【Swan Song】バックナンバー 2007年  桃井緑美子(ももい るみこ)   

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Swan Song

桃井緑美子(2007.1.2更新)













 ずいぶん前から読もう読もうと思っていた舟橋聖一の『新・忠臣蔵』。ようやく全巻入手し、昨年11月末に読了した。なんといっても面白いのは、吉良邸討入りの目的が私憤を晴らすことではなく、公儀に対する反逆だという点。そして豊富な史料と考証をもとに、発端から義士切腹の後まで事件の全容を物語性ゆたかに綴っている点。
 歌舞伎にしても映画やドラマにしても、赤穂浪士といえば「忠義の士」というのが相場。『新・忠臣蔵』は、将軍綱吉と側用人の柳沢吉保を中心とする政府の腐敗を批判するための行為だったとする。浅野内匠頭長矩が江戸城松之廊下で刃傷におよんだ動機は、たんに吉良上野介にネチネチと意地悪をされたことではない。それは引き金になったかもしれないが、山鹿素行の思想に共鳴していた清廉潔白な内匠頭には、賄賂を当然のものとし、華美に走る政府役人の堕落を許せないという気持ちが心の奥底にあった。その不満が吉良に対して爆発したのだ。
 大石内蔵助は亡君のその心を汲んで討入りを計画した。内蔵助という人は女好きではあるけれど、すごい人物だ。幕府への抗議を目的とし、浪士たちに討入り参加を強制せず、あくまでも各々の自由意志にまかせた。討入りまでの1年10か月に、思想の違いから離反する者、初志が鈍って脱落する者が大勢でても、冷静さと忍耐と寛容と統率力をもってついに本懐をとげる。それで辞世の句が、「あら楽し 思いは晴るる身は捨つる 浮世の月にかかる雲なし」なのだ。う〜ん。
 全八巻を読み終えた翌月の12月には、真山青果の『元禄忠臣蔵』第三部を国立劇場に見に行った。さらに、高輪で友人との忘年会があったついでに泉岳寺へも行ってきた。浅野内匠頭長矩と奥方の瑶泉院の大きい墓があって、その横に義士の墓が並んでいる。名前が全部書かれているのでみんなわかる。一つずつ確認してきた。寺坂吉右衛門の墓もちゃんとあった。寺坂吉右衛門は吉良の首級をあげたあと、討入りの顛末を世に伝えるために隊列を離れた。だから切腹したのは四十六人。参詣したのは夕方ぎりぎりの時間だったけれど、ほかにも四、五人の人がいた。奥さんにいろいろ説明しているおじさん。「これは誰々のお墓だ」と囁きあっている若いカップル。みんな何かきっかけや思うところがあって来ているのね。忠臣蔵づいた年の瀬になった。
 ついでながら、お正月には『忠臣蔵 瑤泉院の陰謀』なんてドラマをつい見てしまった。御政道の過ちを正すという大儀のもとに吉良を討ったという点は『新・忠臣蔵』と共通していたものの、茶屋遊びをする大石の褥に瑶泉院が忍びこみ、そうと気づいた大石もちょっと驚いただけだなんてあんまりだ。未亡人と同衾しておいて、亡君の恥辱を払うもなにもあったものじゃないよね。
(桃井緑美子)







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桃井緑美子(2007.2.2更新)













ご近所探訪――その3

 ひさしぶりだ、ご近所探訪。

 ここに引っ越してきて間もないころ、友人がこのあたりにロックバーがあるというので一緒に探してみた。このへんだったはず、という一帯のビルをいちいち見て、かなり念入りに探したけれど見つからずじまい。それもそのはず、ちょうどその直前に近くに移転したところだった。その後、何かのきっかけでたまたま遭遇し、ドアに掲げられた看板(?)を見て、ハハ〜ン。以来ときどき顔を出している。

 そのむかし、レッド・ツェッペリンが設立したレーベル、スワン・ソングから第3弾として77年に送りだされたディテクティブというバンドがあった。メンバーは元シルバー・ヘッドのマイケル・デ・バレス、元イエスのトニー・ケイなど。そのロックバーの常連のMさんが自分のファーストアルバムを店にもちこんでいて、何十年ぶりでしょう、ひさしぶりに聴かせてもらった。そのうち2曲はLZのボンゾがドラムをたたいているって! うひゃ、知らなかった、LPもっていたのに……。とまあ、新しい発見もいろいろある。

 このお正月に実家に帰ったときに、思いたって物置を探索してみたところ、あずけておいた、しかし捨てられているかもしれないという不安もあったLPレコードを発見した。こんなの買った憶えがないというものがあったり、もっていたはずと思うものがなかったり。まあ、いずれにしても、かぎられたお小遣いをにぎりしめてちょっとずつ買っていたんだから、定番が多くてたいしたものはない。友だちがもっているものは避け、1枚買うのに悩み悩みして。で、そのなかにありました、ディテクティブも。

 Mさんのディテクティブは、半年前にU号店ができたときにマスターがそっちへもっていったというので、先日T号のほうに発掘してきたわたしのLPをほかの数枚とともにもちこんだ。あともうちょっともっていっちゃおうかな。押しつけになってもいけないので、ちびちびとね。友だちがLPをもっていてテープにしてもらったアルバム、もう少し聴いてみたいと思いつつ突っんでいく間もなく時代が移ってしまったバンド、××と同じようなもんだろうと決めつけて聴かなかったバンド、等々がそこでは聴ける。やっぱりスゴイ!とあらためて感心するものあり、これはマストでしょうってことでCDを買いなおしたものありで、おかげでマイ・ミュージック・ライフに彩りがくわわる。最近はキング・クリムゾンのレッドの緊張感にはまってます。

(ももい るみこ)







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桃井緑美子(2007.3.2更新)










ある日の日記から……

 大学時代に落語に関心をもったころ、好きだと思ったのが志ん朝と小三治。しばらくしたのち、長らく落語を聴かずにいるうちに志ん朝師匠が2001年に急逝し、二度と聴けなくなってしまった。それが動機になって落語聴きを少しずつ復活させた。
 このたび、その志ん朝師匠の高座の録画映像を上映する小さい会が新宿区の某所で催されると聞きつけ、はせ参じる。CDは出ているが、DVDはない。今後も出ないかもしれない。だから貴重な機会なのだ。「志ん朝さんの落語を見たい人たちの会」。うごく志ん朝師匠を二十余年ぶりに拝見。

古今亭志ん朝「愛宕山」(テストラン)
古今亭志ん朝「宿屋の富」
−仲入り− (「鰻の幇間」と「黄金餅」を音量さげて少し)
古今亭志ん朝「文七元結」

 会場に到着すると機材のテストに「愛宕山」がかかっていた。「ああ……しんちょうさん」と思わず一声。幇間の一八がヒイヒイ言いながら山を登っている。CDで聴くとかならず大笑いしてしまうところだ。なるほど〜と思うと同時に吹きだしてしまったのは、「かわらけ投げ」に初挑戦した一八が顔をぷるぷるっと揺らすところ。一八がやると縁を欠いていないので飛んでいくかわらけが揺れてしまう。それを目で追うから顔がプルプルッとなるのだ。ああ、これはおかしかったねえ。やっぱり落語は目と耳の両方で楽しみたい。
 落語は不思議だ。わかりきった噺を何度も聴く。つぎはああ言うよ、と思って待ちかまえ、わあ、言った、言った!と大笑いする。「宿屋の富」だと、「少しは疑るがいいじゃないか」とか、「子の、千、三百、六十五番……当たらないもんだねえ」とか。うまい人(で好きな人)だとそれが楽しくてしょうがない。その人があの言い方でそう言うのが聴きたいんだね。それが落語のいくつもの楽しみの一つ。志ん朝師匠は稽古の虫だったというが、噺を聴いていると、稽古して稽古して稽古したあげくの高座とは思えない。生まれたとたんにもうできちゃってたんじゃないだろうか。そんなふうに思えるほど。明るくて、華があって、こまやかで、正攻法。そしてきれい。きたない落語は見たくないとこの日しみじみ思った。
 最後は「文七元結」。なんと78分の長編、熱演だ。この噺には納得できないところがあるという人もいるようだが、CDで志ん朝師匠と小三治師匠の文七を聴くと、それぞれの話のもっていき方、人物の描き方にいつも感心させられる。小三治師匠のは長兵衛が佐野槌のおかみに呼び出されたシーンが、志ん朝師匠のは長兵衛が文七に五十両をやると決心するシーンがわたしは好きだな(ほかにもいろいろあるのは言うまでもなく)。今日は映像があったおかげで表情やこまかなしぐさがよくわかり、いっそう胸に迫るものがあった。感無量。
 今日の会が実現したのは、テレビ放送された高座を個人的に録画した秘蔵のビデオを公開してセットアップまでしてくれたKさんのおかげ。明日からまた映像なしの音声のみだ……。かくなるうえは第二回以降を楽しみにするしかない。金毘羅さまでもお不動さまでも、お好きなほうにお願いしますので、Kさん、またよろしくお願いいたします。

(ももい るみこ)







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桃井緑美子(2007.7.2更新)







「みずの実のごま和え」というメニューをお蕎麦屋で見つけて食べてみた。ネックレスみたいに、茎にツブツブがついている。要するに山菜なんだけど、シャリシャリしていて、このツブツブを噛むとオクラみたいに少しぬるっとする。おいしい! ぬるぬる好きのわたしはお気に入り。

 うちに帰ってちょっと調べたら、秋ごろ「みず」の葉と茎のつけ根あたりが赤く膨らんできたのが「みずの実」。地面に落ちるとそこからまたみずが生えるんだそうだ。草のほうも食べるらしい。東北ではふつうなのね。東北出身者が一緒だったのになあ。知らないって言ってたなあ。

 それよりもN氏はお酒のほうに気が行っていたにちがいない。その前にこのお店にきたとき、ご主人から友人の息子さんが田酒の蔵を借りてつくったお酒がもうすぐ入ってくると聞いていたのをちゃんと憶えていた。ご主人にたずねてみたら、入ってました。しかも名前は「康」。N氏、感激。誕生日でもないのに、なんかラッキーだわ。

 でも、これってなんて読むんだろう。やっぱり「コウ」しかないよね。まさか「やすし」じゃないよね……と話したんだけれど、これもあとで調べてみたら「やす」だそうよ。ヤフオクでは1升1万2000円だって。うひゃ。

 このお店、じつは以前にこのページで紹介したお蕎麦屋さん(2005年1月)。テーブル3つの小さいお店が繁盛して駅に近いところに移転、広くなった。お店の雰囲気はあのころのほうが好きだけれど、飲食店激戦区のこのあたり、いつの間にかなくなってしまうお店も多いなか、けっこうなことでございます。

(ももい るみこ)







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桃井緑美子(2007.10.3更新)









 去年は咲かなかった月下美人が咲いてくれた。それも3ついっぺんに!

 気まぐれなご婦人は、しらんぷりして花を咲かせない夏があったかと思うと、秋になってお慈悲をくださることもある。今年は植えかえをしたときに家人がこっそり秘密の栄養をさしあげたので、若返ったらしい。

 それから2週間と少したった8月8日、もう一度、大輪が1つ咲いた。それはそれで静かな美しさ。心ゆくまで楽しんだ。

 それが9月に入って、今度は6つも蕾をつけた。ことのほか暑かった夏が衰えてきたお彼岸に、そのうち5つが一度に開花した。もう1つは1日遅れで。

 柳家さん喬さんによると、美人薄命という言葉はこの月下美人に由来するという。夜8時くらいから蕾がほころびはじめ、1時間ほどで開ききると、ひんやりと冷気を漂わせているかのような涼しげな姿が暗がりのなかに浮かびあがる。よい香りがあたりを満たす。ため息がでるようなその美しさは一夜かぎりのもの。翌朝、花はしおれてだらりと垂れさがる。痛ましいけれども哀れではない。どこかすがすがしさを感じるのだ。

 こんなに咲いてくれてありがとう。
(ももい るみこ)







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桃井緑美子(2007.12.3更新)


アプティバ


コンデンサ


コンデンサ2
ある晩、外出から帰ってきてパソコンを立ち上げようとしたら、愛機アプティバ2号は立とうとして立ち上がれず、ついに息を引きとる。3日ほど前から咳きこんでいて、様子がおかしかった。わが家の優秀なシステム管理者はいつもよりマメにバックアップをとってくれてあり、ガトーネグロ(予備のラップトップ)に移してモニタとキーボードを接続。

どこからか引っぱり出してきた予備のキーボード、ふがふがして使いにくい。すでに買ってあるデルの新しいパソコン(クロちゃん)をタイミングを見計らってセットアップするまでは、しばらくこれで我慢しなくちゃ。

この話を聞いた友人は、IBMの名機といわれたアプティバの名を21世紀に聞くなんてと驚いた。十数年前に買って以来、一度もわたしを困らせたことがなかった。最期も穏やかだったなあ。

数日後、わが家の優秀なシステム管理者が死体解剖をしたところ、マザーボードのコンデンサが焼けていたことが判明。そういえばあの日、なにか焦げ臭いようなにおいが一瞬して、台所の火を確かめにいったりしたんだった。

秋葉原で買ってきた1個60円のコンデンサ。これを十数個とり換えたら、アプティバくんはラザロのように生き返った。3日間の通電試験に合格。おめでとう。よい子だね。フロッピードライブはもう使わないからいいけれど、CDドライブもガタがきているので、これからは補助として余生をのんびり暮らしてもらおう。長生きしてね。
(ももい るみこ)