一晩でできました。この調子ではどんどん増えそうです。様子をみてしばらくお休みできるといいのですが、タネをずっと放置していると菌が死んでしまいますからそうもいかない。とはいえ本来は食べるために増やすのであって、増えちゃったから無理に食べるというバカなまねはしたくありません。いよいよ負担になったら、タネをのこさずに全部おなかに入れてしまおう。それならダメにしたことにはならないから、山口くんに恨まれるすじあいもないでしょう。

 ところでカスピ海と聞いて、どのあたりかわかりますか? わかるという人、では黒海とカスピ海ではどちらが日本に近いかわかるでしょうか? わたしはわかります。数年前に、カスピ海・黒海・ボルガ川・カフカス山脈・ボスポラス海峡……と、寝ても覚めてもエディターに打ちこんでいたことがありますから。海と名がつくものの、カスピ海は世界最大の湖で、面積は第2位のスペリオル湖の4倍以上。また、世界のキャビアの生産量の90パーセントを占めます。19世紀末には有名なバクー油田が繁栄し、ソ連崩壊後はアメリカ資本が進出して石油採掘が大きな産業になっています。莫大な埋蔵量が推定されていますが、現実には予定の10分の1しか産出していない油田もあって、産油量は期待を大きく下まわり、アゼルバイジャンの生活はなかなか苦しいようです。アゼルバイジャンのほか、カスピ海をとりかこむ国にはイラン、ロシア、カザフスタン、トルクメニスタンがあります……。

 ちょっと待って! カスピ海ヨーグルトはグルジアからもち帰えられたはず。なのにカスピ海をかこむ国にグルジアは入っていません。グルジアが面しているのはじつは黒海なのです。カスピ海ヨーグルトというのはウソだった! 思えばブルガリアヨーグルトのブルガリアだってグルジアの対岸、つまり黒海沿岸の国です。なぜ黒海ヨーグルトといわないのでしょうか。カスピ海のほうが響きがいいから? ヨーグルトは白いから? だったらカフカスヨーグルトとかなんとか、ほかに名づけようがあったでしょう。ウソはいけません。新聞記者まですっかりだまされて、「カスピ海沿岸の長寿国グルジアから」なんて書いています(Mainichi INTERACTIVE、 DIGITALトゥデイ、02年11月5日付)。というわけで、わたしは黒海ヨーグルトと改名し、黒海くんと呼ぶことにします。





Swan Song 2003.2

 このところ耳が悪くなったような気がする。エアコンと空気清浄器をつけて仕事部屋にこもっていると、玄関のベルの音が聞こえない。一日家にいたのに、夕方気づくと宅急便の不在配達通知がポストに何枚も入っていたりする。いやだなあ。猫になりたいのに。

 先日、友人が猫って犬よりも耳がいいんですってねと言った。犬のほうがいいと思っていたらしい。いいえ、そうではないんですね。あのかわいい二つの三角がくるくると動くのを見てもわかるとおり、猫の耳はとても感度がよくて、嗅覚の鋭さでは有名な犬もかなわない。デズモンド・モリスによれば、それにはちゃんと理由があるらしい。虎視耽々という言葉どおり、猫は犬とちがって待ち伏せ型のハンターだ。ちょっと長く走るとすぐにゼーゼーと息があがってしまう(ちなみにわたしも同じです)。そこで獲物をねらうには草むらでうんと体を低くする。そして耳をそばだてる。かすかな音も逃さない、というわけ。

人間の可聴域はだいたい20〜2万ヘルツ。猫の場合、下限は人間と同じくらいだが、上のほうはなんと5万ヘルツだという。そのうえ耳がアンテナみたいに180度近くくるりとまわり、しかも左右べつべつに動く(ちなみにわたしも耳が動かせます)。だから角度にすると5度しか離れていない二つの音を聞き分けられる。ということは20メートル先で40センチの間隔をあけた音源も区別できるのだ。

 猫のチャームポイントは数あれど、このくるくる耳のかわいさは格別だ。猫好きがかならずやることの一つに、猫の耳をうしろにめくるというのがある(そのほか手足の肉球を押してツメをだすとか、あくびをしたら口に指を入れるとか、鼻のあなを指でふさぐとか、いろいろ)。根元のほうまでぎゅっと裏っかえしても、ぴょんともどってしまう。何度やっても、折り目なんて絶対につかない。セロテープで貼ってみたことがあるけれど、毛が生えているのでうまくいかない(テープが気持ち悪いので猫は怒って行ってしまう)。ところがもっとすごいことを考えた人がいた。

 猫の耳というものはまことに可笑しなものである。薄べったくて、冷たくて、竹の子の皮のように、表には絨毛が生えていて、裏はピカピカしている。硬いような、柔らかいような、なんともいえない一種独特の物質である。私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやって見度くて堪らなかった。これは残酷 な空想だろうか?

 否。全く猫の耳の持っている一種不可思議な示唆力によるのである。私は、家へ来たある謹厳な客が膝へあがって来た仔猫の耳を、話をしながら、しきりに抓っていた光景を忘れることが出来ない。

 そうそう、そうなんだ、ひんやりすぺっとして、裏はピカピカ・ツルツルしているんだよね。着眼点は同じでも、「竹の子の皮」という比喩は思いつかなかった。表側の毛を指で反対方向に撫でるとざらざらするところも、まさに竹の子の皮。しかも、どこかでケンカして耳のはしっこが切れているのはよく見かけるにしても、それを切符切りでパチンだなんて。このすばらしい想像力と観察力のもち主は梶井基次郎だ。彼は二段組で三ページにも満たないこの短編で暗く恐ろしい想像も披露するけれど、猫の耳をかじってみたというのはほんとうじゃないかと思う。痛がらないと思っていたのが、猫は痛がった。「だんだん強くするほど、だんだん強く鳴く」だって。これはまあ……そりゃあそうだよね。





Swan Song 2003.3

 ジョニー・マーなんだ、CCCDなんて買ってしまったわけは。CD店に2度足を運んだものの「入荷がおくれています」と言われ、今度こそ絶対確実と思われた日に、今日を逃してなるものかと途中下車までして手に入れた新譜。ああ、しかし。わくわくして見えなくなっていたんだなあ。帰宅してあらためて見ると、それはコピーコントロールCDだった。やられたー。

 CCCDが問題になっているのは知っていたけれど、ほとんど輸入盤ばかり買っているせいか、これまで実害がなかった。こうして手に入ってしまうと無性に腹が立つ。なにしろ「このCDは通常のCDプレーヤーでの再生を意図して製作しておりますが、一部の機種では再生に不具合を生じる場合があります」「パソコンの使用状況によってはWindowsパソコンでも専用プレーヤーソフトが動作しない場合があります」と悪びれない。音楽が聴きたくて買うのに、聴けなくても知らないよ、だなんて、そんなバカな話ってある?

 CDの売上げが落ちているぞ!→パソコンとCDRを使った「違法コピー」が横行しているせいだ!→よし、CDにあらかじめエラー信号を入力し、パソコンで読みとれなくしてしてしまおう! これでふつうのCDプレーヤーでは聴けるが、パソコンで複製はできないぞ! というのがCCCDらしい。でもほんとうにそうなのか?

 CDプレーヤーには、CDに傷がついていてもある程度までなら再生できるように、エラーがでたときにまわりの情報からその部分の信号を予測して補正する機能があるらしい。CCCDにエラー信号が入っていても再生できるのは、この機能にたよってのことだ(つまり裏わざ。邪道ともいう)。ところがこれだと修復機能の弱い機種ではうまく再生できないかもしれないし、再生できてもプレーヤーに負担がかかって故障や寿命短縮の原因になってしまう。だいたいCCCDとはいうものの、正式なCDの規格をはずれているので、正確にいえばCDではない。だから「CDを再生する装置」をつくって売っているメーカーとしては、CCCDなんてかかりません、そんなものをかけてCDプレーヤーが壊れたって責任はもてません、という言い分になる。

 しかもそうまでして肝心の目的であるコピーガードが完璧ではない。愚の骨頂。うまくやればCDRでコピーができてしまう。音楽を聴くには制約があって、「違法コピー」には有効でない。なら、CCCDとは何のためのものだろう? 嫌がらせとしか思えない。

 著作権の問題はたしかに重大でしょう。けれどもいまの状態は、コピーガードの技術が中途半端なままCDの規格さえ無視して暴走し、きちんとCDを購入しようとするリスナーに迷惑をかけているだけではないか。そもそもCDの売上げが落ちているのは、ほんとうに違法コピーのせいなのだろうか。不景気のせい、携帯電話のせい、いい音楽がないせいなど、ほかにもいろいろ言われていて、原因は違法コピーだけに特定できないはず。少なくともリスナーは聴きたい音楽は買う。こんなに問題のあるニセCDを売りつけて、嫌ならコピーをやめな、なんて脅迫だ。音質劣化という問題もあり、音楽を提供する企業としての良心などかけらも感じられない。ほんとうに守りたいのは著作権なのか? 主権は音楽のつくり手と聴き手にあり。中間を媒介する企業の思惑にふりまわされるなんてまっぴらだ。これに抵抗するには、CCCDは買わない、これにつきます。節操のない企業は自滅しなさい。

 というわけで、CCCDを買うはめになったジョニー・マー&ザ・ヒーラーズでありましたが、とにかく買って損はない大満足のアルバムだし、プレーヤーが壊れてはかなわないのでCCCD対策は独自に施しましたから、もう怖くないもんね。おあいにくさま。明日はライブだ。行ってきまーす。





Swan Song 2003.4

 アゴヒゲアザラシのタマちゃんを救出しようとした人たちがいた。それに反対した人たちもいた。先月「タマちゃんのことを想う会」が、アメリカに本部を置く動物保護団体「マリンアニマル・ライフライン」のたすけをかりて、魚網を使って捕獲作戦に打ってでた。これに抗議したのがファンクラブ「タマちゃんを見守る会」。

 結局、捕獲は失敗に終わり、事件の後の記者会見では、見守る会メンバーから「タマちゃんにストレスをあたえた」「謝れ」という声が上がった。わざわざアメリカからやってきたマリンアニマル・ライフラインは「タマちゃんが日本中の関心の的で、保護に反対の人がいることを初めて知った」というからちょっと気の毒でもあるけれど、役所に虚偽の届出までして捕獲作戦を強行した理由は、このままではタマちゃんが「本当の意味でしあわせではない」からだという。

 白状すると、わたしも昨年の夏にタマちゃんが多摩川に出没して大騒ぎになったころ、弱ってしまう前に早くなんとか手を打ってほしいと思ったものだった。でも今回の騒動をみるにつけ、いつものことながら、動物のためを思うのはむずかしいことだと思い知らされる。

 どういうわけがあったのかわからないけれど、タマちゃんは自分からやってきた。捕まえられて虐待されているのではない。たしかにあの汚い川だから環境は悪い。早死にしてしまうかもしれない。これではかわいそうだ、なんとかしてやりたい、という気持ちにもなる。帷子川なんかにひとりでいても、パートナーに会える可能性も少なくて、子孫はのこせないかもしれない。でも生きものは、みんなそろって同じ行動をずっとくり返すわけじゃない。他とちがうことをする個体がいるから、新しい環境に適応するものもでてきて多様化する。いつか世界じゅうの海が汚くなったとき、タマちゃんみたいに先に汚いところにすみついてしまったのが生き残るかもしれない。

 動物にはストレスがこたえる。飼い猫だって、怪我でもして病院につれていこうものなら、すぐにハンストだ。だから獣医さんは、ちょっとやそっとのことでは入院させない。飲まない、食べないことのほうが、怪我よりもよっぽど体によくないから。野生動物だったらなおのことだろう。残念だが、善意はいつも通じるとはかぎらない。人間どうしだって、そうじゃないの。

 どうも引っかかるのは、人間は動物を支配するものという考え方だ。キリスト教世界ではそれが当然なのかもしれず、だから今回の件でも保護に反対の人がいるなんて想像もできなかったのだろう。彼らは反対した「見守る会」の人たちのことを「見守るだけでは無責任だ」と言ったというが、しかし人間にはそんな責任があるのだろうか?

 正義のためといって戦争をはじめる信仰心のあつい人もいる。その戦争には、人間だけでなく動物も駆りだされている。イラク南部のウムカスルでは、イルカが機雷の探索に使われているという。サンディエゴの米海軍哺乳類訓練施設で訓練を受けたイルカたちで、浮いている機雷を見つけたら印をつけて知らせたり、見つけた機雷を引っ張るための金具をとりつけたりしている。

 鯨のことではあんなに目くじら立てるのに(捕鯨反対の理由には「鯨は頭がいいから」なんてのもあったような気がするが……)、賢いイルカを戦争に利用するのはいいんだろうか? いやな春ですね。





Swan Song 2003.5

 昨年、初めて行ったフジ・ロックフェスティバルが、思った以上にたのしめたのに気をよくし、今年は早々に準備をはじめました。会場から徒歩で帰れる宿にすべしという昨年の教訓をふまえ、某ホテルを確保。あとは出演者の発表を待つばかりです。いったい今年はだれが出演するのでしょうか。おおいに気になるところです。

 ネットでは、関係筋からの情報や「フジに出たい」というミュージシャン自身の発言などをもとにした憶測が飛び交い、友人もわたしもそれらを見ては妄想をふくらませていました。そして4月、出演者の一部が正式に発表されました。土曜日のメインはなかなかよさそうです。しかし日曜日、メインはキャリアの長い大御所2人。長年のファンにはうれしいし、あまりなじみのない若い人たちも、このさい聴いてみるのもいいでしょう。でも、それはそれでいいとしても、やはりロックフェスなんですから、時代を象徴するような人たちもほしい。その意味で、日曜のラインナップはいかにせん弱いのではないでしょうか。

 じつは、フジの主催者は日曜の目玉として、押しも押されぬレディオヘッドを用意していたようです。ところが金の力か義理の力か、夏のもう1つのイベント「サマーソニック」に、その目玉を横どりされてしまったのです。(そのほか今年のサマーソニックは、欲ばりすぎなくらいに豪華な顔ぶれをそろえています。)フジ主催者のインタビューを読むと、足元をすくわれて茫然というか、予定がくるってすっかりなげやりになっている様子。インタビュアーが、まだ時間があるのだからだれか呼んでくださいと激励しても、「日曜は早めに終わってもいいし」とか「日曜は大人の日にするんだ」とか……。

 ちょっと、その「大人の日」ってなに? 引っかかるなあ。数年前に『おとなぴあ』という雑誌が創刊され、定期購読のみで書店販売なしというので、チラシにだまされて申し込んだことがあるのを思いだしてしまいました。あれは最初の号がとどいて即刻やめました。ちーっともおもしろくなかった。カード会社の会員誌か航空会社の機内雑誌と大差ない。それが1冊1000円で買えというのだもの。案の定、あっというまに廃刊になったようです……。それからチケット販売サイトのeプラスにも、不定期ですが「e+elder」というメルマガがあります。「都市の大人のエンタテインメント」をテーマに、35歳以上の人に配信してくれるんだそうです。大人のためのリッチですてきなエンタテインメント・ライフを提案してくれて、ありがとう。でも、余計なお世話。

 だいたい趣味嗜好を年齢で分けようという考えにはなじめない。無理があると思う。好みは年齢とともに変化することもあるかもしれませんが、みんながみんなそうではないし、変化のしかたはそれぞれちがうでしょう。そんなことは承知と言うかもしれないけれど、大方のところは同じだと思っていればこそ、そうやって1つにくくるのです。そもそも、大人だから大人にふさわしいコンサートや芝居に行きたい、それには何がいいかしら、なんて発想から音楽や演劇を選ぶ人がいるのでしょうか。わたしたちは無数のものを分類してこの世界を認識しているから、キーワードでふるい分けをせずにはいられないけれど、音楽、映画、演劇、美術などに「大人のための」というスクリーニングは必要ないし意味もない。でも、世の中には「大人のための」という枕詞がごちゃまんとあふれている。差別とは言わないまでも、無用の固定観念をつくりだしてはいないか? それとも、日ごろオヤジとかオバサンと若者にばかにされるのに悔しい思いをし、「中高年」を「大人」と言い換えることで、その悔しさを特権意識か優越感で埋め合わせようというのでしょうか。

 話がフジロックからそれてしまった。今年は総勢5人で行ってきます。30代半ばから40代半ばまで、平均年齢40・6歳。充分に大人です。あの場ではかなりの高齢グループになるのはまちがいないでしょう。がんばります、場所とり。優先席ないかな。





Swan Song 2003.6

 ブラー来日。武道館クラスのバンドが、なぜか今回の来日公演は赤坂ブリッツで1日のみ。小さい会場で見られるなら行きたい。予想された激しいチケット争奪戦を粘り強さと運のよさで乗り切って行ってきた。

 正直なところ、ブラーの初期のアルバムを聴いたときには、スワンソングなわたしの守備範囲に入らず、「う〜ん……」だった。前作「13」を聴いて私的評価は高まったものの、バンドはそのあと長い停滞に(Blur History については塩原さんの「日々の泡」2000年12月号参照)。そしてこのたび、苦い経験がニューアルバム「Think Tank」に結実した。この牧人舎HPでも局地的に話題になったが、世間ではもっと評判で、本国イギリスではアルバムチャート堂々の1位です。

 新しいバンドがメンバーの一致した意見のもとで最初のアルバムを制作しても、2作目にみんなのやりたいことがいっしょとはかぎらない。売れれば売れるほど自信がつき、自信がつけば、それだけ自己を主張したくなる。ファンの期待が高まれば、失敗したときの非難は激しい。マスコミに追いまわされ、批評家は手厳しくなる。2作目が思うようなセールスにならないと、レコード会社は容赦なく契約を打ち切る。アルバム1枚か2枚でポシャッたバンドは数知れず。聴き手としてはせっかく目をつけたバンドがいても、あっというまに消えてしまってがっかりする。といって、どこを切っても金太郎といった感じのお約束どおりのアルバムをつくりつづけ、長くやっていけばいいってものでもない。キャリアの長さが評価されているのは(「だけ」ではないが)ローリング・ストーンズくらいだ。

 移り変わりが激しいなかで、着実にアルバムを発表し、新しい音を取り入れ、人気を維持すると同時に質の高い作品をつくるのは並大抵ではないわけで、その意味でも、キャリア10年を超えるブラーの今回の作品には、紆余曲折を経ただけに、よくやったと拍手を送りたい。ブラーらしいポップさは消えていないのに、緊張感が漂い、それが全体に引き締まった印象をあたえる。最近ではなかなかお目にかかれない「バンドの進化」を見せてくれた。こんなふうに変化してくれるなら大歓迎。

 ライブは、終始高いテンションを保ったまま一気に終盤までもっていった。手持ちの曲が多いベテランバンドのわりに、アンコールをふくめて1時間半と短めに終了。それでも密度の高いコンパクトなライブに、ファンは納得しているように見えた。さて、つぎはどうなっていくのか。まずは正式なギタリストをむかえ、ライブ用ピンチヒッターのギタリストをシャイニングに返してあげましょう。地味ながら、シャイニングのファンは不安がっています……。





Swan Song 2003.7

アイルランドへ行きたい――ギネスにまさるビールなしの巻

 先月アイルランドを旅行してきました。アイルランドといえば? ケルト人、ジャガイモ飢饉、イースター蜂起、ジョイス、イェーツ、U2、アイリッシュダンス、ウィスキー、ギネスビール……少々悲しいものもありますが、いろいろなことが思い浮かびますね。

 今回はアイルランドの南半分を車でぐるりとまわってきました。旅行中は昼食にギネス、夕食前にギネス、夕食にギネスとギネス三昧。もともとギネスが好きなわたしは、ますます熱いギネスファンになって帰ってきました。

 日本のビールはラガーが主流です。気候風土のせいでしょう、黄金色で炭酸の強いあれ。暑い日差しの下とか、お風呂上りとかにキュッと飲むにはぴったりです。日本の夏には、素麺および花火とならんで欠かせません。ただし、よく「最初の一杯がうまい」といわれるように、ビール体質でないわたしにはそうたくさん飲めません。ご存知のとおり、黒ビールなら日本のビールメーカーも出していて、それはそれなりにおいしいのですが、これまた炭酸が強いし、はっきりいってうすいんだわ。一方、ギネスはスタウトです。スタウトとは……なんて説明はここではいたしません(興味のある方は勝手に調べましょう)。真っ黒なギネスは、細かいクリーミーな泡がふんわりと立って、独特の苦さと味わいがたまらなくおいしい! 炭酸は弱く、あまりキンキン冷やしません。1パイント×2杯=約1リットルが(わたしでも)軽く飲めてしまいます。味もこくもあるので、つまみいらず。事実、アイルランドのハプでは、みなさんギネスだけをじっくり飲んでいました。

 アーサー・ギネスがギネス社を設立したのは1759年のこと。こんなに個性的なおいしいビールができたについては諸説があるようですが、その一つに、アイルランド人のあいだでイギリスからの独立の機運が高まっていた当時、アイルランドらしいビールをつくってイギリスを見返してやろうという熱い思いからだったというのがあります。ギネスのラベルに、アイルランドの国章であるケルティック・ハープがデザインされていることこそその証拠、といわれます。

 それなのに、日本ではギネスをイギリスのビールだと勘違いしている人がまだいるらしい。酒屋にも、「こくのある黒ビール。原産国イギリス」などと酒のプロにあるまじき商品説明をしているところも多々あり。ギネス誕生の真相がどうあれ、それではいまだにアイルランドをイギリスの属国あつかいしているようではありませんか。苦労のはてに独立を勝ちとった国にたいしてたいへん失礼です。ぷんぷん。

 さて、写真はギネスがくせになったわたしが、日本に帰ってきて入手したギネス各種。緑のロング缶だけがビターで、あの黒と同じ味ではありません。薄茶色をして味はエールに近いか。ギネスはあのクリームみたいな泡がおいしさの秘訣。左の2つは泡がうまく立つようにするために、プラスチック製の窒素ガスカプセルの玉(ウィジェットという)が入っています。プシュッとタブを引いたら5秒ほど待ち、一気にグラスにそそぎます。その努力と工夫は認めよう。しかし、お土産に買ってきたギネスのグラスにそそいでみても、たしかに玉なしよりは細かい泡が立つけれど、う〜ん、やっぱり樽からついでもらったあの泡にはおよばない!

 そこで話はアイルランドからどんどんそれて、なぜか渋谷にあるメキシコ料理の店。以前に行ったとき、そこでは缶のギネスをじつに上手にグラスにそそいでだしてくれました。あそこにまた行ってみようか。しかし、ちょっと待て。あれは玉入りだったかもしれず、アイルランドに行ったいま、その程度だったら満足できない。かくなるうえは、樽からギネスをついで飲ませてくれるアイリッシュパブへGo!ということになります。東京にはそんな店が何件かあるようですが、わたしはなんと幸せものでしょう! うちの近所にもそんなアイリッシュパブの1つがあるのです。お店の雰囲気は重厚さにちょっと欠けるけれど、そこは目をつぶりましょう。曇っているけれど雨は降らない、そんな日にはそこでギネスを飲みながら原稿に赤を入れているわたしの姿が見られます――なんて言ってみたいよ。

--つづく(予定)





Swan Song 2003.8

フジロックフェスティバル'03奮戦記

 最高齢グループ5名(現地にて目視により確認)でフジロックに行ってきました。昨年の経験をもとに万全の手はずをととのえたつもりでしたが、まだまだあまかった……。いくつかの新たな教訓を得て帰ってまいりました。

 初日、わたしを含む先発隊2名が会場に到着したとき、苗場は雨。初日のみ一時小雨くらいかな、そんなにヒドイことにはなるまい、などとと根拠もなく楽観していたわたしでしたが、とんでもなかった。思えば、野外フェスなんですから当然予期されることなのですが、こういうところでアウトドアライフに親しんでいないことがバレてしまいます。

 入場ゲート前は長蛇の列。そうか、初日はみんな入場手続きをするから、2日目以降よりも時間がかかるのか。最初に見る予定だったミニットマンは後半しか見られず、幸先の悪いスタート。

教訓その1:初日は入場に時間がかかる。時間の余裕をもって会場に到着すべし。

会場いちばん奥のオレンジコートまで探検に行ってみたものの、雨はしだいに強くなり、ステージ前は雨の日の校庭、途中の道は泥んこプロレスのリング状態です。温かいものを求めてタイ風ラーメンを食べても、容器に雨が降りこんで効果はいま一つ。林を抜ける小道でジャバジャバ落ちてくる雨にたまりかねて、ついに友人が100円ショップで仕入れたビニールカッパのズボンをとりだしました。カッコ悪い、パーカーと色が合わない、なんて言っている場合じゃない。そこらには、ゴミ袋に穴をあけてチョッキのようにして着ているやつ、靴の上からスーパーの袋を被せているやつ、裸足で泥水をかきわけているやつなどがへらへらと歩いています。それにくらべればはるかにまとも。いや、それどころか、こいつが100円とは思えない威力を発揮してくれました。多少雨がしみてもずぶ濡れになることはないし、腰をおろすことだってできる。それがために初日から参加したこの日最大の目玉、ザ・ミュージックの登場まで耐えられたのも、ひとえにこれのおかげです。わたしを救った100円のビニールズボン、きみはえらい。それを買っておいてくれた友人はもっとえらい。

教訓その2:雨用具はパーカーだけでは不十分。上下用意すべし。

教訓その3:用心深く用意周到な友をもつべし。

 降りしきる雨のなか、お目当てのザ・ミュージックが終了したのが6時半。まだ初日でもあり、その日は早めに切り上げてホテルに撤退することに。夕食はホテル内のいちばん安いレストランですませました。

教訓その4:苗場プリンスのレストランは高くてまずい。ごはんはフェス会場で食べるべし。

 2日目、前夜遅くに到着した後発隊3名とともに、いざ出発。朝のうちはまだ雨が残り、どよ〜んとした気分が全員を襲ったものの、それも昼前には上がって雲の切れ間から青空がのぞきはじめました。やったー! 地面はドロドロだけど、地獄から地上に這いあがったかのようです。

 この日は見たいライブが2ヵ所に分かれて夕方から目白押し。少しずつ時間が重なっていて、UKロックファンには酷なタイムテーブルです。ここはやはり、この日最大の目玉のジョン・スクワイアを優先するしかありません。なにしろこの日のフジロックはチケット完売の大盛況。テントステージは小さい。もしも大入りで入場制限がかかったらどうしよう。大事をとってコールドプレイを泣く泣く半分で切り上げ、グリーンステージからレッドマーキーへ移動しました。ところが、行ってみれば途中からでも余裕で入れる程度の混雑度。どうして、みんな、ジョンだよ! こんなものなの? 心配したわたしがバカだった。でも、早く行ったおかげで若者に混じってかぶりつきで見ちゃいましたし、ひさしぶりにミュージシャンに対して、かっこいい〜!なんて思ったりもして……。

教訓その5:自分が好きなミュージシャンだからといって、人も好きとはかぎらない。心配もほどほどにすべし。

 グリーンステージのプライマル・スクリームを諦めて、そのままレッドマーキーに居残り、キャンセルバンドの穴うめのためにステージを変えて再度登場のザ・ミュージックを見ることにします。期待の新人バンド、こんなに前で見られるのは最後かもしれません。しかし演奏が始まったとたん、若者たちはびょんびょん跳ねて踊りだす。ここは山の中。こんなにうかれちゃって、こいつらタヌキなのか?! もみくちゃだし、ステージが見えないじゃないか。しばらくしてステージ脇のちょっとすいたところへ脱出。やれやれ。みんな、踊るのもいいけど、よく見てよく聴けよ!

教訓その6:ライブは体力配分に注意。若者に混じるのもほどほどにすべし。

 レッドマーキーを出るといつのまにかまた雨が降りだしていました。明日も地面は泥んこでしょう。混雑のなかを基地のテントまでもどります。この日のグリーンステージの最後はビョーク。雨のなかに打ち上げられる花火。夜の野外ライブはきれいです。

 最終日、朝からすっきりと快晴。地上から天国に昇ったかのようです。前々日は雨のせい、前日はトイレタイムがとれないほど忙しかったせいで控えていたビールを飲みながら、のんびりと過ごすことにしました。名物の「もち豚の串焼き」なるものを屋台で買って食べたり、靴にこびりついた泥を歯ブラシでこすってきれいに落としたり、最近人気のアメリカの新人バンドを、つまんないぞーっ、と野次ったり。

 夕刻、名残り惜しさを感じつつ、スティーヴ・ウィンウッドを聴きながら撤収です。一時はどうなることかと思ったくせに、終わってみれば雨もまたたのしという気分になるところが不思議。きっとまた来年も行くかもしれないと予感しています。

教訓その7:翌日、仕事のエンジンがかからない。早起きして頭を切り替えるべし。





Swan Song 2003.10

アイルランドへ行きたい――検疫をあなどるなの巻

 先日のネット配信ニュース――「豪空港で桃12個をもちこもうとして罰金66万円」。

 桃をこっそりもちこもうとして空港で没収され、後日裁判所への出頭を命じられたのに無視したのが悪質とみられてこんなに高額な罰金を科せられたそうです。桃12個でねぇ……。

 生態系の保護がおもな目的とのことで、オーストラリアは海外からのもちこみ品の規制が厳しいようです。在日オーストラリア政府のHPには、食品、動物、植物などを中心に規制品目がずらり。種やナッツがダメなのでお味噌もダメ、種でできたネックレスもダメ、お肉が入っているのでレトルトカレーもダメ、ふりかけは卵が入っていたらダメ……お味噌の大豆が流出して生態系を乱すとも思えないのですが、そこは各国事情、ダメなものはダメです。

 6月にわたしもダブリン空港で検疫に引っかかりました。もちこみ禁止物のことなどさっぱり頭になかった……。どうも出口を間違えて空港内をふらふらしていたのが、やはりふらふらしていた検疫のおじさんの目にとまったらしい。シャレでもっていった焼き鳥のカンヅメ、さらに機内食のチーズがあえなく没収となり、酒のサカナは現地調達せざるをえなくなりました。おじさん(ちょっとレクター博士みたいな感じだった)にしてみれば、こいつとにらんだのが大当たりで、この仕事のやりがいを最も感じる勝利の一瞬だったのではないでしょうか。でも、あとで調べてみたら、アイルランドの規制はオーストラリアにくらべればはるかにゆるい。

禁止品は肉製品、乳製品、生野菜です。焼き鳥とチーズはばっちりだな。あのとき開き直って、これはどうだと干し貝柱をつきつけたのに、そんなのはかまわんとあしらわれたのももっともでした。

 アイルランドのホテルも朝食はイングリッシュスタイルでたっぷりです。おねえさんかおばさんに「これとこれとこれ」というとお皿に盛ってくれます。そのなかに、直径4センチくらいのソーセージを輪切りにしたようなものがありました。でも、オレオみたいに真っ黒。なんだかわからないまま食べてみたのですが、これがおいしい。ふつうのソーセージよりも脂っぽくなくて、ナイフをさすとホロホロとくずれる感じ。それで翌日、これはなに?ときいてみると、ブラックプディングという答えでした。ああ、すっかり忘れていたけれど、血入りのソーセージのことだ。真っ黒いのは血です。

 さすが肉食ヨーロッパには、各地に血入りソーセージがあるようです。エストニアではクリスマスに黒ソーセージを食べるというし、ハンガリーにもなんかスゴイのがあるらしい。アイルランドのものも有名。これには穀物が入っているとのことで、ホロホロした感じも、サラミみたいにギトギトしていないのもどうりでそのせいなのでしょう。アイルランドのはオート麦が入っているそうです。

 ブラックプディングとわかると、夕食のときにもメニューにブラックプディング入りサラダなんて書かれているのが目に入り、試してみました。ナッツとかチーズとか、クルトンとか、ワンタンの皮の揚げたのとかと同じく、要するに野菜にコクをプラスするわけですね。たいへんおいしゅうございました。

 で、帰りの飛行機の待ち時間にダブリン空港でブラックプディングを売っているのを見つけたので、よろこび勇んでチーズといっしょに買いました。ギネスのお供にしようかしら、なんて思い描いていたのですが、成田空港にも検疫というものがあったのでした。肉・肉製品はもちこんでいませんね、と迫られて、正直者はあっさり白状してしまい(自己嫌悪)ブラックプディングは没収。ダブリン空港で売っていたというところが、OKなおみやげって感じでワナでした(ちっともワナなんかじゃない)。ちなみにチーズは無事通過したのですが、帰って食べてみたらイマイチで(ケルトのぐるぐるくん模様にカビを生やしたシロモノです)、失ったブラックプディンクがなおよけいに恋しいのでした。どなたか、日本で売っているところをご存知でしたら教えてください。

 さて、ついでなので、まったく関係ないけれどいわずにおれないオーストラリアからのニュースをもう一つ。「カンガルーの恩返し?」

 オーストラリアの農場主リチャードさんが嵐の日に農場を見まわりに出たところ、強風で折れた木の枝が頭にあたって意識不明に。このとき、ついてきていたカンガルーが自宅のドアをノックして家族に異変を知らせ、またリチャードさんのもとにもどって救助を待っていた……カンガルーのルルは10年前に車に轢かれた母親の袋のなかでぐったりしていたところをリチャードさんにたすけられ、その後放し飼いで育てられて……ああ、もう泣ける……。





Swan Song 2003.12

『あの頃ペニー・レインと』という映画をご存知だろうか。聡明な15歳の少年がロックに目覚め、地元誌に書いたロック評がその若さで某メジャー雑誌の目にとまり記事の執筆を依頼される。ときは1973年。取材のために、売出中のロックバンドのツアーに同行したウィリアムはペニー・レインという少女と出会う。そして……。

 ありていにいえば少年のあまくてほろ苦い成長物語。70年代のロックがちりばめられていて、「ノスタルジーにひたれる」とよろこぶ人もいるが、ロックを聴いて懐かしがってはいけない。この映画には、何か新しいものに出会ったとき、好きな道を走りだしたときの期待と興奮で胸が高鳴るあの感じがあざやかに描かれている。そして現実を目の当たりにして噛みしめる挫折感も、そのあとの希望も。パターンどおりとあなどるなかれ、パターンとは、裏を返せば普遍ともいえるではないか。配役と演出のすばらしさ、奇をてらったところのない自然なストーリー展開で、すうっと胸に入ってくる。「そうそう、そうだったよね」と思わずうなずくうちに、「いまだってそうじゃん」と思いあたったりする。素直に笑ったり泣いたりして、そのあとにさわやかさと勇気がのこる。幻滅のあとに希望が見えるのはご都合主義ではないだろう。ロックは希望の音楽だと、キャメロン・クロウ監督は思っているにちがいない。

 当時のロックを知る者にとっては楽しさが1つよけいに加わるけれど、さらにレッド・ツェッペリンのファンで、なおかつこの映画をDVD(劇場公開版)で見た人にはもう1つお楽しみがある。未公開シーン1は、ウィリアムのロックバンドのツアー同行に猛反対する母親を説得しようと援軍がやってくるシーン。母親はロックなんかドラッグとセックスの音楽だと決めつけて、助っ人たちの言葉にも頑として首を縦にふらない。そこでウィリアムがある曲を聴かせる。世界中で人間性を広めている音楽、これを聴けば世界が変わると彼はいう。そこでいきなり画面に「お手持ちの『レッド・ツェッペリンW』の『**への階段』をかけてください」の文字が出る。5・4・3・2・1・スタート、とカウントダウンして画面のレコードに針が落とされると、ぷつんと無音になる。その間、見ている人は自分で Stairway to Heaven 、つまり「天国への階段」をかけて映像を見るという仕かけなのだ。これがけっこうおかしい。

 ウィリアムがロックに出会ったきっかけもいい。エキセントリックで厳格な母親に反抗して、姉さんが家を出る。そのときウィリアムの耳元でささやく。「ベッドの下で自由を見つけて」。ベッドの下から出てきたバッグにはLPがぎっしり。いいよね、こういう姉さんがいたら。わたしの友人には、小学生のときに従兄にステレオの前にすわらされ、「これを聴け」といわれて当時のロックをさんざん聴かされたというのがいる。彼は写経のように歌詞をノートに書き写したりもしたって。

 今年のわたしの3大ニュースの1つは、「レッド・ツェッペリン2枚組DVDリリース」である。LZには公式の映像記録が少なく、解散後23年にして合計5時間を超すライブ映像が発売されたことは、ファンには涙ものの事件だった。それを見ているうちに思いだした。初めて彼らのレコードを聴いたときのことを。ガーンときた。「こんな音楽、聴いたことない!」と思った。いま聴いても思うんだから、初めてならあたりまえだ。それからもう1つ思いだした。家出するときにLPをおいていってくれる姉も、ステレオの前にすわらせてレコードを聴かせる従兄ももたなかったわたしは、自力でロックを発見したと思っていた。そうではなかった。学校にレコードを貸してくれる同級生が何人かいたのだ。そして、思えば「レッド・ツェッペリンW」を貸してくれたのは高田学くんだった。(ちなみにボウイの「ハンキー・ドリー」を貸してくれたのは船山政弘くん、ピンク・フロイドの「狂気」を貸してくれたのは館山薫ちゃんだった。)最初の出会いで、わたしの心には焼きごてをじゅっと押しつけたがごとく、レッド・ツェッペリンが焼きついた。高田くん、きみのおかげだ、ありがとう。それもまた1973年のことだった。