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ぐるぐるくん

野中邦子(2004.1)


左後方が入口
バースのジェーン・オースティン・センター

 12月のイギリス行きは、ロンドン地質学会でウィリアム・スミスの地質地図を見るのが目的だったが、そのほかに、有名な温泉保養地・観光地のバースへ行くのも楽しみにしていた。ジェーン・オースティン・ファンの私としては、バースにある「ジェーン・オースティン・センター」へぜひ一度行ってみたかったのだ。

 センターの入口には、当時の服装をした女性(オースティン?)の人形が立っている。さすが、マダム・タッソー蝋人形館の国である。しかし率直にいって、展示は大したことがなかった。そりゃ、そうだよね。若くして世を去った18世紀イギリスの女性作家は、写真なんかもちろんなくて、ろくな肖像画さえもないのだ。これほどの人気作家として21世紀まで読み継がれるなんて、本人でさえ、きっと夢にも思わなかっただろう。

 展示品は、空想で描いた肖像画、18世紀の衣装や家具調度品のレプリカ、作品からの抜粋、当時のバースの地図くらいしかない。

 私が期待していたのは、日本で手に入らないビデオ作品がショップで買えないかなということだった。BBC版のDVD『高慢と偏見』と『マンスフィールド・パーク』の2作はすでに持っているので、ほかに何かないかなと物色。

 残念ながらDVDはそれしかなかったが、BBCのビデオ『ノーサンガー・アベイ』と40年代ハリウッド製作の『高慢と偏見』があった! しかし、日本に持って帰るわけにはいかない(「日本では見られません」と但し書きがあったところからすると、日本人もかなりここへ来るらしい)。しかたがないので、ロンドンの娘の家で見ることにした。

 バースが舞台になっている『ノーサンガー・アベイ』は社交場として有名なパンプルーム(現在はカフェになっている)の描写などが出てくるとはいえ、作品の出来としてはいまいち。BBCのビデオでも、主人公のカップルが男女とも魅力がなくて退屈した。どうしてこんなキャスティングをするかなーと疑問。

 一方、キャスティングが最高だったのは、ハリウッド版『高慢と偏見』。なにしろ、ダーシーがローレンス・オリヴィエで、リジーがグリア・ガーソンである。オリヴィエのダーシーは鼻にかかったイギリス英語の発音はもとより、貴族的で気取ったところとか、ちょっと不器用だが、人柄は誠実で良心的、頑固なくせに、たくまざるユーモアがあるという点でも、私のツボにはまった。リジーのグリア・ガーソンも、元気はつらつとしていて、言いたいことをストレートに言う、知的な女性がぴったり。



パンプルーム


オリヴィエ扮するMr.ダーシー

 この二人の組み合わせはまさにケミストリー(相性)ばっちり。不自然な一目惚れ風ストーリーも、「この二人ならありうる」と思わせて、恋愛コメディの王道を行く作品になっていた。コリンズ牧師やベネット夫人といった脇役も巧みに笑いを誘って、いい味を出している。難点は、いかにもハリウッドという感じのおおげさな衣装――でこでこと派手に盛り上げた帽子とかフリルやリボンたっぷりのドレスは不自然。それなりに楽しいけどね。

 ところで、『高慢と偏見』(あるいは『自負と偏見』)の原題はPride and Prejudice、『分別と多感』はSense and Sensibilityで、韻を踏んでいる。これをなんとかして翻訳できないものかと、ずっと考えているんだけど、むずかしい。音だけ合わせても、意味がしっくりこなければしようがないし。

 それで、こんなの考えて見ました。
 Sense and Sensibilityは控えめでしっかり者の姉とロマンチックな恋愛に憧れる奔放な妹の物語なので、両者の性格をあらわして『しっかり姉さん、うっとり嬢ちゃん』。Pride and Prejudiceのほうも主人公カップルの性格から、『男は気取り、女は早とちり』――気取り屋のダーシーと早とちりのリジー、「り」で音韻を合わせているわけですね……と、自分で書いていても「バカっぽい!」

 これじゃ、「金持ち父さん」や「男は火星人、女は金星人」みたいじゃないか!

 とはいえ、こういうふうに名詞を動詞や形容詞や副詞に変換する(あるいはその逆)こと、一語を分けて複数の言葉に置き換えること、それに連想ゲームみたいに意味を拡大解釈してピッタリくる訳語を探すこと……翻訳の仕事には必須の作業なのです。

(のなか くにこ)





ぐるぐるくん

野中邦子(2004.2)


映画のチラシ


ジャクスン・ポロック――アメリカン・サーガ

 エド・ハリスは好きな俳優だ。『プレイス・イン・ザ・ハート』では脇役だったが、後姿の「うなじ」にドキッとした。この人、いつも短髪、というか坊主頭の役が多いんだけど、うなじが妙にほっそりして、男っぽいのに繊細で色気があるのだ。『ライトスタッフ』では宇宙飛行士のジョン・グレンを演じていて、私はこの映画も好き。出てくる男たちがみんなかっこいいんだよね。

 そのエド・ハリスの初監督作品、みずから主演・製作もした映画『ポロック』を見た。アメリカの抽象表現主義の画家ジャクスン・ポロックの伝記映画である。売れない時代のポロックを発掘したペギー・グッゲンハイムの伝記『ペギー』や、妻のリー・クラズナーとの関係を論じたフェミニズム評論「フィクション」(『カップルをめぐる13の物語』に入っている)を翻訳した私としては勇んで見にいったわけである。

 エド・ハリスは熱演で、妻のリーを演じたマーシャ・ゲイ・ハーデンもうまいし、なによりうれしいのはペギーのそっくりさんが出てくること。伝記映画で注目してしまうのは、やはり実物にどれくらい似ているか――である。映画鑑賞としては邪道だけどね。

 ペギーは実物とくらべて小柄すぎるが、団子っ鼻とか、分量の多すぎる黒髪とか、じゃらじゃら揺れるイヤリングとか、たまーにシャイな表情を見せるところなどが似てました(……って、実物知らないけど)。ちなみにペギーを演じたエイミー・マディガンはエド・ハリスの実生活での奥さん。
 ポロックを演じたハリスは、この作品にかけた情熱が画面からひしひしと伝わってくる。演技派だけあってよく似せてたけど、やや繊細すぎかな。ポロックって、神経はこまやかだったんでしょうけど、見た目はすごいおっさんで、タフそのものという感じなのである。その点、ハリスが演じると知的になっちゃうのね。しかし、腹が出た体形とかよく似ていた。

 それに彼は美術を勉強したことがあるんだそうで、絵の具を滴らせて描くアクション・ペインティングは真に迫っていた。

 いちばん似ていないのは、リー・クラスナーを演じるマーシャ・ゲイ・ハーデンだろうか。「古典的な美女とはいいがたい」クラスナーは、はっきりいうと不美人なのだ。ハーデンは美人すぎる。でも、クラスナーの名誉のためにいっておけば、彼女はとてもモテたそうです――顔じゃないよね。似てはいないけど、でもこの女優さん、私は好きです。『ジョー・ブラックによろしく』という、きれいなブラピを見るためだけの映画にも出ているのだが、そんな甘いラブロマンス映画でもしっかり演技していていい感じ。この『ポロック』では見事、アカデミー助演女優賞を取っている。

 ペギーがポロック&クラスナーの家を訪ねたところ、行き違いで二人は留守にしており、待ちぼうけを食わされたペギーがぷりぷり怒って、それでも絵を見にいくのだが、クラスナーの絵を目にして、「LKって誰? LKの絵なんか見に来たんじゃないわ!」(『ペギー』の「40 春のサロン」)というシーンもちゃんと再現されていた。


本物のリー・クラスナー


原作の伝記
 当時、まだ世界の大国になっていなかったアメリカは、すべてにおいてヨーロッパの後塵を拝しており、コンプレックスの塊だった(ブッシュも少しそのへんの歴史を考えるべきだな、世界の保安官ごっこしていないで)。

 もちろん、美術界も同様で、パリの動向ばかり気にしていたさなかに、ポロックはアメリカ独特の作品を生み出した。アメリカの大衆に名前を知られるようになった初めてのアメリカ人画家といってもいい。雑誌『TIME』に取り上げられたりもした。名声といっても、こんなものが芸術かという声もあり、また酒浸りで喧嘩っぱやく、パーティで傍若無人なふるまいをするなど、私生活でのスキャンダルで話題になった。

 死ぬときも、泥酔して、愛人の女性とその友人を車に同乗させ、猛スピードで突っ走って激突事故を起こすという、ほとんど自殺行為で命を落としている(同乗の友人のほうは死んだが、愛人の女性は生き残って手記を書いたりしていて、またまた話題を呼んだ。これにはウォーホルが『日記』の中でいちゃもんをつけていた)。

 貧困や世間の無理解に悩み、苦しみ、激しい愛憎渦巻く波乱にとんだ人生を送るという絵に描いたような――ゴッホやモジリアーニみたいな――ロマンチックな芸術家の生涯を生きた男がポロック。アメリカでは誰でも知っている有名人なのだ。そんなわけで、当時のアメリカが置かれた世界的な状況、大恐慌から脱しかけたころの社会の様相、ポロックのおいたちとリーとの関係、アートスチューデント・リーグのこと、ペギーの今世紀の画廊の行く末……などなど、映画では描ききれていない部分が多い。
なにしろ、この映画の原作になった伝記Jakson Pollock An American Saga by Steven Naifeh and Gregory Whitw Smith, Potter 1989は本文796(!)ページ、ビブリオやノートや索引など全部ひっくるめて934(!!)ページというチョー分厚い本なのだ。しかも活字は詰まっていて、邦訳するとしたら、ざっと見てページ4枚(400字で)はあるね。昔、邦訳できないかなと買っておいた本だけど、この分量では無理ですね。

 こんなに詳細かつ長大な伝記(ピュリッツァー賞受賞)が出るのも、芸術家の範疇にとどまらない、アメリカ人そのものとして――さもなければアメリカ人画家の象徴として――の存在が、アメリカの社会と人びとの心にインパクトを与えた証拠なのだろう。

 ところで、ポロックの愛犬のGYP。なんと、映画に出てくる犬(上の写真参照)も、右の写真に写っている本物のGYPにそっくりなのだ!

(のなか くにこ)


GYPとポロック夫妻





ぐるぐるくん

野中邦子(2004.3.1更新)




Our Life as a Dog

 昨今話題の本『負け犬の遠吠え』を読んだが、本筋とは関係なく興味を引かれた箇所があった。一つは、著者がこの本を書くきっかけになった友人の言葉。
「Aちゃんは(独身=負け犬、なのに)ひがまずに、私たち(主婦で子持ち=勝ち犬)の話につきあってくれてエラい」
 この言葉に衝撃を受けた著者(酒井順子)が、女性にとっての人生の勝ち負けを論じたのがこの本である。つまり、この友人にとって、30歳過ぎて、子なし、独身のAちゃんは「かわいそう」な存在、つまり「負け犬」というわけである。不思議なのは、この友人が心からそう信じていて疑わないこと。それが世間の常識、宇宙の定説だとさえ言い出しそうなのだ。こういう人にとっては、「未婚だって、子供がいなくたって、幸せな人生がある」という言葉がまさに「負け犬の遠吠え」にしか聞こえないんでしょうね。その価値観の絶対の揺るぎなさは、はたから見て滑稽でもあり、また怖いところでもある。

 「負け犬の遠吠え」というのは、そういう皮肉もこめられたタイトルなのだろう。この友人みたいな人は「負け犬」を文字どおりの「負け犬」と受け取ってしまいかねない。そして「そこまで卑下しなくても」と言いつつ、内心では「やっと気づいたのね、あなたより私のほうが人生の勝者なのよ」とほくそえんでいるかもしれない。でも、自分自身を笑いとばせるという点で、ユーモア・センスでは負け犬のほうが勝ち、かな?

 本の描写は誇張もあるだろうが、こういう人たちは現実にもいそうだ。たとえば読売新聞が提供しているインターネットの女性向け掲示板「大手小町」でもこんな話題があった。

 もうすぐ2人目の子供を出産するママが、診断で今度も男の子だとわかり、女の子2人のママである友人に「また男の子なのよ」と自慢する。相手は「ふーん、よかったね」という。もっと強烈に反応してほしい、もっと羨ましがるのが当然だと思う男の子のママは、相手の淡白さを不満に思う。なんで素直に羨ましがらないんだ、かわいくない、とその話を周囲のママ友に言いふらしたら、かえってみんなに仲間外れにされてしまった……という投稿。

 これに対して、投稿者が悪いと非難ごうごうの意見が浴びせられたのだが、当人はまったく反省の色がなく、「だってぜったい男の子が欲しいでしょ? でしょ? でしょ? 女の子だってかわいいなんていうのは負け惜しみ。もっと正直になったら?」という態度を崩さない。まあ、インターネットの掲示板には批判を呼ぶための「やらせ」もあるので、これもその一種かもしれないが。

 要するに、人に羨ましがられることでしか自分の幸せを実感できないタイプなんでしょうね。褒められたい、ちやほやされたい、という欲求は、多かれ少なかれ誰にでもあると思うが、自分が幸せかどうかを世間や他人の規準でしか測れないのって、むなしくない?

 社会学者のD・リースマンが『なんのための豊かさ』で、「内部指向型」「他人指向型」という分類をしていた。自分の中に判断の基準、アンテナをもっている人間を「内部指向型」。他者の評価でしか自分の生き方を決められない人間を「他人指向型」として、戦後のアメリカでは後者が増えているという(戦後といっても、第二次世界大戦の話だから、だいぶ前の話だけどね)。メディアや情報の豊かさが、かえって個としての人間を脆弱にし、感性を貧しくしているのではないか、と。

 そういえば、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』に出てくる主人公のセールスマンも、人生訓がひたすら「人に好かれなくちゃいかん」だった。相手に好かれれば、商品が売れるというのだ(セールスマンだからね)。製品の良し悪しとか、必要性とか、そんなことはどうでもいいという。だが、そんな他人まかせの生き方をしてきたあげく、やがて自分の中身が空っぽなことに気づき、ついに不幸な結末を迎える。

 ところで、いま翻訳している本は19世紀末のシカゴ万博の話である。そのパビリオンの1つに「女性館」というのがあって、女性を対象にして設計案を公募したのだが、「はたして女に設計などできるのか?」という疑問が真剣にとりざたされたそうだ。実際には、建築を学んでいた若い女性の案が選ばれるのだが、それでも彼女が自分で設計図を引いたかどうかが疑われ、調査されるという始末。もちろん自分で描いたことが証明されて建設の運びになるのだが、その報酬はというと、ほかのパビリオンを設計した男性建築家の10分の1だった。

 当時のアメリカでは歴史上初めて、女性が職をもち、家族と離れて(下宿の女主人の監督下とはいえ)1人で生活し、エスコートなしで都会の通りを闊歩するようになった。仕事といってもタイピストや事務員に限られ、財産の管理も自分ではできず、結婚願望もそれなりに強かったとはいえ、その時代には女性の一人暮らしが新しい生き方として輝やいていたのだし、先駆として道を切り開いてきた女性たちも大勢いたわけだ。

 それから百年後のいま、自立をめざした女性たちが「負け犬」と呼ばれちゃうのは、ちょっと身も蓋もないというか。「負け犬」という言葉そのものも、かなりドキッとする語感で人目をとらえる。それがこの本をベストセラーにした要因でもあるだろう。とはいえ、女を罵倒する言葉って、昔からいろいろあったんだよね。たとえば、オールドミス(老嬢という訳語はすごいね)、行かず後家、嫁きおくれ、うまずめ、逆に奔放だったら、あばずれ、尻軽女などなど。

 そのうえ「女としての幸せはどうなの?」という、土俵ぎわのうっちゃりみたいな言い方もある。どんなに仕事ができても、有能でも、お金があっても、女がシングルの場合、「女としての幸せはどうなの?」と言われてしまうと、オセロのコマが全部ひっくりかえるみたいに逆転されてしまう。一方、専業主婦の場合もそれはそれで、年金制度のお荷物だとか、稼ぎのない専業主婦は奴隷だとか、さんざんな言われようだ。まったく「女もつらいよ」というところ。

 この本がヒットしたせいで、負け犬に対する「勝ち犬」という言葉も使われだしたが、これって変じゃない? だって、どっちにしても「犬」なんだよ。思わず、突っこみたくなるのも当然だよね――勝ってもか!
(のなか くにこ)





ぐるぐるくん

野中邦子(2004.4)








 美女の壁

 ニキ・ド・サンファルというアーティストは不思議な人で、日本ではあまり論じられることがない。作品は箱根の彫刻の森にもあるし、そこそこポピュラーだと思うのだが、なぜだろう。ちゃんとした伝記もないし、作品集も出ていない。評価されているんだか、いないんだか、よくわからない。とらえどころのない人である。

 もしかしたら、彼女がすごく美人であることが壁になっているんじゃないだろうか。「バカの壁」ならぬ「美女の壁」である。

 作品はオブジェというか、彫刻というか、派手な色彩とどろどろとしたフォルム、太った女性のような彫像もあるが、ボテロのようにユーモラスで親しみやすいというのではなく、男性社会の抑圧に対するルサンチマンがこめられていて、ちょっと怖いところがある。というのが、ごく一般的な感想だと思うのだが、どうもそれだけでは類型的でものたりない。

 そこで、美人ということになるのだが、写真を見てください。ユマ・サーマンみたいな美女なのである。『ヴォーグ』や『ライフ』の表紙を飾っている。これはすごいことなのだ。このとき、彼女は十八歳だった。

 1930年、パリ生まれ。父親は銀行家でニューヨークの支店長だったが、大恐慌で破産し、そのため彼女は3歳までパリの祖父母のもとで育てられた。3歳で両親のいるアメリカに渡り、女子修道院付属の小学校に入るが11歳で放校になる。小学生で放校っていうのもすごいよね。
 18歳でモデルになり、21歳で娘を出産。(その間、結婚しているが、それは省略)
 23で重度の神経症。治療として絵を描く。25歳で息子を出産。バルセロナでガウディ建築に感銘を受ける。そういえば、破砕タイルの使い方など、ガウディに似ている。
 26歳で初展覧会。
 30歳で離婚。子供は夫のもとへ。造形作家のジャン・ティンゲリーと共同制作。パートナーとなる。
 32歳。銃につめたインクを白いキャンバスに撃って作品にする「射撃」絵画。
 41歳でティンゲリーと結婚。
 61歳、ティンゲリーが死去。
 2002年5月22日、ニキは71歳で死去した。

 作品は代表作の「ナナ」など、巨大なオブジェのほか、戯曲を書いたり、映画を撮ったり、絵本を描いたりもした。

 モデルになるほどの美女で、若くして結婚、子供を二人産んで、神経を病み、治療のために創作する――という道筋がどこかで聞いたことがあるような、と思ったら、アメリカの女性詩人、アン・セクストンだった。年齢も同じくらいだし、50年代のアメリカって美女をノイローゼにする社会だったらしい。ちがうのは、セクストンが自殺してしまったこと。

 私にとって、昔からニキはどうもよくわからない女性だった。先月、那須へ遊びに行ったついでニキ美術館へ寄ったのも、まとめて作品を見れば少しは理解できるかも、あるいは伝記かなにか資料があるかなと期待してのことだった。

 ところで、彩樹社から『ニキ・ド・サンファル』という本が出ていて、年譜もそれを参考にさせてもらった。しかし、この本は伝記ではなく、ニキの映画『ダディ』のあらすじと、それを見た各界有識者の対談集である。唯一、ニキ自身が書いた「映画『ダディ』について」という短い文章があるのだが、これが――ちょっといいにくいのだが――翻訳がぎごちない。ほんの4ページの文章で、難解な論があるわけではないのになんだか読みにくいというのは、ただでさえ紹介の少ないニキだけに残念だ。翻訳者の責任も重大なのねと改めて思ったわけである。

 ニキ美術館へ行って目が開かれたかといえば、まだどうもよくわからない。これは今後の課題……ということで、今月は結論なしのまま。

(のなか くにこ)





ぐるぐるくん

野中邦子(2004.5.1更新)


最愛の息子ジョージを抱くアミーリアと、ジョージのために木馬やサーベルの玩具をもって訪ねてきたドビン少佐。真ん中の女の子は家主の娘。


『虚栄の市』第3巻
サッカリー作
中島賢二訳
岩波文庫全4巻
本を投げ捨てる女

 翻訳をしていると、ときどき Vanity Fair が出てくる。英文学のほうなら『虚栄の市』、アメリカの雑誌なら『ヴァニティ・フェア』と表記しなくちゃいけない。ひっかかりやすいミスの一つだ。私も何度か、Vanity Fair にぶつかって、「危ない、危ない」と思ったことがある。

 ところで、この『虚栄の市』、名作と評判は高いが、これまで読んだことがなかった。こんど――岩波文庫の宣伝文句によれば――「まっさらの新訳」で出たので、さっそく読んでみた。そしたら、まあ、こんなにおもしろい話だとは思いませんでした。文庫全4巻、一気読み。翻訳もすごくいい!

 新訳というが、いったい前のはいつごろ出たのかと思って調べてみたら、なんと1940年である(岩波文庫、三宅幾三郎訳)。これは、新訳もやりがいがあったことだろう。著者名 Thackeray もこれまでサッカレーと書かれていたようだが、今回は「サッカリー」で。

 物語は、アミーリアとベッキーが寄宿学校を出るところから始まる。アミーリアは商人の娘で、素直で純真、性格はとてもいいのだが、世間知らずで、人の言いなりになる弱いところもある。一方のベッキーは貧しい孤児で、出自も低いが、頭がよく、世知にたけ、美貌と才知で男を篭絡して人生を切り開いていく。

 寄宿学校のケチで傲慢な女校長は貧しいベッキーをこきつかうし、ベッキーのほうも生意気で、そんな校長に負けていなかったから、二人は犬猿の仲だった。家庭教師の職を得て学校を出ることになったベッキーは、記念に与えられた本(ジョンソン博士の著書)を馬車の窓から学校の門に向かって投げ捨てるのだ。これで、私は最初から強烈なインパクトを受けてしまった。自分が本に関係する仕事をしているせいか、「烈女」(と呼ばれている)ベッキーの波乱の人生が「本を投げる」ことで始まるのは、なんだか象徴的に思えた。

 純真で、泣き虫で、ひたすら恋人(のちには一人息子)を崇拝するだけのアミーリアと、男(と女)を手玉にとり、自分の才覚で、社交界をのしあがっていくベッキーの少女時代から中年までの人生の交差が描かれる。この二人の女性だけでなく、登場人物はみな欠点があり、愚かな人間ばかりなのだが、みずからをかえりみれば、思い当たるところがなきにしもあらず。

 人の世はすべて「虚栄の市」というサッカリーの皮肉な見方は、かえって小気味よいほどだ。

 アミーリアとベッキーの対比は、性格やパーソナリティの違いというだけでなく、社会における階級、家柄、教育や貧富の差をあらわしている。金をもっていれば善人でいるのも楽だが、老いたり、貧しかったり、人に軽蔑されたりするときに善人でいるのは難しい――ぎくっとさせられる真実だ。

 ベッキーは女の武器(若さ、誘い、しおらしい演技)と才能(歌、乗馬、フランス語、ファッションセンス)ともちまえの気性(明るく気丈で大胆)で欲しいものを手にしてゆく。 機知に富み、話がおもしろくて陽気なので、男にはやたらと好かれるが、同性には嫌われるタイプなのだ。昨今のフェミニストにいわせれば、ちっとも責められるところのない、魅力的で有能な女である。ただし、もう少し倫理観があればね。

 かなり悪どいこともしているのだが、物語の肝心なところで愚かなアミーリアの目をさまさせる――残酷な方法ではあるが――ベッキーの生き方はすかっとしてカッコイイ。

 二人の女性の愛情関係を軸として、その周囲に賭博中毒の男たち、甘やかされて育った若者の愚かさ、母親の盲目的な愛情、女にたらしこまれる単純な男、頑迷固陋な老人、地位にしがみつく貴族、成り上がりたい商人などが右往左往し、まるでこの世の愚行のカタログのようだ。それでも、そんな愚者たちを全否定しないところにこの作品の救いがある。しかも、戯画化された描写で笑えるし、救いもある。向こう見ずで乱暴だった若者が中年になると家庭を愛するやさしい男になり、息子を心から愛するようになる、とか。食いしん坊で見栄っ張りの弱虫だが、のんきで気のいいところもあり、零落した家族に手をさしのべる、とか。

 アミーリアに惚れぬいて無償の愛情をずっと尽くしてきたドビン少佐(純真なアミーリアもついにはそれに慣れきって、軽んじてしまうのだ)が終幕近く、ついに決然とした態度をとること、それでアミーリアが生まれて初めて自分と向き合い、はっきり意志表示するなど、ながい物語の着地のしかたもうまい。

 挿絵がたくさん入っていて、それも楽しめる。なんと、この絵はサッカリー自身の手になるもの(プロの絵描きにはなれなかったらしいが)。才能に恵まれる人っているんですね。ただし、サッカリーは賭博に溺れたこともあるんだって――やはり作者自身も「虚栄の市」の住人だったのね。

(のなか くにこ)





ぐるぐるくん

野中邦子(2004.6.1更新)
ミュールについて

 ミュール(mule)の語源が前から気になっていた。といってもラバではなく、最近、若い女性のあいだで大流行している華奢なサンダルのこと。「ラバ」から来たのかな? ラバだとしたら、なんか変だな、とずっと思っていたのだ。

 そこで、ググってみました。
 まず日本語で検索してみたら、「ジョーナ・オハラ著のファッション辞典」という記述にぶつかったが、これには語源はなく、「ヒール付きバックレスの寝具用スリッパ」という説明だけ。しかし、さらに調べてみると、この本は平凡社で出ている『ファッション事典』のことだとわかった。著者の名前はジョーナではなく、ジョージナ・オハラ、訳者は深井晃子である(私も資料としてもっている)。

 この間違った「ジョーナ・オハラ著のファッション辞典」をそのまま踏襲しているサイトがいくつもあって、ネット検索は信用できないなとあらためて思った。他人のウェブサイトの記述を、裏づけなしにそのまま引用するなよ! それも個人の書きっぱなしの日記とかならともかく、メールマガジンだったりするから、がっくり。もう一つ別のサイトで「語源は『雌のラバ』」としているところがあった。しかし、なぜ「雌のラバ」がサンダルをさす言葉になったのかの説明はなし。これも、なんだか怪しい。

 というわけで、次に英語で検索してみると、わりあい簡単にヒットした。いくつかのページをあたったところ、ミュールはラテン語の mulleus calceus から来ていることが判明。mulleus calceus とは、ローマ時代の高官が儀式のときなどに履いていた赤または紫色の底の厚い靴。mulleusは「赤、紫色」の意味……ラバとはぜんぜん関係ないじゃん!

 ミュールが気になったのは、slipperとどこが違うのかという疑問もあったからだ。英文にときたま出てくるslipperは、カタカナでスリッパと訳すと、平らな楕円形の爪先部分に半円形のカバーがついた、上の絵みたいなものを連想しちゃうでしょ? しかし、欧米でのslipperはどうも違うらしい。上履きという訳語もあるが、上履きというと今度は幼稚園や学校で履きかえる靴を連想してしまう。家のなかでも靴を履く西欧文化と家のなかでは靴を脱ぐ日本文化とでは、スリッパの概念が大違い。

 ところで、もう一つ疑問に思っていたのが、昔の西欧の女性たちは外でも長いスカートを引きずって歩いているじゃない? あれは汚れないのだろうか、そうこまめに洗濯はできないのに、ということ。そしたら、あれはやはり汚れるのね。『高慢と偏見』の映画を見ていたら、隣の家(といっても歩いて数十分)へ訪ねていったリジーが家の前の木製の台のようなもので、靴の底にこびりついた泥を落とすという場面があった。泥拭いの専用の道具があるわけだ。これが舞踏会だったら、外出用の靴を脱いで、もっときれいで華奢な上靴に履き替えるのだろう。または、部屋でくつろぐとき、重い靴をはいているのは疲れるし、カッコワルイから、踵のないサンダル風の靴を履く。そういうのがslipperだとわかった。

 さて、前に『永遠のバービー』を翻訳したとき、バービーのslipperと爪先立ったポーズに対して、フェミニストたちがものすごい批判を浴びせていた。これがどうもぴんとこなかったのだが、このバービーが履いているのがまさにミュール。実際にミュールを買って履いてみて、その憤りの理由がわかった。

 踵が10センチくらいあるミュールを(衝動買いで)買ったのだが、鏡の前でポーズをとっているかぎり、すっきりして足が長く見えるし、なかなかステキだった。ところが、歩きだすと、とたんに体重が爪先にかかって大変。膝をまっすぐにして歩くと、着地が踵からになるので、どうもぎくしゃくしてしまう。安定した歩きをするには、膝を曲げて、真上からどすんと足裏を地面に落とさなければならない。しかも、歩幅が狭くなり、ちょこまかとしか歩けない。信号が変わりそう、なんていうときにダッシュなんかとてもできないし、急ぎ足で歩くことさえできない。要するに、男の腕にすがってよちよちと歩くだけで、走ったり、大またで闊歩したりは、とてもできない靴なのだ。なるほど、フェミニストが怒るのも無理ないわ、と思ったのだった。街なかでも、背中を丸めて膝を曲げ、よたよたと歩いている女の子をたまに見かける。さっそうと歩く筋力と運動神経がないかぎり、踵の高いミュールは履かないほうがいいかも。

 ミュールの語源を調べているうちに、靴の歴史をまとめたおもしろいサイトを発見。これによると、ルネッサンス時代には、靴の爪先がやたらと長くなって、75センチなんてものもあったらしい。そのうち、イギリスでは靴の爪先の長さに規制ができて、一般人は15センチ、ジェントルマンは30センチ、貴族は60センチなどと決められたんだって。踵の高い靴が出現すると、やはり歩きにくいので、杖をついて歩くのが流行したそうだ。女性をエスコートする習慣が生まれたのも、一人では歩きにくいからだという。ミュールの歴史はその時代までさかのぼるのだ。弱い女性に腕を貸すのがフェミニストだと思っている人も多いけど、本当のフェミニストとは、女性が堂々と一人で歩けるように手を貸す人ではないのかな。

 人にすがって歩くより、できればやっぱり自分の足でのびのびと歩きたい。というわけで、買ったミュールは24歳の姪に譲り、私はあいかわらずウォーキング・シューズで闊歩しているのである。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2004.7.1更新)
お茶を濁す

 あらためていうことでもないが、この連載エッセイ「ぐるぐるくん」のテーマは「これが女の生きる道」――キーワードは女性、女の一生、New Womanである(どれも同じようだが)。

『二人の女の物語』 今月はアーノルド・ベネットの『二人の女の物語』をとりあげるつもりだった。この小説は1908年刊で、原題は The Old Wives' Tale。十九世紀末のイギリスにおける「自立する女」いわゆるNew Womanの風潮をとらえた作品である(岩波書店がこのところ、品切れになっていた旧作をどんどん復刊してくれているのはうれしい。前にこのエッセイで書いた『多情多恨』なども復刊で読めるようになった。名作やロングセラーといわれる本は、やっぱりいい作品が多いよね)。

 ところが、その予定が狂ってしまったので、今月はテーマから外れて身辺雑記でお茶を濁すことにします。この「お茶を濁す」、表面だけとりつくろって、いいかげんに片付けるという意味だが、抹茶を立てるときに素人が適当にやって濁ってしまうところから来ているらしい。抹茶=青カビ=いいかげん……わが身を反省しちゃうね。

 そもそも、この本は岩波文庫で全3巻なのだが、オンライン書店で注文したとき上下巻だと勘違いして、2冊しか買わなかった。上を読み終わって、下を読み始めたら、どうもつながらない。おかしいなーと思ったら、中が抜けていた!

 ネットで注文してもいいけど……と迷っているうちに、ふと立ち寄った大手書店の棚にありました、中が。

 書店にしてみれば、上中下の真ん中だけ買うなんて、非常に迷惑な客ではあるだろうが、やむをえない。お客様は神様ということで、中だけ棚から抜いて買ってきた(ごめんね、あおい書店さん)。全巻揃ったのはいいけど、それから中と下を読むには時間切れでアウト。この本のことは、たぶん来月書きます。

 そこで、話は変わるが、先月江崎さんが玄米の話を書いていて、それに応じて今月鈴木主税さんがエッセイに発芽玄米の話を書いている。さらに、ゲストコーナーの原稿をもらったら、そこにも玄米を炊く話が出てきて、「これがいわゆる共時性=シンクロニシティだろうか?」と思った。というよりも、たんに玄米が大流行?

 私も最近、発芽玄米を食べている――テレビで「ためしてガッテン」と「スパスパ」と「あるある」を見ている日本人大衆の大多数と同じ行動パターンをなぞっているにすぎないんだけどね。

 ところが、大失敗をしてしまった。口がジッパー止めになっているビニール袋入りの発芽玄米の残りをさらにタッパーに入れ、ディレクションどおり、冷蔵庫にしまった。しかし、この口のジッパーがちゃんと閉じていなかったらしく(よくやるのだ)、しかもタッパーの口も中途半端に開いていた(これもよくやるのだ)。さすがに冷蔵庫の扉はあけっぱなしじゃなかったけど。

 そのあと、一週間ほど旅行に出かけ、さて家に帰ってきてご飯を炊こうかと冷蔵庫から発芽玄米を出してみたら、なんとなく色が違うし、質感もヘン。炊飯器の内ガマに入れて研ごうとしたら、もわっと緑色の煙がたつではないか! 黴! カビちゃったんですね。ほんとにきれいな青カビだった(これは抹茶か!……と思ったくらい)。  がっくりきて、せめて少しでも無事なところはないものかと探ってみたら、さわるはしからさらさらとカビが崩れて、全体がグリーンに染まってしまった。やれやれ。

 これでゴミ箱に捨てて、はい終わり、でもいいんだけど、やはりお米は八十八の手間をかけて作られるなんていう教育を受けているせいで(古いよ!)、お米を捨てるのはどうも抵抗がある。とりあえず、カビた発芽玄米を洗ってみた。そしたら、グリーンの粉(抹茶もどき)はすっと水に溶けて消えてしまうのだ。ひょっとして、カビ以外はダイジョブでは? ダメだったら捨てればいいや、と思って、炊いてみた。

 炊いてみたら、臭いもしないし、そもそも玄米だから口ざわりはそんなによくないし(ちょっとボソボソ)、いいや、と思って食べちゃいました。

 かなり大量にあったので、3合だきの炊飯器で2度に分けて全部炊いてしまった。普段は精白米と半々にするんだけど、このさい玄米百パーセントで行く! ラップ包みがいくつもできて、それを冷凍庫に収納。ひょんなことから玄米百パーセントの食生活になってしまった(しかもアオカビつき)。

 大丈夫かなと首をかしげつつ、結局ひと月あまりで、すっかり食べきってしまった。発芽玄米が体にいいとはいっても、カビたのなんか食べてたらかえって体に悪いかもね。まったく、健康志向もやり方しだいでは本末転倒の結果になるという教訓である(ずぼらが悪い!)
(のなか くにこ)





ぐるぐるくん

野中邦子(2004.8.1更新)
映画に見るジェンダー・アイデンティティの揺らぎ

 ……とご大層なタイトルをつけてしまったが、最近たまたまレンタルして見た映画にジェンダー・アイデンティティの問題がちらちら見え隠れしていたので、ちょっとご紹介。

 『ガールズ・ルール! 100%おんなのこ主義』(1998米)――いかにもチープなタイトルで、「いったいどんな内容?」と思ってしまうが、原題はストレートに"STRIKE! All I Wanna Do"

 お固いオールドミスの校長(リン・レッドグレーブ)が運営する女子寄宿学校で毎日を送る女の子たちの中に反抗的なグループがいる。政治家になりたいリーダー格の転校生(ギャリー・ホフマン)、流行に敏感で雑誌編集者をめざす美人(キルステン・ダンスト)、男の子とデートしたいカワイ子ちゃん、化学者になりたい子、ブスで劣等感をもつ過食症の子など。彼女たちに反発する優等生(レイチェル・リー・クック)もいる。

 あるとき、経営難から男子校との合併話がもちあがる。その男子校生徒を招いたパーティで、合併計画をぶちこわそうと、反抗グループはあれこれ画策、大騒ぎを起こす。

 頑固な校長は男子校との合併に気が進まないのだが、そのときこう説明する。
 「男子生徒といっしょになったら、リーダーの役割は全部男子に行ってしまう。女子だってリーダーになれるし、なるべきだ。あなたがたには、そのチャンスをつかんでほしいし、立派にやっていけるはず」

 生徒たちになんの相談もなく合併を進める理事たち(某国のプロ野球界を思い出させる)。ここで政治家志望の女の子が生徒たちを前に、なぜ自分たちの意見を聞いてもらえないのか、と訴える演説をする。こうして生徒たちはストライキに突入。ここにいたって、優等生も反抗グループと手を組び、団結する。

 「ジェンダー・アイデンティティの揺らぎ」が直接のテーマではないが、女の子の自立について描かれた映画(コメディだけどね)だった。

 女子校というと性差別のように思われがちだが、校長の言葉はなるほどとうなずける。私も6年制の中高一貫教育の女子校出身で、女子がリーダーシップをとることにはまったく違和感がない。しかし、小学校時代は級長は必ず男児、副級長は女子と決まっていたものだ。PTAでも役員はほとんどが母親なのに、トップのPTA会長はなぜか男という図式が多かった。本来なら共学でも女子がリーダーシップを発揮するチャンスが平等にあればいうことはないのだろうが、思春期でもあり、でしゃばる女の子は嫌われるというような未熟な社会通念をそのまま踏襲してしまうことも少なくないのだろう。

 とはいえ、共学へ行った友人によると「女子校の生徒のほうが行儀が悪い」という話もある。そういえば、夏など、教室の机の下でスカートをたくしあげて下敷きでパタパタ風を送るなんてこともしてたっけ。男の教師は目のやり場に困ったかもしれない。

 男女共学が必ずしも平等を育てる土壌ではない、女子校には女子校の良さがある、ということ。

 『GO! GO! チアーズ』(But I'm a Cheerleader 2002米)
 邦題もわけわかんないけど、原題もよくわからない。これは「チアリーダーなのにレズビアンであるわけはない」というようなニュアンスのセリフからかな? はっきりジェンダー・アイデンティティをテーマにしている。しかし、なんだか突拍子もない妙な映画だった。

 50年代、ゲイに偏見のあったアメリカの田舎町で、チアリーダーの高校生ミーガン(ナターシャ・リオン、つい最近は『ニューヨークの恋人』にメグの秘書役で出ていた)はチアリーダーだったが、いろいろな「兆候」――女性歌手の写真を壁に貼ったり、ベジタリアンだったり――からレズビアンだと思われてします。両親も心配して、ついに同性愛矯正のための施設に送られてしまう。そこには、同じように同性愛者と見なされた若者たち(このなかに、まだ少年のキップ・パルデューもいる。カワイイ)がカウンセリングと治療を受けている。

 最初は、自分が同性愛であることを認められない。だが、たしかにボーイフレンドとのキスも楽しくなく、仲間のチアリーダーたちに妄想を描いたりしていたのだ。やたらと結婚や男女の結びつきを称揚する暴君の所長のもとで、グループセラピーやお仕置きなど妙な治療が進められる。

 やがてゲイ(?)仲間のグレアム(クレア・デュヴァル、『17歳のカルテ』でも繊細な女子を演じていた)に惹かれたことから、自分の中にあるレズビアン的傾向を自覚する。これを矯正して、正常な男女関係を結ぶことができれば、晴れて退院となるのだ。卒業式には、退院する若者たち同士の模擬結婚式をあげて祝う。

 しかし、主人公は自分の気持を抑えられず、放校されてしまう。かつて、同じようにこの施設から脱走したゲイの男性カップルに助けられ、そこで、彼女はこう訊ねる。
 「じゃあ、レズビアンとしての生き方を教えて」
 すると、ゲイのカップルは答える。
 「レズの生き方なんてないわ。自分として生きればいいのよ」


 そうだよね、男としての生き方、女としての生き方、妻として、母として、その他もろもろ、その人間の本質ではない、属性としての生き方なんて、ないのだ!  模擬結婚式にトラックで乗り込み、チアーズのダンスをしながら愛する少女への思いをぶちまけるヒロインとゲイの男たち。めでたし、めでたし……になるのかどうか?

 『ディファレント・フォー・ガールズ』(Different for Girls 1996英)
 まっとうでリアルな描写の性転換者が出てくる。
 ポール(ルパート・グレーヴス)は34歳になるのにバイク便の運転手で、パンクロッカーを気取って、無責任で気楽な毎日を送っている。あるとき、昔の学校の同級生とばったり出会うが、彼は女性になっていた! 数年前に性転換の手術を受け、キムと名前も変えていた。昔話などをして何度かつきあううちに、ポールとキムのあいだはなんとなくいい雰囲気に。

 だが、がさつなポールは女性としてのキムとどう接していいかわからず、キムのほうも臆病になっていて、関係はなかなか進展しない。デートをしたり、喧嘩に巻き込まれて警察に連行されたりするうち、ポールはキムの厄介な状況をじょじょに理解し、キムもポールの子供っぽい純粋さを愛するようになる。

 スティーブン・マッキントッシュ演じる性転換したキムがじつにリアルで、ホルモンの影響だとか会社での立場とか、『性転換』(ディアドラ・マクロスキー著、文藝春秋)を翻訳した私としては、しみじみと共感を抱いてしまった。

 ポールがまた単純でちょっとおバカなのが救いになっている。目の前に色っぽい女がいて、むらむらするんだけど、でももと男だし、もと同級生だし、という葛藤を乗り越えて……結末がどうなるかは、ネタばれにつき。  現実はこうはいかないよな、と思うと同時に、社会に注目される性転換者という立場を逆手にとったどんでん返しがすっきり、後味のいい映画だった。

 『チェイシング・エイミー』(Chaising Amy 1997米)
 おバカといえば、ベン・アフレック。そのベンが主演したこの映画のタイトルもちらっと出てくるセリフからで、エイミーなる女性はまるで画面には登場しません。

 コンビの人気コミック作家、ホールデン(アフレック)とバンスキー(ジェイソン・リー)。ホールデンが一目惚れした売れないコミック作家のアリッサは世間の目をまるで気にしない女性で、若いころからセックス探究に邁進し、さまざまな体験を重ねたすえ、結局はレズビアンだと自認している。

 だが、アリッサに夢中なホールデンは猛烈アタック(古い?)してカップルになるが、こんどは経験豊富な彼女に劣等感を抱いてしまう。一方、頭の固いバンスキーは性差別的な発言を連発、ゲイについてもまるで理解がない。

 バンスキー「十字路の真ん中におまえがいるとして、北にはサンタクロース、南にはピンクバニー、東には美人で気立てのよいレズビアン、西には意地悪でブスなレズビアンがいる。どの道を進めば通してもらえるか?」
 ホールデン(首をかしげて)「西?」
 バンスキー「そうさ、ほかはみんな実在しないからな!」


 しかし、どうやらバンスキーの深層心理には隠れた同性愛志向があるらしく、その対象はコンビのホールデンらしい。そこで、ホールデンは提案する。3人でベッドインしたら、バンスキーの思いも遂げられるし、自分もセックスに自信がもてる、と。しかし、アリッサは「そんなことはしたくない。あなたとの関係を大事にしたい。そんなことをしたら、関係は壊れてしまう」と泣いて拒否する。
 結局、3人はばらばらになる。バンスキーとホールデンはコンビを解消して、それまで裏方だったバンスキーは売れっ子コミック作家になり、ホールデンは自分の体験を描いた「チェイシング・エイミー」というマンガを地味に描いている。アリッサも人気マンガ家に。ほろ苦い青春ストーリーという体裁だが、なかなかにお下劣で、同人コミックやアニメ業界というサブカル臭がぷんぷん。セックスに奔放すぎる女性はいまでもなかなか生きるのが難しいのね、と考えさせられる。って、そんなシリアスな映画じゃないですけど。

 『エデンより彼方に』(Far From Heaven 2002米)
 こちらは大シリアスで、ジェンダー・アイデンティティの揺らぎ(と人種差別)で家庭崩壊、結ばれぬ恋、涙のラブロマンスものである。

 50年代アメリカ、理想の夫婦と思われたキャシーとフランクだが、じつはフランクには抑圧した同性愛的志向があった。衝動が抑えがたくなり、男をあさるフランク。夫婦関係はぎくしゃくし、孤独な人妻キャシーは、知的で穏健な黒人の庭師レイモンドと心を通わせる。

 フランクはやがて心から愛する男とめぐりあい、離婚に至る。相手が男だと知って深く傷ついたキャシーはレイモンドに慰めを求めるが、旧弊なアメリカ社会では白人の女性が黒人の男とつきあうことなど許されなかった。気持を通じ合わせながら別れなければならないキャシーとレイモンド。

 こう書くと、あらすじはシンプルですね。つまり、それだけ小さなエピソードの積み重ねをていねいに描いているということ。画面の色のトーンが統一してあってすごくきれいとか、ジュリアン・ムーアの抑えた演技がとてもいいとか、そういうテクニック的なことはともかく、テーマはゲイ差別と人種差別というアメリカの二大差別が絡みあっている。

 レイモンドがカレッジ出のインテリなのに、黒人であるがゆえに父親のあとを継いで庭師にしかなれなかったとか、スキャンダルのせいで彼の娘が学校でいじめにあうとか、小さな差別のエピソードも描かれている。

 たまたま手にとって借りてきた5本の映画が、みごとにどれもアイデンティティの問題を扱っていてびっくりすると同時に、英米の映画界では学園ものから、ラブコメ、どたばたコメディ、シリアスドラマ、メロドラマと、さまざまなジャンルでジェンダーが注目されていることを改めて実感した。男らしさ、女らしさの問題は、ひとことではとても片付けられないが、多様なアプローチがあればあるほど、いろんな方向が見えてくるんじゃないかな。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2004.9.1更新)



小品と訳書を並べた





会場はピガ画廊



ンゴングのカレン・ブリクセン




エスキース




牧人舎からのお花




自作の絵の前で「作家」
絵を描く楽しさ

 年初にたてた今年の目標(ウェブ日記に書いた)はこうだった。

 もちろん、仕事をきちんとする(締切厳守、品質保証)のは言うまでもないこととして、それ以外に。

・ 筋力をつける(しぼれ! 体脂肪) 
・ 自動車事故を起こさない(当然!) 
・ シカゴへ行く(翻訳を終えなくちゃ) 
・ ダイビングライセンスをとる(あまり本気じゃない)
・ ○○と○○を実現(照れくさいので書かない) 
・ おしゃれをする(ついでのようだが) 

 このうち、○○と伏字にしたのが「個展を開く」であり、この8月に実現した。

 個展を開くのにまず必要なのは、作品である。会社では勤続15年でリフレッシュ休暇を設けているところも多い。それで、翻訳を始めて約15年過ぎたのを理由に1年間、自主的リフレッシュ休暇を取ることにしたのだ。フリーの身としては、仕事をしていないと休業状態で、そのあと復帰しましたといっても元通り仕事が来るかな、とちょっと不安ではあったのだが、「そのときはそのとき、また持ち込みでもすればいいや」と覚悟を決めた。

 その1年間に向けて計画したのは、ホームページを作ること、健康第一で体重を落とすこと、そして「絵を描くこと」だった。

 もともと、翻訳者になった当初から、自分が翻訳した本の舞台を見にいくことをずっと続けてきたわけだが、『ピーター・ビアードの冒険』と『夜とともに西へ』の翻訳をしたときはケニヤだった。そこでケニヤ旅行の計画を立てていたところ、たまたまアフリカにハマっている友人がいた。アフリカ好きのグループが自分たちでツアーをアレンジし、毎年のようにケニヤへ行っているという。お仕着せのツアーとはちょっと違って楽しそう! そんなわけで、1997年のツアーに同行させてもらった。

 そのジャンボ・サファリ・クラブが2001年春に、横浜山手で美術展を開くという。「何か出品しない?」と誘われて、イラストでも描こうかと思ったのがきっかけ。ケニヤのンゴング丘陵を背景にしたカレン・ブリクセンのポートレートを出品した。

 久しぶりに絵筆を取ってみたら、これが楽しい。きれいな色を塗りたくる、何かの形ができてくる、空間のようなものが生じてくる……そんなプリミティブな喜びを再発見。この画面の世界を作るのも壊すのも、私の絵筆ひとつにかかっている。果てしない宇宙も、不可思議な形も、この世ならぬ情景も、絶世の美男美女も、なんでも思うがままに現出させられる……小さな暴君になった気分?

 画学生のときは、オリジナリティ、テクニック、コンセプト、クリエーティビティといったことにこだわって、なんだか頭でっかちだったなーと今では思う。

 とはいえ、腕が落ちているのも確かで、筆運びはぎごちないし、そもそもアクリル絵具を使うのは初めてなのだ。アクリル絵の具は油絵具のような質感なのに水で溶かせるし、重ね塗りに必要な乾燥もすばやくできる。とても簡単。リハビリを兼ねて、好きな女性たちのポートレート写真を見ながら、ぼちぼち絵を描きためていった。

 油絵には当然ながら油を使う。テレピン油、ポピー油など、何種類か混ぜたりもするし、べたべたして扱いにくい。しかも、臭いがかなり強烈なのだ。アトリエがあるならともかく、ふつうの家庭の居間ではなかなかやりにくい。しかし、アクリル絵具は水溶性なので、臭いを気にせずにすむ。休暇中の1年間は、ダイニングキッチンに小型イーゼルをセットして、つねにボードを載せておき、気が向くとちょいちょいと描き足せるようにしておいた。ちなみに、キャンバスをやめてボール紙のようなイラストボードを使ったのも楽でよかった。渋谷のウエマツまで大きなボードを買いに行き、かさばるけど軽いボードを抱えて、バスや徒歩で家まで帰ったのも楽しい思い出だ。

 個展を開くというのは、私にとって長年の夢の1つではあった。しかし、東京には貸し画廊がたくさんあるから、個展を開くのはわりと簡単なんだよね。お金さえあればいい。ただし、入れ物はあっても、並べるものがないとね。つまりいくつか作品を溜めておかなくちゃいけない。

 油絵を描くときはエスキースを作ることが多い。エスキースとは習作の意味だが、クレヨンや水彩といった手軽な画材で、仕上がりを想定したスケッチを作り、構図や色を決めるのだ。これをコンピューターで作ってみた。コンピューターの付録のお絵かきソフトを使い、マウスやペンでざっとスケッチする。色も自由に変えられるから、何通りも試すことができ、気に入ったものをプリントすれば、それでエスキースは完成。それをもとに、本番のイラストボードに絵具で描いていくというわけ。このエスキース作りも楽しかったな。で、結局このエスキースもプリントアウトして、個展に出しちゃいました。

 休暇中にホームページ作りにも手をつけ、文章と写真だけではつまらないと思って、いたずらがきのようなスケッチを載せるようになった。それが、女優シリーズ。  この牧人舎ホームページにも挿画のイラストを描いていたので、連載エッセイの「コウモリ通信」や「うさぎの手紙」シリーズもだいぶ溜まってはいるのだが、今回の個展には出さなかった。

 最初はリハビリ気分でぼちぼち描いていたのだが、作品が溜まってくると「これをなんとかできないか」という欲がむらむらと湧いてきて、「個展をやってもいいかしら」と思うようになった。もう、落語の「寝床」の世界である。

 会場となったPIGA画廊は友人の高橋健次さんが紹介してくれた。場所と会期を決めたら、あとは実現に向けて、用事をこなすのみ。案内状のデザインと文面を考え、CDに焼いて印刷所に送付。どの絵を出すか選んで、絵の大きさに合わせて額を決め、マット(絵の周囲をふちどる厚紙)を切ってもらい、宅配で家に送ってもらい、家でそれぞれの額に絵をセットして、また発送用に梱包しなくちゃいけない。

 タイトルを考え、キャプションの文章を書き、プリントアウトして、スチレンボードに貼って適当な大きさにカット。案内状ができてきたら、名簿を作って、宛名を印刷して発送。オープニングパーティは友達の実川元子さんたちが企画・セッティングしてくれたので楽だった。

 そんなわけで、個展のオープニングにこぎつけた。と思ったら、6日間ってほんとにあっというまで、一瞬のうちに駆け抜けてしまったような気分。こんなに大勢の人といっときに会ってしゃべることって、めったにない。刺激的でハイになる一方、慣れないことなのでぐったり。正直な話、会期中に一瞬、「引きこもりたい!」という気分になったのも事実。

 ふだん、黒子に徹する翻訳業なので、イベントの中心に立つのはものすごく照れくさい。どうも私は観察と記録が好きらしく、見られる立場は苦手です。とてもアイドルにはなれないな(誰もなれとはいわない……)。それから、個展会場では「作家さん」と呼ばれました! ちょっとくすぐったい。もうひとつわかったのは、イベントの中心人物になると写真が撮れないってこと。この次はカメラマンを確保しておかなくちゃ(はたして、この次があるのだろうか?)

 オリンピックとは関係なしに、ごくプライベートなイベントで、今年の夏は終わった。うまいへた、売れる売れないは別として、絵を描くのが単純に楽しかった――そんな「絵を描く楽しさ」を再発見したことは、この夏の大きな収穫だった。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2004.10.9)
シカゴで考えたことあれこれ







朝食にもポテト(左)。シカゴ名物、スタッフド・ピザ(右)
・肥満体が多すぎ

 びっくりするほどの肥満体がぞろぞろ。私が太めだとかいう、そんなレベルではない。ウェスト・ヒップ回り、100センチはざら。これはぜったいアメリカの国家的大問題でしょう。

 ブッシュは――というか、次期アメリカ大統領が誰になるにせよ――架空のテロ対策や大風呂敷の世界平和を訴えるよりも、肥満対策に国家予算を投入すべきではないだろうか。

 だいたい料理の分量がやたらと多すぎ。これを完食するのも問題だが、見ているとけっこう残す人が多い。これで資源保護だの、エコロジーだの、言ってられない。マイケル・ムーア、あんたも肥りすぎ!
・アメリカ人はポテト好き

 肥満とも関係あるだろうが、とにかく量が多くて困る。しかも大味というか、大雑把というか。それにしてもアメリカ人はポテトが好きなのね。ステーキやハンバーガーには必ずポテトがついてくるし、朝食メニューにもポテトはつきもの。ベークドポテト、フレンチフライ、チップス。

 そういえば、フレンチフライと呼ぶのをやめようなんていう運動があったらしいが、いまのところまだ普通に使われていた。


バーガーにもベークドポテト


シカゴの勝鬨橋(?)とエル(高架鉄道)
・シカゴは東京に似ている

 高層ビルが建ち並ぶスカイライン、海辺に位置するところ(シカゴの場合は湖だけど、ほとんど海という感覚)、川がある(リバークルーズは墨田川の屋台船みたいだった)、環状線が走っている(昔の山手線みたい)、地下鉄がある、デパートが多い、街中を歩けるところなど、東京に似ていた。

 CTAという高架線(エル)と地下鉄とバスすべてに共通のチャージ式カードはスイカと同じシステム(紙製だけど)。やっと使いこなせるようになったら、もう帰国の日になってしまった。写真のように、勝鬨橋みたいな開閉式の橋があるのも東京と同じ。
・貧富の差が目につく

 都会なのに、片手に紙コップをもって路上に坐りこみ、じゃらじゃらいわせながら小銭をせがむ人がいる。郊外電車の窓からは、いかにも煤けた感じのトタン屋根アパートが見える。一方、川沿いの高級コンドミニアムには超エリート(サミー・ソーサやオープラ・ウィンフリー)が住み、高層ビルのオフィスでは年収何十万ドルというビジネスピープルが働いている。

 高級住宅地オークパークには、F・L・ライト設計のモダンで美しい教会があり、グレースランドという郊外の墓地は緑豊かで、まるで公園のようだ。そこには彫刻で飾られた富豪たちの墓がある。教会や墓地にまで――当然ながら?――貧富の差は、はっきり現れている。

 高層ビルの上から眺めると、ダウンタウンのビル街から郊外へ伸びる道はひたすらまっすぐ。田舎には刺激も文化もない。田舎町に生まれ育つことの閉塞感は、鉄道網があまり発達していないアメリカでは、よりいっそう強いだろう。この牢獄のような田舎町から出たい、もしも出られなければ、それから先、死ぬまでの一生はもう目に見えていると、田舎町の若者は思うんでしょうね、きっと。


95階からの眺め


池に浮かんだ小さな島の中に、自然石のお墓がある
・グレースランド墓地にて

 翻訳した『ザ・デビル・イン・ザ・ホワイトシティ』に関連する場所を巡ってきたわけだが、1893年の万博跡地(名残はほとんどなく、夢の跡という感じ)、バーナムの建築したビル(Chicago Architecture Center主催のHistorical Skyscraperツアーに参加)などを見たほか、本の最後に言及されているグレースランド墓地へも行った。

 ここには、本の主人公であるダニエル・バーナム夫妻とその息子たちをはじめ、登場人物の大勢が埋葬されている。ホテル王のパーマー夫妻、建築家のルイス・サリヴァンやジョン・ルート、シカゴ市長で博覧会の閉会式の前日に刺殺されたカーター・ハリソンなど、立派な記念碑や霊廟が建ち並んでいる。

 バーナムの墓は敷地の真ん中にある池に浮かぶ小さな島を独占しており、周囲は景観設計家オームステッド(NYのセントラル・パークの設計者)が好みそうな手付かずの自然という感じで、樹木や草がのびのびと生い茂っている。後世の評価はむしろサリヴァンやライトやミース・ファン・デル・ローエを高く評価し、バーナムにはやや冷たいとはいえ、いかにもシカゴの名士だった生前のバーナムにふさわしいロケーションだ。
・話しかけられた

 シカゴ川クルーズの時間待ちでマクドナルドにいたら、隣に座った二人連れの若い黒人女性が、私の友人の履いていたブーツをすごくカッコイイと誉めてくれて、「どこで買ったの?」と訊かれた。それもそのはず、そのブーツはフェラガモなのだった。マーシャル・フィールズでブーツのセールをやってたから、そこで買ったのだと答えると「そうそう、いまセールやってるのよね、知ってる」といっていた。「すごくおしゃれね」と何度も言われて、友人はすっかりいい気分。

 地下鉄の中では斜め前の席にいた若い男の子が「それはどこで買ったのか」と訊いてきた。Burnes & Nobleの手提げバッグを抱えていたので、それのことかと思ったら、『地球の歩き方 シカゴ』のことだった。
「これ日本語の本だけど」
「そう、それどこで買えるの?」
「日本で買ったのよ」
「ヴィジターなの?」
「そう私たちツーリスト。日本ならどこの本屋さんでも売ってるよ。それか、amazon.comね」
 そんな会話をしているうちに2駅目で降りなくちゃいけなくてバイバイ。

(のなか くにこ)


CTAレッド・ラインのシカゴ駅(地下鉄)





ぐるぐるくん

野中邦子(2004.11.3)
図1

男に向かう恋心はライバル出現と同時に弱まり、恋敵への強い感情が芽生える




図2

女への強い感情はそのまま、ライバルとのあいだには反発と同時に奇妙な共感が生まれる
プチ・トライアングル

 女2人のかもしだすライバル意識には独特のものがある。前にこのコラムでも書いたが、イーディス・ウォートンの『無垢の時代』に登場するメイとエレン、『イーサン・フローム』の妻と恋人、それに短編『ローマ熱』に出てくる2人の女性。イーディス・ウォートンは三角関係小説の大家といってもよさそうだ。
 日本のテレビドラマでも、古くは『東京ラブストーリー』のリカとさとみ、最近では『牡丹と薔薇』なんてのもあったっけ。

 ところで、女2人に男が1人、あるいは男2人と女1人で三角関係ができあがるわけだが、この2バージョン、だいぶ雰囲気が違うような気がするのだが、どうだろう。
 男2人に女1人のトライアングルの代表といえば『突然、炎のごとく』だろう。原題はJules et Jim 「ジュールとジム」――まさに男2人の名前を並べたものである。

 女2人バージョンと男2人バージョンではどこが違うかを簡単に図解してみた(いちいちおえかきをしている私もヒマである)

 図1は、もともと存在した男への恋心(赤の点線)が、もう1人の女の出現によって、ライバル意識のほうが強くなり(赤の矢印)、男への思いより強くなってしまったところ。

 図2は、女に対する男の思いはライバルが出現しても変わらず、むしろ男同士のあいだに一種の共感(黄色)が生まれたところ。ジュールとジムの関係はまさにこれ。

 だいたい、女2人の場合、女は男の浮気心を恨むよりも、ライバルの女を憎む傾向があるのではないだろうか? この女さえいなければ、彼は私のものだったのに、という考え方。
 一方、男2人のとき、男はライバルの男を憎むより、心変わりした女を責めるようだ。カルメンを殺すホセがその典型だろう。

 この図解でいうと、図1では、強い感情は底辺に流れ、図2のほうでは、強い感情は頂点に向かう。ま、なにごとにも例外はあるけどね。
 ところで、2人の女のライバル意識といえば、ヴァージニア・ウルフとキャサリン・マンスフィールドのあいだにも、それと似たような感情があった。

 1888年ニュージーランド生まれのマンスフィールドは、ウルフよりも6歳若い。若いころは音楽を勉強し、優秀なチェリストだったが、父親に反対されて音楽の道をあきらめた。もう一つの情熱の対象が書くことで、9歳のときに早くも文章が活字になったという。

 ウルフと違って性的には奔放で、若くして結婚したジョージ・ブラウンとは結婚式のあとほんの数日で別れてしまった。結婚する前にもガーネット・トロウェルという音楽家と関係をもち、妊娠したあげく、ドイツで流産したりしている。
 性交渉による感染で不治の病(梅毒だろうか?)を得て、そのために生涯病弱だったという。のちには結核に罹り、35歳の若さで世を去った。
 マンスフィールドが死んだあと、ウルフはライバルが減って「ほっとする」半面、もう「文章を書くことになんの意味もない」と思って呆然とする。「もちろん書きつづけるわ。でも、それは虚無に向かって書くも同然」

   そのマンスフィールドにも三角関係の物語がある。いや、華々しいドラマは何もないのだが、三角関係のかすかな兆し――ごく小さな、いわばプチ・トライアングルである。

 その作品は『一杯のお茶』(ねたバレ注意!)

 ローズマリーは美人ではないが、若くて頭がよく、金持の夫フィリップと結婚して、優雅な生活を送っている。やや浪費家で、パーティ好き、なんの悩みもない奥様である。
 ある雨の日、買物の店から出たところで、貧しい若い女に一杯の紅茶のお金をめぐんでくれと声をかけられる。
 貧しい娘を助けるというドラマチックな出来事を夢想したローズマリーは娘を家に連れてかえり、お茶をふるまう。
 そこへ夫のフィリップがやってきて、ローズマリーを別室に呼び、あの娘をどうするつもりだと訊く。ローズマリーは、あの娘を世話をして、助けてやる……と言おうとする。
 そのとき――
 フィリップが口にしたひとこと。
 「あの人はびっくりするほどかわいい」
 「彼女はものすごくきれいだよ……どぎまぎしてしまったくらいだ」
 ローズマリーの気まぐれな熱意は一瞬にして冷える。
 少々のお金をめぐんで彼女を追い出し、きれいに化粧をしてフィリップの膝にすわる。 「あの人は帰るって言い張ったの。だから、引き留めることはできなかった。そんなことできないわよね」
 そして、フィリップの頭を掻きいだいて、胸におしつける。
 「わたし、かわいい?」

 プチ・トライアングルは日常のいたるところにある。その一瞬を捉えるマンスフィールドの目ってすごい。
(のなか くにこ)

『マンスフィールド短編集』
西崎憲編訳
ちくま文庫





ぐるぐるくん

野中邦子(2004.12.3更新)


『小説 不如帰』
徳富蘆花
岩波文庫
明治の人びと

 今月読んだ本は徳富蘆花の『不如帰』。
 これを読む前に、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んだ。『坂の上の雲』の主人公は日露戦争でロシアのバルチック艦隊を日本海海戦において殲滅せしめた(こういう口調がいかにも明治だ!)松山出身の秋山真之である。
 この秋山真之は明治元年(1868年3月20日)生まれで、正岡子規(1867年9月17日生)とほぼ同い年、住まいも近く、同じ小学校に通って仲がよかった。この子規と、真之の兄で陸軍騎兵隊の秋山好古を加えた三人の生涯を追うことで、明治期の日本および日本人について書こうとしたのが『坂の上の雲』である。
 ところで、本題の『不如帰』だが、著者の徳富蘆花は真之と同じ、明治元年生まれだった。

 徳富蘆花 1868(明治元)年12月8日−1927(昭和2)年9月18日没、熊本県水俣に生まれる。
 徳富蘇峰は兄、同志社に学ぶ。『不如帰』は明治31年から『国民新聞』に連載されて人気を博した。

 片岡中将の娘浪子(なみこ)は8歳のときに実母を亡くした。父が再婚した相手はインテリで西洋かぶれ、継娘の浪子とはどうも気が合わない。浪子に縁談がもちあがると、これ幸いとばかり嫁がせる。
 浪子の結婚相手は海軍少尉の川島武男。さっぱりした単純な気性の武男と奥ゆかしい古風な浪子は相性ばっちりで幸せな新婚家庭を築く。だが、息子夫婦があまり仲がよいと、姑としてはあまりいい気持がしないもの。やがて浪子が肺結核という恐ろしい病気に罹り、姑はますます嫁を疎んじるようになる。武男がそばにいればまだしも、軍人の武男は長いあいだ家を留守にせざるをえない。これは浪子の父片岡中将も同じこと。
 さて、武男の従弟で幼馴染の千々石(ちぢわ)は孤児ゆえに川島家で育てられた。品性下劣ながら目はしはきいて、まんまと参謀本部に入りこんだが、仕事はいい加減、文書偽造や借金など、後ろ暗いところが多いくせに、浪子に付文をして口説こうとした不埒な男である。
 一方、川島家とゆかりのある実業家の山木は千々石とも通じて、肺を病んだ浪子を川島家から追い出そうと画策する。というのも、山木の一人娘お豊が武男に横恋慕しているからである。
 この二通りの敵役が動きだすのは、浪子が肺結核を病んでからである。武男が黄海海戦に従軍して家を留守にしているあいだに、千々石と山木が共謀して川島家の姑をたきつけ、浪子を実家に帰してしまう。やがて負傷して戻ってきた武男はこの話を聞き激怒するが、いったん離縁したものを戻すことはできない。
 愛する夫と引き離された浪子は気落ちし、ついに世を去る。葬式に送られてきた川島家からの花は玄関先で突き返された。

……という物語である。
 同じく明治時代のベストセラーといえば尾崎紅葉の『金色夜叉』がある。紅葉は、徳富蘆花より1歳年上、『金色夜叉』は明治30年に読売新聞に連載されたから『不如帰』の連載と相前後している。どちらも、運命に翻弄される女性が主人公ではあるが、宮が上昇志向のマテリアルガールであるのに対し、浪子は(病気のせいもあるが)弱く受動的でひたすら耐える女である。ただし、武男への愛はかなりパッショネート。
 お芝居の『婦系図』にある「別れろ切れろは芸者のときに……」というお蔦の有名なセリフは原作の小説には出てこなかったが、こちらの「千年も万年も生きたいわ!」はちゃんと出てくる。浪子が唯一、感情を激しくあらわすのがこの場面。

 「死んでも、わたしはあなたの妻ですわ! たれがどうしたッて、病気したッて、死んだッて、未来の未来の後(さき)までわたしはあなたの妻ですわ!」

 そう迫られて、武男がたじたじとなるほどだ。浪さん、ほんとはものすごくパッショネートな人なのに、周囲に気兼ねして抑えすぎたのがストレスになったんじゃないだろうか。病気の一因もそんなところにあったりして。

 浪子は実在の帝国陸軍元帥大山巌の娘信子がモデルで、洋風の派手な継母というのは、津田梅子といっしょに日本人女性としては初めて外国に留学した当時の超インテリ女性、山川捨松だといわれる。意地悪な継母という描き方で悪者にされたようだが、このへんはやや偏見あり、で「べつにいいじゃない?」と思えるのは現代の目だからだろう。少女時代の浪子は、奥ゆかしすぎて、じれったい感じがする。十いくつで単身アメリカへ渡って、英語を学び、看護学まで身につけてきた捨松(海外留学にあたって命を捨てたものという覚悟のもとに改名された)からすれば、はきはきしない浪子のような娘は物足りなかったにちがいない。

 武男の母(浪子の姑)の描き方も面白い。夫なる人物がひどく暴力的で抑圧的な男だったらしく(そのせいで、千々石もひねくれて育ってしまった)、夫が生きていたあいだは身を小さくして耐え忍んでいたのが、彼が死んだとたん「圧(お)しつけられしゴム毬の手を離されてぶくぶくと膨れ上がる類(たぐい)にや」という具合に肥満する。年齢53歳、体重19貫(71キロ)。夫婦は似るというが、夫亡きあと、押さえのとれたこの姑は「それほどの力量なしにわけわからず、せまくひがみてわがままつよき奥様」となる。
 うーん、なんだかよくあることみたい。

 また、武男に横恋慕するお豊の姿はこうである。

 「八畳のまんなかに絹ぶとん敷かせて、玉蜀黍(とうもろこし)の毛を束ねて結ったようなる島田を大童に振り乱し、ごろりと横に臥したる十七八の娘、色白の下ぶくれといえばかあいげなれど、その下ぶくれが少し過ぎて頬のあたりの肉今や落ちんかと危ぶまるるに、ちょっぽりとあいた口は閉ずるも面倒といい貌(がほ)に終始洞門を形づくり、うっすらとあるかなきかの眉の下にありあまる肉をかろうじて二三分上下に押し分けつつ開きたる目のうちいかにも春がすみのかけたるごとく、前の世からの長き眠りがとんと今もってさめぬようなり」

 要するに、髪はあかちゃけて縮れていて、おたふく顔で、口はぼんやりあけっぱなし、目は細くて、まぶたが腫れぼったく、ぼーっとした表情で、ふて寝をしている。
 これも昨今のギャルみたいだ。


連載時の挿画「浪子像」
黒田清輝画

黒田清輝は1866年(慶応2年)生まれで、蘆花と同時代人だった。法律家めざしてフランスに留学したが、途中、洋画の道に転じた。秋山真之の兄、好古と黒田のフランス滞在はほぼ同時期である。


『日露戦争物語』
江川達也
小学館

この漫画の主人公も秋山真之。ちょうど黄海海戦(まだ日露戦争ではない)の場面で、武男さんも海軍少尉だから、こんな軍服を着ていたにちがいない。

 この小説、こういう描写がすごく的確で面白い。さらに、七五調でリズムがよく、風景や自然の描写がきれいで、まさに「声に出して読みたい日本語」かもしれない。
 一方、同時期にベストセラーとなったもう一冊の『金色夜叉』にくらべると、ややあっさりしたところが特徴か。
 継母や姑の浪子に対するイジメもそれほど深刻ではないし、恋敵のお豊が浪子去ったあとの川島家に行儀見習いで入るのだが、これも長続きせずに、「もうもうこんな家にはいられない」と出てゆくし、敵役の千々石も旅順であっさり戦死する。
 お豊が川島家にとりいって武男と結婚とか、また千々石が妙なことを画策して、とかなると、もっとドラマはどろどろしてくるかも。しかし、物語は浪子の死とともに収束してしまう。『金色夜叉』のような泥沼状態で収集がつかなくなり、結局、尻切れトンボで終わる(紅葉は連載途中で死んでしまうのだ)こともなく、『小説 不如帰』はすっきりきれいにまとまっている。
 同じ明治元年生まれでも、35歳で死んだ子規、36歳で死んだ紅葉と違って、蘆花は明治と大正という2つの時代を生きのびた(それでも享年60歳は、いまなら若死にだが)。
 子規・紅葉というパッショネートな男にくらべて、長生きした蘆花。やはりバランス感覚のある穏当な人ほど長命なのだろうか?

 ところで、この稿を書くにあたってネット検索をしていたら、この小説の浪子・武男のモデルになった人たちの写真を見つけた。武男のモデル、三島弥太郎はボストン留学後、警視総監をへて、貴族議員と日本銀行総裁を兼務したという人で、超ハンサムなのでした。浪子さんが惚れるのもわかるわ。この弥太郎さんの母堂は芝居を見て、「おいどんは、あんなでもごわせんよ」と嘆いたそうです。
(のなか くにこ)