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今日の沖縄 2005.1
元日の新聞

1月1日は朝刊各紙を買うのを習慣にしている人は多いと思う。が、沖縄には代表的な新聞が2紙しかない。『沖縄タイムス』(タイム【ズ】ではない)と『琉球新報』である。

沖縄ならでは、トップ見出しは基地関連だ。

残念ながら、芸能や文芸欄は配信の記事を使っているらしく、レイアウトは違えど、中身は同じということが多い。

紳士がたの顔写真がずらりと並んでいるのは、沖縄県内の大手企業のトップ。年頭の挨拶というわけだが、女性の顔が見当たらないのが、男女平等の意識において遅れているといわざるをえない。

各町村の長も顔写真入りで挨拶を述べている。
上から順に、具志頭村、東風平町、南風原町、与那原町。難読ばかりであるが、読み方がおわかりだろうか? 

ぐしかみ、こちんだ、はえばる、よなばる。
難読ではあるが、地名なので、ワープロソフトでは一発で変換できる。

女性の顔がない、といったが、この芸能関連の団体による挨拶ページには女性の名前がずらり。琉舞や音曲の師匠には女性が多い。それでも、トップ中のトップは男性が占める。

『沖縄タイムス』の付録に印象的な写真があった。

西表島の海に沈んでいる零戦のエンジン部分に珊瑚が成育しているところ。クリアな画質には感心した。戦後60年の歳月を感じさせる。

今年は平和な1年であってほしい。







今日の沖縄 2005.2
那覇バスターミナル

牧人舎の通称・沖縄支社のすぐ近く、那覇市泉崎にはバスターミナルがある。南部・北部への私営バス各社がここから出発する。リゾートホテルへのリムジンバスは空港から発着するが、地元の人たちはローカル・バスを愛用する。しかし、乗車率は低く、がら空きの車両も目立つ。北部線は名護が終点で、それよりさらに北へ行く場合は、名護バスターミナルで乗り換える。

ターミナル内の歩道橋の上から見たところ。行く先もさまざまな各社のバスが並んでいる。バス会社は那覇交通、琉球バス、沖縄バスの3社があるが、経営はどこも苦しいらしく、統廃合が進んでいる。

コザ市は名称変更されて沖縄市となったが、地名としてはコザ十字路などにまだ残っている。「ケ」や「ゲ」というカタカナ使いが沖縄独特である。正しくは、安慶名、屋慶名と書くのだが、画数が多いので省略したもの。

バスの車体のペイントも、沖縄らしく首里城の守礼の門と龍柱(龍の頭を乗せた円柱)が描かれている。

黄色い看板に英文の案内。写真ではよく読めないが、上がNago Nishi West Line(名護西線)、下がUrasoe Line(浦添線)と書いてある。





今日の沖縄 2005.3
主張する沖縄

 全国一早く咲くサクラ、緋寒桜が今年も咲いて、沖縄は春間近。

 しかし、普天間基地代替や辺野古のヘリポート建設反対運動はいまだ決着がつかない。

 きれいな海をつぶして、いまさら軍事用のヘリポートを作るなど言語道断だと思うのだが、坐りこみにも参加できず内心忸怩たる思いである。

ところで、沖縄の人びとは口下手なようで、意外に主張が好きなようだ。

 たとえば、上の写真は那覇市役所裏にあった古い小さな本屋だが、こんど閉店することになったらしい。閉めた店舗の前に、閉店の挨拶として、手書きのベニヤ板製立て看があった。

 写真では読みにくいが、こう書いてある。

 「書店経営五拾有余年の大半を比の地で過し閉店に当り、皆様及び新垣様に感謝し、私は年賀シリーズ終版(三拾号)に記載の通り人生の週末は尖閣諸島に求む(予定は未定にして屡変更を要す)」

 新垣様って誰? 年賀シリーズ? 尖閣諸島? と、通りすがりに読んだだけの者をして疑問符だらけにする文章ではあるが、そこはかとないユーモアと、意気軒昂なところ(尖閣諸島!)が伝わってくる。

 「秀文堂」という文字の上にページを開いた本の絵があり、さらに念押しで「本」と書いてあるところも、なかなかとぼけていておもしろいと思うのだが。そこまでしなくても、本だということは一目でわかる。

 ちなみに、文中に使われている「屡」の読み方はおわかりだろうか?
 ちゃんとワープロで変換できる。答えは最後に。

 そして、これは沖縄そば店の主張。

 「おいしくなければお金はいりません
シーサーそば」

 きわめてシンプルかつ矜持にあふれたメッセージである。
しかし、「おいしくない」といって代金を払わずにすませる勇気はちょっとないだろうな。

 答え:屡の読み方=しばしば




今日の沖縄 2005.4

 今月はやんばる東村(ひがしそん)のツツジ祭(3月6日〜21日)をレポートする予定だったが、沖縄は雨続きで寒いため、残念ながら中止した。東村の宿泊所はバンガローで、寝具付だが、食事が出ないので自炊しなければいけない。(レストランは併設なので昼食と夕食はそこで食べられる)

 家族連れやグループには、バーベキューのセットを貸し出ししてくれて、食材も買えるそうなので(要予約)、季節がよくなったら、また行って見たいと思う。

そんなわけで、今月も市場周辺から。

唐突ながら、クイズです。
これはなんでしょう。

 たぶん、沖縄ということから、すぐに察しはつくでしょうが、答えは「豆腐」です。正確にいえば「島豆腐」。

 牧志の公設市場を出た裏手の路地にあるお豆腐屋さんでゆし豆腐を買ったとき、ちょうど豆腐を枠から出すところだった。思わず「でかいね」と言ってしまったこの大きさ。

 これを切ったものが……

 ……左、ビニール袋に入れて売られている。赤いほうの袋が水切りをしていない「ゆし豆腐」。このまま食べてもいいし、おつゆにしてもいい。沖縄のご飯にこれは欠かせない! 

 ちなみに、これは「大・小」あるうちの「小」のほうで、190円。




今日の沖縄 2005.5

 あいかわらず曇り空で、雨も多い。今年は「うりずん」の季節が遅いようだ。しかし、東村(ひがしそん)のツツジ祭(3月)に行きそびれたこともあり、どこか遠出をしたくなった。
 そこで新しく橋がかかった古宇利島まで行ってみることにした。
 右の写真は飛行機の窓から撮った風景。左下の丸い島が、古宇利島。それに続いている三角形の島は屋我地島。ここにはハンセン病の療養所、愛楽園がある。
 右側が本部半島で、ちょうど突き出たところに運天港があった。以前は古宇利島行きのフェリーがこの運天港から出ていた。 

 今年(2005年)の2月8日に開通したばかりの古宇利大橋。長さはおよそ2キロ。58号線から左折して、いったん屋我地島に入り、島をぐるっと回ったあたりに古宇利大橋への入口がある。工事中は現場事務所をかねた見学台があって、そこから展望できたのだが、それも取り壊されて、橋のたもとにはパーキングができている。ここに自動車を停めて、歩いて往復する人も多い。

 残念ながら、屋我地島に入るあたりで雨が降り出し、古宇利大橋に着いたころにはかなり激しい降りになってしまったため、歩くのは断念した。
 4月の沖縄にしては珍しいくらい冷え込んだ。
 安直に車で橋を渡ることにしたが、車窓から覗きみた両側の海の色はとてもきれいだ。この写真では暗くてよく見えないが、一番上の写真のエメラルドグリーンを見ていただきたい。

 橋を渡って古宇利島に入るとすぐ休憩所がある。島の特産品を売る屋台やトイレ、レストランもあった。
 レストランではなぜか「ぎょうざ 500円」が目につく。
 名護を越えていくので、空港からは車で1時間以上かかるが、名護を過ぎると交通量も減って、ぐっとやんばるらしくなる。古宇利島を一周してきたが、島の風景も畑や濃い緑が多く、古い沖縄の顔を残していて魅力があった。観光地以外の沖縄を見るにはうってつけの場所かもしれない。
 ただ、住民にとって島はあくまで生活の場なのだから、観光客がずけずけと我が物顔に歩きまわるのは遠慮したほうがいいだろう。




今日の沖縄 2005.6
 ようやく沖縄らしく暑くなり、日中は汗ばむような陽気になったと思ったら、もう梅雨入りだそうだ。しかし、本土の梅雨とちがって、じめじめ長雨が続くことはなく、ざーっと降って、その合間には日が射す。そうなると、かーっと暑くなる。
 漫湖公園の噴水のまわりにヒマワリが咲いている。夏らしい風景だ。川沿いのジョギングコースをウォーキングした帰り道に公園の噴水を遠くから見ると、水滴がきらきらと輝き、涼しそうで、まさに楽園の風景のように見える。喉の渇きをうるおしたくなる。しかし、蜃気楼と同じで、近寄ってみると水はあまりきれいじゃないし、亀もいて、池の水をごくごくと飲むわけにはいかないのだ。
 この季節、月桃(げっとう)の花も咲く。月桃は香りのよい植物で、殺菌効果があるという。梅雨どきには月桃のスプレーを部屋にまいたりする。月桃の葉を練りこんだ月桃そばもおいしい。大きな皿の上に芭蕉の葉に似た月桃の葉を敷いて供し、そばつゆにつけて食べる。冷たいそばである。
 写真は月桃の花。
 梅雨どきといえば、梅干の季節でもある。このフィギュアはスッパイマン。沖縄名産の乾燥梅干「スッパイマン」のキャラクターである。ゴーヤマンにくらべると知名度は低いが、「スッパイマンのうた」もちゃんとあって、若手の2人組みグループ「アイロウ&タカ」が歌っている。


今日の沖縄 2005.7


沖縄は梅雨が明けたとたん強烈な日差しで、いささかバテ気味だ。そんななか、地元民はあまり近づかない国際通りをたまには歩いてみようと思いたち、出かけてみた。距離はおよそ1マイル=1.6キロである。地図はおおまかなので、位置関係は信用しないでください。
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県庁は(建物だけは)とても立派である。「おきなわ屋」は大手のみやげ物ショップ。国際通りにはたくさんあるが、地元の人間にはほとんど縁がない。
入口にはシーサーがいる。「国際通り」という名前は立派だが、実体は土産物屋が並ぶ一車線の狭い通りである。
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ベスト電器は家電一般のほか、PC関係の周辺機器や電池やコピー用紙を買うのによく利用する。県産本は隣の小さな本屋「きょうはん」松尾店で。県内旅行は沖縄ツーリストが便利だ。
わしたショップは県民もよく利用する。が、お酒はアルテックのほうが安い。ただアルテックは国際通りにはないのが難点。
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国映館は円形の建物で、古風な感じの映画館だったが、いまは閉館して取り壊しを待っている。その横に伸びる坂道の浮島通りは若者文化の発祥地。古着屋やカフェがある。


ステーキの店サムズはパフォーマンスが売り。「チャンプルー」は喜納昌吉の店。
アーケードの平和通り・市場通りを突っ切ると農連市場に出る。県民は三越のほうが好きかもしれない。沖縄人はブランド好きである。
米軍放出品を売る店もある。子供たちがこういうのをカッコイイと思うのはどうかと思うが。右は沖映通りと市場通りのぶつかる交差点。スターバックスがある。
てんぷす裏手の映画館、桜坂劇場は7月1日に新装オープン。この桜坂一帯は、傾きかけた小さな飲み屋が並んでいて不思議な雰囲気がただよっている。
閉館したグランドオリオン。この数年で映画館がどんどん潰れてしまった。 グランドオリオンではたしか『スナッチ』を見たはず。
最近人気の沖縄ロックグループのCDをはじめ、電子楽器や三線も売っている。
モノレール牧志駅に到着。首里行きだと、県庁前から美栄橋、牧志、安里の順で停まる。
安里川の風景は一昔前の風情があって(はっきりいえば田舎臭い)、とても都会の真ん中とは思えない。
安里川を渡ると個人金融の看板が目に付く。国際通りもこのへんになるとさびれていて雰囲気はあまりよくない。
ゴーヤの提灯。観光客向けの飲食店は、やはりそれなりの味である。
バスターミナルなのだが、草ぼうぼうの空き地といった感じの大雑把な雰囲気である。それも一興ではあるが。
奇跡の1マイルといわれた国際通りの反対側の入口。ここにもシーサーがいる。
久しぶりに国際通りを歩いてみたが、店の消長が激しい一方、観光客向けのみやげ物屋はどれも似たりよったり、なかなか個性を出せていない。国際通りには沖縄の泥くささと都会的センスが共存する独特の雰囲気があるともいえる。悪口のようなことも書いたが、いいところもたくさんあるのです。とくにお奨めの店には言及しなかったが、みなさん独自に発掘してください。


今日の沖縄 2005.8

 沖縄といえば台風。
 沖縄へ来るようになって5年ほどたつが、これまで台風で足止めされたことは一度もなかった。これはラッキーなことである。しかし、今年はついに台風につかまった。「大型で猛烈な」台風5号である。
 八重山から台湾に抜けたのだが、その余波で宮古島行きの飛行機が欠航になった。翌日、ようやく動き出した飛行機で宮古島へ行くことはできたのだが……。
 強い風で椰子の木も大揺れだ。タクシーの窓から撮影。 

 平良市にたどりついて、台風で閉めている店も多いなか、老舗レストランの「のむら」で一息つく。
 お客さんもほとんどいなくて、とても「海の日」の沖縄とは思えない人気のなさ。「泣く子と地頭には勝てない」という言葉があるが、沖縄では「台風には勝てない」のである。海の日の行事も、ビアフェスタもみんなあきらめるしかない。
 窓の外では雨が激しくなり、ガラスに水が滝のように伝って落ちる。

 またタクシーをつかまえて、宿に向かうが、空には黒雲が重く垂れ込め、サトウキビ畑も強風で横倒しになっている。こんな沖縄もある。

 雨が小止みになったので散歩に出る。なぎ倒されたキビが台風の激しさをものがたる。でも、このへんは停電もなかったらしい。一昨年の台風では西平安崎の風力発電が倒れたそうだ。
 台風とは関係あるかどうか、今年は宮古島のマンゴーが不作だそうだ。タクシーの運転手さんも「今年はたっかいよー」といっていた。「でも、宮古のマンゴーはうんまいよー」とも。

 おまけの一枚。
 なぜか、こんなところに坂本竜馬が……
 海の事故防止を訴えるポスターで、宮古島から伊良部島へ行く高速船の中に貼ってあった。





今日の沖縄 2005.9

ちゅらさんの島

 今年の夏休みは八重山の小浜島(こはまじま)へ行ってきた。小浜島はNHKの朝の連続ドラマ『ちゅらさん』の舞台になった島である。小浜には前に一度、大型リゾートホテル「はいむるぶし」というのに泊まったことがあるが、そのときの印象があまりよくなかったので、それ以来、あまり行く気がしなかった。
 しかし、最近、もう一つ、アジア風リゾートというのができたらしく、雑誌などでさかんに宣伝されていたので、「ちゅらさん」ブームのあとでどう変わったかという好奇心もあって出かけてみた。
 それにしても、国仲涼子ちゃんはかわいいと思うのであった。 

 小浜島へのアクセスは、那覇から飛行機(JTA日本トランスオーシャン)で石垣島へ約40分。空港からタクシーで離島桟橋まで行き(約5分)、そこから高速船に乗ればおよそ35分で小浜港に着く。
 島内一周観光バスに乗ると、運転手兼ガイドさんは典型的ウチナンチューのおっちゃんである。
 この家(左)がちゅらさん「古波蔵家」のロケに使われた家。村長さんの家だそうだ。とても立派な家である。人が住んでいるので、中は見せてもらえない。

 サトウキビ畑のまんなかを突っ切る道(右)。小学生のエリィたちが通学に使った道で、シュガーロードと呼ばれている。写真ではよくわからないが、だらだらと下って、また上る坂道である。小浜島はわりあいに坂が多いので自転車で一周するのは大変そうだ。
 運転手兼ガイドのおっちゃんは、キビ刈りのシーンにエキストラで出演したが、ながーい待ち時間のわりに画面に出たのはほんの一瞬で、謝礼はNHKと書いてあるボールペン一本だといっていた。
 世間では、NHKとは日本薄謝協会の略だともいわれている。

 島の中心にある大岳(うふだき)に登る。標高99メートルだが、炎天下に階段を昇るのはけっこうな運動になる。情けないが、翌日から筋肉痛に悩まされた。
 頂上の展望台からは八重山の島々が遠望できるので、がんばって登ってきたかいがあった。写真(左)は、無人島だが昼間はシュノーケルや体験ダイビングのスポットになる嘉弥真島(かやまじま)。奥に見えるのが石垣島。頭をめぐらせれば西表島が見える。そのほか、黒島や新城島、天気がよければ波照間島まで見えるという。

 ホテルはヴィラ・ハピラパナという。
 雑誌の記事はあてにならない……というだけにしておこう。値段の高さからして、あまりお勧めはできない。ホテルの敷地内を歩いている野良(放し飼い?)のクジャクはおもしろかった。

 空の美しさは最高だ。夕方の茜色の空に雲。
 下のほうにシルエットで見えているのがヴィラ・タイプのホテルの建物。アジア風リゾートとうたっているが、アジアを経験したいなら、バリでもジャワでも、あるいはインドなり、タイなり、本物のアジアへ行けばいいので、ここは沖縄の八重山である。似非アジアを体験したくはないのである。
 建物も、ヴィラと称してはいるが、要するに二軒長屋(古いね)のようなものである(と、結局は悪口を書いてしまうのであった)。

 まあ、しかし、山羊に免じてすべてオッケー。

 楽しい夏休みでした。 



今日の沖縄 2005.10

黒島

 八重山・小浜島(こはまじま)の帰りに黒島に立ち寄った。時代の流れといおうか、「なんにもない島」といわれていた黒島にも変化があった。まず、レンタカーができたこと。足に自信がない昨今、軟弱とは思ったが、借りてみた。牛を飼っている農場の副業で、昼過ぎに返そうとしたら「いま手が離せないから夕方取りにいきます」と、しごくのんびりしていた。

 新しくできたものといえば、島の中央にできたこの砦のような物見台。島がぐるっと見渡せる。だが、残念なことに海は見えない。
 展望台の上からの眺め。平らな島である。道路はきれいに整備されているが、あまりクルマの通行がないし、台風などで傷みやすいのではないだろうか。
 自転車であんなに苦労した黒島灯台(翻訳雑感2002年7月を参照)も、クルマだとあっというまに着く。とはいえ、牛の放牧場に左右を挟まれた狭い農道は雑草が生い茂っていて、運転はひやひやだった。
 食堂も何軒かできた。昼食をたべにはいった「はとみ」。民宿も経営している。
 焼きそばを食べてみたが、危惧したとおり、大盛りでとても食べきれない。麺は沖縄そばで、ソース味である。

 変化があるのはしかたがないが――というか、レンタカーなどを便利に使っている当方なのだが、海の美しさだけは変わってほしくないと思うのであった。



今日の沖縄 2005.11
那覇の散歩コース

 那覇で散歩をするときの定番コースのひとつが奥武山公園である。奥武山公園へ行くには、明治橋という橋を渡る。
 那覇空港から市内へバスやタクシーで行くときには必ず通るので、ご存知のかたも多いだろう。
 空港から行くのとは逆行して、南に下がる。
 左手の樹木がこんもりと繁っているところが公園である。
橋の左側の歩道を行って、真ん中へんで立ち止まり、前方を撮影してみた。
 同じ立ち位置で右90度にカメラを回し、橋と車道を越えて海のほうを見る。那覇港にはよく、米軍のばかでかい船が停泊している。
 軍港なので、一般人は立入禁止なのだ。
 後を振り向いて、来た方向を撮影。那覇市の中心部である。
 右側にモノレールの線路。
 左側の黒っぽい建物は東町会館。沖縄舞踊や芝居をやっている。
 車道は交通量が多くて、朝夕は渋滞する。この橋は国道58号線の起点でもある。
 橋の下を流れているのは国場川である。進行方向、向かって左側は川の上流。このへんは海に出る河口になっている。
 この日は満潮で、水量がたっぷりある。橋の上は風が吹きわたって気持がいい。もう少し上流に行くと、水際にマングローブが生えている。
 橋を渡ると奥武山公園の入口はすぐそこだ。ガジュマルの木の下で寝ている人がいる。
 公園を一周し、元気があれば国場川沿いのジョギングコースを歩く。すると万歩計で、ほぼ1万歩になる。
 時間がなかったり、疲れたりしたら、中央郵便局前の橋を渡ってそのまま帰宅する。そうすると5千歩程度で終わる。
 歩くのは体の健康もあるが、やはり頭の中がすっきりしてストレス解消になるのが大きいようだ。


今日の沖縄 2005.12
橋の飾り

 先月の散歩コースの続き。
 奥武山公園を突っ切って、明治橋の隣、国場川の上流にかかった那覇大橋を渡る。この橋の欄干に飾られた絵を紹介しよう(絵というより、鋳鉄でできた透かし細工だろうか?)
 最初はハイビスカスの花。夏になると、ジョギングコースにもたくさん咲いている。
 散歩の途中に――実物でも、絵でも――眺めるとほっとしますね。
 次はコガモ。ずんぐりしていてかわいらしい。
なかなか愛嬌があって、これも見ていると心が和む。
 いかにも沖縄らしいデイゴの花。形が独特で、色も鮮やか。風格があって、とても立派な花だな、といつも思う。
沖縄の県花である。
 このへんになると、鳥の名前もよくわからないのだが、キンクロハジロと書いてある。東郷さんちのなりさちゃんに聞いてみたいところだが、とりあえずネットで調べてみた結果はこちら。これもなかなか愛らしい。ついでに調べたコガモの写真はこちら
 これはティラピアという魚。名前はピラニアに似ているが、まったく別の魚である。養殖もしており、食べられるそうだ。沖縄では自然に繁殖しているらしいが、あまり見たことはない。日曜日など、よく川に釣り糸を垂れている人がいるが、こんなのを釣っているのだろうか。
 最後は空白――柵が外れて取れてしまったらしい。応急処置で紐が張ってあるが、沖縄らしく、なんだかアバウトである。