ゲストコーナー(2001.4)


・今月のゲストは、デザイナーの木村協子(きむらきょうこ)さん。グラフィックやエディトリアルなどのデザインを仕事にし、原宿にオフィスをかまえるキャリアウーマンです。本を読むのも大好きで、大岡信の大ファンだとか。最近は山本文緒の『恋愛中毒』を読んで、主人公が惚れこむ、例の魅力的だけれど調子のよい作家のこと、「あ、こういう人知ってる!」と思ったんだそうです。キケンですね……。今回はデザイナーの目から見た文字の話を書いてくれました。プロとしては、「人に読ませる」ことを意識しないといけませんね――締切だけではなく、字数も守ろう!(NK記)

言葉を紡ぐ人々へ。(木村協子)
 世の中には、どうも言葉を操る仕事をしている人はエライという思い込みがある……ような気がする。作家をはじめ編集者とか物書き、コピーライター、もちろん翻訳家(2種類の言葉を操ってる)などもその内。そういう人々はモノを考えられて、それを表現できて、人に伝えられる。それはスゴイ。誰にでもできることではない。尊敬します。


ブックデザイン・木村協子
 でもね、人に伝えるには言葉だけじゃだめ、ということをご存知ですか? 一人や二人に伝えるなら言葉を選んで声に出せばいい……でもできるだけ大勢の人たちに伝えたいとき、昔の人はどうしたか。そう、言葉を文字にした。そしてここが肝心ですが、文字というのはもともと絵の一種だということを思い出してください。ワープロあり、コンピュータありで、今ではあたりまえに誰でも文字を操りますが(言葉を操るのとはまた別な話)文字が絵でもあることを意識する人はどんどん減ってしまった。なぜなら、最近は手で書くことも減ったから。(お習字の時間でもなければ、よく書けた、なんて言われることもないでしょう?)
 実は日々、文字を絵として考えている人々がいます。グラフィックデザイナーとか、もっと専門的にいうとエディトリアルデザイナーとか呼ばれる人種がそれ。エライ人たちが書いた(あるいは打ち込んだ)原稿を雑誌の一ページにしたり、一冊の本にしたりが仕事です。そういう仕事をする一人として、文字を使って言葉を駆使する人たちにわかってほしいことがある…ので、ちょっと一方的にお話してみようかな。なにしろ、文字が絵に見える、どう数えても少数派の言い分になるけれど、たいていの仕事で協力する必要がある者同士、理解を深めたい。
●文字づらがあります

 文字は、あたりまえだけれどひとつ一つ顔が違う。あの26文字しかないアルファベットだって、それぞれ太っていたりやせていたり、背が高かったり低かったり……。漢字まじりの日本語に至っては、デザイナーをいじめるためにあるのではないかと思われるほど種々雑多。たった1行の文章をいかに美しくすっきり見せるか、ぱっと見てすぐ読めるようにどう並べるか。しかも、その文章の意味するところというものがあって、ほんとうに肝心なのはその内容が伝わるかどうかなのだから、頭が痛い。(そして、もっと頭が痛いのは、「読めればいいじゃない」という世の中の一般的な見方。ほんとうに一般的なんだから!)


ブックデザイン・木村協子
 ご承知のように、漢字ばかりが多いタイトルは堅くてなじみにくい。かといって、ひらがなばかりで見出しをつければ長ければ長いほど読みにくい。よく困るのは専門言葉ですね。例をあげれば「移行期の総合的学級経営」(*A)これは小学校の先生向けの専門雑誌なのですが、今や小学校の先生は半分以上女性なので、「おしゃれに柔らかく見せたい」なんていう注文がつく。(いよいよ困って絵文字にしたときもあるけれど(*B)これは読みにくいと不評でしたね)だったらおしゃれで柔らかいタイトルをつけてよ、と咽喉まで出かかるのをぐっとこらえる……デザイナーの気持ちをわかってほしい。

●文章はラインになります

 長い文章つまり本文は、よく○字詰○行なんていうふうに書く方に注文がいくと思います。本だって、1ページ○字詰め○行で○○ページに収める、なんてある程度計算しながら書くでしょう? デザイナーはそういう基本組を決めるとき、1行の文章を1ラインと見ながら考えます。どんな文章がこようと、そこにきれいな1ラインができて、それが1段30ラインある、という具合に見ながら全体を組み立てるわけです。正直いって、どんな意味を持つ文章がこようが、まず、読まない。それよりラインがきれいに読みやすく並んでいるかどうかが最重要問題。たとえば20字詰めなのに21字で改行されたりすると、ラインの並びの間が抜けて堪え難い。(つまり一文字で1ライン分取ってしまって19字分の空白がでるわけです)だからといって自分で勝手に文章を変えられないから余計に堪え難い。○字詰めとわかっている場合は、1文字や2文字が残らないように書いて……ってお願いしたい。

●多ければいいってものじゃない

 普通、書く人への注文には、だいたいの文字量がついてきますよね。400字で56枚とか、20字詰めで100行分とか。はっきりいって、この分量を守る人はめったにいない。100行といってきっちり100行書いてもらった経験は片手で余る。(20余年の経験ですからね)なぜか言葉を紡ぐ人種はより多く、より長く、書きたいらしい。(もしデザイナーがA4の注文に、大きくデザインしたいからとB4を提出したら、突っ返されますよ)もちろん後から、ここ3行削って、とか頼みますけれどね。一度書いてしまったものに、「半分にして」とはなかなかいいにくいもの。ぜひ、多ければよし、という考えは改めていただきたい……。

●レイアウト時間を忘れずに

 だんだん愚痴っぽくなってしまいますが……やっぱりこれだけはいいたい。長い間協力して雑誌づくりをしてきた編集者、彼女は〈10日入稿締切〉と聞くと、「9日までに原稿が上がればいい」と思うのです。今「それのどこがいけないの?」と思ったあなた、物書きでしょう? さっきからデザイナーが言葉を文字にして、文字を絵として紙面づくりをしている話をしてきたつもりなのに、わかってもらえなかったのかなあ……。いくらコンピュータの時代だからって、いくらあっという間にテキストを読み込めるからって、あっという間にデザイン・レイアウトができるわけじゃない。それには時間がかかるのです。このあたりまえなことを15年、かの編集者にいい続けてきたのに、どうしてもわかってもらえない。で、結果としてデザイナーは始終徹夜するしかなくなる……のはイヤ!

●見た目がたいせつ

 徹夜しようが何をしようが、締切に間に合わせてようやく雑誌(本)ができあがり。デザイナーはパラパラとページをめくりながら、見た目を確認します。実はよっぽど興味のある内容でなければ、一字一句を拾って読むことはあまりない。もちろん、内容を知っているからそれにふさわしい書体を選び、デザインもした……でも一字一句を読んではいない。確認して「よし、成功……」なんて満足するのは見た目のよさ、つまりデザインの効果に納得するとき。書いた人にしてみれば、読まないでどうして内容がどうのって言えるか、と思われるでしょうが、何度もいいますが文字は絵。気持ちのよい、魅了あふれる紙面をつくったかどうかは見た目でわかります。未知の読者をまず引き付ける紙面でなければ、どんなに素晴らしい原稿だったとしても、まず読んでもらえないでしょう? この見た目というのは普通世の中一般が考えているより、よっぽど大切なポイントなのです。(この問題を説明し始めるときりがないのでここまで)

 さて、しばらくしてから一読者となって文章を読む……と「なんて素晴らしい内容かしら!」と感動することはよくあって、そういうときは、著者が指定より30行も多く原稿を書いたこととか、編集者がデザインする時間を全然計算に入れなかったことなど、すっかり忘れてしまう……だからときどき思い出して、言葉を紡ぐ仕事の人々に、どうしても伝えたいという焦燥に駆られてしまうのです。

(2001.3.25 きむら きょうこ)