【Swan Song】バックナンバー 2008年  桃井緑美子(ももい るみこ)   

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Swan Song

桃井緑美子(2008.1.7更新)

 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 と挨拶しておいて、お正月から暗い話になってしまって申し訳ありません……。

 一階のこの部屋の庭先に姿を見せる猫は一時期十数匹いたが、そのなかでいつからかミケが毎日ごはんをもらいにくるようになった。
 顔つきからして根っからの野良らしかった。両方か片方なのか、耳がかなり悪い。ごはんを食べている頭の上でシャッターがガラガラと大きな音を立てても、驚く様子がなかった。むこうを向いてごはんを待っているときに声をかけても気づかない。それでも、ときどき現われる雄の縄張り侵入者を果敢に撃退して、自分の場所を守った。わたしたちにも初めは警戒を解かなかったが、やがて顔なじみになると首や背中を触らせるようになった。夜、家人のつくった猫センサの緑色のLEDが点灯する。猫缶とお水を出してやる。ミケちゃん、うちの子になればいいのに、とよく言って聞かせたけれど、一度か二度、おっかなびっくり部屋にあがったきりだった。
 このあたりの猫たちに毎朝ごはんをやりにくる猫おばさんがいる。ゴミ出しをする家人と顔が合って立ち話することがたまにあり、ミケが触らせてくれると彼が話すと、おばさんは、まあ、と驚いたようだった。ある日の夕方、表の路地で捨てられた茶トラの雄猫をかまっていたわたしに、よろしくお願いしますと声をかけてきたおばさんがいた。きっと同じ人なのだろう。
 この月曜日の朝、家人がひさしぶりにおばさんに会い、ミケが死んだと聞かされた。駐車場で車にぶつけられて死んでいたという。ミケはしばらくうちに姿を見せていなかった。十二月に入る少し前からだったか。なにか嫌な予感がしていた。酷く暑かったこの夏の終わりころにもしばらくこなかったことがあったが、そのときはあまり心配しなかった。案の定、やがてまたやってきたミケは食欲旺盛で、どうかすると夕方から夜中にかけて二度も三度もごはんをもらいにきた。姿を見せなくなるついこのまえまでそうだった。
 おばさんは十三年もミケの面倒をみていたという。駐車場で倒れているミケを見つけ、府中のお寺へ連れていって荼毘に付した。位牌ということなのか、ミーちゃんと書かれた札のようなものを家人に見せてくれた。彼に会うまで持ち歩いていたらしい。
 ゆうべ夜中に帰宅したとき、外は冷たい雨が降っていた。でも、ミケはもう寒くない。わたしはミーちゃんと書かれた紙の位牌を思い浮かべる。最後にミケに会ったのがいつだったか、覚えていない。
(ももい るみこ)







Swan Song

桃井緑美子(2008.2.3更新)





クーラ・シェイカーのライブへ行ってきた。単独ライブはひさしぶり。去年のライブはフジロックだけだった。でもときどき無性に行きたくなる。再結成クーラ・シェイカーは一昨年と昨年のフジにつづいて3度目。

再結成ものには二の足を踏んでしまう。解散前と同じくらいにはなっても、それ以上にはならない。わたしの偏見かもしれないけれど。2月に再結成ポリスが来日する。限定グッズ付プレミアムチケットとやらが3万円だって。なんだかガッカリしちゃった。怒らなくちゃダメじゃない、スティング。先月、リオでのライブ映像を見たのでそれでいいことにした。アンディはちょっと頼りなかったけど、スティングは健在で、フォローしていたね。いいライブだった。

年末になって友だちに「やっぱり行かない?」と誘われて、行っちゃおうかなと心が動いた。でも、まだチケットがあまっている追加公演日は落語の予定が入っていた。ちょっとほっとしたりする。縁がなかったんだね。ポリス現役時代にも、チケットを買ったのに身内に不幸があって行かれなかった。スティング単独は何度も見たけれど、これでポリスは見ずじまいだろう。

再結成といえば、レッド・ツェッペリンが先ごろ大きな話題になった。このバンドも、出会ったのが来日直後だったので一度も生で見ていない。あのころ、うごくツェッペリンが見たくて、ライブ映画「狂熱のライブ」を映画館へ3回ずつ3回見に行った。のちにビデオなんてものが出てくるとは思っていなかったころ。

再結成ツェッペリンは、わたしの(そして世間の)不安をよそに評判がいい。初めは一日かぎりと聞いていたのに、どうやらツアーがあるらしい(ほんとかな)。非公式の映像を見たところ、はじめの一、二曲はいまひとつのようだったが、そのあとよくなった。来日したら行ってみようかと思う。たぶん最初で最後だろう。でも、一度も見なかった一番好きなバンド、というのでもいいかもしれない。どうしたって、ボンゾ(ドラマーね)はいないのだし。

クーラ・シェイカーはピンポイントでわたしのツボを押してくる。今回のライブでは新曲と以前の曲とをバランスよく混ぜていた。新しいアルバムは前よりも濃度がうすまったが、それはそれでいい。できるだけ長くやってほしいな。うしろのほうの真ん中あたりで見ていたが、きれいな音だった。でも、音量が物足りない。爆音でやる時代ではもうないんだなあ。
(ももい るみこ)







Swan Song

桃井緑美子(2008.4.3更新)









三月最後の土曜日。外出先の三鷹で用事がすむと、同行の友人が深大寺のほうへ行ってお蕎麦を食べようと誘ってくれた。深大寺の近くには、噺家の柳家喬太郎プロデュースの「時そば」を模した蕎麦屋がある。その名も「大當りや」。「時そば」とは、そばの代金十六文を小銭で払い、途中で「いまなんどきだい」とたずねてちょろまかす、誰でも知っているあの噺。

おりしも桜は満開。桜の道をのんびりと歩く。空はわずかに霞んでいる。やや肌寒さを感じる花の春の夕方の空気。車の行き交う道路っぷちを歩くのは無粋ではあるけれど、少し目を転じると遠くの野にも桜が咲いている。武蔵野の桜。

30分も歩いただろうか。深大寺参詣の石塔が立つ角で右に道を折れると、茶店や蕎麦屋やみやげ物屋がぽつぽつと並ぶ。

大當りやは水神苑という割烹・懐石料理屋の敷地の角にある。テーブル席が二つほどの、葦簾でかこった小さいお店。喬太郎プロデュース云々という説明書きが貼り出され、小三治の「時そば」が流れている。

喬太郎さんは学生時代に銀座の椀やという居酒屋でアルバイトをしていた。話好きな大當りやのおじさんは、そこで五年ほど喬太郎さんと一緒に働いていたという。やっぱりあのころから上手だったよとしきりにいう。わたしたちが喬太郎を知っていて訪ねてきたことがうれしいようだ。友人が喬太郎の表紙の東京かわら版(寄席情報誌)を見せると、さっそく本屋に買いに行くと言う。

椀やは水神苑の落語好きな社長が出していた店らしい。いろいろな噺家を呼んで店で落語会を催していた。小三治もきたそうですねとおじさんにたずねると、あのときはすごかった、あまりにも人がたくさん入ったので、三回に分けてお客さんを入れ替えたとおじさんは言った。平成二、三年のころだったかな。

五十を過ぎて銀座まで通うのかと思ったけれど、あのころはたのしかった。落語会のあとは打ち上げがあったし、落語家さんに銀座のらん月に連れて行ってもらったりもしたよ。喬太郎さんが自分でつくった落語を職場のみんなの前で披露してくれたこともあったね。そのころからうまかった。違うよね、あの人はやっぱり。ここにきて撮影したこともあるよ。新作がうまいね。古典をがんばらなくちゃ。

椀やはもうない。いつ閉めたのかはきかなかった。おじさんはいま六十五で、嘱託として大當りやを任されているという。もうしばらくはここでやれるねと言いながら、当時のことを語る様子はとても楽しそうだ。わたしたちと話す間も、通る人に声をかけて呼び込んでいる。

品書きは「かけ」と「花巻き」と「しっぽく」の三種類。連れの二人はしっぽくを、わたしは「時そば」に背くけれど花巻きをいただいた。落語「時そば」では、男がしっぽくを食べながら、やれいい箸だ、やれ器が気が利いている、やれ竹輪が厚くて豪勢だと、ひたすら褒めちぎる。そして勘定のときに「ひい、ふう……なな、や、いまなんどきだい」「へい、ここのつです」「とお、十一……」と一文ごまかすわけだ。そして、それを陰で見ていた男がまねようとして……という噺。

大當りやのしっぽくは竹輪が厚く、花巻きも海苔がたっぷり豪勢。おつゆがちょっぴりからかったけれど、冷えてきた夕暮れに、体が温まった。 おじさん、喬太郎さんの古典はいいよ。

(ももい るみこ)







Swan Song

桃井緑美子(2008.8.5更新)





某落語家がカステラのおいしい食べ方を話していた。カステラは冷蔵庫に入れてはいけない。常温で十日から二週間熟成させる。蜜と砂糖の層ができて、それが口のなかで混ざり合い、味が変化する。「食感が大事です。たとえば鰻丼がおいしいからって、ミキサーにかけてドロドロにしたやつを食べてもおいしくない。そういうこと」
この話を聴いて、にわかに熟成カステラを食べてみたくなった。カステラなんて、何年ぶりだろう。ひとつ実験してみよう。そう思い立って、炎天下をふらふらカステラ買いに出かけたのは七月二十三日のこと。

遠出をする時間はなかったので、地元で探す。このへんには大阪で有名な「黒船」というカステラ屋さんが初めて東京進出した店がある。そこで「黒船カステラ1/2本」(六百三十円)というのを買った。実験だからね、このくらいで充分でしょう。ところが、ふと見ると「本日中にお召し上がりください」と書いてある。店員さんに聞いたところ、「普通のカステラは日持ちがしますが、当店のものはふわふわに仕上げるために生クリームが入っていますので、生菓子なのです」とのこと。だめじゃん、それじゃ。二週間熟成どころじゃない。店員さんに謝って返品。あとでHPを見たら、はは〜ん、ちゃんと書いてあった。「つくりたてが命のカステラ」なんだって。
黒船

いいよ、すぐ近くにあの王さんの「亀屋万年堂」の総本店があるから。亀屋万年堂のカステラは「長崎かすてら」と名づけられている。大阪よりも本場な感じがするが、どうすると長崎なんだろう。1/2本なんて上品なものはないから、とにかく一本買ってみよう。ところが今度は、「売り切れです」。まあね、この暑さだもの、普通は水羊羹でしょう、夏の和菓子は。カステラは数をつくらないんだろうなあ。
亀屋万年堂

最後の手段、駅前の「蜂の家」へ行く。あった、あった、ありました。三種類のカステラ。いえ、かすてーら。紅茶とチョコはこのさい邪道のような気がする。ここはハニーでしょう。賞味期限を確認すると、八月十三日とある。やったね、三週間は保証されている。噺家のいった「十日から二週間」は余裕だね。では、家人もうちにいる八月最初の土日まで、十日ほど熟成させてみましょう。たんに放置するだけだけど。
蜂の家



そして八月三日。家人は仕事で出かけてしまった。ひとりでカステラを食べる。じゃーん、開封! おおっ、なんか箱に蜜みたいなものが染みている。いい感じ。カステラ本体は細くて頼りないけど、熟成さえしていればいいのだ。
薄い紙をはがして、一切れ切って、お皿にのせる。見たところ、とくに変わった様子はない。ちょっとくたびれたような熟成感を期待していたのに。蜜と砂糖が層になっている様子もない。いやいや、見てわかるほどにはならないのかもね。
ひと口、口に入れる。ふうん……。ぜんぜんわからない。なにとなにが複雑に混ざり合うって? そもそもカステラって、こんなだっけ……。 夜、仕事から帰ってきた家人は、一切れ食べて「これはカステラじゃない」。そのとき思いついた。そう、これはスポンジケーキ、カステラ風スポンジケーキだ。

こうして第一回実験は失敗に終わった。蜂の家なんて、もう買うものか。福砂屋か文明堂だ、カステラは。近いうちに入手してやる。食べられるのは八月下旬か……。

(ももい るみこ)