【ぐるぐるくん】バックナンバー 2007年  野中邦子(のなか くにこ)   

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ぐるぐるくん

野中邦子(2007.1.9更新)








 新しい年ですね。みなさん、お正月はいかがでしたか? 今年もどうぞよろしく! 更新も少し遅れて、お待たせしました。

 フリーランスとしては、ゆっくりお正月気分というわけにはいかず、お正月は書き入れ時でした。お正月に限らず、休み明けに締め切り、というのはどうかと思いますが、そのかわり、会社勤めの人が休めないときに休んでいるわけだから、しかたがないか。

 ところで、テレビの正月番組などを見ていると、最近、エハラーとか細木某とかが流行だそうですね。前世が……とか、オーラが見える……とか。私はそういうスピリチュアルやニューエイジ系がちょっと苦手です。

 エンターテインメントとして割り切ればいいんでしょうけどね。メディアが真剣にとりあげて、占い師が全国的にポピュラーなタレントになるのって、どうもうさんくさい。やってもいいんだけど、できれば深夜枠とか、地方局とかでやってほしいな。全国放送のゴールデンタイムにやらなくても……と思います。まあ、どっちにしてもテレビはあまり見ないんだけどね。

 あ、それでも、美輪さんはそんなにいやじゃないのは、やはり、オーラにも格の違いがあるんでしょうか。

 とはいえ、ふつうの日本人としては、季節の縁起物は避けて通れないようです。初詣には近所の北野神社に行きました。おみくじが大吉でちょっとうれしい。冬の夜中に火が燃えているのは、なかなかいい感じ。

 悪いことや不幸を嘘に替えるという、ウソ替えの木彫りの鳥のちいちゃいのがかわいかったので、今年は買ってみました。来年はこれをもう少し大きいのと交換します。

 今年はどうやら、カワイイものについているようです。お土産にもらった佐野厄除大師の身代わり守りも丸顔にちょんまげでかわいい。

 というわけで、大吉のおみくじと、ウソと、身代わり厄除け守りで、やってくる災いを撃退し、平和な一年にしたいものです。みなさんのご多幸をお祈りいたします。
(のなか くにこ)









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野中邦子(2007.2.6更新)





 2月といえばバレンタインデー。ウィンドウディスプレーを見るのが楽しみです。銀座まで行けばおしゃれなディスプレーが見られるのですが、ここんとこ忙しくて、銀ブラ(古い!)もできません。

 それでも地元、中野でも思いがけず、かわいいディスプレーを発見。上は「らんぷらんぱだ」というアジア・アフリカ系のエスニック・グッズを扱っているお店。ふだんからフェアトレードをうたっていますが、バレンタインもフェアトレードです。この写真では小さくて見えませんが、紫の紙に「Fair Trade Valentine バレンタインに世界中からやさしさを込めて プレゼントで世界を変える!」と書いてあります。ちょっと変わったコピーですよね。

 もう一つは新井薬師商店街で見かけたハートのディスプレー。まるでモダンアートのようにきれいです。でも、このお店、なんのお店だかよくわかんないんですよね。キャンデーショップみたいなんだけど。キャンデー専門店でやっていけるのでしょうか?

(のなか くにこ)







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野中邦子(2007.3.3更新)




元気なポーズが似合う


お花といっしょのブライスは定番写真
 3月3日は雛祭り……だからというわけではないのですが、今月はドール写真です。

 江崎リエさんが「はまって、はまって」で素直に(?)ブライス・ドールにハマっていると打ち明けているのに、その趣味にひっぱりこんだ元凶である私は、ちょっと恥ずかしくて、内緒にしていましたが、ついにこのエッセイのネタもなくなり、やむをえず、カミングアウト。写真が山ほどあるブライスの出番です。

去年の十月に一体手に入れていらい、かわいくてしかたがなく、ついに先日、オークションでヴィンテージ(1972年製作のオリジナル、つまり中古品です)を落札してしまいました。
(ちなみに、ブライスは一匹、二匹と数えるんだという説もあり。また、「買う」なんていっちゃダメで、「お迎えする」というらしい)

 写真の子が新入りのヴィンテージ。可愛いです……が、お高いです。
 名前をつけなきゃね。と、思って、『マリー・アントワネット』翻訳(&重版)記念に購入したので、マリー・アントワネットにちなんだ名前にしたい。でも、マリー・アントワネットそのままじゃ、この子に似合わないったらない。そこで、「スパイダーマン」のMJ風に、イニシャルを拝借。MAという名前にしました。呼び名は「エムちゃん」(くしくもMJ役のキルステン・ダンストがマリー・アントワネットを演じてました)

近況・1月2月はゲラ月間で、ハイブラウな絵画論、日本の社会保障問題、中世の歴史物と、ジャンルはばらばらながら、手ごたえがっつりの本3冊の校正に追われていました。やっと2冊は校了、1冊も初校を戻して一息ついています。あとは税金だなー。

(のなか くにこ)





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野中邦子(2007.4.3更新)



 都知事選挙です。そのまんま効果で、選挙がエンターテインメントのようになっていますが……。ブライスも「東京の未来は私が決める」と(いや、ブラ子に選挙権はないから)。

 私は選挙権を得て以来、よほどのことがなければ投票に通ってます。べつに自慢することじゃないけどね。日常生活の不便を解消すべく政治や行政に働きかけるには、やはり選挙権を行使していないとね。というか、政治が悪いと文句をいったり、為政者の無能に腹を立てたりとかの基盤には、選挙で投票しているということがないとダメじゃん? 

 ところで、トップページでも紹介した新刊訳書『「最後の社会主義国家」日本の苦闘』です。日本の社会保障がどうしてこんなに無策になってしまい、女性たちが非婚・子供を産まない生き方を選ぶようになったか(また、日本企業が海外脱出をはかるようになったか)を考察した本です。
 社会を変えるための運動にはエネルギーも時間もかかるし、自分の一生をそんなことに費やしていられない、というのが大方の人びとの本音です。自分だけがささやかな幸せを手にしたい。そのためには、大変な努力が必要な社会変革なんてことは棚上げにして、せいぜい障害のあいだをすり抜け、必要不可欠なもの以外を切り捨てて生きることを選択する。それが、「退出」です。つまり、「いちぬけた」といって逃げちゃうことですね。

 子供を産まないほうが自由に生きられる。夫なんて邪魔なだけ。だから、独身で、仕事を続け、稼いだお金で趣味や旅行を楽しむ。それくらいの幸せを手にしてもいいじゃない? そのかわり老後は一人になってもしかたがない、と、覚悟しているんですね、最近の若い女性は。
 でも、そういう切捨てや、割り切りには一抹のわびしさがあります。仕事もしたいし、子供もほしい、という女性たちも多いはず。これまで「わがまま」とか「多くを望みすぎ」とか思われていたことを当たり前の要求として拾い上げていってほしいものです。

 離婚後300日以内に出産した子供の籍をどうするか、で問題になってます。それもそうなんだけど、私としては別姓婚を早いとこ法制化してほしいものです。女性だって社会的地位や名声をもつも増えているし、起業家だって多い。結婚(入籍)によって、それまでの経歴すべてを変更しなくちゃいけないのって不便でしょ?

 というわけで、世間にはいろんな問題があるわけですが、とりあえず、選挙にGO!  

(のなか くにこ)









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野中邦子(2007.5.8更新)









 最近、SPAMメールが多くていやんなっちゃいますね。一日に30通くらい来ます。ところで、このSPAMの語源はご存知ですか? こんな本があります。書名もずばり、SPAMです。

 この本はむかーしどこかで見かけて、なんとなく買っておいたもの。昔はよく洋書屋さんをまわってバーゲン本や新刊書をあさったんですが、最近はもっぱらインターネットで注文しちゃって、なんとなく買うってことがなくなりましたね。

 屑肉を脂で固めた一種のランチョンミートですが、沖縄ではこれが定番メニュー。沖縄ではポークと呼ばれておなじみです。卵焼きとセットにすればポーク卵。チャンプルーにも入っていることが多い。メーカーはホーメルやチューリップ、国産では沖ハムが製造販売しています。米軍の駐留と関係があるのかな。琉装の女性とスパムの缶詰という、なんだかわけのわからない写真も載っています。

 けっして高級食品ではなく、塊の肉が食べられないので、しかたなく食べるジャンクフードという位置付けです。安いです。

 このスパムがなぜ迷惑メールの比喩になったかといえば、イギリスのコメディ番組、モンティ・パイソンが元だそうです。この本にも、モンティ・パイソンのことが出てきます(たった見開き2ページですが)。レストランへ行ったら、メニューにはスパム料理しかなかった、ウンザリ、というようなスキットのようです。カミール・パーリアは『セックス、アート、アメリカンカルチャー』で現代の大学教育事情を批判して、こう書いています。「『モンティ・パイソン』のコーラスが声をそろえて歌うように、メニューにはずらっと同じものしかない。「スパム! スパム! スパム!」

 たとえていえば、「今日もコロッケ、明日もコロッケ」という歌にも通じるのではないでしょうか(といっても、この元歌を知っている人がどれだけいますか?)  レシピも載っています。こんなオードブルはいかがでしょう。

 気に入った本は出版社にもちこんで、「これ出しませんか?」ということもあるのですが、この本だけは、それができません。なぜかといえば、私はスパムが苦手、はっきりいってキライなのです。レシピを見ていても、ちょっと遠慮します、というか、ぜったい作りたくないと思っちゃうので、とても翻訳などできません(沖縄の人、スパム好きの人、ごめんなさい!)

(のなか くにこ)





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野中邦子(2007.6.2更新)


玄関前のバラが咲きました。
チラシ配りのコツと翻訳

 チラシ配りのバイトをしたことがありますか? よく路上で配っているあれです。私が昔勤めていた出版社の社長は趣味人で、ファッションにもうるさく、あるとき横浜元町に小さなブティックを開きました。開店早々に、私もかりだされてチラシ配りをしたのです。

 そのとき、誰かに教わったわけではないのですが、チラシを受け取ってもらうためのいくつかのコツに気づきました。

 まず、大切なのはアイコンタクト。
 そして笑顔です。
 この人に渡そうと決めたら、視線を合わせます。じっと見つめると、たいてい気がついて、こちらを見てくれるものです。目があったら、にっこり笑顔。

 漫然と渡さないことも重要です。次から次へと人が通っても、全員に渡すのは無理なので、狙いを定めて「あなたに受け取ってもらいたい」という気持ちでさしだすこと。できれば、声をかけるといい。「どうぞ」とか、「よろしくお願いします」とか、簡単な言葉でいいんです。たいていの人はこちらの笑顔と気迫におされて思わず受け取ってしまうようです。

 それから、わりと気づかないけど大事なのは、さしだしたチラシを受け取ってもらえなかったとき、それをそのまま別の人にさしだしてはいけないということ。いったん束に戻します。渡すときは、つねに束からとったばかりのものをさしだす。人に渡そうとして拒否されたものを使いまわしては、受け取るほうもいい気分はしません。路上で配っている人たちを見ても、これができている人はあまりいませんね。

 これらのコツを心得たら、けっこう効率よくチラシを受け取ってもらえました。たった一回、数時間の経験でこれだけのコツを体得する私ってチラシ配りに向いているのかも、と内心自慢に思ったのですが、それ以後、チラシ配りのお声はかかりませんでした。

 ところで話かわって、翻訳について。
 昔、先生によくこんなことをいわれました。
 「翻訳をするときは、読者を想定するとよい。それも不特定多数の読者ではなく、身近にいる誰か、その本を読んでくれそうな知り合いを思い浮かべて、その人に向けて翻訳するように」、と。

 インテリの先輩、ゲーム好きの弟、ロマンチックな姉、親戚の趣味人の叔父さん、おしゃべり好きな叔母さん、きっぷのいい女友達、意外に軟弱な男の友人、あら捜しの好きな元上司、いろんな人がいます。

 たしかに『マリー・アントワネット』を読む人と、『「最後の資本主義国」日本の苦闘』を読む人、『ワールドカップ教室』を読む人とでは、読者像もかなりちがいますよね(これ、みんな私の訳書ですが)。このごろ、具体的な読者像を思い描くのをサボっていたので、久々に先生の言葉を思い出し、反省したところです。さて、この次に翻訳する本の読者はどんな人でしょうか……?

(のなか くにこ)







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野中邦子(2007.7.2更新)


PLASTIC CULTURE
 本屋さんの一隅から、私を見ている瞳がある。見慣れた顔だ。私の好きな顔――BLYTHEでした。

 PLASTIC CULTURE 洋書です。フィギュアが世界を征服する!……ほんとでしょうか? 私もすでに征服されているのでしょうか。

 BLYTHEについての記述が1ページ以上あれば買っていたところですが、たった1ページだったので購入にはいたらず。
 ところで、この本のタイトルに使われているPLASTICという単語、ここでは物質としてのプラスチック、つまりビニールやポリエチレンを意味していますが、英語では別の意味もあります。
 plastic sergeryというと形成外科の意味です。plastic figureといえば、粘土や石膏をこねてつくった塑像のことになります。ランダムハウス辞書によれば、語源はギリシア語で「形成できる」の意味だそうです。「可塑性がある」とか「融通性にとむ」というようなときにも使われますね。

 そんなわけで、昔、私が翻訳した本のタイトルが『プラスチック・ビューティ』(エリザベス・ハイケン著、平凡社刊)。このタイトル、いかにも英語風ですが、じつは編集部がつけた和製英語(?)です。原題はVenus Envy。ヴィーナスが嫉妬する、という意味です。

 プラスチックという言葉を「可塑性のある」と「整形手術」の両方にかけて、なかなか味のあるタイトルではないかと思っています。

 さて、私の近況ですが、トップページに紹介したとおり、DVD『マティスとピカソ 二人の芸術家の対話』(ナウオンメディア発売)の字幕監修と解説をしました。字幕監修というのは初めての経験です。

 もとはフランス語なのですが、DVDなので英語版もあり、両方を聞きくらべて、おもに固有名詞や事実関係のチェックをしました。人名や作品タイトルを調べるのはノンフィクションの翻訳でお手のもの。でも、字数制限があるのは未経験のことでした。もちろん、前に河出書房新社でフランソワーズ・ジローさんの著書『マティスとピカソ』を翻訳したことから、今回の仕事の話をいただいたわけですが、DVDのなかではジローさんがあいかわらず、美しく、知的で話をしていて、「すてき!」と思いました。興味のあるかたはぜひ見てください。

(のなか くにこ)





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野中邦子(2007.8.2更新)


りんごのシャーベット
 みなさんは食べ物の好き嫌いってありますか? 私は子供のころ、相当な好き嫌い屋で、学校給食では苦労しました。

 大人になったら、食べられないものはなくなりましたが(牡蠣だけは一度あたって、それ以来食べられないのですが)、いまでも苦手なものがいくつかあります。その一つがりんごジュースです。りんごそのものは大好きだし、アップルパイや焼きりんごなども好物なのに、ジュースにすると、どうもダメ。

 ところが、お中元でジュースのセットなどをいただくと、いくつか入っています。今年なんか、りんごジュースだけの詰め合わせをいただいてしまいました。紅玉だけとか、ゴールデンデリシャスだけとか、りんごジュース好きの人には、さぞうれしいだろうと思います。

 そこで、シャーベットにしようと思いついて作ってみました。冷凍庫で冷やして、固まりかけたころに何度かとりだして、フォークで砕く。それだけです。融けてくるとジュースになってしまうのが難点ですが、夏のデザートにはなかなかでした。

 食べ物の好き嫌いって、なかなか人に言えないものですね。うちの母は日本蕎麦が嫌いなんだそうです。でも、それを知ったのはつい最近。ン十年ものつきあいで、初めて知ったよー! でも、何かもらったりして、その場で言わないと、言いそびれてしまうこともありますね。私も、奈良漬が苦手だとか、魚の甘露煮はあまり好きじゃないとか、母に言いそびれてしまったら、出かけるたびにお土産で毎回もらうようになってしまって困ったことがあります。

 話はかわって、ニフティの掲示板が急に閉鎖されてしまい(アナウンスがあったのかもしれないけど、まったく気づかなかった)、当ホームページの「声の広場」も新しい掲示板になりました。今後ともよろしくお願いいたします。

 トップページに掲載した『大冒険時代』は牧人舎関連の本というわけではないのですが、私と塩原さん、鬼沢さんと、三人が翻訳に参加しているので、紹介させてもらいました。私はエベレスト登頂記を翻訳しました。エドマンド・ヒラリーとは、ずっと前、草思社にいたころ、『ヒラリー自伝』の編集の手伝いをした縁があります。緑陰読書にぴったりの本です。夏休みにぜひ。

(のなか くにこ)





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野中邦子(2007.9.3更新)


ハリー・ポッター最終巻のカバーと並んだブライス2体。
 『ハリー・ポッター』の最終巻が出ましたね。原題はHARRY POTTER AND THE DEATHLY HALLOWS。

 deathly harrow というのはあまり見かけない単語です。辞書をひいても、いまいち意味がよくわからない。邦題の予告で出ているのは「死の秘宝」でした。最初、音だけ聞いて、死の「秘法」かと思って、そういえば、これまでに死んだダンブルドアやシリウスがじつは生きているんじゃないかという噂もあったっけ、「彼らが再生するのか?」と早合点しましたが、どうなんでしょうね。さっそく手に入れたものの、読みかけで、進みません。この程度ならネタばれにはなっていないと思うので、未読のかたご容赦を。

 シリーズの最初の頃は楽しく読んでいたハリー・ポッターですが、どうも後半になるにつれて、ストーリーが陰惨になってきて、大人の世界のどろどろもあり、いささか鼻につくようになりました。最終巻も、冒頭から、拷問シーンとか出てきて、どんどん読み進む気持ちになりません。

 やっぱり、寄宿舎、制服の少年少女、森の中のお城の学校、ドラゴン、箒で空を飛ぶ……なんていうのが、ファンタシー本来の魅力ではないでしょうか。つきあいだから、最後まで読むけど。

 ところで、魔法学校ホグワーツの食堂の天井には黄道十二宮が描かれていたのでは? 星のめぐりというのは、幻想的で、ファンタシーの世界にはぴったりですね。そのせいかどうか、前に牧人舎で翻訳した『誕生日事典』が文庫になりました(トップページで紹介)。占星術や数秘学、人名占いなどを総合した性格判断・相性占いの本です。もとはページ数のある分厚い一冊本だったのですが、こんどは星座別に12冊の文庫版になりました。まず、雄羊座から乙女座までの6冊が出ました。

 単行本のときは、なにしろページ数が多くて、文字がこまかくて、占星術独特の言葉遣いはあるし、性格や気性をあらわす形容詞に工夫をこらさなければいけなくて、翻訳にはものすごーく苦労したことを思い出します。

(のなか くにこ)







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野中邦子(2007.10.3更新)


壜入り柘榴ジュース



炭酸で割ったところ
 今年の夏は暑かったですね。この夏、濃縮柘榴(ざくろ)ジュースを炭酸で割って飲んでいました。トルコ在住のヒロコさんからいただいたお土産です。柘榴といえば、女性ホルモンのエストロゲンが含まれていて、更年期障害に効くといわれています。でも、ネットで調べたら、エストロゲンを含む柘榴はイラン産の黒ザクロという種類なんだそうです。

 もともと、ギリシャ神話では柘榴は冥界の食べ物とされていて、デーメーテールの物語に登場します。娘のコレー(ペルセポネー)が冥界の王ハデスにさらわれ、母親のデーメテールは激怒して、取り返そうとします。しかし、冥界の食べ物を食べてしまうと、もう地上には戻れないという掟があるのです。冥界の食べ物である柘榴を食べてしまったコレーは食べた粒の数だけ、つまり一年のうち三ヵ月だけは冥界で過ごさなければならなくなります。コレーが冥界にいるあいだ、豊穣の女神であるデーメーテールは嘆き暮らしているので、地上ではその三ヵ月間、実りのない冬になりました。コレーが地上に戻ってくるとき、デーメーテールの喜びが春をもたらします。

 というギリシャ神話を、私は卒業制作にとりあげて「コレー 春をつれて」という銅版画を作りました。片手に柘榴の実をもって、地下から地上に出てくるコレーを描いたのです。

 まあ、でも、そんなに娘にこだわるデーメーテールの愛情って、「うっとうしい」という感じもありました。母と娘の関係がべったりというのは、ちょっとどうなのよ。しかし、理不尽に拉致されたら、親としては怒るかもね……と、北朝鮮のことなども連想しつつ。

 一方で、鬼子母神が赤ん坊の肉のかわりに柘榴を食べるようになった、などという話もあって、あの真っ赤な粒々が、ビジュアル的にかなりショッキングなんでしょうか。でも、柘榴の実って、透明感があって、赤い色もきれいだし、ぷちぷちした食感とすっぱい味が私は好きです。オレンジ色の花も鮮やかだし、形がユニークで、気に入ってます。柘榴石というのはガーネットのことですね。

 9月になったある日の夕暮れ。ベランダから眺めたら、柘榴色の夕焼けに富士山のシルエットがくっきりと浮かんでいました。
(のなか くにこ)










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野中邦子(2007.11.3更新)


 DVDが普及して、映画の字幕もチェックしやすくなりましたね。このあいだ見た映画でも、ちょっと気になる字幕翻訳がありました。

 80年代にセクシーな「腰振りダンス」で人気があったけれど、年月がたって「あの人はいま」状態になった落ち目ののポップスターをヒュー・グラントが演じています。この「腰振りダンス」の原語は「Pop Dance Move」。腰振りダンスといえば、あまりのセクシーさにテレビでは下半身を映せなかったというエルビス・プレスリーが元祖ですよね。プレスリーが活躍したのは1950年代後半でした。ヒュー・グラントのポップ・ダンスも腰を前後左右に揺するというところはプレスリーの腰つきに似ていますが、セクシー度ははるかに希薄。

 気になったのは、この「腰振りダンス」の訳ではなく、それに関連して、ちょっとした笑いをとろうとする部分。このポップ・ダンス・ムーヴのせいで、ギタリストとベーシストが最近「人工股関節手術」を受けた、というくだりがあるのです。
 原語はHip Replacement――これがぴんとこなかった。

 インターネットで人工股関節の置換手術について調べてみたら、かなり大変な手術のようだし、ジョークのねたにするのはいささか不謹慎というか、不適切ではないでしょうか。あの腰の動きからすると、適訳語は「ぎっくり腰」ではないのかな、と思ったわけです。ぎっくり腰なら、経験者は多いし、でも、致命傷になることは少ないし、笑えるのでは? ジョークの翻訳って、とにかく難しいですよね。

 しかし、そもそも、欧米でぎっくり腰はあるのか、それをさす英語はあるのか、と疑問が生じました。それもネットで調べてみると、strained back とか lower back painというらしいですね。名称というより、症状を説明しただけの表現です。

 また、こうなると、バックとヒップはどう違うのかも知りたくなります。バックはおもに背中ですけど、お尻を上品にいうときもバックといいますね。ヒップは、辞書によると、日本でいうお尻よりも、腰を含めて臀部だそうです。

 まあ、原語の正確な意味はともかく、この映画の腰つきとジョーク精神からすれば、ここはやっぱり「ぎっくり腰」でしょう、と私は思いました。

 他にも気になったのは、「ドロシー・パーカーを気取って」というところが「女流作家を気取って」になっていた点。固有名詞の訳しかたは本の翻訳でも悩みますが、なんといっても固有名詞の喚起力ってすごいんですね。ただ、知らないとなんのイメージも喚起できないというのが難点。

 ちなみに、映画のタイトルは Music and lyrics 『ラブソングができるまで』でした。

お知らせ――新刊の『バグダッド101日』が出ました。翻訳したのは1年半ほど前ですが、ようやく本になりました。翻訳した本の舞台となった場所へ出かけるのが趣味の私ですが、さすがにいまのバグダッドへは行く気がしませんね。治安が安定していれば、チグリス・ユーフラテスの地へはぜひ行ってみたいところですが。
(のなか くにこ)









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野中邦子(2007.12.5更新)


ケヤキも紅葉




お手紙ですよ




カフェのツリー
 久しぶりに美術展を見てきました。「シュルレアリスム美術 イメージとリアリティをめぐって」(横浜美術館で12月9日まで)。 シュルレアリスムが本格的に日本に紹介されたのは1960年代です。瀧口修造、澁澤龍彦(この2人は名前からしてカッコイイ)、美術評論家の東野芳明や坂崎乙郎といった人びとがシュルレアリスムの紹介者でした。私もまだ子供でしたが、シュルレアリスムにはびっくり仰天、すごい感銘を受けて、それ以来、目が離せないようになりました。ダリ、マグリット、マックス・エルンストなどは、とてもポピュラーでしたね。マルセル・デュシャンも好き。

 この展覧会では、ほとんど見たことがある作品ばかり、有名なものがずらりと並んでいました。なじみのある作品群を見直して、あらためてシュルレアリスムってステキと思いました(ミーハーですね)。

 もちろん、強烈なインパクトのあるアイデアだけではなく、それを見せるテクニックも必要です。現実的じゃないものを説得力をもって表現するにはテクニックが不可欠。この展覧会で見た絵はどれも、すごくきれいで、洗練された表現が目につきました。でも、古典作品のような重厚なテクニックではなく、また印象派のような思いつめた情熱でもなく、シュルレアリストはなんだか人生や芸術を「なめて」かかっているようなところが、かえって魅力です。ま、本人は大真面目だったのかもしれませんが、デュシャンやエルンストはやっぱりふざけてますよね。お絵描きの延長みたいだから、素人にも身近に感じられるのではないでしょうか。

 だから、見るほうもあんまり深刻にならずに、冗談半分で見ていいんじゃないかと……だめかな? それはさておき、登場した当初は攻撃され、顰蹙を買ったシュルレアリスムですが、いまではすっかり日常生活に定着しています。むしろ、装飾的だったり、イラストっぽかったり、生活になじみすぎじゃないの?……と思うときもあります。衝撃が薄れたともいえますね。顰蹙がヒンシュクになったというか。

 それより、半年か一年ぶりくらいにみなとみらいへ来てみたら、何もなかったところに、にょきにょきという感じでビルが建っていてびっくり。こっちのほうがシュールかもしれない。

 展覧会を見終わって、カフェでお茶を飲んだら、隣接するミュージアムショップにヒエロニムス・ボス『聖アントニウスの誘惑』に描かれている奇怪な鳥のフィギュアがありました。これにもちょっとびっくり。長い嘴をクロスさせて、先端に手紙を刺し、足にはスケート靴(!)を履いて、漏斗みたいな三角帽子をかぶり、赤いマントを着た怪物です。こんなの部屋に飾る人いるのでしょうか。絵では、写真とは逆の方をむいている姿で描かれています。思えば、15世紀の北方ルネサンスの画家ボスの描くものって、すごくシュールです。奇怪な幻想や突拍子もない空想というのは、人間の遺伝子にくみこまれたものなのかもしれません。だからこそ、20世紀初頭に生まれたシュルレアリスムが、いまも人びとの心を強く惹きつけるのでしょう。

 カフェには早めのクリスマス・ツリーも飾ってありました。右上に見える飛行機のようなものは、壁画の一部。これも作品です。
(のなか くにこ)