今月のエッセイ 2012年5月
   

江崎リエ【はまって、はまって】……「腰のラインと指の動きがきれいな男性ダンサーの美しさ」

佐藤尚子【うさぎの手紙】……お休み

塩原通緒【日々の泡】……お休み

東郷えりか【コウモリ通信】……「シュメール人の社会がそこに凝縮されている」

中埜有理【七月便り】……「4月23日はサン・ジョルディの日」

野中邦子【ぐるぐるくん】……「日が過ぎるにつれて、敗退した選手がどんどんいなくなる」

桃井緑美子【Swan Song】……お休み

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コウモリ通信

東郷えりか(2012.05.04更新)











その145

『100のモノが語る世界の歴史 1』
ニール・マクレガー著、東郷えりか訳
筑摩選書、1995円


 「アブラハムの宗教」という表現を最近よく目にする。アブラハムを始祖とするユダヤ教、キリスト教、イスラーム教という意味だ。クルアーンではユダヤ教徒、キリスト教は「啓典の民」として特別扱いを受けるが、その他の異教徒は強制的に改宗すべき存在とされた。このアブラハムは紀元前二〇〇〇年ごろの人とされており、「創世記」によれば生誕地はカルデアのウルで、彼の家族はここをでてカナン地方に向かった。このカルデアのウルは、世界最古の都市の一つで、現在のイラクにあるウルだと考えられている。

 そのウルで、紀元前二六〇〇〜前二四〇〇年ごろにつくられた「ウルのスタンダード」という作品がある。この半年ほど取り組んでいる大英博物館の本で、その鮮明な写真を見たときの衝撃は忘れられない。よく引き合いにだされるので名前だけは知っていたが、それが何なのか理解していなかった。実際、何に使われたのかはいまも判明していない。小さいブリーフケースほどの木製の箱で、表面にラピスや赤い石、貝殻でモザイクが施されている。戦争と平和を描いた二枚のパネル絵が前後にあって、シュメール人の社会がそこに凝縮されている。ここには世界最古の車輪付きの乗り物が描かれ、上層階級はビールとおぼしきものを飲んで談笑している。彼らの暮らしを支えるのは、羊やヤギ、魚などの貢物を携えてやってくる民だ。なかにはインド原産であるコブウシもいる。インダス文明とメソポタミア文明が交流していた証拠はあるが、牛を運ぶとなれば海路からだろうか?

 モザイクは一部はがれ、染みにしか見えない人物もかなりいる。「確実にわかることには限界があるのをわれわれは認め、別の種類の知識を見つけようとしなければならない。物は本質的にわれわれと同じ人間がつくりだしたはずだ。だからこそ、彼らがなぜそれをつくり、それがなんのためなのかも解き明かせるはずだと気づくことだ。ときにはそれが、過去だけでなくわれわれの時代においても、世界の大半の人びとが何をしようとしているのかを把握する最良の方法かもしれない」。この本の著者である大英博物館のニール・マクレガー館長の言葉に触発されて、このパネル絵を穴の開くほど眺めるうちに、これをつくったシュメール人の職人が、似たような人物を随所に配置して大勢に見せていることに気づいた。そこでふと、鮮明な部分を寄せ集めて消しゴム判子をつくり、それをポンポンと押せば、不鮮明な部分も私流に補って完璧な絵ができるのではないかと思いついた。

 何の貢物をもっているのか、最後までわからずに悩まされた一人は、左手を前方に突きだしている。あれこれ考えるうちに、ひらめいた。鷹狩り用のセーカーハヤブサだ! 調べてみると、鷹狩りの最古の記録は紀元前二〇〇〇年ごろのメソポタミアかモンゴル、中国のようだ。私の推理が正しければウルのスタンダードが最古の鷹狩りの証拠となる!

 老眼鏡をかけて私が彫った消しゴム判子製の「ウルのスタンダード」は、上出来とは程遠いけれど、このたび筑摩選書として刊行された邦訳版『100のモノが語る世界の歴史』のよいブックカバーになった。この本で紹介される100の所蔵品は、純金の宝物から文字どおりガラクタまでさまざまだが、いずれも人間の本質を深く考えさせる物だ。原書は厚さが6cmもある巨大な本だが、日本語版はペーパーバックで三分冊されているので、通勤電車にも、大英博物館への旅にも簡単にもち運べるし、写真の刷りあがりは実は原書より格段によい。これまで歴史は年号を丸暗記する嫌な教科だと思ってきた人も、ぜひ読んでみてほしい。歴史の見方が、ものの考え方が大きく変わるはずだ。
(とうごう えりか)









はまって、はまって

江崎リエ(2012.05.04更新)




フラメンコがつなぐもの

 友人がスペインに行くというので、「スペインならフラメンコだ」と思い、ブライス人形にフラメンコの衣装を作った。もっとも、あのフリルいっぱいのフラメンコのスカートの構造がどうなっているのかわからず、それを調べるために雑誌やネットを見ているうちに、フラメンコにまつわる様々なことを思い出した。私はフラメンコにはあまり縁がないと思っていたのだが、考えて見ると、生まれて初めてプロのダンサーの踊りを見たのは、伊勢丹会館の「エル・フラメンコ」だった。誰かにチケットをもらったのだろうが、父に連れて行ってもらった薄暗いレストランは、小学生の私にとってはわくわくする空間だった。食べた料理のことはまったく覚えていない。覚えているのはかき鳴らすギターの音と絞り出すように歌う歌声。照明の当たった舞台の上で、爪先やかかとで床を踏みならしながらリズムを取る女性たちの群舞。そして、腰のラインと指の動きがきれいな男性ダンサーの美しさ。考えてみると、このとき「すてき」と思った印象は、私の理想の男性像にけっこう大きな影響を与えているかもしれない。

 その後は生の舞台を見る機会はほとんどなかったが、なんとなくスペインに興味を持つようになった。小松原庸子舞踏団は見に行った覚えがあるし、アントニオ・ガデス舞踊団は映画で見た覚えがある。「覚えがある」ばかりで、「いつ、どこで」などの細部を全く思い出せないのがちょっと情けないけれど。スペインの詩人ガルシア・ロルカを知ったのも、フラメンコが縁だったような気がする。そしてロルカと言えば、天本英世さんを思い出す。渋谷の「ジャンジャン」だったか別の場所だったか覚えていないが、ロルカの詩の朗読を聞きに行ったら、出てきた男性がとてもすてきな人で、風貌よりも深い声の響きに引かれた。今でも「午後の五時!」とロルカの詩の一節を語る天本さんの横顔が目に浮かぶ。何回か聞きに行ったのだが、今思うと話しをする機会を作らなかったのが残念だ。

 そういえば大学時代、キャンパスの一角にベニヤ板を敷いて毎日フラメンコの練習をしている上級生がいた。私はひまつぶしになんとなくその様子を見るのが好きだったのだが、今彼女はどうしているだろう。前の会社の同僚にも、熱心にフラメンコを踊っている女性がいて、年1回の発表会を数回見に行っている。ギターと歌に乗せての情熱的な踊りは、なかなか迫力があって楽しめる。こうして考えると、生で見た踊りはフラメンコが一番多いかもしれない。

 フラメンコに限らないが、何か一つに興味を持つと、そこにつながるいろいろなものを調べたり、パフォーマンスやイベントを見に行ったり、人に会いに行くことを続けてきた。そんなとりとめのないつながりが重なって、自分の知識や嗜好を形作っている。興味を持ったら飛びつく、動く。そこから新しい世界が広がるという発見をこれからも続けていきたいと思う。

(えざき りえ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.05.04更新)


会場入り口


お弁当を食べる少年


錦織圭選手


センターコート風景


7回目の優勝カップを手にするナダル


ナダルとフェレールのシャンパンシャワー

 バルセロナへ行ってきました。2002年以来、10年ぶりの訪問です。前回はガウディの伝記を翻訳したあとで、ガウディ建築めぐりが目的でした。今回は、スペイン語を習いはじめて2年目ということで……というのは付け足しで、本当の目的はクレイのナダルを見ること。

 いちおう補足しておくと、ラファエル・ナダルはスペインのプロ・テニス選手で、クレイというのはコートのサーフェイスの一種です。ウィンブルドンは芝、全仏はクレイ、全豪と全米はハードコートで試合をします。赤土を敷き詰めたクレイ・コートでのナダルは圧倒的に強いのです。日本にはクレイコートがほとんどないので、クレイ・コートの試合を見るには外国へ行かなければなりません。芝も同じく。

 クレイ・キングといわれるナダルですが、去年はそのクレイ・コートでもジョコヴィッチに負けてしまい、なんと7連敗という成績。これはまずい。とはいえ、出かける直前のモンテカルロでは復活の兆しを見せ、順当に勝ち上がって、決勝戦まで行きました。

 ところが、モンテカルロ決勝戦の日に飛行機に乗らなければなりません。「どうなるかなぁ、ジョコにまた負けたらどうしよう」と、はらはらしながら飛行機に乗りました。ファンもつらい。ヒースロー空港ではまだ結果がわからず、しかも乗り換えの便名をまちがえて、空港職員さんに急き立てられ、空港内を走らされる始末。実際はそんなに急ぐ必要はなくて、ちゃんとトランジットできました。バルセロナ空港について、フリーwifiにつなぎ、ようやくツイッターで結果を確認。「おーーー勝ってるー!」とそれだけでは満足できず、どんなプレイだったのか気になってしかたがない。iPhone でスコアを確認するとどうやら圧勝だったもよう。

 しかし、ホテルに着いたとたん、こんどは明日からのバルセロナ・オープンに興味が移ります。トーナメントの公式ホテルに泊まったので、ロビーに選手がうろうろ歩いている! プレイヤーズ・パーティから戻ってきたティプサレビッチや錦織圭君に遭遇。ハーセもいる、ニーミネンもいる。イストミン、トミック、ラオニッチ、ベルダスコ、きゃー! でも緊張しちゃって、なかなか声をかけられない。圭君に「がんばってください」というのが精いっぱい。実物の選手は背が高くて、日焼けしていて、小顔で、彫りが深くて、かっこいい。と完全にミーハー状態。

 翌日からトーナメントの第一戦が始まります。でも、一つ問題が。

 バルセロナ・オープンのチケットは1週間通しの席を買いました(ばらで買うより割安)。オンラインで購入し、カード゙決済、控えのチケットを自分でプリントアウトしてもっていき、現地でチケットに交換するという手順です。買ってから2,3日後に電話がかかってきて(スペインから!)、「eチケットに問題はないか、ちゃんとプリントアウトできたか」と聞かれました(英語でした)。ずいぶんていねいだなーと思ったものです。ところが、2月に買ったチケットが3月、4月になってもカード゙決済されないのです。どうしたんだろうと思っていたら、出発直前になってメールが来ました。カルロス・ペレスさんからです。「引き落としがうまくいかなかったけど、席はとってあるから、現地にきて決済してね」という内容でした! 「えーびっくり。ぜったい行くから席をとっといてね」と返事をしたら、「だいじょうぶ、ノープロブレム」という。やれやれです。

  そんなわけで、初日はようすを見がてら、ディアゴナル通りを歩き、地下鉄のマリア・クリスティーナ駅でタルヘータ10(ディエス)を購入。これで、バスとトラムとメトロに10回分乗れます。坂を上ると会場です。その坂道の途中、偽警官に遭遇し、「パスポートを見せろ」といわれる危なっかしいハプニングもありましたが、なんとか無事に逃げ出しました。見るからに観光客だったんでしょうね。入り口のブースで、チケット代の支払は無事終了。一週間分のチケットが紙切れ一枚。入退場のたびにそれを見せるので、お財布に入れておいたら、一週間でよれよれになってしまった。

 センターコートの席は、関係者席(一般人は買えない)のすぐ後ろ、審判席側、選手のベンチのすぐそばでうれしい。第一コートはセンターコートのチケットをもっていれば自由に入れます。選手のベンチがすぐ目の前にあって、選手と審判の話が聞けるほど近い。第一コートでは錦織選手の試合を見ました。戸外で日差しが強く、風も吹いてクレイの土埃が舞い上がります。こぢんまりしたコートで、すぐそばにお気に入りの選手がいて、応援できるのはとてもいい感じ。トップシードの選手はつねにセンターコートでの試合なので、ナダルに近寄れなかったのは残念ですが。

 隣の席の少年は、お弁当をもってきて、見ながら食べていました。鶏のから揚げみたいなものだったな。お弁当持参の人は大勢いて、バゲットにハムを挟んだものがほとんど、あとはバナナとか、サンドイッチ。水も必須。日焼け止めも必需品。私は頭の部分があいたサンバイザーをかぶっていたんだけど、頭のてっぺんが日焼けして、ひりひりしてしてきたので、あわてて帽子に変えました。首のあたりもスカーフからずれた部分が真っ赤になっていました。

 一日3から4試合くらい観戦し、ホテルに帰って一休みしてから夕食に出る。そのころ、ロビーに選手がうろうろしているので、お気に入りの選手を見つけたら、一緒に写真を撮ってもらったり。朝食レストランにも選手が大勢いるんだけど、やっぱり食事中に声をかけられるのはいやだろうなと思って自粛。朝食の席では、ラファとガールフレンドのシスカちゃんも見かけました。アンディ・マリーとコーチのレンドルさんもいました。ラファのおじさんで、コーチのトニさんにはなんとかスペイン語で話しかけて握手をしてもらいました。ダビ(フェレール)は試合とはうってかわって食事中はもの静かな雰囲気をただよわせていて、近寄りがたい(いい意味で)。日が過ぎるにつれて、敗退した選手がどんどんいなくなるので、さびしくなります。これから始まるぞという高揚感のある初日はよい雰囲気でした。結果はこれから、未来は白紙なので、どんなことが起こるかわからない、というわくわく感が満ち溢れています。

 1週間通ったので、センターコートの隣の席にいたラファ・ファンの女性2人とバモTシャツを褒め合ったり、いっしょに声援を送ったりしたのも楽しかった。結果は、ナダルが7回目の優勝という大記録を打ち立てました。同朋ダビド・フェレールとの気迫のこもった決勝戦にはらはらどきどき、シャンパン・シャワーのしぶきがきらきら、お酒の匂いがぷーんと観客席までただよってくる。ほんとに大満足のバルセロナ旅行でした。いろいろ迷惑をかけたみなさん、ありがとう。また仕事に励みます!
(のなか くにこ)








七月便り


中埜有理(2012.05.04更新)


黄色に赤い筋4本がカタルーニャの旗

 4月23日はサン・ジョルディの日。カタルーニャでは本をプレゼントしたり、女性に赤いバラの花を贈ったりする日ということで、通りにもたくさん屋台が出てバラの花や本を売っている。団体やグループが露店を出していて、寄付金募集もかねているみたい。


サイン会をする作家さん      村上春樹の『1Q84』もあった

 聖ゲオルギウス(聖ジョージ、聖ジョルディ)はドラゴン退治で有名。そういえば、ガウディの設計したペドラルベスのグエル別邸にはドラゴンの彫刻のついた門がある。このドラゴンは楽園の金の実を守っているらしい。

 バルセロナの旧市街にあるリュイス・ドメネク・ムンタネーが設計したカタルーニャ音楽堂もバラの花のモチーフで飾られていた。


(なかの ゆり)


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