![]() 日々の泡 2003.1 井原も引退か。福ちゃんはどうするのだろう。四年ぶりの首位に立ったのもつかの間、明智レッズは去年も寂しくシーズンを終えました。九戦負けなしの後に八連敗かよ……いや、正月早々、暗い話はやめましょう。みなさま、あけましておめでとうございます。 それにしても昨年はワールドカップの開催で、一瞬とはいえ異様に盛りあがりましたねえ、サッカー。ふと思うのですが、この競技がテレビ中継されるようになって、目新しい言葉がずいぶん定着したのではないでしょうか。「身体能力」とか「モチベーション」なんて、こんなに当たり前に使われる言葉じゃなかったような気がするんですけど。なかでも本当に目新しく、個人的にとっても違和感のある言葉があります。それは、 「いたんでいます」 接触プレーで選手が倒れて、苦痛に顔をゆがめながら立ち上がれないでいるときに、実況アナが「○○選手がいたんでいます」と言うのですが、こんな日本語、ないですよね?「いたんでいる」なんて、野菜や果物じゃないんだから。状況から察するに「痛がっています」の誤りだろうかと思ったのだけれど、ワールドカップ中にNHKのアナウンサーまで口にしていたものだから、ずっと気になっていました。先日もセリエAのパルマの試合を見ていたら、フジのアナウンサーがやっぱり「いたんでいます」を連発するので、これはひょっとしてサッカー用語なのだろうかと思い、Google検索してみました。すると、気になっていた人がいっぱいいたんですねえ、かなりのヒット数でした。「おかしい」という感想と「痛がっている」の変形じゃないかという見解が大半でしたが、どうも正しそうな解説を一つ発見しました。 それによると、「いたんでいる」はそもそもラグビーの世界の言葉で、ラグビー選手が自分のことをわざとモノ扱いしてそう言った(そういう言い方がカッコイイとされた)のを、やがてラグビーの実況アナや解説者が使うようになり、それがサッカーにも伝染してきたとか。しかし、そうだとしても、まだよくわからないよ、この使い方。だいたい、「傷んでいる」と「痛んでいる」のどっちの字を使うのだろう。もともとの用例が知りたいものです。ラグビーに詳しい人がいたら教えてください。 ついでに「痛」の字で思い出しました。最近「あいつ痛いよな」という言い方がありますね。『現代用語の基礎知識』2003年版「若者用語」欄の解説では「やばい。困った。普通じゃない。」となっていますが、むしろ時代や場の空気を大きく読み違えている人(または、その発言)を指すものだと解釈しております。これは個人的にはとってもよくわかる形容詞なので、場合によっては好んで使っちゃいます。 |
![]() 日々の泡 2003.2 夕飯の献立がまったく思いつかなかったので、本棚にあったアサヒグラフ編『わが家の夕めし』という文庫本を開いてみた。 おそらく、この本を開くのは買ったとき以来である。奥付は昭和61年。なぜこの本を買ったのかまるで覚えていないし、その後の二回の引越しにともなう本の処分をなぜくぐりぬけたのかも謎だ。 どういう本かというと、昭和42年からアサヒグラフに連載されていた有名人の家庭の夕食風景を紹介するコーナーをまとめたもので、写真と本人のコメントそれぞれ1ページずつからなる。有名人といっても、そこはさすがに朝日新聞社、芸能人よりは作家、大学教授、音楽家といった文化人が多い。芸能界から登場しているのも、森繁や志村喬や篠田正浩・岩下志麻夫妻のような正統派大御所ばかりである。そういう錚々たる人たちが、ふだんどういう部屋でどういう食事をしているのでしょうね?――という覗き見根性を満たしてくれる本なのだ。 この手の企画は、どこまでが素で、どこからが演出なのかを見きわめるのがおもしろい。「ふだんの食事」といったって、カメラマンに撮影されて雑誌に掲載されるのだ、「多少よそゆきの演出が加味されているのはやむをえない」と解説の東海林さだおも書いている。いつもよりちょっと品数が多そうか? ちょっと凝った料理が出されていそうか? ちょっと高級な食器が使われていそうか? そんなうがった読者のために、のっけから演出してくれているのが遠藤周作である。昭和43年の遠藤家の夕めしの献立は、イワシ、漬物、梅干し、ごはん、以上だった。狐狸庵先生はこう書いている。 「……私の家では、晩御飯は漬物のほか一皿の何かと妻からきめられているが、今夜は特に梅干しがでた。写真をとられるというので、妻は虚栄心から梅干しを出したのであろうが、平生はこういうゼイタクを彼女はあまり許してくれないのです。……私は時々、息子に冗談まじりに呟く。『父ちゃんはねえ、一生に一度、ビフテキをうんと食って死にたいんだよ』と。……」 夫婦並んで食事をしている写真では、あまりのヤラセに奥さんが隣で吹きだしてしまっている。 遠藤周作は明らかに確信犯だが、どうもよくわからないのが稲垣足穂だ。昭和46年の稲垣夫妻の夕めしの献立は、ビール。以上。ついでに煙草も置かれているが。これを美学と解釈すべきなのか、冗談と解釈すべきなのか、それとも素なのか、悩むところである。 昭和45年の貴ノ花もすごい。10月末だというのに、いきなり上半身裸である(下半身はテーブルの下に隠れていて不明)。いくら相撲取りだからって、夕飯時に脱ぐ必要があるのかねえ。献立はしゃぶしゃぶと刺身と野菜サラダで、関取は土俵で塩をまくときのごとく豪快に左腕をふりあげ、長い春雨を鍋に入れようとしている。隣では現・藤田憲子さんが半ば驚いたような表情でその様子を見上げている。肥満児兄弟はまだいない。 このほかにも、丹下健三のやたらお洒落な食卓とか、小林亜星のダイエット食メニューとか、興味深いページが数多くあった。アントニオ猪木・倍賞美津子夫妻が仲良くブラジル料理をつついていたり、庄司薫と中村紘子がそれぞれ別のページで一人で夕飯を食べていたりと、時の経過に感慨を覚えもした。すっかり存在を忘れていた本だったが、思わぬ拾い物をした気分である。調べてみたら、この本はもう流通していないらしい。貴重品だ。大事にしよう。 流し読みしているうちにスーパーの閉店時間を過ぎてしまった。今日のわが家の夕めしは、松屋の新作「チキングリル定食」だぜ。 |
日々の泡 2003.4
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| 桜が咲きました。 自室から見える城北公園の桜並木。 引きこもりでも花見はできます。 | ![]() |
![]() | 春らしい気分になったので |
![]() 日々の泡 2003.5 今月はこれを読む、見る、聴く。 中島義道『ぐれる!』 フジテレビ「ムコ殿2003」 blur / Think Tank |
日々の泡 2003.6
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久しぶりに美容院に行きました。 染め金髪が伸びてきて、上部を黒い地毛が覆ってる状態を「プリン頭」って言うんだってね。半年近く放っておいたら、いつまにか蜜の部分が半分ぐらいになっていた。 夏はまとめ髪のほうが涼しいし、それにはある程度の長さが必要なので、伸びた髪は切らずにパーマをかけることにしました。パーマネントウェーブ、五年ぶりぐらいですかね。カラーリングもしなおしてもらって、みっともないプリン頭がやっと解消されました。これで堂々と外に出ていけます。 | ![]() |
![]() 日々の泡 2003.7 ジャケ買い二題 まずはこの本、『クール・ルールズ』。 だって、本屋の棚からジェームズ・ディーンが私を見つめてるんですもの。こんなふうに。 英米人が連発する「クール」は単なる「かっこいい」の意味だと思っていたけれど、これは一つの心的姿勢であり、その外見への表れであり、反抗心と自尊心を内包し、抑圧に対する防衛機能を果たし……と生半可に説明されてもわからないでしょうが、要するに、この一語には深い背景があったのでした。ちなみに、古代より「クール」に似た概念は世界各地にあるのに、中国にはなかったらしい。日本については触れてませんが、だから「クール」って訳すときに困るのかしら。 研究社の編集者さんがbk1のサイトでこう書いておられます。 ――表紙は、クールの象徴的存在、ジェームズ・ディーン。本そのものも、「クール」な本にしようと努力したつもりであるが、はたしてうまくいったかどうか。 ――はい、大成功です。全国の書店のみなさん、この本は表紙が見えるように陳列しましょう。平積みより立てかけ置きが望ましいです(平積みするほど在庫持たないだろうし――sigh)。 原書の表紙はこんな感じ。これまたクールです。 さて、お次は音楽CD。 まずバンド名が、THE DANDY WARHOLS……何をもじってるかは一目瞭然。 で、起用されてるプロデューサーが、トニー・ヴィスコンティとニック・ローズ……前者はTレックスやボウイやイエローモンキーの仕事で有名な方、後者はデュラン・デュランのキーボード奏者。 ………ウォーホル先生のイラストによる『The Velvet Underground & Nico』、通称「バナナ」のジャケットを思い出さないわけがない。 この人たち、相当に自信があるのでしょうか。そうでなければ、ふつう、ここまでできません。これだけ挑発されれば、当然、聴いてみるわな。 ……いやあ、いいですね。うまいです。甘いメロディーに、いまどき珍しい80年代風の軽薄シンセが効いてます。テクニカルなことはわかりませんが、なぜか古臭く感じないのは、微妙に現代的なアレンジがなされているからなのでしょう。そして、これを本気でやっているとは思えないふざけた感じが最高です。すごいものを期待してバナナをむいたらヘンなものが出てきちゃった、というところでしょうか。このタイトルはそういう意味かい。しかしヴォネガットの短編の内容を考えると、タイトルもジャケットもいろいろ深読みしちゃうね。こやつらのニヤニヤしてる顔が目に浮かぶよう。「ただのパクリポップじゃん!」などと言わずに、こちらも一緒にニヤニヤするのがクールというものでしょう。 |
![]() 日々の泡 2003.8 夏はフェスティバルの季節です。ジャズフェスにロックフェスにバレエフェス……ほかにもいろいろあるのでしょうが、私が知っているのはこれだけなので以下略。 そのうちのロックフェス、去年のフジに続いて、今年はサマーソニックに潜入してきました。会場は、千葉マリンスタジアム(野外ステージ)と幕張メッセ(屋内ステージ)です。 大規模フェスのパイオニアであるフジが苗場の山中を舞台にラブ・アンド・ピース、ドゥ・イット・ユアセルフな精神を醸しだしているのに対し、東京(本当は千葉だけど)と大阪で行なわれるサマーソニック(以下サマソニ:日本人はすぐ略す)は「都市型フェス」とうたわれていて、のんびりというよりは、激しく先鋭的なイメージがあります。出演者の面でも、フジは純粋なロックだけでなくクラブ系やジャズ系、ワールドミュージック系とさまざまなのに対し、サマソニはおおむね純ロックで、パンクやハードロックの暴れ系を中心に、これから火がつくと思われる要注目の新人と、昔の大物バンド(再結成がウリの場合も多し)を引っぱってくるのが特色とされています。 個人的には、これまでサマソニには特別見たいほどの出演者もいなかったし、過去のフェスのTV映像で、観客のみなさんが若いエネルギーを存分に発散して暴れまわっていたのが恐ろしくもあり、わざわざ出かけていこうとは思いませんでした。しかし今年はメインの出演者に、このあいだ見たばっかだけどとりあえず今いちばん愛してるバンドと、とくに愛しちゃいないけどとりあえず一回は見ておきたいバンドが決まったので、ちらっとのぞいてくるか、という傍観者のような気分で出かけてみることにしました。 フェスに参加するにあたって、フジの場合は、かなりの前準備が必要でした。山の上なので天候が変わりやすいから雨具も防寒具もいるし、簡易トイレの紙が切れてるかもしれないからティッシュも余分に用意しなくちゃいけないしと、「万一の場合」をあらかじめ想定していかなくてはなりません。今回初参加のサマソニはどうなのかしら、と思って、巨大掲示板「2ちゃんねる」で情報収集をしました。すると、どうやらサマソニには特別な準備はいらないみたい。そりゃそうだよね、10分も歩けばコンビニでも何でもあるんだもん。その面での心配はなくなりましたが、代わりに不安になったのが、フェスに対するあまりにも否定的なメッセージの数々。音が悪い、食い物がまずい、ライブ以外の芸がない、主催者の仕切りが悪い、ただ暴れたいだけのバカが多い……。どれもこれもフジと比較しての意見なんですけど、つまり出演者がよくないと誰も行きたがらないみたいなんですねぇ。2ちゃんの罵倒体質を割り引くとしても、やはりクラクラするのは否めません。たしかにサマソニ公式サイトのBBSを見ても、「楽しみでえす感嘆符五つ!」「今年も暴れるぜい感嘆符十コ!」みたいな、正直言って、頭の悪そうなメッセージが並んでいます……。 こうなると、どこまでひどいのかという好奇心がふつふつと沸いてくるもの。種類の違う期待を胸に、当日を迎えました。フェスは十時ごろから始まっていますが、やる気マンマンではまったくないので、十二時半ごろ到着の予定で京葉線に乗ります。車中にいる観客とおぼしき人びとの服装を横目で見ると、キャミソールにサンダルとか、フジに比べてやはり軽装、というか、若干アーパー度が高いような気もします。 電車を降りて、まずはインドア会場の幕張メッセへ。主催者の運営がまずいから入場にえらく待たされる、と聞いていたけれど、一人も並んでません。混むのは開場時だけなのか? 円滑に入場手続きして先に進むと、いやー、人がいっぱいです。ここにいる男女の97%は私より若いね。全体で見るとTシャツにジーパン(あるいは短パン)にスニーカーが圧倒的で、とくにフジと変わったところもありません。ステージが設置されているイベントホールは、陽の射さない地下にあります。降りていくと、ロビーエリアは怪しげな照明が光ってて、一昔前の巨大ダンパ会場みたい。服の流行が変わっただけで、若者の喜ぶことは昔も今も変わらないようです。 まもなく始まる新人バンドの演奏を聴きに、奥のステージエリアに進みます。前方は立ち見客でいっぱいだけど、後方ではみんな地べたに座りこみ、どーんと仰向けになって寝ている人もたくさんいます。私も若いときは「お行儀悪くしたい!」という気持ちがあったからわからんでもないけど、こうも堂々と傍若無人ぶりを発揮されるとちょっとねぇ……。そのあいだを縫って端っこの手すりの前に場所をとります。ステージは鉄骨が組んであるだけで雰囲気もへったくれもなし。上方の明り取りから陽射しが漏れてくるので場内は暗くも明るくもなく、学校の文化祭の講堂にいるみたい。ま、こんなもんか――と思っているうち、やがてバンド登場。音響、そんなに悪くないじゃん。それに噂の「oioi厨」(*)もいないじゃん。40分ほどのライブを楽しんで、ごはんを食べに「ワールドレストラン」と名づけられた屋台エリアに向かいます。 (*)2ちゃんの侮蔑用語の一つで、演奏の合いの手に何でもかんでも「オイオイオイオイオイ!」と叫ぶ人たちのこと。TPOにかなってさえいれば場を盛り上げるのに大いに貢献するのだが、そういうノリを許さない種類の音楽でもやってしまうため非常に嫌われている。 食事処はどこも行列。比較的すいている屋台の前に並んで、チキンカレーとハイネケンビールを注文します。カレー、はっきり言って、薄い。きっと外れを引いちゃっただけよね、と自分を納得させつつ、息苦しい密室会場をあとにして、野外会場のマリンスタジアムへと移動します。 球場には、さらにたくさんの人がいます。しかし密度は低いのでずっと快適。「私より若い」度も92%ぐらいに下がった気がするわ。アリーナで立ち見する気はさらさらないので、外野スタンド席へ直行します。メッセは冷房ガンガンで寒いぐらいだったけど、こっちは陽射しをもろに受けてめちゃ暑い! どのへんの席が見やすいのかを確認してから、日陰を求めて、屋根がかぶってる最上階席へ避難します。ちょうど演奏中だったのはあんまり興味のない青春パンクバンドだったので、まじめに見ているお客さんの邪魔にならないように、空席の目立ついちばん端っこへ行きました。すると、あら〜、なんだかこのエリアは、あたし以上にやる気のない人がいっぱい! 座席五つ分ぐらい占領してマグロのように寝てる人もいるし。球場の先には海が見えて、吹いてくる風も涼しいし、サマソニにものんびりエリアはあったじゃない。気持ちいー。ステージはほとんど見えないけど。その代わり、アリーナ前方で盛り上がっているお客さんの様子がよぉく見えます。おもしれー。満員電車が急停止したときに全員がどどーっと倒れるのを自主的にやっているのが「モッシュ」、観衆の頭上を人間がごろごろ転がっているのが「ダイブ」。あれ下の人はどうなってるんだろう。大勢の人間がみんなで片腕を突き上げてピョンピョン跳びはねている姿は壮観です。楽器の音にかき消されて聞こえないけど、きっとオイオイ言っているに違いない。 やがて日も落ち、演奏者もメイン級になってきたので中央付近へ再移動します。気分も盛り上がってまいりました。トリが出てくるころにはすでに真っ暗で、照明が映えます。音響はたしかに良くはないけど、許せないほどでもなかったし、何よりライブはとっても満足できるものでした。最後に花火があがって、サマソニ終演。結局のところ、仕切りの悪さには拍子抜けしちゃうぐらい遭遇しなかったし、前のほうに行かないかぎり「ただ騒ぎたいだけのバカ」の被害にもあわないし、フジのような雰囲気を求めさえしなければ、サマソニも充分に楽しめることがわかりました。 肝心のライブの話をほとんどしなかったので最後につけたしておくと、今回の拾い物大賞は、ブロンディでした。デボラ・ハリー姐さん、御年58歳だそうですが、動く! 踊る!キャバい! 懐メロでもいい曲はやっぱりいいんだわ、と再確認したしだいです。 |
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スポーツの秋でございます。でも、これはスポーツを「する」人のための言葉なんだろうね。お茶の間観戦派の私には春も夏も秋も冬もとくに関係ありません。 一ヵ月遅れの話題ですが、秀岡さんの先月の「このごろのスポーツ放送って……」に全面的に賛同します。世界水泳は見なかったけど、どうやら前回と同じノリだったようだから、やっぱりひどかったんだろう。そして世界陸上は、やっぱりひどかったね。「このあとすぐ!」を連呼するオダユージにつきあっている暇はないので、ネット上でタイムスケジュールを確認して(もちろん「大会」の公式サイト。テレビ局の特設サイトには当然タイムスケジュールなんて載っていない。こういうときは英語が多少わかって本当によかったと深く思う)、時差を計算して、見たい競技が始まる時間にテレビをつける。これでばっちり、あたしって賢い、と思うでしょ、ふつう。ところが、やってないんですライブ放映。スタジオでの「解説」か、それもう何十回も見たよっていう日本人選手のVTRなんかが流れてる。ウォーミングアップ中の選手といっしょに緊張の高まりを感じたいのに、まぎわまでライブ映像に切り替わらない。その競技に日本人が出てないとなると、競技そのものさえカットされちゃう。これじゃ生中継の意味ないじゃん……。まあ、有力な日本人選手のいないマイナー競技はしかたがないかと多少あきらめもつく。しかし、せっかく日本のゴールデンタイムに時間をあわせてもらっているマラソンで、終盤に五分おきにCMが入るのはひどすぎないだろうか。私があのスポンサーの会社の社長だったら担当者を呼んで説教するね。キミ、これじゃ逆効果だと思わないかね。不買運動起こされてもおかしくないと思わないかね。
そのあとの世界柔道も同じだった。タレントに司会させて、おいしいところ(とテレビ局の偉い人が勝手に思っているところ)だけを編集して放映する。インターネットのニュースサイトにはすでに「田村亮子六連覇」の見出しが躍っているのに、テレビ画面では「女子48kg決勝このあとすぐ」の字幕が出てるなんて、興ざめもはなはだしい。国内でやってるヤワラちゃんの試合ぐらいナマで放送してやれよ……。こういう番組作りをされると、民放地上波は巨人戦だけやってろ!!と怒鳴りたくなりますね。(話はずれますが、一般に「ヤワラちゃんの婚約者」としてしか知られていない、いや、それさえも知られていないかもしれない谷さん、世界柔道の客席で嬉しそうにガッツポーズ決めていたけれど、彼に対するマスコミの扱いもひどくないだろうか。そりゃ本人の顔も地味だし、所属チームのオリックスも地味だけど、球界でも数少ない二億円プレーヤーなんだよ。このあいだもダイエーの優勝を阻止するサヨナラホームラン打ったのに、なんでこんなに地味なんだろうか。) 視聴者をつかもうとする民放の努力は認める。私だってべつに熱心な陸上ファンでも水泳ファンでも柔道ファンでもないから、これが有料のスポーツチャンネルでひっそりとやっていたら見ていたかどうかわからない。朝から晩まで、CMでも他の番組でも大々的に大会の宣伝をしているから、オウ、それじゃ見てみるかとなる。せっかく「つかみはOK」なのだから、よけい本番を大事にしてほしいのよ。なにも夜中の本番で「つかみ」手法をやることないでしょう。それはゴールデンタイムに特番でやればいいんです。私のようなにわか視聴者でさえそう思うのだから、本気のファンは怒るでしょうねえ。スポーツはテレビ局にとって確実に視聴率のとれるコンテンツなのだそうだけど、それなら当分、民放局の勘違いは直らないかもしれないね。 本当にスポーツの独占放映権というのは厄介なもので、テレビ局どうしの放映権獲得競争で視聴者が割りを食うこともある。先日もサッカーファンのあいだでちょっとした事件が起きた。これまでスカパーとNHK衛星で放送していたスペインリーグの放映権をWOWOWが買ったので、試合を見られなくなったWOWOW非加入のスカパー契約者が大抗議したのだ。この前にWOWOWはチャンピオンズリーグの放映権をスカパーに奪われていたので話はおあいことも言えるんだけど、スカパーのスポーツ専門チャンネルに比べてWOWOWは放映枠が少ない。しかも少ない枠の一つをかならずレアル・マドリード戦に充てるというのだから、必然的に他チームのファンは見たい試合を見られなくなる確率が高くなる。たとえWOWOWにも加入したところで、視聴条件は悪くなるわけだ。「ベッカム人気に便乗しやがって」という恨み節も理解できなくはないのである。 とはいえ、放映がないよりは断然あったほうがいいに決まっている。その点では、今はありがたい時代です。お金さえ払えば、昔に比べて圧倒的に見られるものが増えたわけだから。世界陸上の陰でひっそりとやっていた全米オープンテニスもWOWOWのおかげで一回戦から見られたし。そうだそうだ、話は変わるが、ついでだから前々から気にしていたことを一つ言っとこう。その全米オープンで、ピート・サンプラスの引退式をやっていた。二年ほど前に、私が一時期テニスを見なくなった理由をサーブだけで勝負が決まってしまって面白くないからと書いたのだが、そのとき私の |
![]() 日々の泡 2003.12 外れつづけて早二年。何の話かといえば、サッカーくじの「toto」なんですけどね。開始二年目からシステムが変わって予想が難しくなっちゃったんですわ。私のように少ない金額で賭けていては、もはや二度と当たる気がしません。それでもなお買いつづけるのは、試合を見るときの一喜一憂の度合いが格段に違うので。スポーツを見る視点としては邪道かもしれないけれど、どんな競技にせよ、どっちかに肩入れして見たほうが試合は断然おもしろいので。それに、いろいろなデータから結果を予想するのも、自分の予想がどれだけ的中するかを見届けるのも、けっこう楽しいものですし。完全に運任せの宝くじにはこういう楽しさはなく、したがって金を使う気も起きません。 その昔『リトル・ロマンス』という映画がありまして。人生酸いも甘いも噛み分けて、いまやすっかり貫禄のついたダイアン・レインの初々しいデビュー作。当時13歳ぐらいだったかな? アメリカからフランスにやってきた天才少女のダイアンちゃんが地元の男の子と恋に落ちてベネチアに駆け落ちする、という話です。ジョージ・ロイ・ヒル監督のとっても洒落た映画でした。で、この二人が駆け落ち資金を競馬で捻出するんですね。なにしろIQ抜群の天才少女なので、出走馬の過去のデータをすべて頭にインプットして、いちばん確率の高い結果を算出し、その馬券に有り金を投じてみごとに大当たり(うろ覚えなので違っていたらごめんなさい)。データだけでギャンブルに勝てるわきゃないだろう、というのがもちろん現実だけど、可愛い話だからいいじゃない? 競馬屋さんは一年に一度か二度しか勝負しないと聞いたことがあります。年間ずっと、すべてのレースをチェックしていて、にもかかわらず馬券を買うのは絶対に確実だと予想された、いわゆる「鉄板」のレース一本だけで、そこにどーんと賭けて一年分の生活費を稼ぐんだって。本当でしょうか。そこで負けたらどうするんでしょうか。そこで負けないから「プロ」なんでしょうが、真偽はどうあれ、なんとも凄味のある話です。 今年もいつのまにかもう師走、有馬記念が近づいてきました。素人の私も観戦料のつもりで一口買いましょうか。餅代が出れば儲けもの。とはいえ複勝もあるし、totoよりは当たる気がするんですけど。百円戻しでもいいから、やっぱり当たりたいんだよね、これが本音。 |