ゲストコーナー(2001.8)

今月のゲストは翻訳家でエッセイストの藤田真利子(ふじたまりこ)さん。自分で考え、自分で決めて、がんがん実行(フランスの出版社行きもそうだよね)。人の噂や世間の思惑なんか気にしない自主独立の人です。サバサバした人柄はさすが仏文専攻(「サバ!」って、オヤジギャグ?) そのうえ、英語とスペイン語ができて、ギターが弾けて、自動車の運転は何時間しても平気なんだって! 訳書は『バービー・クロニクル』(早川書房)他多数、エッセイ集『男たらし論』(共著、平凡社)。最新刊の訳書は『夜を食らう』(トニーノ・ベナキスタ、早川書房)。ミステリー雑誌『ジャーロ』(光文社)では「非常に感覚的/音楽的な作品だと思う。個人的には訳文に非常に感心した」と絶賛されていました。ぜひ、ご一読を!(NK記)

  


次に訳す本の著者、ロベール・バダンテール氏と。
お仕事でパリ(ほんとだってば!)

藤田真利子

 出版社を訪問しようというのは、そもそも友人の発案だった。3年前、パリに帰る友人との別 れがつらくて、いっしょについて行っちゃえと思ったのが始まりだった。友人はわたしに長くパリに滞在してほしいが、夫のほうはさっさと帰って来てほしい。わたしとしては、夫はずっとここにいるのだ、それより、しばらく会えなくなる親友を優先させたいと思うのは当然だろう。そうだ、仕事を作ればいいんだ。出版社に行こう、と友人が言い出した。

 フランス語の翻訳者がパリに行くと言うと、編集者たちに必ず言われる言葉がある。「面 白い本見つけてきてくださいねー」 しかし、本屋で当てずっぽうに本を買ったってそうそう面 白い本にあたるわけではない。おまけに読まなくてはならない本が山積みになる。好みの本を出している出版社に行って直接きけば、面 白そうな本を推薦してくれるのではないかと思ったのである。パリ行きを触れ回っていたわたしは、何人かの編集者から例の言葉を言われていた。そこで、一人に頼んで、著作権代理店からいくつかの出版社の連絡先をきいてもらった。出かける前に5社くらいにメールを出したけれど、返事が来たのは1社だけ。その後も何度か他の用事で出版社宛てにメールを出したことがあるが、どうも、メールではなかなか連絡がつかないところが多いようだ。知らない人からのメールは無視するのかとも思ったが、ある作家が、担当の編集者にメールを出しても返事が来ないとぼやいていたから、単に電子化が遅れているだけのことなのだろう。そういうところはファックスのほうが確実に連絡がつくということが最近判明した。その時は、とにかくパリについてから電話することにして旅立ったのである。

 友人が秘書を名乗って電話し、5社のアポイントをとってくれた。最初厄介だったのは目的を理解してもらうことだった。著作権代理の仕事の売り込みだと思われたらしい。契約にはタッチせず、ただ、面 白ければ出版社に紹介して、出版することになれば翻訳するだけだと説明した。訪問のポイントは、興味の対象をはっきりさせておくことである。たとえば、新しい家族関係のあり方について書いた本はないか、とか、これこれの分野の科学的なトピックを一般 向けに書いた本はないか、等。ミステリならば、現代もので警察小説じゃないのがいいとか、雑誌向けにバラで売れる短編集はないかとか。自分の好みを出して本を選ばないなら、手間暇かける価値はない。売れ筋の本とか向こうで売りたい本は、ほっといても代理店を通 して出版社に話が行き、結局こっちに回ってくるのだから。

 最初の訪問のときにもらってきた本から3冊、2回目の訪問のときの本から3冊、仕事になった。スイユ社はいちばん熱心に働きかけてくるので、ずっとお付き合いがある。翻訳者に働きかけるメリットを認識しているし、いろいろな出版社のこともよく知っていて、その本が気に入ったら、これこれの出版社に話してみたらどうですか、その手の本が好きそうだから、などと提案してくる。代理店に委託した本でも、動きが無いとさっさと代理店を変えたりしている。約束した本はきちんと送ってくるし、とにかくフランスには珍しい勤勉さである。

  パリの裁判所(パレ・ド・ジュスティス)
 今回の旅行では他の用事もあったので、行ったのはスイユだけ。場所はサン・ジェルマン・デ・プレ。メトロを降りたらまだ時間があったのでクロック・マダムで遅い朝飯にしようと目についたカフェのテラスに坐ったら、そこはドゥー・マゴだとわかった。わたしのパリ音痴もなかなかのものだ。スイユでは、現在進行中の企画について話し合い、面 白そうな本をいくつか紹介してもらった。実り多い訪問を終えて、本屋をまわろうとサン・ミッシェルまで歩く。ジベールにも行ったが、お目当てはソルボンヌのそばのクリュニー・ソルボンヌという本屋。ミステリの品揃えが豊富で、著者名のアルファベット順に整理してあるので本が探しやすい。目的の本を2冊みつけて満足した。その本は予想通 り面白く、さっそくレジュメも書いた。

 最初に訪問した後、ずっと接触を続けているのはスイユだけになった。一社など、その時もらった本をちゃんと売り込んでやったのに、その後連絡が無い。恩知らず! なのである。次にパリに行くときは、ミステリ専門の出版社を訪ねてみたいと思っている。不純な動機から始まった出版社訪問だが、収穫は多かった。それに、パリ訪問の費用は、言うまでもなく必要経費なのである。

(ふじた まりこ)