ゲストコーナー(2001.12)

今月のゲストは見世物研究家の川添裕(古谷祐司)(かわぞえゆう/ふるやゆうじ) さん。
もと平凡社の編集者で、私(野中)との最初の付き合いは、翻訳原稿のチェッ クの仕事をさせてもらったときでした。当時の古谷さんは平凡社の最年少編集者(た しか、まだ20代)で、いわばおたがいに駆け出し時代を知っているわけだが、その 後、 川添裕名義で本を出し、講演や教授の場をもつようになり、どんどん活躍の場が広が っている。現在は才色兼備(死語?)の妻一人、ネコ一匹とともに、はたから見ると い かにも優雅な暮らしぶりですが、はたして実態はいかに……。
川添裕/古谷祐司さん 主 宰の見世物研究所へもぜひどうぞ。


おくればせのPROとCON
川添 裕(古谷祐司)
「茨城県・古河歴史博物館にて」  

 平凡社をやめて、4年目に入った。
 20年あまりひとつの出版社にいたわけだが、もはや「仕事感覚」のようなものは、 かつてとは別物といってよい。
 当初は企画の差配などおこない、自分の出版社をつくる助走もはじめていた。しかし、一方でずっとやってきた江戸時代の見世物の研究にかたちを与えておきたい気持 も強く、執筆にかかりだしたところ、止まらなくなった。と思ううち、何人かから教 師をする話がもち上がり、どうしたものかわからなくなってきた。某出版社主のOさんに相談したところ、自分たちは出版社ひとつだけでぎりぎりでやっている、掛けもちで出版社をおこすなんて無謀だと忠告され、結局、執筆とレクチャー稼業が仕事の中心となった。
 われながら計画性というものがない。  考えてみると、会社をやめるときから計画性はなかった。損得勘定を秤にかけたわ けでも、妻や、世話になったひとに賛否を問うたわけでもない。思いおこせば、社長 交替とその背景の話を当人から聞かされたとたん、瞬時にやめることに決めたのであ る。
 そこでいまさらながらだが、大昔にやった英語ディベートの乗りで、出版社時代か ら現在の個人事業主に転変したうえでの「PROとCON」(本当はthe pros and cons [賛否両論、物事の得失])を記すかたちで、近況報告としたい。
 週休2日できっちり休むことは元々ほとんどなかったが、今の最大のちがいは、とにかくずっと働いている感じになったことである。むろん、その気になれば時間の自 由はきく。しかし何というか、いわばリニアーに続けて休みという具合には、まった くならないのである。頭が何かにとりつかれている時間が、えらく長いといってもよ い。
 これは自分の場合、見世物とか歌舞伎とか落語とかいった元来、娯楽であるはずのものを、仕事の対象としたことにも原因があり、遊びを仕事にするほど因果 なことは なく、他人からみれば遊んでいるようで、当人はときにそれで苦悩しているのであ る。
 「最大のPROにして最大のCON」なので別格で記し、以下、はじめはPROのほうから 列挙していこう。

(1)平日の昼間に歌舞伎にいける コメント:平日の昼の部は、会社員時代にはどうしてもいけなかった。客席で周囲に 目をやると、中年の男性はまずいない。たまにいると、同ジャンルの知り合いだった りする。ただ、歌舞伎座ならかつては1等席が中心だったが、回数をいくので、料金 のお手頃な3階A席、B席が基本となった。先月(2001年11月)なら、団十郎の大物浦 の知盛(『義経千本桜』、国立劇場・昼)、勘九郎の狐忠信(『義経千本桜』忠信 編、平成中村座・昼)、富十郎病気のため代役でつとめた仁左衛門の渡辺綱(『茨木』、歌舞伎座・夜)がよかった。

(2)梅干しづくりができる コメント:江崎さん、わたしも梅干しつくってます! というわけで、なぜかそんな こともできるようになった。1年目は塩が少なくて、紫蘇を入れようとしたところで カビで涙。2年目はめいっぱい塩を入れたので見事にしょっぱく、でも、昔の梅干し はこんな風だったと思いだす。3年目(今年)は塩加減はちょうどよかったが、土用 干しのとき晴れの日とタイミングが合わず、どこか不満を残す。やりだすと、なかな かむずかしく、面白く、焼酎や保存料の添加といった現代の食文化の状況が、小さな 梅干しから伝わってくる。(江崎さんのお話は2001年6月号 )

『江戸の見世物』川添裕著、岩波新書
(3)原稿が書けて、見世物探偵ができる コメント:出版社時代には、書く面 では時間的な限界があった。今も書くとはいって も、とうていさくさくといかず、遅々としか進まない。だが、性分には合っていたよ うだ。1冊目の書下ろしが『江戸の見世物』(岩波新書、2000)で、次の人物伝の書下ろしが進行中。見世物探偵とは『グラフィ ケーション』(富士ゼロックスの企業広報誌)でやっている「見世物探偵が行 く」という連載(18回予定)で、あちこちを訪ね歩くもの。芸能の現場の空気はいつ も楽しい。出版系では、夜学を中心に教えている日本エディタースクールのウェブで「パソコン編集執筆術」という連載 がスタートしたところ。


家族の一員、パティ
(古い写真でスミマセン)
(4)猫と過ごす時間が増え、ときに鳥の観察もできる コメント:家で原稿を書く時間が長いので、つぶさにわが家の猫(三毛猫パティ)を 観察でき、猫学の実感的知識がぐっと増えた。しかしあんた、ほんとに寝てばかりだ ね。つられてシエスタしてしまうこともある。もっとも、猫のほうはどう思っている か。今までは邪魔されずに寝ていたのが、主人の気まぐれで起こされたりするのは、 気の毒かもしれない。また、気散じでときに近くの川原へでて、鳥を眺める。わが綱 島にはバリケンという妙な鳥(ペルー原産の家禽で大きなカモの一種。中国にも多 い)がおり、周囲を俗に「ビオトープ」と呼んでいて、その観察が中心。

(5)カルチャー講座の受講者が熱心に話を聞いてくれる コメント:馬鹿みたいだけれど、カルチャー講座で拍手をしてくれるのは嬉しいです ね。これも芸能的感覚かもしれない。昨年に本がでたせいか、今年4月の世田谷市民 大学(これは吉見俊哉さんの紹介)を皮切りに、秋までにあちこちで延べ30レク チャーほどやった。受講生はどこも平均年齢65〜70歳で、江戸の遊びとか散歩遊歴の 話が中心。熱心に聞いてくれるのが本当に気持がよく、質問も多い。おまけに拍手ま でしてくれて、本も3割、4割のひとが買ってくれる。不況のなか年輩者の知的欲求 に希望をみ、逆に、大学生ってどうなっているの、出版業界と読者の回路ってどう なっているの、と思う。

 さて、以上を読むと、お気楽本位なようだが、現実には苦労とCONのほうが多い。 マイナス面とディメリットがしゃくなので、格好をつけてPROを書いたところもあ る。CONは気合いが入らないので、「ないない尽し」で短く列挙する。

(1)自分がしなければ何事も進まない
(2)飲み屋でおだを上げる日常は許されない
(3)風邪ひきや二日酔いで席にいるだけというわけにいかない
(4)原稿がなかなか書けない(原稿催促って楽だったなあ)
(5)原稿料も印税も経済効率がよくない(みなさんすいませんでした)
(6)不調でも講義講演で長時間しゃべらなければいけない
(7)定期券も文房具もその他いろいろも支給されない
(8)大学の知的状況が生きていない(本当は個人差が大きいんだが)
(9)体重が増えてもなかなか運動ができない(野中さんのように1万歩あるこう !)
(10)本がつくれない(企画の口入れは多少やっているが )

 何だか牧人舎とその周辺の自営、フリー、個人事業主の大先輩のみなさまからは、 「そんなの当たり前でしょ」と声が飛んできそうだが、なかなか実体験しないとわか らないものである。来年2002年の4月からは、週の半分を伊勢の大学で過ごして横浜 と往復する予定なので、PROとCON(プロトコン)ならぬ生活上のプロトコルが、また 大なり小なり変わることになるのだろう。  全体に自分自身、どうなっていくのか相変わらずわからないが、出版界の状況が 次々と激変するなか(ああ、鈴木書店よ)、本というメディアには他に代えがたい魅 力を感じる点が多く、また、のこした「念」もあり、出版界の内側、外側を問わず (いわゆる出版業界だけが本の世界とは思っていない。既成の業界論理と、本の話と はそもそも別物だと考える視点も、道を開くためには必要だ)、さらに、ことなるか たちで、本に関わり続けたいという気持も去来する年末である。

(かわぞえ ゆう/ふるや ゆうじ)