【Swan Song】バックナンバー 2004年  桃井緑美子(ももい るみこ)   2003年2002年2001年2000年はこちら



Swan Song

桃井緑美子(2004.1)

みなさま、あけましておめでとうございます。

 このお正月も例年どおり実家に帰り、わずか3日ではありますが猫のいる生活を味わってまいりました。しかし、ふだんの猫いない生活もとうとう6年目に突入してしまい、「やっぱり猫いるといいよね」とつぶやきながらもどってくるのも季節行事と化しています。
 うちに帰ってメールをあけてみると、某メルマガで「猫足りない禍」にかんするアンケートを実施しておりました。「猫足りない禍」。そう、これはもう「禍」なのです。猫がいないことに弊害があるのか!と怒鳴る声が聞こえてきそうですが、それがあるのですよ。

 たとえていえば、酒のない人生、薔薇のない日々。音楽のない毎日、友のない人生。香りのないコーヒー、星のない町、橋のない川、改札のない駅、華のない役者、横綱のいない相撲。お弁当のないピクニック、わさびのない鮨、薬味のない蕎麦、カビのないチーズ、本棚のない家、火事も喧嘩もない江戸、着替えのない着せ替え人形、思い出のない旅行、種のないぶどう、気のない返事、夢のない計画、野党のない政治、力のない返事、真心のない手紙、度胸のない男(女)、愛嬌のない女(男)、オアシスのない砂漠、はりのない生活、しまりのない顔、苺のないナポレオン、情のない人間、漢字のない日本語、白血球のない血液、踊り子のいない伊豆、トイレのないサービスエリア、虎のいないジャングル、ジャガイモのないアイルランド、答えのない問題、光のない世界、仏のいない世間、鬼のいない地獄、指揮者のいないオーケストラ、猿のいない惑星、猫のいない地球……。
 おお、それは困るよ、と思うものが1つくらいはあるでしょう?

 陶製、木製、布製、紙製の猫がうちには多少いることはいるのですが、なま猫とは別ものです、あくまでも。「猫足りない禍」に苦しんでいる全国のみなさん、猫いる生活を目ざしてがんばりましょう。でも今年はムリだな、うちは。そのうちね。
新年の夢が明けても風来坊
 これは高原鉄男さんによる句で、母がくれた猫カレンダーの1月の一句です。というわけで、今年のテーマはこれにしよっと。

(ももい るみこ)




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桃井緑美子(2004.3)





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桃井緑美子(2004.4)

アイルランドに行きたい――わたしの名前ってピッタリじゃん!の巻

 先月29日から、アイルランドは自宅をのぞく屋内が全面禁煙となりました。案の定、パブの業界団体は「パブ文化の衰退につながる」と批判しているんだそうですが。いくらなんでもパブなんだから少しは許されるんじゃないか、という考えももはや通用しない世の中でございます。喫煙族は流浪の民と化し、アイルランド移民がまた海を越えて外国に流出するのではないか、なんてね……。でも、アメリカはもういけません。じゃ、日本?

 前にここで、うちの近所にもしあわせなことにアイリッシュパブがあるので(写真左)、昼間からギネスを飲んでだらだらしてみたいよ、なんてことを書いたのですが、じつをいうとそのあと、わたしとしてはめずらしく着々とそれを実行に移したんですね。そうしたらこれが思った以上に心地よくて、すっかりクセになってしまった。禁煙じゃないし、ね。

 その店はかなり広く、入って左手がサンルーフになっていて明るいのです(写真右)。昼間のハッピーアワーはギネス1パイントがちょっとお安くなるんですね。昼間からビール?! いえ、「昼間から」じゃなくて「昼間に」ですよ(たぶん)。飲むと食べたくなるいけないクセがあるので、フィッシュ&チップスとか羊飼いのパイとか、ハイカロリーなおやつをたのんでしまい、その点はどうもいけませんが、ビール飲みながらたらりーんとしていても、昼間はあんまりお客もなく(どうして店を開けているのか不思議)、好きなだけいほうだい。誰にはばかるでもありません。ささやかな楽しみでございます。

 3月17日はアイルランドの重要な祝日、聖パトリックの日でした。本国アイルランドはもちろん、世界にちらばったアイルランド人が各都市でパレードをします。『ステート・オブ・グレース』というニューヨークが舞台の映画、わたしは好きな映画ですが、アイルランド系マフィアというか、チンピラに毛が生えたくらいのワルどもの悲しい話で、これにそのパレードの様子が出てきますね。東京でも表参道でやっています。アイルランドの国旗は橙・白・緑の三色で、聖パトリックの日はパレードもパブも、緑色の服や帽子や飾りつけで緑だらけになります。

 聖パトリックという人はウェールズかスコットランドか、とにかくアイルランドの出身ではないのですが、5世紀にアイルランドにキリスト教を広めた聖人です。ふつうの暮らしをしていたふつうの少年だったのに、あるときいきなり奴隷としてアイルランドに連れていかれてしまった。子供で奴隷なんて気の毒な身の上なんですが、そこで「故郷に帰れ」という神の声を聞いてしまうんですね。逃亡奴隷なんて、捕まったらたいへんな目に遭わされるはずなのに、そこはのちの聖人ですからスイスイと帰れてしまい……中略……神学をおさめますと、また声がする。アイルランドの民が帰ってきてほしいと呼ぶ声です。アイルランドにキリスト教が広まった過程には、流血も迫害も殉教もありませんでした(アイルランドに血が流れるのはずっとあとです)。生涯をかけたパトリックの布教は、そりゃあ簡単というわけはなかったでしょうが、頑固で不正を嫌う熱血漢、それでいて陽気で寛大で……と、そういう彼の気質はアイルランド人にはしっくりなじみやすく、説得力があったようです。シャムロック(写真左)がアイルランドの国花なのは、聖パトリックがこれを使って三位一体を説いたといわれているから。嘘かまことか、アイルランドから蛇を一掃したんなんて伝説もあって、聖パトリックの日用のカードなどに蛇がデザインされているものがあるのは、そういうわけです。

 さて、近所のそのパブでも、聖パリックの日ということでオトクな割引券をもらえました。数日前に行ったらギネス1パイントが、いつもは1000円のところ800円。明日もきたら750円になるうえに、17日の当日に700円になる券もあげちゃうっていうんで、まんまとつられてつづけて行きました。別に券がなくたって安くなるんだったんだけど。17日は平日でしたが友人と夜に行きましたので、たいそうなにぎわいでした(写真右)。券を引き換えるときに、名前とメールアドレスを書いてくれというので素直に書きましたら、店のおじさんはそれを眺めて「名前、なんて読むんですか」。素直に答えますと、「ほおお……」。何を考えているかはすぐにわかりましたので、「ふふふ」とだけ答えておきました。

(ももい るみこ)




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桃井緑美子(2004.5.1更新)



 平凡に過ぎていく日々に小さな事件が。びっくりしました。ショックでした。どうやらギックリ腰と世にいわれるものになってしまったらしいのです。

 ティッシュがなくなったので新しいのをおろそうとして、取出口の細長い楕円をミシン目にそってプシプシと押してたわけです。で、切りとった楕円をホイッとゴミ箱にすてた、その拍子。ピシーン……って。腰に激痛が走ったのですよ。立ったまま上体をほんのわずか前に傾けたか傾けないか、いや傾けちゃあいないという、たったそれだけのことですよ。

 バッタリ手を前についたら、痛くてそのままどうにも動けず……。え? なにこれ? 混乱する頭に浮かんだのは、「@どうしてこんなことで? Aなぜわたしが? Bそんな年でもないのに……?!」ギックリ腰というより、なんかもうガックリ。_| ̄|○

 よく重いものを持ち上げたからなんていいます。そういうこともままあるのでしょうが、でもちょっと背伸びしたとか、ふりむいたとか、クシャミしたとか、そんなことでもなるんだって。話によると、洗面台の前で歯磨きしていて、水の入ったコップを口にしたとたん、という人もいるんだって。もうビックリ。そんなものは重労働をしている人、激しい運動をした人、そうでなければ高齢者がなるものだと思っていましたから。そして、わたしはそのいずれにも該当しませんから。

 ひと口にギックリ腰といっても、いくつかタイプあるんだそうです。おもには、腰の捻挫――これは腰の筋肉が断裂して炎症を起こすもの。それからヘルニア――骨と骨のあいだのクッション(椎間板)が亀裂を生じたり、はみだしたりします。

 どうしてそんなことになるのか。腰の筋肉が鍛えられていないからなんだって。だから、総じて体を使う人や運動する人よりも、とにかくデスクワークをしている人がなりやすいんだって。知らなかったよ。認識不足。さあさあ、座業のあなた、気をつけて!

 なにしろ、締め切り前になると外に出ない日が何日もつづくことがよくあるという生活で、そのうちだんだん足が退化して、新生物になるんじゃないかとふと思ったりするくらいです。これはまずいんじゃないか、なにがと言われてもなんだとはわからないけれど、とにかく漠然とした不安を感じていたところに、女性は筋肉をつけておいたほうが更年期障害になりにくい、骨粗鬆症にもなりにくいという話をどこかで読んだもので、じつは去年、重い腰をようやくあげてジムに入会したのでした。お金が引き落とされれば意地でもいくだろう。ありがちな発想ではありますが、まあ、とにかくそう思っていたんですけどね。それも2か月弱。ぷっつり足が遠のいて、はや四か月。せめて健康だけは保とうと、ほそぼそ努力しようとしてもままならない。お金だけが口座から落ちていきます。そこにギックリ腰ですから。ホント、貧乏な翻訳者ってかわいそうです。

 不幸中のさいわいというか、それでも深刻な事態にはならずにすみました。_| ̄|○の体勢からそーっとそーっと起き上がり、その晩は上半身をねじらないようにして、ギクシャクしながらもとりあえずは動けました。歌舞伎の人形振りみたいね。翌朝起きてみたら痛みはだいぶ軽くなっていて、さらにつぎの朝にはほぼ完治。こーんなかっこうも、あーんなかっこうも、もう平気だもんね、というくらいに回復しました。すんでしまえば、ぎっくり腰なんかじゃなかったんじゃないの、と思いましたが、いや、ぎっくりではないにせよキックリ腰だとすかさず指摘されてしまいました。たしかに、いつまたひょんなことでなるかもわからないという恐怖は残ります。今回は大事に至りませんでしたが、つぎはスゴイことになるやもしれない……。こわい、こわい。ジム行かなくちゃね。

(ももい るみこ)








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桃井緑美子(2004.6.1更新)



Taro's Styleの店内
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ご近所探訪――その1

 自宅でいっさい料理をしないというのですからおのずとそうなるのでしょうが、新規食べもの屋・飲み屋を果敢に開拓している友人がいまして、その彼がどこかの情報源から見つけてきたバーがうちの近所にあります。ウォッカ・バー「Taro's Style」。1980年にジョン・ボーナムというドラマーが酒の飲みすぎで急逝したのですが、そのとき飲んでいたのがウォッカだったらしいのですね。だからなんだということでもないですが、ウォッカというと思い出すのね。

 Taro's Style はロシア帰りのタローさんが一人でやっています。あたりまえだけどジョン・ボーナムは関係ない。のですが、というか、ので、というか、なぜか、というか、壁にベタベタと貼ってある写真はブライアン・フェリー、70年代から80年代初めにかけて活躍したロキシー・ミュージックというロック・バンドのボーカリストです。ウォッカ・バーでいきなりこれはどういうことなんでしょうと思ったのでタローさんにきいてみましたら、20年も前でしょうか、とあるCMに出演していたフェリーを見て、「なんてかっこいい人がいるんだ」と一目で惚れこんだんだそうです。以来、ブライアン・フェリーはタローさんのヒーローになったようです。なものですから、流れている音楽はおもにロキシー・ミュージックです。

 よく見てみると壁の写真はほかにもいろいろ。007シリーズ(ショーン・コネリーとロジャー・ムーア)、レーニン、チェ・ゲバラ、ルキノ・ヴィスコンティ、ビョルン・アンドレセン。トイレにもいっぱい。オリビア・ハッセー、三船敏郎、ユマ・サーマン、ジュリエッタ・マシーナ、冨永愛。わかるような……でもよくわからない写真やカードがびっしり貼られています。水洗タンクにはこんな切り抜きの文字が。「危険な冒険に夢を追う……男ってバカだ」。なるほど、Taro's World を貫く精神はそれか。お店はなんとなくやわらかな、ほどよく落ち着いた雰囲気です。なにより、それだけ写真が貼ってあったり小さいフィギュアがおいてあったりするのに、しみも色褪せも埃もない。それがプロなのでしょうが、ていねいに手入れをしている清潔感が気持ちよさの鍵のようです。

 酒豪の開高健はこう言っていました。「コニャックでもスコッチでも、ウオッカ、ホワイトラム、テキーラ、極上品を全部飲んだ自信がありますが、そこで一言言いたいのはその極上品と言われるものには、全部共通した性格が一つある。それは水に似ている。とくに喉を通っていくときに水に似ている。いくらでも飲める」。こういうアルコール度の高い蒸留酒は「火酒」なんていわれますが、ウォッカの語源はロシア語の voda、なんと「水」なんだそうです。

 まさか水がわりというわけではなかったでしょうが、ジョン・ボーナムは40杯だか飲んで命を落としたという話です。ボトルで4本くらいになるのだろうか。大酒のみで有名でしたから、ストレートで飲んでいたんでしょう。わたしとしては、これまでよくお目にかかったのはカクテルのベースとしてでしたので、ストレートもしくはロックで飲むのは初めてでした。ウォッカはロシア革命後に亡命貴族が世界に散らばってから各地でさかんにつくられるようになったそうです。徹底的に蒸留して不純物をとってしまうかわりに、白樺の木炭などで濾すから味わい深いものができあがるのだそうです。開高さんによればポーランドのものがおいしいとのことで、タローさんのところで飲ませてもらったのは、ポーランドの誇るピアニスト「ショパン」の名がついていました。イギリスのものはニガヨモギ入りでした。ちょっと見ると墨のように黒いのですが、光に透かしてみると深い深い緑色です。イギリスの誇るドラマーの名は残念ながらついていませんでしたけど。

(ももい るみこ)






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桃井緑美子(2004.7.3更新)

 梅雨はいったいどこへ?と思うような毎日です。今日は日差しが強かったけれども吹く風はさわやかで、真昼間に出かけたわたしにはラッキーな1日でした。京浜東北線に揺られてぼーっとしていたら、出かける前に糠床をかきまわしてくるのを忘れたことにハッと思いだしてしまいました。家に電話を入れるまで気が気ではなかったね。

 去年、泉州水茄子というのを通販で初めてとってみたのですが、大きなお茄子が1つずつビニール入ってまわりに糠がたっぷりついていました。捨てるにはしのびなく、6個分の糠を集めて炒り糠とか卵の殻とかしいたけとか唐辛子などを足してちょっと様子をみたところいい感じの糠床になったんですね。うちの母は伝来の50年ものの糠床を大事にしていたのですが、あるときヤケになって捨ててしまったのです。ばかだね。

 いい感じになったはいいが、ご存知のとおり糠床は毎日底のほうからかきまわしてやらないといけない。夏なら最低でも1日2回。朝野菜を漬けて、夜食べるためにとりだせば自動的に1日2回になるのですが、漬け忘れたりするとあららということになってしまう。はっきりいって面倒です。わたしには。

 においはまったく気にしていませんが、かきまわすのを忘れちゃいけないと思うと緊張を強いられる。糠床の手入れはなぜしなくてはいけないんでしょうか?! 糠漬けに必要なのは乳酸菌です。乳酸菌といえばヨーグルト。このブルガリア乳酸桿菌は、空気の濃度が高いと生きていかれません。でも、ヨーグルトにはサーモフィルス菌が同居していて、こいつが空気大好きなので、増殖して酸素を消費してくれるため、乳酸菌の育成がたすけられます。乳酸菌のほうもタンパク質を分解してサーモフィルス菌に栄養をあたえます。共存共栄。菌にできて、なぜ人間にはできないのか……。

 さて、糠床にも乳酸菌のほかにいろいろな微生物が住んでいる。かきまわさないと糠床をダメにしてしまう犯人は酪酸菌とか産膜酵母などです。酪酸菌は酸素があると生育できず、産膜酵母は酸素をたくさん必要とする。とすると、こいつらが共存共栄して悪さをするのでしょうか。酸素にふれると酪酸菌にはつらい環境になっても、産膜酵母には天国になってたすけあっているのか? いや、それならなぜ糠床はかきまわすのが(酸素にふれさせるのが)いいのか? これはわたしの推理ですが、産膜酵母は酪酸菌を餌にしているにちがいないのです。糠床をかきまわして酪酸菌が減ってしまうと、産膜酵母としては空気があるのはうれしいが餌は乏しいということになるのでしょう。そうして糠漬けに肝心要の乳酸菌は、空気にふれても生育に影響はない。ひとり健やかだ。これは確かです。ここがヨーグルトの乳酸菌と違うところ。乳酸菌といってもいろいろよ。かくして、かき混ぜることで悪者(産膜酵母と酪酸菌)は滅び、いい糠漬けに必要な菌(乳酸菌)だけが生き残るわけです。すごい! 菌の世界! 

 NHKで糠床のつくり方というのをこの前やっていたのでちょっと見たのですが、材料(糠と塩水)とつくり方(まぜてしばらくおく)を紹介して、あとは手入れしろ(かきまわせ)というだけ。糠床の手入れはなぜしなくてはいけないんでしょうか?!という疑問にはまったく答えてくれない。工夫もなけりゃ、知恵もない。そんなんじゃ菌に負けてるよ、NHK。


(ももい るみこ)






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桃井緑美子(2004.8.3更新)

 「ウドーがやるからにはゴージャスに」がモットーのウドーのロックイベントが、はた迷惑な36歳に「オレのロックと違う!」 とあわや妨害されそうになりながらも無事に終了し、その1週間後、日本のロックフェスの草分け的存在であるフジロック・フェスティバルが開催されました。そして、ここでも笑っちゃうようなハプニングがありました。

 フジロックでは、複数あるステージのうち、いちばん大きいグリーン・ステージの最後に出演するミュージシャンが「トリ」と呼ばれます。真打ちですね。ところが今年は最終日のトリ、すなわち大トリが本番直前にキャンセルになってしまったのです。代わりは誰だ? うわさや憶測が飛び交いました。演奏をする=仕事をするために来日する外国人ミュージシャンは観光ビザでは入国できず、取得に時間のかかる就労ビザが必要なんだそうです。フェス開催まで2週間とせまっていては、別のミュージシャンを探して準備してもらうのは到底ムリ。そこで注目されたのがフジの前週に開催されたウドーのロックオデッセイ、もしくはフジの翌週に予定されているサマーソニックの出演者でした。

 まず、フジ出演の話があったけれどウドーにさらわれたレッド・ホット・チリ・ペッパーズはどうか。しかし、この説はたんなる期待にすぎなかったようです。そこへ、エアロスミスに決定!という話が飛びこんできました。これもゴージャスなウドーの出演者ですが、なにしろ初日に登場したときにギタリストが「ハロー、フジロック!」と思いっきり叫んでしまい、ご丁寧に翌日にもステージを去るときに「また会おう、フジロック!」と言い残したというのです。フジの大トリをキャンセルしたモリッシーは以前ザ・スミスというバンドにいましたから、スミスはスミスでもエアロスミス?なんてアホなことも言われましたが、結局、ハローフジロックと言ったのはホントだけど、また会おうフジロックは聞きちがいと判明し、エアロスミス説はポシャりました。そして、もう一つ浮上したのがザ・ミュージック説でした。前の二者ほど大物ではないけれど、昨年、一昨年とフジロックに出演した彼らはフジが大のお気に入りで、今年は翌週のサマーソニックに出演予定ですが、早めに来日して客としてフジを楽しむことになっていたからです。かなーり可能性を感じさせる説ではありました。

 さて、フジ主催者は「代わりは当日発表」で押し切り、本番に突入。1日目、2日目が過ぎ、最終日も発表がないままとうとう大トリ前のバンドが終了してしまいました。そして「代わりはこれでせいいっぱいだった」という主催者の言葉のあとに登場したのは、なんとスミスのコピーバンド……。

 怒る人、苦笑いする人、楽しんじゃう人、そもそもトリに関心がない人といろいろで、みながみな落胆したわけではなかったようです。でもね、なにかサプライズがあるかのように発表を引きのばした主催者、ちょっと反省したほうがいい。シャレとして受け流す内輪ノリの善意があって当然かのような態度はいただけない。ほかに見たいものがあるのを諦めて待っていた客、そうでなければお客がもっと集まったはずの他ステージのミュージャン、なによりブーイングされても当然のステージにあえて上がってくれた当のコピーバンドに失礼というものでしょう。

 ところで、フタを開けるその瞬間まで、苗場のフェス会場ではザ・ミュージック説がまことしやかにささやかれていました。かくいうわたしもそんなことはあるまいと思いながら、なにしろ彼らは会場にきているのだ、と期待する気持ちがどこかにありましたね。しかもトリ前のバンドが終わったあとトイレ待ちの列にならんでいたら、前にいた男の子に「ボク、関係者からほんとうのこと聞いたんです。ミュージックなんですよー」なんて聞かされちゃうし。こいつ、まゆつばと思いつつ、もしかして……なんて。バカですねー。うーん、でも、演奏もせずに会場をふらふらして五平餅なんて食べているザ・ミュージック、きみたちがいちばん悪いよ。

(ももい るみこ)






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桃井緑美子(2004.10.9更新)

アイルランドへ行きたい――ロンドンにちょっと寄り道の巻・前編

 9月。友人の急な誘いにのってロンドンに行ってきました。

 初日はロンドン観光の王道をいこうと決めました。旧王立天文台と海洋博物館のあるグリニッジを目的地に、往路はテムズ河クルーズ船に乗っていけば、ニュー・ミレニアムに向けて大々的な都市開発が進んだ新ロンドンの景観が船上から眺められるという一挙両得な計画です。

 2階建てのクルーズ船は、青空に白く映えるロンドン・アイ(大観覧車)の対岸、ビッグ・ベンの足元のウェストミンスター桟橋を出発。右手にオクソ・タワーやテイト・モダン・ギャラリーなどの新しい建物を、左手にセントポール寺院やロンドン塔など歴史的建造物を見ながらミレニアム・ブリッジとタワーブリッジをくぐると、その先は開発地区のドッグランズ。高級そうなマンションがにょきにょき建って、ロンドンってこんな景色だったっけと思っているうちにグリニッジ桟橋に到着します。1時間ちょっとの船旅を終え、向かえてくれたのは快速帆船〈クリッパー〉カティ・サーク号でした。

 ここで読んでためになるエッセイを目ざし、カティ・サーク号の歴史。
 リチャード2世の時代に発布されて以来、とくに17世紀に重商主義政策の一環としてイギリスの経済を守ってきた航海法が1849年に廃止されたのを機に、アメリカのクリッパーが中国貿易に参入しました。当時、中国の茶をロンドンへ運んでいた船はティー・クリッパーと呼ばれました。上海や福州などの港でその年最初に収穫された紅茶葉を積み、アフリカ大陸の南端をまわって100日前後でロンドンへもどります。鮮度が重視される新茶は、ロンドンに早く到着するほどそれだけ高値で取引きされました。

 こうしてティー・クリッパー・レースと呼ばれる烈しい競争が展開されるようになったのですが、当初ここで勝利したのはアメリカ船。なにしろクリッパーは、植民地時代のアメリカで密輸船として造られたのがその起こりというのですから。イギリス人にとっては大いなる屈辱でした。しかし、アメリカで南北戦争が勃発するとイギリス船の時代になります。レースでは、ケントの海岸に見張りが立って最初にもどってくる船を待ちかまえ、到着の知らせがロンドンにとどくと、群衆がロンドン港に走っていって船を迎えたそうです。その時代に、サーモピレー号に対抗すべく建造されたのがカティ・サーク号でした。

 その勇姿をごらんください。いかにも大洋をすいすいと走りそうなスマートなシルエット。現在、なかは博物館になっています。ここの日本語パンレットの文章は、日本の中高生のものなんだそうです。なんでも、イギリス海事保存協会から読売新聞あてに、日本の十代若者の手で公式説明文を翻訳してもらえないかとの依頼の手紙がとどいたそうな。採用者には博物館へのスペシャルパスと、カティ・サーク号のキーホルダーを贈呈するとのこと。うーん、安くあげたねって感じですよね。ただし、博物館は前に見学したことがあるので今回の旅行では割愛。よって、若者の翻訳文は読めませんでした。

 しかし、期待されたカティ・サーク号は思いのほか活躍していません。有名な1872年のレースでも、じつはサーモピレー号に負けています。ロンドンに茶を運んだのもわずか8回。そして、1879年にはオーストラリアの羊毛を運ぶウール・クリッパーに転身してしまいました。スエズ運河の開通によって、クリッパーそのものが中国茶航路の主役の座を蒸気船に奪われ、使命を終えたからでした。それでもカティ・サーク号は人気者。外国船籍になっていたのを1922年に買いもどされ、イギリスに帰ってきたのでした。巷はカティ・サーク帰還の噂でもちきり。ちょうどそのころつくられた新しいウィスキーの名前にもなりましたとさ。

 ああ、なんか旅行の話はどっかに行っちゃった。次回は今度の旅行のハイライトをご報告します。ちなみに、写真は海洋博物館のショップで買ったマイお土産のエリちゃんマグカップ。もってけドロボウの半額でした。

(ももい るみこ)






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桃井緑美子(2004.11.3更新)



アイルランドへ行きたい――ロンドンにちょっと寄り道の巻・後編

 イギリスのジョージ4世(在位1820〜1830年)という人は、とんでもない王さまだったようです。逝去した翌日の新聞に「誰が彼のために涙を流しただろうか」と書かれたとか。死んでまで酷評です。

 ハノーヴァー家はもともと放埓者の血筋だったようですが、そこにジョージは叔父から飲む・打つを仕込まれて才能を開花させてしまったらしい。皇太子時代から放蕩のかぎりをつくします。女優に熱を上げて金や宝石を雨あられと贈るわ、恋文をネタにゆすられるわ、結婚しても妃と別居して愛人と同棲するわ、美術・文学のパトロンを気どって湯水のごとく金を使うわ……そんなこんなでつくった借金は国庫から返済されたりもしたのですから、国民には不人気もいいところです。それでも平気の平左、気の弱い父王ジョージ3世が心労ゆえに精神に異常をきたしてもそしらぬ顔。父親が国王としての務めをついにはたせなくなると、皇太子ジョージはよろこびいさんで摂政になります。ほかにいなかったんでしょうか(兄弟そろいもそろって同じようだったので、ホントにいなかったらしい)。派手な式典を催し、「父王が病気なのに式典でもあるまい」と国民に白眼視され、国王になったときも絢爛豪華な戴冠式に不仲の妃を出席させず、「女房はどこへ行ったんだ」と市民から罵声を浴びる始末。さすがに政治への介入は拒絶され、その不満を解消するのにまた金を使って……。
 摂政皇太子は英語でプリンス・リージェントといいます。ロンドンの有名なリージェント・ストリートとかリージェント・パークとか、リージェントとつくものはこの人の道楽でつくられたもの。イギリスでは1世から4世までジョージ王の時代が4代つづき、この時代の建築や室内装飾や家具はジョージアン様式と呼ばれます。ローマのパラッディオ主義からエトルリア、ギリシア、エジプト、中近東ときて、さらにはロココ趣味に中国趣味やゴシック趣味などが採りいれられました。その折衷趣味の極みがジョージ4世の時代。これまたとくにリージェンシー様式と呼ばれます。ジョージ4世は皇太子時代に建築家ジョン・ナッシュ(バッキンガム宮殿の設計者)を起用して、南岸の町ブライトンに大金をそそいで離宮を造営しました。もちろん、そのロイヤル・パビリオンはいまも残っています。
 見てきました。外観はなんとなくアラビアン。なかはコテコテの怪しい中国趣味。なんだこりゃって感じです。つくらせたご本人は完成した離宮を見て、その見事さに思わず涙を流したというのですが、そしてたしかにお金も人手もかかっているのはありありと見てとれるし、その意味では「さすが王さま」なんて妙に感心させられたりもするのですが、そのつぎのつぎの王にあたるヴィクトリア女王は「ヘンテコリンな中国趣味」は好きになれず、しだいにこの離宮を使わなくなったと説明が書かれていました。内部の写真撮影はできなかったのですが、映画『ことの終わり』の最後のほうに、ブライトンを旅行した主人公2人がこの離宮を見学するシーンがあります。ただし、夜のシーンなので内装ははっきり見えず。ま、そりゃそうでしょうね。
 さて、わたしがブライトンを訪ねたのは、このどことなくくたびれた洋風熱海の風景を見たかったからではありません。写真のとおりのピカピカの天気にクタビレ感は打ち消され、町はまずまずの印象ではありましたが、この日の主たる目的はセブン・シスターズという断崖を見にいくこと。ブライトンから海岸沿いをバスに揺られ、ここかここかと目を皿のようにしていたのに、降りそこねていつのまにやら終点に着いてしまい、引き返したはいいけれど降り立った停留所の周辺にはなんにもない。看板を見つけて、どうやらこっちのほうらしいという方向に歩きだし、羊と牛が突っ立っているなかをてくてくと30分くらいでしょうか。ドーンとありました。こんなに白いとは思わなかった。ほんとに白い崖だ。ホワイトクリフだ。晴れててよかった。見にきてよかった。映画『さらば青春の光』で、主人公がバイクに乗ったまま飛びだす白い断崖、あれってこのあたりかな。ブライトンから走っていったんだものね。

 写真は今回のマイお土産第2弾の「マグネティック・モナークス」。イギリス歴代王のマグネットを系図にそって冷蔵庫にくっつけながら、歴史のおさらいをしましょうというもの。わがジョージ4世はどこだ?

(ももい るみこ)








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桃井緑美子(2004.12.4更新)






ラム(17才)










ジャクリーンは17歳で、アニーも17歳みたいな気分だそうですが、じつはうちのラムちゃんもこの10月でめでたく満17歳になりました。ラムちゃんというのは、実家の猫であります。これまでうちにはいろいろ猫がいましたが、17歳まで長生きした子は初めてなので、よろこびもひとしおです。

 調べてみたら猫の年齢換算表はおもに2種類あるようで、主流らしいほうによると、猫の17歳は人間にすると84歳、もう一つのほうによると91歳とのことです。でも、実際のところは非主流のほうに近いんじゃないかと思います。だって人間の84歳って、別にめずらしくない。横浜市の長寿番付表には100歳を超えないと載りませんからね。9月の敬老月間に市長がお祝い訪問するのだって、100歳以上。猫の17歳も希少動物なみにまれというわけではないでしょうが、市から表彰されるくらいには長寿なのです。

 かかりつけの獣医さんから長寿猫として推薦しましたという連絡が事前にあり、へえ、何してくれるんだろう? と桃井家家族一同でのんびり待っていたところ、先日、祝いの品が届きました。待ちに待っていたわけではないけれど、なにしろ初めてなので興味津々。チェックの包装紙をはがしてみると、箱からでてきたのは写真ホルダーでした。ちょっとがっかり。ふつうすぎる。しかも猫が使うものじゃない。と思ったのですが、うちの母親はよろこんでいました。まあ、歴代猫の写真でも入れなさい。

 そういうわけで、写真ホルダーは人間によろこばれた。しかし……。一緒に届いた表彰状、これはもっとふつうすぎる。これを額に入れて飾る家がいったい何軒あるのだろうか。いかにも表彰って感じだけれど、だったら表彰式でもやったらどうよ。市長がじきじきに自宅にやってくるか、あるいはせめて使者かなんかをよこして、表彰状を読みあげ、おごそかに手わたす……文面は以下のとおり。

                 表 彰 状

     飼い主 桃井可也 様
     愛 猫 ラム(17才)

   貴方が、長年にわたり、動物愛護の精神に基づき家族同様の愛情をもって
  適正飼育されていることは、他の手本となるところであります。
  その努力をたたえここに表彰します。
                        平成16年10月30日
                   金沢福祉保健センター長 塚本光俊
                   金沢区獣医師会会長   新行内誠
 なんだ、表彰されたのはうちの父親じゃないの。表彰する人は獣医師会会長だし(しかも市じゃなくて区だし)。医者につれていくのも、お金払うのもの飼い主ってことなのね。長生きしてるのはラムちゃんなのに。なんかなー、もっとシャレをきかせてくれるといいのになあ。いまいちだよね。

 ところで、先日あるパーティに出席し、初めて会う人たちとおしゃべりしていたところ、そのテーブルを囲んでいた全員が猫好き、もしくは猫を飼っているということが発覚。ほのぼのとした気分で帰ってきました。

(ももい るみこ)