![]() 散歩と夢想 2000.5 このところ私の趣味は、歩くことと夢想すること。 それでタイトルが「散歩と夢想」。 本当は「散歩者の夢想」にしようと思ったのだけれど、「おまえはルソーか」とあきれられてしまいそうなので、やめておきます。 夢想好きはものごころがついた頃にさかのぼる。子ども時代は読書三昧、夢想しほうだいの、いま思えばもったいないほど幸せな日々。 それがいつしか実社会とかいうわけのわからない世界に没入して、それなりにおもしろくはあるが精神的にひからびた生活を送るようになった。 これではいけないと思うようになったのはいつだったか、「私」とは何か(これは子ども時代のメインテーマ!)、人間とは何か、ひいては生物とは何かを断片的に考えるようになったのはいつごろからだったか、もう忘れた。そんなに昔のはずはないが、本当に憶えていない(老化現象ではありません。私の脳は若年期から、なぜかすんでしまったことのいつ、どこで、等々をきれいさっぱり忘れてしまうのです)。 というわけで、暇さえあれば夢想にふけっている私です。よろしければおつきあい下さい。 今回はイントロとして、「私」について私が夢想の前提にしていることを、かいつまんでちょっとだけ。 子どもの頃の「私」と、いまの「私」、ちょっと前の「私」は同じ「私」だろうか? むろん同じはずはない。意識の主体である「私」は脳のなかのプロセスなのだから、日々刻々変化する。 人間社会は脳のなかのプロセスである意識の主体を〈人格〉と認めている。これを狭義の「私」、狭義の「あなた」とすると、たとえば私とあなたが話をするとき、話をしているのは「私」と「あなた」だ。過去の「あなた」と現在の「あなた」は同じあなた、すなわち同一人物とみなされる。そうしておかないと、ややこしいし不便だから、そういう約束になっている。つまり現在の「私」は過去の「私」について責任をもたなくてはならないことになっている。 しかし私は、「私」だけの存在ではない。考えてみれば、これは自明のことだ。意識の主体である「あなた」は、いつから「あなた」なのか? 「自我」ができたときか? 生まれたときか? いずれにしても、生命体としてのあなたの歴史の途中で成立したことはまちがいない。神経系は発生の途中でできるのだから。受精卵には脳などないのだから。つまり「あなた」は生命体としてのあなたにあとから加わった新参者なのだ。 これは個体発生にかぎらない。最初の生命体は単細胞生物で、神経系などないけれど立派に生きていた(単細胞生物はいまも立派に生きている)。 脳のプロセスである「私」は、刻々と変わる。いや生命そのものがプロセスなのだから、止まってしまえばそこで終わりだ。 ある時点の私というのは、そのときの脳のニューロンの状態だから、ニューロンの発火パターンが昔のままに再現されれば、あなたは昔のあなたになる。たとえば久しぶりの同窓会。 ある人や物事に慣れて、なかば無意識に対応できるようになり、それ以上新しい発見も進展もなければ(あるいは、新しい発見をしたり進展を生みだしたりする能力がなければ)倦怠が生まれる。きっと脳が、処理能力をもてあまして退屈するのだろう。 そう言えば、脳は退屈すると暴走するという説もある。また、外界からの刺激をいっさい遮断したタンクに入って浮かんでいると幻覚が生じるというが、それも脳が退屈しのぎにやっているのかもしれない。 外界からの新鮮な刺激は適度にあったほうがいいのだろう。というか、神経系はそもそも感覚器を通して外界(あるいは体内)の情報を受け、運動器官を通して適切な反応をする介在ニューロンなのだから、入力がなければ、退屈をもてあますのは無理ないと思う。 非凡な人の場合は、きっと内的蓄積や発想の豊かさなどがあるから、外からの刺激が少なくても(それとも余計な刺激などないほうがいい、必要がないと言うべきか)、内的世界だけですばらしい結果が生まれるのだろうが、凡人(たとえば私)の場合は、脳が退屈して短絡的な刺激を求めると、ろくなことにならないと思うので、ときどき新鮮な刺激を入れたほうがよさそうだ。小人閑居してナントカって言いますものね。 話がすっかりそれちゃいましたが、目下、「何にもとらわれず、自由に生きよう」をサブテーマとして、その方法を模索、実験しています。 それでは、また。 |
![]() 散歩と夢想 2000.6 〈歩く〉 木が好きなので森を歩くのが最高だけど、近頃ちょっと忙しくて、なかなか遠くに散歩にいけない。 でも、考えるために歩くというのであれば、遠くに行かなくてもいいし、天気が悪くてもあまり関係ない。場所は選ばないと危険だけれど……。具体的に何かについて深く考えたいときも、漠然としたものをまとめたい、たこつぼ状態から抜け出したいというときも、そのほかどんなときでも、歩くのは有効で、ほんとうにありがたい。 あえて何も考えず、身体感覚を知覚するために歩くこともある。ただひたすら歩いて体を感じる。これがなかなかおもしろい。心もおちつく。 それはそうだろうな、と思う。人間の脳が発達したころは、出力としての運動や、それにともなう感覚入力の割合がもっと大きかったはずで、こんなに視覚や聴覚の入力に偏ってはいなかっただろう。外界の(多くは人工的な)刺激が強い今日、「こうでしかありえない自分」を感じるためにも、身体性は重要ではないかと思う。 六月はぜひ、森を歩きたいものです。 |
![]() 散歩と夢想 2000.7 前々から見たいと思っていた龍村仁監督の映画『地球交響曲第三番』を、先日ようやく見た。第三番の主な出演者は、写真家の故星野道夫、物理学者のフリーマン・ダイソンとその息子でオーシャン・カヤック製作者のジョージ・ダイソン、カヌー航海者のナイノア・トンプソン。星野道夫と交流のあったアラスカの人たち。 あのフリーマン・ダイソンが、ブリティッシュ・コロンビアのハンソン島で静かに話をしている、原生林を歩いている、オルカの声を聞いている。ハワイ先住民のナイノア・トンプソンは、ハワイからタヒチまで、復元された古代の遠洋航海カヌーでの5000キロの海の旅でナビゲーターをつとめた。海図も羅針盤も使わず、風や波や星をたよりに方向を読む。あるいは感じる。 たとえば数学に精通している人だけに見える世界があるように(私には感じられない世界だが、あるのはまちがいないだろう)、感覚を研ぎ澄ました者だけに見える世界もあると思う。それは一様ではなく、詩、美術、音楽などに生きている人たちには、それぞれの世界があるのかもしれない。しかし自分のなかからわきでてくるものを感じ、あるいはどこかからやってくるものをとらえ、それを何かを通して表現するという意味では共通性がありそうだ。 私が心を惹かれるのは瞑想の世界だ。内的世界を表現する手段をもたない(その才能に恵まれていない)私でも、感じることはできる。「黙って座ってじっと聞け」。これは音楽家の細野晴臣さんがネイティヴ・アメリカンから教えられ、以来、座右の銘にしているという言葉だ(この話は宗教哲学者の鎌田東二さんの著書による)。私は自分の体を(自分のなかにある自然を)「黙ってじっと聞く」。ときには座って、ときには姿勢を変えて、ときには歩きながら。森を歩いて自然を聞ければ最高。 自然の音は、たとえどんなに激しい音でもうるさく感じない。人工的な音は小さくても耳障りな騒音になる。 撮影班がフリーマン・ダイソンを撮影したハンソン島は、16歳のときに家を飛び出して行方不明になっていた息子のジョージと再会をはたした思い出の場所。ダイソンは21年前、息子がいると聞いて、大自然のなかにあるこの島までやってきた。そして息子が張ってくれたテントに滞在した。そのときの体験が彼の考え方に大きな影響をあたえたという。 |
![]() 散歩と夢想 2000.8 近頃、散歩のときに観劇用の軽くて小さいオペラグラスをもっていくことにしている。倍率は10倍だけれど、これが葉っぱを見るのになかなか具合がいい。かなりの大木で葉っぱがはるか頭上、幹だけでは何の木かよくわからない、なんていうときに便利だし、そうでなくても覗くと葉っぱがじつにきれいに見える。樹皮も迫力がある。 立ち止まって葉っぱを眺めていると、それだけで別世界に入れる。ときどき通りがかりの小さい子どもから、「なに見てるの?」と聞かれる。「葉っぱよ」と答えて「見てみる?」と誘おうと思うのだけれど、たいていは親があわてたように「しっ」とか「いけませんよ」と言って、あるいは無言で、子どもの手をぐいと引いて行ってしまう。おととい私が「葉っぱ……」と言いかけたら、「どうもすみません」とさえぎって、小走りに行ってしまったお母さん。私は「あやしい人」でも「あぶない人」でもありません。 風に揺れる葉っぱのいろいろな揺れ方がおもしろくて、ついつい長く覗いていただけです。 でもまあ、近所ではなるべくやらないことにしております。 さて今夜は家人がみな不在。火急の用もなし。こういうときは、あれです。そのつもりで冷やしておいたワインをとりだし、とっておきのゴルゴンゾーラを楽しみながら、映画を観る。本日は近所のレンタルショップで確保したキアロスタミ監督の『桜桃の味』。 明日は都立中央図書館に調べものをしに行く予定。都立中央図書館のいいところは、某国会図書館とちがって開架の書籍がかなりあることと、閲覧を申し込んだ本が出てくるのが早いこと。それになんといっても有栖川公園のなかにあるから、オペラグラスの出番もある。 |
![]() 散歩と夢想 2000.9 先週、フジ子・ヘミングの3枚めのCDを手に入れた。うかつにも発売されたのを知らず、たまたまほかのCDを探しにいって目に入ったのだ。予期せぬ収穫に思わずホクホク。 この人の弾くピアノを聴いていると、音と音のあいだの音が聞こえるような気がする。よく知っていると思っていた曲の演奏を聞いて、「ああ、この曲はこういう曲だったんだ」としみじみ思う。同じ感想をもつ人は多いらしく、いろいろな文章で同意見をみかける。まさに「魂のピアニスト」。 音と音のあいだといえば、ジャック・マイヨールも、「音楽の美しさは音にあるのではなく、音と音のあいだにある」という趣旨のことを言っていた。 探しにいったCDは、ディジェリドゥ(ご存知でしょうか、アボリジニが吹く、世界最古の管楽器といわれているあの大きな縦笛)の演奏家のもので、目指したそれはなかったのだけれど、とりあえず別のを購入した。なにしろいま、この楽器の音色がむやみに気に入っているので。 シロアリが食べて中空になったユーカリの木の枝や幹を使うというのもいい。ユーカリにもいろいろ種類があって、種族によって彩色のしかたもちがうので、ディジェリドゥとひとくちに言っても、ずいぶん多彩らしい。 心地よい音楽、初めて聴いたのに魂に響いてくる音色。私はそれを、どこで感じているのだろう? 私のどこが、それに惹かれるのだろう? たぶん大脳皮質ではなく、辺縁系。 付記――「え? どうしてシロアリは全部食べちゃわないの? どうしてそんなにうまく、外側が残って管状になるの?」と疑問をもった方へ。私も同じ疑問をもったので、調べたところ、ユーカリの木は樹皮の近くになると毒性があって、シロアリはそこまでしか食べないそうです。いまのところニュースソースはわずか二つ(それも伝聞情報)なので、まだ確証はないけれど、この話がとても気に入ったので、とりあえず信じることにしました。―― |
![]() 散歩と夢想 2000.11 それは一足の靴からはじまった。 9月のなかば頃にふと入ったショップで心に飛びこんできたモカ茶色の靴。もう思い出せないくらい前からバッグと靴はすべて黒、服も大部分がモノトーン。ほかの色の靴なんてほしいと思ったこともなく、目にも入らなかったのに、いったいどうしたんだろう。 ともかくその靴の一番小さいサイズをとりよせてもらうことにした。さあそうなると、それにあう服とバッグがいる。なにしろ茶系のバッグなんてひとつもないし、服だってずいぶん前に買ったココア色のセーターが一枚あるだけ。あとはなにもない。 それから1カ月あまりのあいだに、その靴をはいて出かけられるように何点か買いものした。おもしろいものでどんな店にはいっても、どんなディスプレイを見ても、茶系の、それもほしいと思っている系統の色のものにしか目がいかない。ついこのあいだまで一番に目がいっていた黒やグレーのアイテムはいまやないも同然の存在だ。脳の注意機構が作動しない。 靴は製造の予定が遅れているとかで、なかなか手に入らない。そうこうしているうちに、突然思い出した。そうだ、はじめて買ってもらったパンプスが茶色だった。中学生のときお店でみかけて、どうしてもほしくなった低めのヒールのパンプス。中学生には早すぎる靴だったけれど、母はそれを買ってくれた。それにあうストッキングも。その靴の色、つや、姿かたちがいきいきとよみがえってきた。その靴をどんなに大事にしていたかも思い出した。何十年も前のことなのに、その靴を手にとったときの感触さえもありありと。 どうしても、どうしてもほしい。この靴をここに置いたまま帰るなんて絶対にできないと、あの日私は思った。その感情もよみがえってきた。 思えばあの頃は、自分の気に入らない、まにあわせのものを周辺に置くよりは、いっそいさぎよく、なしですませていた。買ってあげようといわれても、いらないと言っていた(こういうのはいらない、とは言えず、ただいらないと言っていた)。そのかわり、ほしいとなるとどうしてもほしかったのだが、それはめったになかった。 あの頃のすっきりとした生活にくらべたら、いまはなんだろう。気に入らないまにあわせのもの、それもまるで使っていないものがあふれているのに、平気で暮らしている。いや平気なはずはない。それらが目にはいるたびに、意識にのぼらない部分で心に影響をおよぼしているはずだ。いらないものや趣味にあわないものは処分しよう。すっきりとした空気のなかにあの靴をむかえいれよう。そう思いたって不要品大処分がはじまった。 空間はだんだんすっきりしていく。ぐずぐずやっていると靴が到着してしまう。そう思うと、なぜかむやみにてきぱきとからだが動く。自分に統一感があって、心もいっしょにすっきりしていくような気がする。 |
![]() 散歩と夢想 2000.12 中近東のキリムという織物が好きになって、このところ、おりあるごとに店やら展示会やらをちょこちょこのぞいている。と言ってもアフガニスタンの小さいラグを一枚買ったほかは、いつも見るだけ。傾向としてはトルコのが好きで、大きめのがほしいのだけれど、「この一枚」にはまだ出会わない。あわてて買うこともないし、見ているだけで楽しいので、出会いは先のほうがいいかもしれないと思っている。 今日も、午後からのシンポジウムに行くついでに遠まわりをして一軒のぞいた。遊牧民の女性が、売るためではなく自家用として織り、実際に使っていたキリムは、年月を経て深くあざやかな色をしている。手仕事がもつ静けさがあって、見ていると引きこまれる。 シンポジウムは理研の脳科学総合研究センター主催のもので、講演者はすごい顔ぶれ。めあてはソーク研究所のフレッド・ゲイジ。成人の海馬で神経の新生が起こることを明らかにした研究者。海馬といえば記憶と学習にかかわる部位。そこで一生を通じてニューロンが新生するという話。論文は2年ほど前に出て話題になった。講演などでなまの話を聞くと、話の内容自体は論文と同じであっても、理解が深まる場合がある。書き言葉と話し言葉のちがいだろうか。音声コミュニケーションが、そもそものコミュニケーション法だからだろうか。ゲイジはいい声をしていた。 研究者が自分の研究を熱心に語るのは、聞いていて気持ちがいい。今日の講演はどれも、そういう意味で爽快だった。帰りは二駅手前で電車を降りて歩き、ついでに家を通りこしてしばらく歩いた。このところ無目的の散歩をしていないので、体が歩きたがっていたらしい。 |
![]() アダージョ 2001.2 このところ、体のペースで生きることに慣れてきて、「私」と体が、なかなかいい関係をたもっている。何をするにも体を意識。迷ったら体に聞く。(野口三千三ふうに言えば「からだに貞く」)。もうほんとに素直に聞いてしまう。 「私」という意識の主体は、発生してたかだかウン十年だけれど、体のほうは無慮数十億年の歴史をせおっている。「私」の浅知恵など基本的に無用ではないか。そうではないか。余計な邪魔さえしなければ、体は自分のなすべきことを心得て、淡々と生きていく。これは実感。 思えば体に有害なことを多々してきたのに、どうということもなく生きていられるのは、これみな意識外の体の働きのおかげです。感謝。 ここで体と言っているのは、あたりまえだけれど、皮膚の内側。皮膚でつつまれた中身です。自分というのは外から見た自分、あるいは外から見たように客体化した自分ではなく、体を構成しているもの、体のなかで起こっているプロセスなのだと、おそまきながら気づいて以来、徐々にではあるが、今を実感しながら生きていけるようになってきた。 子どものころは概して時間がゆっくりと、重く感じられた。自分が存在する、その重圧に耐えかねることさえあった。本に没頭しているときだけ、それを忘れることができたように思う。それがいつのまにか前へ、前へと、つんのめるような、効率よく進むことがすべてであるかのような、そんな生きかたになっていた。そして近ごろは、周囲の空間と濃密にかかわりながら、しかし身軽に生きている。これはひょっとすると、私個人の紆余曲折というだけではなく、時代精神と関係しているのかもしれない。 ともあれ、アダージョ。ゆっくりと流れるように、しなやかに。しかも軽やかに。 |
![]() アダージョ 2001.3 フジ子さんはやはり特別だった。 きょう、オペラシティで初めて生の演奏を聴いてきた。 去年CDを聴いていらい、なぜかすっかりひかれ、プレオーダーでようやくチケットを手に入れた。 ところが今日は朝から、新宿を通らなくてはならないのがどうにも憂鬱なくらい、心が不調。コンサートこそ、その日の気分にあわせて行ければいいのに、予約をする日に数カ月後の心境なんかわかるはずがないじゃない、と子どもじみたひとりごとまで出てくる始末。それでも夕方が近づいてくると、フジ子さんの魔力にひかれ、ふらふらと家を出た。冬でよかった。仕事をしていた普段着のままハーフコートをひっかければ、とりあえずなんとかなるのだから。 それは一曲めからきらきらと降ってきた。ダイアモンドダストより大きく、木の葉より小さい、薄いうろこのようなものが、光をうけてきらめきながらゆっくりと降ってくる。ああ、これだったのね。初めてCDを聴いたとき、そしてそのあともたびたび、なんだか上のほうできらきらしていたのは、これだったのね。私は妙に深く納得して眼を閉じた。しばらくすると私は深い海の底にいた。深い青にかこまれた私に、やはり何かがきらきらと光りながら降りそそいできた。音も上から響いてきた。実際にはバルコニー席にいたので、眼を開けると、フジ子さんとピアノは下に見えた。眼を閉じると、音は上から響いてきた。海底にいる私のところまで、真上から、斜め上から、響いてきた。 ときどき眼を開けて、また眼を閉じて聴いているうちに、ああ、フジ子さんはもう何十年かしたら、死んでいなくなってしまうのだと思った。私もいなくなるのだと思った。きょうオペラシティでフジ子さんのピアノを聴いているこの人たちは全員、数十年のうちに死んでいなくなってしまうのだ、世界中にいまいる人もみな確実にいなくなるのだと思った。 どう見てもまだ成人型の二足歩行を習得していない、小さな女の子が、花束をかかえてよちよちと舞台に出てきた。この子だってあと一〇〇年か、せいぜい一二〇年もすればいなくなっているだろう。そのころこの場所にまだホールがあって、だれかがすばらしいリストを演奏しているのか、ただ地表に自然の音が流れているのか、それとも地表すらない宇宙空間に静寂のみがあるのか、それを知るすべはないけれど、それでもいま共有しているこの空間と時間には意味がある。そう思える特別 な時空間だった。 |
![]() アダージョ 2001.5 ついこのあいだ2001年になったと思ったら、もう5月。4月はなんだがあっというまに終わってしまった。去年の終わりに、「さて来年はどうなりたい?」と自問したとき、まっさきに浮かんだのは「筋肉が強くしなやかであってほしい」という願い。とりあえず腹筋と背筋、それから腸腰筋も強くなってほしい。筋力をつけよう。 それからはや4カ月あまりがすぎたわけだが、いまのところ、なかなかいい展開。筋力はもともとないほうだから、ちょっと心がければまちがいなく向上する。成果 があると気分がいい。気分がいいと元気がでる。ゼロからの出発というのは、考えようによってはとても有利な立場だと実感する。だったら、ときどき何か新しいことをはじめればいい。 子どものときは、初めてすることばかりだけれど、年とともにそういう機会は減る。自分で意識してはじめないと、自然のなりゆきでは、なかなかそうはならない。慣れたことばかりやっていると、かたまってしまう。あたりまえだが、いまさらのようにそう思う。だから次にはじめる何かを、実際にするのは何年か先になるだろうが、いまからそれとなく探しておこうと思う。 今日は調べものをしに、都立中央図書館に行った。2階から4階が人文科学と社会科学の自然科学とフロアで、コピーは1階、ちょっとコーヒーを飲もうと思うとそれは5階だから、階段を使うとけっこう運動になる。だからあそこに行くときは、たいていウォーキングシューズ。本当は調べものではなく、ただいろんな本をぱらぱらやりに行きたいと前から思っているのだけれど、それはなかなか実現しない。朝から行って、おもしろそうな本を気ままにめくって、あきたら外の有栖川公園を歩いて、木を眺める。今月は実行できそうな気がする。 |
![]() アダージョ 2001.6 能を観にいきたいと思いつつ、暇がなかったりチケットをとりそこねたりで、なかなか行く機会がない。どういうわけか近ごろむやみに行きたくて、ときどき本を取り出しては写 真を眺めていた。 今日も仕事のあいまに写真を眺め、ふと、(最後に能楽の本を買ってからずいぶんたつから)いい本がでているかもしれないと思った。できれば吉越立雄の撮影がいいなと思ってオンラインブックストアで「吉越立雄」を検索し、ことのついでにGoogleでも検索した。すると、何と「吉越立雄能楽写 真展」というのがひっかかってきた! 6月17日まで。会場は早稲田の演劇博物館。シンポジウム「21世紀の能と狂言―観世寿夫没後23年―」にあわせた催しだそうだ。 こういうとき、インターネットというのはつくづくありがたいと思う。「どこまでも便利さを追及する社会」がいいとは思わないが、パソコンはたとえば車と比べれば、台数が増えても害は少ない。優秀な道具だ、と深く感謝。 せっかくだから明日行ってこようと決めた。するととたんに、それじゃあ帰りに銀座をまわって、久しぶりにアフリカの椅子や布も見てこようという気になる。なんのつながりもないのに、クバ族のラフィア布がむしょうに見たくなった。ラフィア布は、クレーが影響を受けたというあの幾何学模様が好きで、一枚ほしいなと思っていた時期があった。でもなんとなくそのままになって、ずっと忘れていたのに、なぜ急に思い出したのだろう。わからない。ひょっとするとなにかいいものが見つかるのかも。とにかく明日はそういうわけで、珍しくも突然の休日。 |
![]() アダージョ 2001.7 今日は土曜日で、本当ならスポーツクラブに行く日なのだけれど、息子の学校に行かなきゃならなかったので、クラブはパス。頭ではしかたないなと思うが、体は納得してくれない。なんだか重くて、しなやかさに欠ける。仕事の能率にもひびく。まあしかし、息子とは浅からぬ 因縁があるのでしょうがない。 何しろ彼のもとになった卵子は、私が胎児だったころに、すでに(未成熟な状態ではあったが)私のなかに存在していたのだから。 閑話休題。仕事の能率は、これはもう「上げたい」の一言につきる。能率があがれば自由時間が増えるから、何とかして上げたい。それでつらつら考える。 人間の脳は(と大きく出ることもないが)、少なくとも私を含む一部成人の脳は、ともすると自己の能力に関して自主規制をする傾向があるのではないか。 「やってみなくちゃわからないじゃないの」と人には言いながら、自分は内輪に生きようとする。乳幼児が自分の能力に自主規制を加えたら、どの子も立てず、歩けず、走れないんじゃなかろうか。もちろん「飛べるかもしれない、飛んでみよう」という無謀さは、分別 のない幼児の恐ろしさなのだけれど、分別がじゃまになる場面だってある。というか、現代社会には妙な分別 と自主規制の呪縛がはびこっている気がする。 養老孟司さんが学生に、「君たちが何かするときに最初に考えることを教えてください」と聞いたら、「それは安全です」という返事がかえってきたという話を読んだ。私はこのくだりでのけぞったけれど、養老さんは「やはりこいつもか」と思ったと書いておられる。 文字どおりの身の安全をはかるのは(たぶん)重要なことだが、精神の自由に枷をかけるのはよくない。能力を自主規制するのもよくない。できると思わなきゃ、できることもできないもんね。というわけで、できると思ってスピードアップをはかってみよう。これだけ書いたら、いいぐあいに少しやる気がでてきたことでもあるし。 |
![]() アダージョ 2001.8 このところ、ひたすら仕事をしている。ほぼ毎日、朝からほとんど座りっぱなし。目が疲れたら家事やストレッチや散歩をして、また座る。 つめて仕事をするのはたいして苦にならないのだけれど、読みたい本を読む暇がないのが、いささかつらい。読みかけの本(これ以上は読まないと決めた本や、最初から通 読するつもりのない本じゃなく、本当に読みかけの本)、パラパラめくってそのままになっている本。ときどき背表紙をながめているだけの本。それに、読まなきゃならない参考文献だってある。それなのに夕べは本屋で2冊買い、今日は4冊とどいた。買っておかなくてもあとで手に入るなら、今すぐは読めない本をあわてて買いはしないのだけれど、そのうち、なんて言っていると手に入らなくなるから、しかたなしに買う(これはちょっと嘘だな。いますぐ読めなくても本を買うのはうれしい)。 読みかけのなかでも、長くもちこしている大物がある。ゆっくり読みたいからいつもあとまわしになって、なかなか読めない。その一つが吉田武『虚数の情緒 ― 中学生からの全方位独学法』。買ったのは去年の11月だから、もちこし時間としてはそれほど長くはないのだけれど、横目で見て「そのうちあれを読もう」と思う回数が多いので、そういう意味では横綱級。本屋でその奇抜なタイトルと分厚さに目を引かれ、巻頭言を読んでグッときて、買った。そして昨年末に、あらためて巻頭言を読み、後書きと「第0章 方法序説」(いま確認したら、0章だけで124ページある)と「第1章 自然数」を読んだところで、「これはいずれじっくり読もう」と思って閉じ、そのままいまにいたっている。著者の熱意と本気があふれたいい本です。読みたい。 いちばん長く読みかけになっているのは(たぶん)2年近く前に買った、アントニオ・ダマシオの『The Feeling of What Happens』。これはまったくの中断ではなく、とぎれとぎれに(もうほんとに、とぎれとぎれに)、行きつ戻りつ進行中。いまは「とぎれ」に入っている。読みたい。 しかしまあ、私がいま「ひたすら」仕事をしていると言っても、それは主観的な「ひたすら」だから、客観的に見ればどうということはないのかもしれない。『虚数の情緒』の後書きには、「あらゆる交際を絶ち」、「最高二十時間、平均でも一日十数時間を執筆に捧げた」と書いてある。ほんとにすごい。 |
![]() アダージョ 2001.10 今月は初体験の話。はじめてインターネット古書案内(紫式部)で本を購入した。ほしい本が絶版で手に入らないので、検索してみたら、エントリーしている全国130店舗のうち1店に1冊だけあったのでそれを注文。店の所在地は福岡だった。おりかえし店から受注確認のメールがあり、翌日発送で翌々日には手元に届いた。きのうまで九州の古書店の棚にあった本だと思うとなんだか不思議。注文したのは中央公論社「日本の名著」シリーズの『世阿弥』。きれいな初版の本が届いた(昭和44年の本なのでさすがにカバーの帯は少々焼けているが)。実は、あとから知ったのだが、この本は中央バックスに入っていて、それは入手できる。先にそれを知っていたら、きっとそっちを注文していたと思うので、知らなくてよかった。出版から30年あまりたった本が、配本されたばかりのような状態で、九州から私のところに来てくれた。インターネットに感謝しなくては。 次の初体験は100円ショップのダイソー。美容院でマッサージをしてもらいながらツボ押しグッズの話をしていたら、彼女が「渋谷のダイソーに結構そろってますよ」という。「は?ダイソーってなに?」と思ってきくと大規模な100円ショップだという。場所を教えてもらったらよく通 るところだったので、ついでのときに寄ってみた。小さいビルだけれど、地上4階地下1階の5フロア。1階でおめあてのツボ押し(というか、ツボたたき)を見つけたあと、4階から順にひととおり商品を見た。台所用品も、事務用品も、化粧品も全部100円。ファイルもワイングラスも包丁も靴下もあった。驚きながら見てまわり、ドライバーセットと、5mのメジャーと、携帯用のミラーと、ツボ押しを買った。しめて税込み420円。なんか脱力。金銭感覚がおかしくなりそう。 そして今日。早朝に散歩をしていて、シャッターのしまった商店街のある店で「母の白寿の祝いに親戚 一同の集まりをしますので、本日は臨時休業をします」という張り紙を見つけた。こんな張り紙、初めて見た。いいなあ。子どもや甥や姪や孫やひ孫にかこまれた99歳のおばあさんの笑顔を思い浮かべながら、しあわせな気分で帰ってきた。 |
![]() アダージョ 2001.11 なんか自分はおとなじゃないなあ、とあらためて思う今日この頃。下の息子が10月に18歳になって以来、なんかねえ、そんなこと言われてもねえ、という気分が持続しているのです。 だって私、18のときからほとんどメンタリティーが変わっていなんだもん。あの頃にもっていた存在論的な不安もそのままひきずっているし、何よりも精神的に成長したという実感がない。多少の忍耐強さや寛容さは獲得したような気もするけれど、それだって場面 による。反対にどうしてもいやだと思うことがらも増えているし。今日だって、お昼を食べにはいった店で、注文の品をもってきた男の子が「ホタテのドリアになります」と言ったから、「なれば」と言いそうになった。 まあ、年月とともに自然に成長できると思うのは甘いかも。経験が人を育てるなんて言っても、それはある経験をして、それでどうしたか、どう反応したかにかかっているから、ただ経験しただけで自動的に育つはずがない。「人間が賢くなるのは、経験によるのではなく、経験に対処する能力に応じてである」とバーナード・ショーも言っている。 18のときの私は、いずれはおとなの貫禄がただよう女性になりたいと思っていた。でもそれはどうやら無理のよう。自分にはなれそうもない、とどこかで悟っていたからあこがれていたのかもしれない。二十代と三十代前半はとばして、いきなり三十五歳になりたいと思っていた。きっと、それくらいの年齢になればおとなになれると信じていたのだろう。甘かった。「成功の栄冠にあこがれるのはとがむべきでない。だが栄冠にだけあこがれその日を空費することは、とがめられるべきである」。これはポアンカレ。 |
![]() アダージョ 2001.12 ときおりふっと思い出す人がいる。二、三年前に一度だけ出会った若い女性。私はその日、図書館にむかって歩いていた。返却する本を数冊入れたザックを肩にかけて。ふと前方を見ると、人通 りの少ない歩道の遠くに人が倒れているようで、そばにもう一人、人がしゃがみこんでいる。急ぎ足で近づいていくと、倒れているのはジャージの上下を着た大柄な女の人で、ほっそりときゃしゃな若い女性がその上半身を後ろから支えて起きあがらせようとしている。駆け寄るあいだに、二人は立ちあがった。ジャージの女性は年齢の見当がよくわからないが、三〇代くらいか。立ちあがったところをみるとほんとうに大きい。後ろに倒れこむその背中を、若い女性が両手で支えている。
「手伝いましょう」と言いながら駆け寄ると、その娘さんが「だいじょうぶです。歩けるとおっしゃっていますし、おうちも近いそうですから、このまま送っていきます」と言う。ゆっくりとおだやかな話しかただった。そして、斜めに立っている人に「だいじょうぶですか、どうぞ進んでください」と言ってそのままゆっくり歩き出す。私は「一緒に行きます」と言った。二人の姿勢はなんとか安定しているようだし、へたに手を出すとかえって歩きにくいのではないかと思ったからだ。一緒についていけば、どこかで手を貸せるかもしれない。するとその人はさらに一、二歩進みながら「では、荷物をお願いします」と言う。ふり返ると後ろの歩道の隅にハンドバッグと紙袋、少し離れたところに手つきのビニール袋がある。「ビニール袋はこのかたのお荷物ですので、それもお願いします」と、その人はすずやかな声で言う。全身の力をふりしぼっているにちがいないのに、お茶室で風雅なひとときを過ごしてでもいるかのような声だった。私は急いで荷物をとりに行き、それからすぐの角を曲がって住宅街の道に入っていく二人のあとを追った。あの人はバッグを置いたまま行こうとしていたのだ。確かに荷物をもつ余裕はとてもないだろうが、それにしても……。 「ずっとまっすぐですか?」とその人が聞いている。支えられた人はくぐもった不明瞭な声で「まっすぐ」と言う。ビニール袋のなかには酒瓶らしきものが二、三本。人通 りが少ないとは言え、さっきの通りには店もあったし、人を呼ぶことはできる。行き倒れなのだから、救急車という手だってある。でもこの人は自分で支えて家まで送っていくことを選んだのだから、その意志を尊重して黙ってついて行こう。私はそう思った。そうしなくてはならないような気がした。そのまま住宅街の道をまっすぐ、ゆっくりゆっくり歩いていく。斜めになった体はほんとうに重そうだ。そろそろ交代しましょうか、と言おうと思ったそのとき、「今日はいいお天気ですね」とその人が、前の人にやさしく話しかけた。そう、その日はぬ けるような青い空だった。 ちょっと先の家の戸口で主婦らしき人が二人、立ち話をしている。二人はこちらを見て驚いたように「あら、〜ちゃん、どうしたの」と言い、それから二人で顔をみあわせ「〜じゃなかったの?」、「しっ、ちがうわよ、だって……」とひそひそ話している。なにやらいわくありげだが、それどころではない。「このかたの家をご存知ですか?」と私は聞いた。二人は「えっ?」というふうで、「お知り合いじゃないの?」と言う。「通 りがかりです。倒れてらしたので、送っていくところです。ご存知でしたら家を教えてください」。そう言うと、二人は「そりゃたいへんだわ。いま家の人を呼んでくるから。すぐそこだから」と言って走り出し、ちょっと先を左に曲がっていった。 まもなく両親らしき人たちが二人と一緒にこちらに走ってきた。お父さんは「どうしたんだ。いつ出て行ったんだ。どこで倒れたんだ」と矢継ぎ早に叫び、かたわらのお母さんに「救急車を呼べ」と言い、私に「どこで倒れてたんですか」と聞く。一緒に走って戻ってきた近所の人が「それより早く交代してあげて」とうながしてくれた。お父さんはわきから支えようとして、お母さんに「そっちをもて」なんて言っている。後ろに倒れこんでいるのに気づかないのだろうか。また近所の人が、「後ろにまわってこの人と交代して」と、うながしてくれた。それでようやく交代。お父さんも相当にがんばって支えている様子だったから、ほんとうに重かったにちがいない。解放されたその人は、あらためて見てもほっそりときゃしゃな体つきをしている。しかも足元はハイヒール。それなのにくたびれた様子はまるでなく、大広間で来客を迎える令嬢のように、優雅に立っている。私はお母さんにビニール袋を渡し、その人と一緒に道を引き返した。 通りに出た私たちは、それではと言って右と左に分かれた。図書館にむかって歩き出した私は、数歩進んだところでふり返った。もしかしたら消えているかもしれない。ふとそんな気がしたからだが、バッグと紙袋をもってハイヒールをはいたその人の後姿は、ごくふつうの若い女性のそれだった。 それから私はときおりその人のことを思い出す。そして思うのだ。ひょっとするとあの人は天使だったのではないか。もしあのときもう一度ふり返っていたら、消えていたのではないかと。 |
![]() アダージョ 2002.2 私はどうも、自分の思考や心象風景を言葉にうつすのが苦手であるらしい。言語の流れは時間に拘束されて、順序にしたがって表現しなくてはならない。しかし心象風景や思考は並置的に同時存在するのであって、直列的ではない。そこにジレンマが生じる。たとえ順番にすべてを表現しようとしても、同時にある、その関係性は表現しえない。 人の言葉や文章も、時間の流れにそって受けとめなくてはならない。単なる情報であれば、それだけですむが、まるごと理解して何かを感じるには、受けとめたものが心のなかにたまって、同時共存したときに生起するイメージが必要であるような気がする。 視覚的な表現は並置的なので、絵画はそのまま受けとめ、感じることができる。じっと見ているときは、絵を見ながら、自分のなかに生起するものを感じる。絵と自分とのあいだにフィードバックのループができ、動的な世界になる。 書はおもしろい。視覚的に受けとめるにもかかわらず、そこに時間の流れが内在しているから。しかも色彩 の要素がなく、空間もうめつくされていないから、それだけ筆致の印象が強まる。自由に表現されていても、そこには一定の形の制約があるあるので、それだけ個性が際立つ。 舞踊もそうだ。身体表現には一定の制約と、視覚に並列的に入ってくる要素と、時間の流れがある。あれは身体という一定のかたちが保たれたまま、配置的に変化するから訴える力が強いのだろう。体の形も際限なく変化してしまったら(踊りながら手足の本数が変わったり、体の輪郭そのものが物理的に変化したりすれば)、表現の自由度が増加してちがう魅力は出るだろうが、ある面 ではそのぶんだけ印象が薄まり、まったく別物になってしまうだろう。無駄な装飾をそぎおとした道具に機能美があるように、踊るためにつくりあげられた人間の体にも、一種の機能美がある。それが時間の流れとともにダイナミックな動きを展開しながら内面 の表現をするとき、いまこのときだけの、一回性の何かがたちあがる。 |
![]() アダージョ 2000.3 2月は仕事がきりきりと忙しく、あっというまに過ぎてしまった。これで冬にためたよぶんな2キロが落とせるか?と思ったのだけれど、だめだった。将棋の米長邦雄さんが、対局をすると2キロやせるとどこかに書いておられたのを読んだ記憶があるので、それなら翻訳作業も頭脳労働だし、がんがんやってグルコースを消費すればやせるのではないかと期待していたのに。ということは、たいして頭を使っていないのか。眠いときは能率があがらないから、使っているはずだと思うんだけどなあ。 どうも午後になると眠くなって困る、なんとかならないかと思っていたら、「お昼寝前にコーヒーを。20分後、目覚めすっきり」という記事を発見した。文部科学省の「快適な睡眠の確保に関する総合研究班」による報告で、学生10名に目覚めに良いとされる行為を試して、脳波の測定で効果 をみたところ、「最も目覚めが良かったのは、コーヒーを飲んでから昼寝をし、目覚めてから通 常より明るい照明を浴びたケースだった」。したがって昼寝の前にコーヒーを飲み、目覚めたら外光を浴びるのが、午後の作業能率が向上する「正しい昼寝の方法」だとか。さっそく試してみたら、なかなかよかった。まだ2回しかやっていないが、「正しい昼寝の方法」というフレーズが気にいったので、またやってみようと思う。 夜の気分転換は散歩。このところ月が明るくきれいなので、気分がいい。そう思っていたら、新聞に2月27日の満月は今年最大という記事があって納得。いま月は楕円軌道上の地球にいちばん近い位 置にあり、しかも1年のうちで地球と月が太陽に一番近い位置にあるので、とっても大きく明るいらしい。「満月で、地球・月が太陽に近く、かつ、地球−月の距離が近くなる今回のような現象は、平均すると10年に1回程度」だとか。 つまり2月は、体重減を期待しながら仕事に励み、「コーヒーを飲んで昼寝」を実践して仕事に励み、大きく明るい月を見ながら散歩をして仕事に励んだ毎日だった。嘆息。 |
![]() アダージョ 2002.5 春はいつも別れと出会いの季節。今年の春はとくにそれを実感。失って初めて気づくそのものの大切さ。なくなって実感する爽快さ。 4月に引越しをした。それに際してクロゼットのなかの服をつくづく見た。いらないものはすでに処分したはずだったが、この1年間、1度も着なかった服が結構あった。そしてそれらには共通 点があった。以前ははずっと、膝丈かあるいは膝上のスカートをはいていた。白衣の下からスカートが出るのがいやで、かといって出勤後にスカートまではきかえる気にはなれず、そのまま白衣をはおればOKの短いスカートばかりをはいていた。それにスーツなど、「きちんとした印象」の服。それらはいわば仕事服だった。歯科医師をやめてからしだいにそういう服は着る気がしなくなり、いまはほとんどロングスカートの日々。ああいう服は本当は好きではなかったのだなあと、あらためて思った。その頃はそれなりに気に入っていたのだが、「嫌いではない」服、あらかじめ設定した枠のなかで選んだ服だった。 それは服だけの話ではなく、生活スタイルそのものがそうだった。言うならば頭で「好ましい」と判断しただけで、体が「好き」と感じている生活スタイルではなかった。 「嫌いではない」と「好き」とはまるでちがう。このことに決定的に気づいたのは、訳を担当した本のなかである詩と出会ったときだった。私はその詩の一節ををこんなふうに訳した。 私は自分を自分の知らないものでつくりあげ、これは私のことだ、私のことだと思った。 引越しをして窓から見える景色が変わり、デスクも新しく購入したので、リセット気分が増幅されているのかもしれない。 人との別れや出会いもいろいろあった。いちばん大きいのは、大好きなバレエの先生が結婚してハワイに行かれるため、もう少しでさようならになってしまうこと。3年ほど前にはじめて、最近ようやく先生が何をおしゃっているのか、何を要求なさっているのかがわかるようになってきたので、とても残念。私はこの先生にずーっと教えていただくのだと勝手に決めていたので、とってもさみしい。後任の先生はこのあいだまで東京バレエ団でソリストとして活躍なさっていた方らしい。「とてもすてきな先生だからだいじょうぶ。1月には帰国するので、みなさんの上達ぶりを見に来ますよ」とおっしゃった。そうよね、上達しなくちゃ。 |
![]() アダージョ 2002.9 あっというまに過ぎてしまった夏。「夏休みの課題図書」をたくさん用意していたのに、3分の1も読めなかった。予定していた「夏休み」が、フタをあけるとほとんどなかったのだから、しかたがない。仕事の進行速度に関する見込みちがいという自業自得に、PCの不具合という、これまたほとんど自業自得に近い事情(新機の購入を先送りしていた)が重なって、読書三昧をする予定の1週間が、いつのまにか消えてしまったのだ。悲しい。 しかしこの夏には収穫もあった。最大の収穫はダンス・アクト、『ジャン・コクトー 堕天使の恋』。いやー、新鮮な体験でした。前衛ともちがう、クラシック・バレエともちがう、詩情あふれる舞台。セリフはなくて朗読だけ。バレエ・ダンサーがその身体表現で「役者」をしている。なかでも光っていたのが、ジャン・コクトーの学友ダンジュロス役(と振付担当)の金森穣。 立っているだけで、まぎれもないダンサー。動きはじめれば、心身一如の世界。直観の身体表現のなかに、武道に代表されるような瞑想の行動形態を感じた。 人間、年を重ねればそれだけ精神が豊かになり表現力が増すが、いかに才能のある人でも身体能力は衰える(らしい)。とすればそこには、ぎりぎりのせめぎあいがあるはずで、両方が重なった「旬」のときはあまり長くはないだろう。それに遭遇して、なにかと不調だったこの夏に、元気のもとをもらった。ジャンとのパ・ド・ドゥは圧巻でしたよ、穣くん、はあと。 もうひとつ、この夏の終わりには、78歳の男性が顔面パンチでヒグマを撃退というニュースにも、なぜだか元気づけられた。 |
![]() アダージョ 2002.10 三〇余年ぶりにピアノを弾きはじめた。厳密に言えば、息子たちのピアノのおさらいをしたり、発表会の親子連弾のために少々練習をしたりという時期が何年間かあったのだけれど、自分のために弾いたのは三〇余年ぶり。弾きたくて弾いたのは何年ぶりだろう。 これというきっかけはなかった。ある日の午後に、目が疲れたのでちょっと休憩しようとリビングに行って、ふと隣の部屋のピアノが目に入り、すいよせられるように椅子に座ってなんとなく蓋をあけた。それだけ。 弾いてみて、これはリハビリが必要だと思ったので、翌日散歩のついでに、簡単に弾けそうな楽譜を買いにいった。すると棚にたくさんありました。「おとなのための……」とか、「はじめてひく人のための……」とか。「お父さんのための……」という、なんだかよくわからないのもあった。 そう、いまはしろうとの時代。初心者でもちょっと何かをしたいと思えば、それなりになんとかできるルートやツールがいくらでもある。いいとばかりは言えないのかもしれないけれど、せっかくだからいろいろなことをやってみるのも悪くないなとこのごろ思う。それをきっかけにして、いつもの視座をちょっとはずしてみる。ポジションを変えてみる。すごいなあと感じる人のどこがすごいかをまじめに考えてみる。 ピアノはいまもリハビリ中。ピアノの練習をするのもレッスンに行くのもほんとうにいやだった小中学校時代の自分を思い出し、そういえばあの頃、トカゲをつかまえて内緒で飼い、ばれないように筆箱に入れて学校に連れて行っていたなあと、ついでになつかしく思い出しながら。 |
![]() アダージョ 2003.1 2002年はいろいろな意味で区切りの年だった。その一つが、初めての翻訳書が出てからまる5年が経過したこと。この仕事を始めるときに、まずは5年と思っていたのでそういう意味で一区切り。思い返すと訳す本にも、出会う人にもずいぶんと恵まれた5年だった。 たかが5年、されど5年で、自分なりのやりかたがまがりなりにも定着してきた。私はこの仕事(科学系ノンフィクションを中心とする翻訳)を始めたときから、「事実関係に誤りがなく、日本語として読みやい訳」というのを目標にしてきた。達成はもちろんむずかしいが、これが努力目標であるのは、たぶんこれからもずっと変わらないだろう。その目標のために大事なのはなんだろうとあらためて考えると、私の場合は「時間をかける」の1点につきる。しかもその時間は質の高い時間でなくてはならない。この5年は、いかに質の高い時間を捻出するかを、意識的、無意識的に模索した5年でもあった。たぶん高い能力をもっている人なら、方法論など考えなくてうまくいくのだろうが、残念ながら私はちがう。ならば方法を工夫して理想と現実のへだたりを小さくするしかない。というわけで、試行錯誤のすえ、最近は最適の起床時間、休憩および気分転換のタイミングと内容、集中度の高い時間帯と低い時間帯の使いわけなどがわかってきた。 2002年は「仕事に時間をかける」と同時に、「仕事以外のことに使う時間を増やす」工夫をした1年だった。こちらはうまくいったとはいいがたいが、それでも「やってみたいと思うことはなるべくする」という、2002年の方針に沿って、新しい体験をいくつかすることができた。その一方で、やってみたいと思いつつ2003年に先送りしたこともある。 私はしばらく前から、やってみたいことや夢を書く専用のノートを用意して、いつかしたい大きな夢、暇ができたらしてみたいちょっとしたこと、買いたいもの、行きたいところ、なりたい自分などなどを好き放題に書きつらねている。書いているうちにどんどんやりたいことが浮かんでくるから不思議。これは書いていて楽しいだけでなく、「何かしたいこと」を書くと「そのためにはどうすればいいか」、「こうすればできるかも」という方向に思考がはたらくので、結構おもしろいし、実現の可能性もそれだけ高くなる。「仕事のために質の高い時間を確保したい」というのも、過去にこのノートに書いた項目だった。項目の下に、いろんな工夫や思いつきが書いてある。 このノートにはもう一つ、気分が低調なときにひっぱりだして、ページをめくっていると、いつのまにか元気がでてくるという効用もある。昔書いた部分を読んで、「そうか、あれもしてみたかった」とか、「あ、こんなことが書いてある。これはもう実現した!」とか、思っているうちに気分が明るくなってくるのだ(これはすなわち、私が単純な人間だいうことにすぎないのかもしれないけれど)。 2003年の最初の項目として、「仕事のスピードをあげたい」と書いてみようかと思っている。ひょっとすると実現するかもしれないものね。 |