今月のエッセイ 2008年9月
    江崎リエ【はまって、はまって】……「アリたちはそんなことはものともせずに生きていくのかもしれない」

塩原通緒【日々の泡】……お休み

東郷えりか【コウモリ通信】……「薬師岳、観音岳、地蔵岳と歩くあいだ、富士山や北岳や、遠くの槍ヶ岳まで」

中埜有理【七月便り】……「動いてしゃべる人形の苺田さん」 

野中邦子【ぐるぐるくん】……「ただウォッカが好きというだけかも」

佐藤尚子【うさぎの手紙】……「なんて言うんでしょう……きっかけがほしかったんです」

桃井緑美子【Swan Song】……お休み

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コウモリ通信

東郷えりか(2008.9.3更新)


南御室小屋で







タカネビランジ 鳳凰三山はピンクが多く……



タカネビランジ 白は北岳に多いとか


その106
稜線歩き 遠くに富士山が見える
 八月なかばに、南アルプスの鳳凰三山を縦走してきた。登り始めてすぐ、脚がいつになく重く感じられ、不安になった。最初の三〇分は息が苦しくなりやすいので、そのせいだと思い込もうとしたが、どうやら違うらしい。荷物が重いわけでもなかった。日ごろ運動不足なうえに、腰の調子がいま一つだったので、テントもポールもガスも、重いものはすべて娘が背負ってくれて、私は自分の荷物のほかは食料とコッヘルくらいしか分担していなかったからだ。

 十数年前、会社勤めに嫌気がさしていたころ、ある日、私は昼休みに会社を抜けだして、秋葉原のニッピンへ行き、二〜三人用の軽量小型のテントを衝動買いした。キャンプ用品さえあれば、夏の旅行はお金をかけずに済む、という打算もあったが、身一つで山から山へ渡り歩ける解放感が何よりも魅力的だった。登山の経験も知識もないに等しく、ただガイドブックを適当に読んでは、無謀な計画を立てた。だから、何度も道に迷い、日暮れて暗くなった森を歩いたり、めまいのするような岩場をよじ登ったり、土砂降りのなかを川と化した道を歩くはめになったりした。

 あのころは、テントからホワイトガソリンを入れるストーブまで、重いものはすべて私が背負っていた。それがいまやもう立場がすっかり逆転していた。私よりずっと用意周到で冷静な娘は、地形図を読み、高度計を見ながら、現在位置を確かめ、しっかりと行程管理をしてくれる。おかげで、なんとか無事に最初のキャンプ地である南御室小屋に、まだ明るい時間に着くことができた。

 同行した姉は小屋に泊まり、姪と娘と私の三人はテントで寝ることにした。荷物を大きなゴミ袋に入れて、テントの外のフライシートの下に置けば寝られるはずだと踏んだが、やはり甘かった。昔は三人で充分に寝られたはずのテントなのに、図体の大きくなった姪と娘にはさまれて、私は身動きもできない。ただでさえ脚も腰も限界にきているのに、これでは翌日歩けなくなってしまう。わずかな隙間で筋肉をもみほぐしながら、身体の向きを無理やり変え、最終的には頭と足を互い違いにして寝てもみたが、結局、一睡もできずに朝を迎えた。

 それでも、マッサージが効いたのか、翌朝は身体が軽くなっていた。天気も最高で、薬師岳、観音岳、地蔵岳と歩くあいだ、富士山や北岳や、遠くの槍ヶ岳まで見渡せ、気分も最高だった。
地蔵岳オベリスク
 問題が生じたのは下山途中だった。予定より遅れ気味だったので、途中の小屋で泊まることも検討したが、どうしても温泉に入りたいと姉が執着したため、とにかく頑張って下山することにした。ところが、そこからの長い長い下りで、私の脚はついに限界にきた。膝が笑うどころか、もう足が前にでない。荷物からコッヘルや食料も抜いてさらに軽くしてもらい、とにかく生きて下山することだけを考え、右、左と足を前にだすことに専念した。日も暮れ始め、誰もが疲労のあまり無口になっていた。青木鉱泉の旅館の風流な建物が見えたころには、六時を回っていた。中庭の長椅子にへたり込んだ私たち一行を見かねて、旅館の人たちは指定のキャンプ地ではなく、庭にテントを張らせてくれた。温泉に浸かって痛む手足を伸ばしたときは、まさに極楽だった。その晩は、若者にテントを譲って、おばさんは旅館のマットレス付きの清潔な布団で身体を伸ばして寝ることにした。毎日もっと歩かないと、いつか本当に歩けなくなってしまう、と危機感を覚えた山行だった。
(とうごう えりか)







うさぎの手紙

佐藤尚子(2008.9.3更新)


こんにちは。毎度私事で恐縮ですが、夏の終わり、今年もまた誕生日がやってきて、今年もまためでたくひとつ年をとりました。今年、私はとてもきりのいい年齢になったので、ひとつ決心をいたしました。
 それは──あの、とてもちっちゃなつまらないことなので聞いて驚かないでくださいね──いままで平気で口にしていた、いただけない言葉を三つ、これからは使わないようにしようというものです。その言葉をここに書くことはしません──恥ずかしいし。それにね、どれも別に間違った言葉というわけでもないし、特にとがめだてするほど汚い言葉でもないの(自分で言うのもなんだけど)。ただ……いい年した女が使うのはいかがなものか?みたいな言葉なんです。
 そう。もともと三つだったのです。でもこのことをごく内輪の席で何気なく宣言したら、妹にあと二つ増やされてしまった。私がよく使ってしまう言葉のなかに、彼女にとってはとんでもなく耳障りなものがあったんですよね──まあ知ってましたけど(一応、注意もされていたし)。いい機会だからついでにやめなさい、と諭されてしまった。というわけで計五つ。使ってしまったら罰金なのですが、でもどこに(誰に)払うのか? まあそんなことはどうでもいいか。深く考えるほどのことではないですね。貯金箱に十円玉でも放り込むようにしようかな。
 言わずもがなのことですが、私が使ってしまういただけない言葉がこの五つだけ、というわけではもちろんありません。ただ、きちんとした言葉遣いをしようとか、子供っぽい言葉遣いはやめようとか漠然と言っていても実行不可能ですから(自ら監視することも不可能になりますから)、とりあえず限定してみたのです。
 五つの言葉の内訳。三つはたしかに、大人が使う言葉ではないな……と思いながらついつい口にしていた言葉。ひとつは完全に要らない言葉。そしてあとのひとつ……これがとても便利な言葉なんですよね。この言葉をある人(これは特定されている)が使いはじめたとき、変な言い方だけど、私はちょっと感心した。そのニュアンス、わかるわかる、って感じで。いまでも、その言葉を使えば簡単に思うところが通じる場面というのがあるとは思っています。使って悪いとも実は思っていない。ただ……手軽なんだよね。──ここで無理してでも、この言葉を気軽に使わずにそれと同じくらい的確に伝わるように努力するのが大人っていうものではないか?などとふと思ったわけ。
 きちんと話せるということは財産ですね。たとえばオリンピックではいろいろな選手のインタビューがある。私はスポーツ選手のインタビューを見て感心することがよくあります。普段あまり見ることのない、メジャーとは言えないスポーツの選手のなかに、実にきちんと話す人がたくさんいますね。全員が、とは言わないけれど。落ち着いた丁寧な言葉で訊かれたことにちゃんと答え、言いたいことをはっきりと言う。一流の選手だから大人なのか、忙しくてテレビなんか見ている暇がないせいか……理由はわからないけれど、その場限りのつまらないはやり言葉なんて使う人はあまりいない(知っていても、使う場ではないと心得ているのだろう)。日本のプロ野球のヒーローインタビューとは大違い(少しは考えようよ、と思うことがしばしばあるのよね)。
 私は基本的には、言葉は、伝えたいことができるだけ正確に伝わるのがいちばん、と思っています。誰かがつくった新しい言葉、どこかから入ってきた外来語、いわゆる流行語、そういうものを使うのもそれほどの抵抗はない。ただ、自分で気に入らない言葉とか、私にとって意味不明の言葉とか、個人的に耳障りな言葉などは自分では絶対に使わない(もちろん……大きなお世話だけど人が使っていてもやはり気になる)。いまさら、正しい日本語だの美しい日本語だのを、他人にまで求めようとは思わない。第一そんなことができるのは、人のお手本になるほどきちんと話せる人だけだと思うし。でも自分が勝手に努力するのはかまわないでしょう。
 たぶん、すぐに改めるのはなかなか難しいことでしょうね。それはわかっているんですけど、なんて言うんでしょう……きっかけがほしかったんです。ずっと、自分の言葉遣いは子供っぽいな、ものすごく汚いとまではいかないけれど美しくはないな、と自覚していた。日本語が乱れているのが気になる、とかそういう問題ではなくて、完全に自分個人の問題として、他に取り柄もないことだし、せめて、少しはまともできちんとした言葉を使うようにしたい。子供っぽい言葉遣い、独りよがりの言葉遣い、鬱陶しい言葉遣いはなんとか慎むようにしよう。これは、いい年して……四捨五入で五十になる誕生日にするような決心ではないけれど、まあ、本気、ということでここに宣言しておきます。中身を言わないのがずるいと言えばずるいかもしれないけど、ほら、もう口にするのはやめようと誓った言葉なので、お許しください。……来月までにいくら貯まっているかしら(って……違うでしょ!)。

(さとう なおこ)







はまって、はまって

江崎リエ(2008.9.3更新)


熊谷守一美術館入り口

アリを眺める

私が子供の頃の東京には、舗装されていない道路がけっこうあって、アリの巣をよく見かけた。公園はもちろん土。アリの群れが子供が落としたドロップの周りにたかっていたり、パン屑の残りのような白い小さな粒を運んでいたりすると、私はじっとそれを眺めていた。群れの後について行って巣を突き止めたこともあるし、巣の中に葉っぱを入れて通れなくしたり、水を入れたこともある。そんな悪さをしても、翌日見に行くと巣は元通りになっていて、安心したような、拍子抜けしたような気分になったものだ。息子が小さい時も同じようなことをしていたから、子供は皆こういうことを繰り返し、アリたちはそんなことはものともせずに生きていくのかもしれない。

家族でオーストラリアのメルボルンに行ったときは、友人の庭にいたアリの巨大さに驚いた。体長3センチくらいあるのが、ふつうのアリなのだ。このときも私は、おもしろがってアリを眺めた。

それから10年以上が経ち「ああ、最近はアリを見てないな」と思った。そう思ったきっかけは、熊谷守一だ。熊谷ファンならピンとくると思うが、彼のアリの絵を見る機会があったのだ。

豊島区の「熊谷守一美術館」。金曜日の夕方に訪ねてみると、私を迎えてくれたのは、コンクリートの外壁に描かれた黄色のアリたち。これがとてもいいのだ。この小さな美術館で絵を眺め、外壁のアリを眺めているうちに、せっせと動き回るアリが見たくなった。天気のいい日にアリを探しに出かけよう、と思っている。
(えざき りえ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2008.9.3更新)


完熟トマトのサラダ


グリーンゼブラのフリット


マグロのレアソテー


ポークソテーのたっぷりトマト添え


トマトジャムのロールケーキ
 8月某日、「訳者あとがき」を1本書いたあと、夕方から出かけて南青山の友達の事務所へ遊びに行き、近くのトマト料理の店、セレブ・デ・トマトでディナー。

 いろいろな種類のトマト、赤だけじゃなくて、グリーンの縞模様(グリーンゼブラという名前)や白っぽいの(クリームチーズという名前)など、珍しいものがありました。前に『世界を食いつくせ』の翻訳をしたとき、カリフォルニアの農園で多品種を少量生産するという話が出てきました。トマトの種類もたくさん出てきて、その当時は日本でも黄色や緑のトマトを見かけるようになっていましたが、実物を見て、しかもお料理になったのを食べたのは初めてです。

まず飲み物を注文します。トマトのお店なので、私はブラディメアリー、友人はアルコールがだめなのでトマトジュースです。トマトジュースもいろいろあって、酸味、甘み、濃厚、さっぱりといったメニューから選べます。子供のころはトマトジュースが苦手だったのですが、大人になってお酒が飲めるようになったら、ウォッカをトマトジュースで割るブラディメアリーが好きになりました。グレープフルーツジュースでウォッカを割るソルティドッグも好きなので、ただウォッカが好きというだけかもしれません。そんなに多量を飲むわけじゃないけど。

前菜2種。丸ごとの完熟トマト1個にカニサラダを詰めたサラダ。グリーンゼブラのフリット(ゴルゴンゾーラ・ソースと与那国産の塩で食べる)。 トマトというより、レンコンの天ぷらという感じでした。ゴルゴンゾラチーズの風味を効かせたソースがおいしい。私はブルーチーズも好きです。

メインはマグロのレアソテーと豚肉のソテー。どちらも野菜がたっぷりついてきます。ラディッシュ、にんじん、小さな辛味大根、きゅうり、オクラなどを、バーニャカウダ・ソースにつけて食べます。豚肉のほうはフレッシュトマトがどっさりついてきました。

このへんでおなかいっぱいだったのですが、冷たいパスタも注文していました。細いパスタでスープ仕立て、まるでおそうめんみたいでした。これにも和風の野菜がたっぷりトッピングされていて、茄子、ミョウガ、しそ、スモークサーモンとイクラなど。かならず一品は写真を撮り忘れるのですが、このパスタの写真がありません。

それでも、スイーツは食べます。このロールケーキは、生クリームに酸味がきいていて、トマトジャムがイチゴジャムのような感じで挟まっています。私はケーキのなかでも、とくにロールケーキが好きなのです。おいしかった!

全部シェアして食べたので、ちょっとずつ変化のある味を楽しみました。 

トマトはがん予防になることが科学的に証明されているし、アンチエイジングにも効果があるそうです。ふくれたおなかをさすりながら友人と、久々にちゃんとした食事をしたね、と話したのでした。いい年をした女二人、ふだんいったいなにを食べてるんでしょうね。
(のなか くにこ)






七月便り


中埜有理(2008.9.3更新)

書物観察――ちまちま感の魅力

 先月に続いて、装丁です。

 今回はコミックス。月刊コーラスに連載されている『苺田さんの話』の第三巻。この物語は、地球に遭難した宇宙人が生命エネルギーだけになってしまい、そのままでは生きていけないので、肉体のかわりに着せ替え人形(リカちゃん人形がモデルです)に宿ります。人形が動いたりしゃべったりするのを見つけたのが、服飾デザインの専門学校に通う若者イオンです。

 やさしくて、ちょっと天然のイオンは、この人形に苺田アンという名前をつけて一緒に暮らし、お洋服やかわいい小物をちくちく手作りしてあげます。同じ学校に通う隣人や、小学生のゆみちゃんが登場し、動いてしゃべる、やや生意気なところのある人形の苺田さんをめぐって、ほのぼのしたなかにも、少々スリリングな謎のあるストーリーが展開されます。

 作者は小沢真理。同じ作者の前の作品『ニコニコ日記』(テレビドラマにもなりました)にも小学生のニコちゃんが登場します。このマンガ家さん、絵がとてもやさしく、いやな人間や悪人が出てこないので、私はなかなか好みです。

 このカバーには、イラストと実際の手芸でできたバスケットが組み合わされています。ボタンやレースで立体的に飾ってあってかわいい。作中には、ブライスに似た人形も登場して、「おしゃれさん」といわれてます。ちまちました手芸の魅力が装丁カバーに活かされていてグッジョブ! ミニチュアのティーセットを並べて写真に撮ってみました。

(なかの ゆり)




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